児童文学作家を目指す日々 ver2

もう子供じゃない20代が作家を目指します。ちょっとしたお話しと日記をマイペースに更新する予定です。

教えてあげる

2015-08-06 | 物語 (電車で読める程度)


お母さんがすき。
誰にも内緒だけど肩までかかった髪の毛をわさわさするのがすきだ。
髪の毛を両手で束ねて2つの箒みたいにする。2つの箒で顔を掃いて、ついでにお母さんの顔にもしゃわしゃわした。


バスの中はワタシとお母さんしかいない。コトコトと揺れながら知らない場所へとワタシたちを連れていく。


お母さんの首に抱きつくのは楽しい。
なんども飛びかかって、目についた景色や単語を無造作に放り投げた。

ワタシがきっと大人になったら
お母さんみたいになれるのかな。

強くて優しいお母さんみたいになれるのかな


外は緑一色だ。深い雑木林の間をくねくねと何かに飲み込まれるようにしてバスは進む。暗い木々の影から何かが飛び出してきそうでワタシはもっとお母さんにきつく抱きついた。「みーちゃん…重いよ」とお母さんがうめく。木々の先からときどき富士山の白い頭が見えた。お母さんはずっと疲れている。お父さんと離ればなれになってからお母さんはいつも寂しそうにしているんだ。けど、ワタシが途中で買ってもらった小さなゆび人形で遊んでいるときも優しく頭をなでてくれる。それがたまらなくうれしかった。
「…この子まで連れて来る必要はなかったかもしれない。」
お母さんはお父さんとお母さんとワタシが写った写真を眺めながらそう言った。ワタシは少し置いてきぼりの気持ちになった。

バスが到着する。「コウモリ」という字だけは読めた。お母さんは辺りをゆっくりと見回していた。

「ねぇ、おかあさん これからどうするの。」
ワタシは急にこわくなって、お母さんのシャツをキュッとつかむ。すると、掴んでいた腕がぐいっと引っ張られて「おーい、こっち!」とお母さんが森に向かって叫んだ。











木の影から出てきたのは




お父さんだった。

















えっ………うそ。
こんなところに、いるはずないのに…。




「おとうさん!」

ワタシは一生懸命走った。お父さんは遠くからみても近くからみてもお父さんだった。



ワタシはしっかりとお父さんに抱きつく。



「おう、久しぶりだな。元気にしてたか?」

「うん!げんき!でも、どうしているの?おしごとは?がいこくにいったんじゃなかったの?」

そう答えると「うはははは。ちょっと早いみーちゃんのお誕生日サプライズだよ。」といってお父さんは笑った。


「ちょっと、…なんであんなところにいったのよ。」お母さんが追いついた。

「いやー、本当にごめんごめん。でもまた会えて嬉しいよ。」

はぁ、ホントにいつまでたってもしょうがない人ね。少しだけ涙をぬぐってお母さんも可笑しそうに笑った。













ワタシたちは富士山の5合目にいた。
レンタカーでびゅーんと上がったのだ。お母さんはワタシが「こうざんびよう」にならないか心配だったみたいだけど、べつにへっちゃらだった。
山頂へと続く登山口の前まで来てお父さんが「また、大きくなったらこの先を登ろうな。」と約束してくれた。
それから3人でソフトクリームを食べた。お父さんとお母さんがはじめて出会った場所だとお父さんが得意げに言った。もちろん、ワタシは知っていた。お母さんに教えてもらっていたからだ! うふふ。



「すまなかったな。」
お父さんの一言で、お母さんの顔が険しくなった。
「うん…。」




はは、俺もまだまだ人生5合目だったんだな。



そんな風にお父さんがどこか遠くを見る目をして言うから。



ワタシはアイスクリームのコーンをサクサクと食べきって、なーんにも知らないお父さんに教えてあげた。







「ワタシ、おとうさんもおかあさんもだいすきなんだよ。」








【おわり】

また、いつか

2015-08-06 | 物語 (眠れない日に読める程度)


せんせー! かたぐるまーかたぐるまー。セミがーにーげーるー!
はやく!はやく!はーやーくぅー!

