へそ曲がりおじさんのひとり言

常識にとらわれるのが嫌い。
他人と同じ事が嫌い。
世の中、別な角度から見ると新しい物が見えるから。

自民党総裁に福田康夫

2007年09月24日 04時27分07秒 | Weblog
福田であろうが、麻生であろうが、大局的に見れば大して変わりないのでは?。
同時進行で、二人が政権の運営をするわけではないので、どちらが良いか悪いか比較の仕様がない。
国民は、一人一人がそれぞれに希望(要求)を持っている。
「ああしてくれ、こうしてくれ」と、勝手な希望を並べ立てているが、全員を満足させる事など不可能である。
それではどうするのか?。
結論から先に言えば、「選挙に有利」な政策を優先するであろう。
「選挙に有利」とは?。
「いかに多くの票を集められるか」である。
「多くの票が集まる所」、それは大都市である。
結局のところ、地方や弱者は「二の次、三の次」と言う事になる。
「数が物言う社会」
政治が作った物ではない、国民が作った物である。
「目先の利益」を追求した結果起きた「副産物」なのです。
「風が吹くと桶屋が儲かる」、と言う事は「風が吹かなきゃ桶屋は儲からない」と言う事になる。
別な言い方をするなら、「ドミノ倒し」ともいえるだろう。
ドミノ倒しの場合は、駒の立て方が悪いと、「途中で止まる」事が有るが、人間社会では止まる事はない。
その上困った事に、「ドミノと違って」どの様に波及するか予想が難しい。
後になって「こんな筈ではなかった」、と言う事にもなる。
時すでに遅く、元に戻す事は出来ない。

有権者は自分勝手である。
自分が支持した人でも、「自分に都合の良い事」をしてくれなければ、すぐに乗り換える。
いきおい候補者は、有権者に嫌われまいと、「有権者が喜びそうな政策」ばかり並べ立てる。
「長期的視野」に基ずいた政策等、立てられるはずがない。
「出たとこ勝負」ではうまくいく方が不思議である。
日本と言う国全体が「老齢化」しているのだ。
「老化現象(人間の事ではない)」に伴う問題が増えてくる事を覚悟するべきである。
福田康夫自民党総裁は、当然の事、総理大臣になるであろう。
「お手並み拝見」と行きたいのだが、多くの国民は、自分の予想どうりに行かなければ、「麻生の方が・・・・・・」と言う事になるであろう。
毎度「同じことの繰り返し」である。
何度同じことを繰り返せばいいのだろうか?。
日本と言う国全体が「老齢化」してしまったのだから、「打つ手なし」かもしれない。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする