児童文学作家を目指す日々 ver2

もう子供じゃない20代が作家を目指します。ちょっとしたお話しと日記をマイペースに更新する予定です。

プラネタリウム

2015-08-03 | 物語 (電車で読める程度)


「少子高齢化」なんて「地球温暖化」と同じくらい現実味がなかった。小学校や中学校で言葉の意味はざっくり習ってたけど、それがどういうことなのかまではわかっていなかった。でも今こうして地元で唯一の観光スポットの廃館が決まってようやく、僕はことの重大さを理解した。プラネタリウムには小さい頃、両親に連れられて一度行った。その後何かのロケ地になって友達と行った。最後ははじめてできた彼女と「今さらだよね。」と言いながらも行った。そして、いろいろあって今日で四度目。これが多いのか少ないのかはわからなかった。けど地元の“顔”がなくなってしまう寂しさはあった。

敷地内にはほとんど誰もおらず、水の出ていない噴水が目立つばかりだ。中に入ると受付の人が少し嬉しそうに「ごゆっくりどうぞ。」とパンフレットを渡してくれた。星に関わる展示をぶらぶら眺めながらプラネタリウムまでの時間を潰した。難しい話は苦手だったので子ども向けの説明文をちらりと読みながら足を進めて行く。
するとあるものに目が止まった。それは火星や月なんかでの自分の体重が計れる機械だった。僕はまず彼女と来たことを思い出した。「わたし、月では体重9キロだって! もう痩せなくていいよね。」なんて笑顔で振り返る。「別に今も充分痩てるよ。」と言って「うそだ。」「うそじゃないよ。」をくり返していた。もう一方は家族で来たとき、お母さんがちょっと嫌がって乗ろうとしなかったことだ。あの頃はまだ他にも人がいて後ろで何人も順番待ちをしていたから、後ろの人たちに気を使ったのかもしれない。子どもの時はそういうのに鈍感だから「お母さんも乗ろう!」としつこくせがんだような気がする。いや、でももしかしたら、やっぱり単純に恥ずかしかったのかもしれないな。
2階にあがって、プラネタリウムの入場口へと続くガラス張りの渡り廊下を歩く。ここはドラマだか映画だかのシーンになったところで、イケメンだけどウジウジした主人公がここでヒロインにフラれるのだ。そのせいもあって地元ではここにデートで行った奴は別れるといった噂が流れることとなった。まぁ僕もその例外ではなかったわけだけれど、少なくともここにいる間はそれなりに楽しかった。
入場口であらかじめ買っておいたチケットを係員の人に渡す。パチンとハンコをもらい半券が手元に残った。なんだか昔の改札みたいだとも思いながら中へと入る。

一瞬映画館に来たのかと思った。けれど前方にスクリーンはなく、代わりに巨大なモスクのようなドームが少し傾いて頭上を覆っていた。 薄暗く座席とその足元に光る青い光りは非日常的な雰囲気をまとっている。近代未来的だと思った。平凡でなにひとつSFではない2015年の地元で、このドームの中だけはとても先進的なものにみえた。ドームの外は荒廃した世界で、今ここに座っている僕は人類最後の存在。そんな気がした。明りがゆっくりと落ちる。徐々に星が浮かび上がり、そこから僕は四度目のはずの星空に心を奪われた。僕の脳は星の瞬きだけを認識して、他のことはなにも思い出せなくなった。それが中央の怪しげな装置によって映し出されたものだということさえも。僕の記憶は星がちりばめられた宇宙と混じりあう。彼女とか、友達とか、両親とか。昔に開いた胸の穴からみんな宇宙へと溶けだしてしまったのだ。

あぁ、星があんなにも届きそう。

でもそれに手を伸ばすことははばかられた。届かないことをわざわざ確かめなくてもよいのだ。

二等星と三等星の間になにかないかと必死に目を凝らした過去がふと流れ星のように甦って消えた。

僕はそっと胸の穴を塞ぐように手を当てながら目を閉じる。冷たい空気が鼻に流れ込む。まぶたの裏の暗闇と宇宙が繋がっていく感覚に浸った。このまま僕はたったひとりの人類となってこの星空をいつまでも見上げていたい。そんな願望が自然と生まれた。巨大な孤独に、僕の矮小な寂しさを押し潰してほしかったのだ。



失ったものは、人類だったか僕のすべてだったのか。

そんなこと、人類最後の存在にとって大したことではないのだろう。



だから僕は、この世のたったひとりになりたい。


だって僕は、誰かのたったひとりにはなれなかったから。



星空が消えるまでの間、僕は今までになくしたもの、届かなかったもの
そのひとつひとつを星座にして描いていった。




【おわり】