うっせぇえ!

夏の高すぎる空に疲れたのか、セミは公園のショボい木に何匹も止まっていた。頭が割れそうなほどやかましく鳴くセミに負けないほど子どもたちもまたワーワーギャーギャー騒いでいて頭が割れそうだった。「教育実習に行く前にボランティアにでも行くといいよ。」なっちゃんのアドバイスはある意味よかったかもしれない。アタシ、むいてねーわ。そもそも、教職なんてみんなとるからとったようなもんだし、正直アタシなんかが学校の先生なんて自分でも想像がつかなかった。

公園にはまるで合戦場のように児童館の子どもたちが走り回り、軍旗のように虫とりあみがゆらゆらと掲げられていた。みんな、まぶしそうに日差しに手をかざしながら、セミがいないか目を凝らしていた。発見したら「いた!セミいた!」と叫んでぴょんぴょん跳ねる。だいたい届かないからアタシが肩車をして(ていうか、させられて…)つかまえる。ジージーとセミが鳴いて暴れたり、おしっこをかけられたりした時には「わぁ! こいつぅー。」とセミをつまんだまま、ブンブンと腕を振り回して公園を駆け巡る。ギャワワワワというセミの悲鳴を聞きながら、あーセミもたまったもんじゃねーなと思った。 公園の端においたカバンからお茶をだして飲んだ。今日は暑い。「ウチもおちゃのむー。」どこからともなくひょっこりと表れた小学2,3年生ぐらいの女の子が真似してカバンからお茶をとりだした。ワンタッチで蓋が開くデカイ水筒を両手で持ち、ぐびぐびとお茶を飲む。すると「おれもー!」「わたしもー!」と他の子たちがわらわら集まって、いつの間にかお茶タイムになった。セミたちよ!今すぐ逃げるんだ!そう内心警告したが、懲りもせず二匹が子どもたちのキルゾーンに飛んで来たのが目に入った。

「ねぇ せんせ。」
隣の少し体つきの大きい男の子が話しかけてきた。

「今日はナツキせんせ、来ないの?」

「ナツキ先生は今留学中。」

「りゅうがくちゅう?」

「外国に行って勉強してるってこと。」

「えー! すげー。」
そう言ってアタシのまわりをまた跳ね回った。

なっちゃんが誘ってくれたこの児童館のボランティア。ここでもあの子は人気者のようだった。

アタシはこっそりため息をついた。
日射しが身をチリチリと焦がす。

「アミかしてよぉー。かしてッ!!」

さっきの大きな男の子とその子より2つくらい年下の男の子がケンカしていた。大きい子の網を取り合っている。

「もうちょっと待って!」

「やだ、かして!」

「もう一匹つかまえてから!」

「さっきからずっと使ってるじゃん!」

「うるさい、バカ!」

「バカって言った方がバカだし!」

すると小さい子が網をひったくってしまった。ムッとした大きい子は自分の水筒をつかんでアタシが止める間もなくその子の背中をたたいた。ゴンという嫌な音がして小さい子がうずくまる。「大丈夫!?」アタシが駆け寄ると必死に涙をこらえながら痛みに耐えていた。「コラッ!! 水筒でたたいちゃダメでしょ!」アタシが振り返る頃には彼は遠くすべり台の方に逃げていた。

はぁ、アタシはこめかみを押さえる。こんなときなっちゃんならどうしたんだろう。


外遊びの時間が終わって公園の向かいにある児童館に子どもたちを連れて帰る。背中を叩かれた子のことを児童館の職員さんに報告すると湿布を渡され、怒られてしまった。なっちゃんなら怒られずに済んだのかなとかつい考えてしまう。

またひそひそ声でふたりは口ケンカを始めていた。それが少しだけ気になった。すると肩越しに「ちょっと頼まれてくれないかしら?」とベテランの職員さんに声をかけられ、アタシはとてもいい返事でそれを快諾した。全然体育会系ではないんだけれど。



あの子、今日は塾があるから早く帰る予定なんだけど、お迎えが来れないみたいだから、貴女おうちまで送っていってあげてちょうだい。




そうしてアタシとさっき水筒で年下の子を叩いた大きな男の子は午後4時の焼かれたアスファルトの上を縦列にトボトボと歩いていた。おうちの場所をキチンと職員さんが教えてくれなかったので、この子が前を歩いてそれをアタシが後ろからついていくように見守る構図で進んでいく。けれど日陰を探しながら歩くアタシと、日射しの中、路側帯を平均台のようにして歩くこの子との間に会話はなかった。

なんだか大昔のアタシを見ているようだった。アタシが男子にいろいろ悪口を言われた帰り道、なっちゃんは心配してずっと一緒に家までついてきてくれた。ずっとだんまりなアタシに、なっちゃんがわざと明るいトーンで言ってくれたのは…






「「しりとり しようよ!」」




え?



アタシは一瞬、それが前方から聞こえたのか、過去からのものなのかわからなかった。

「だから! せんせ、しりとりしよう!はい、“り”!」

アタシは突然始まったしりとりに困惑しながらも「…リンゴ」と答えた。

「ゴリラ!」

「…ラッパ」

「パンツ!」

「……つみき」

「キツネ!」

「ネコ」

「こおり!」


夏の雲は高く積み上がり、上の方は光を浴びて立体的にみえた。まるで氷のお城が落ちてくるようでアタシは嫌いだった。


「…………り、りッ………りー……りぃ……」


…リストカットしか思い浮かばないことにひどく自己嫌悪する。アタシの中の“り”のボキャブラリーはリンゴとそれしかないのだろうか。

「…り、す」

「リス? じゃあ、すし!」



…しにたい と思っていた。とくに11,12歳の頃は自分の気持ちがぐちゃぐちゃで、そんなことばかり考えていた。でも本当は実際にそうしたいわけではなくて、ただ苦痛をまぎらせるための呪文のようなものだった。

そんな真っ黒なアタシとなっちゃんが仲良くなれたのはたぶんちょっとした奇蹟だ。可愛くて人気者のナツキちゃんといつも無愛想なアタシ。ふたりが仲良くなったきっかけ…


…それは、アタシとなっちゃんとのあのケンカだろう。アタシが小6だったある日、昔お婆ちゃんが作ってくれたビーズのクマのキーホルダーがバラバラに壊れていたのだ。教室の床で無惨に散るビーズ。確かにお店のものと比べたら安っぽいものだったけれど、アタシにとっては特別なものだった。だからとっても悲しくて悔しくてアタシはその時近くにいたなっちゃんを疑った。お互い言い合いになって、最後はアタシがなっちゃんの短く整った髪を思いっきり引っ張って泣かしてしまった。でもそれは冤罪で、ホントはクラスの男子がふざけてた時に引っ掻けて壊してしまったのだった。にも関わらずアタシは変に意地を張ってなかなか謝れずにいた。次の日クラスのみんながアタシにドン引く中、あの子はわざわざアタシの机まで来て「一緒にビーズ、作りなおそう」と言って来てくれた。そこではじめて「うん、こっちこそ…ごめんね。」そう自然と言えた。それはなっちゃんに対してだけじゃなくて、きっとアタシ自身を赦す行為でもあったんだ。アタシがアタシに赦されてようやく、アタシはなっちゃんとお喋りしてもよくなったのだ。それからアタシ達はずっと仲良しだ。


「せんせ、せんせ! ねぇ、聞いてる!?」

「あぁ、ごめん。今なんだっけ。」

「はぁもう、今は“すし”の“し”! せんせーの番じゃんか! 」

「ごめんごめん。し、……しー…」
ちょっと考えてアタシはニヤリと笑い答えた。








親友 !





















男の子が少し不思議そうにこちらを見上げた。



そういえば、いつの間にか並んで歩いていた。もしかして、しりとりの魔法なのだろうか。


「あ、家ここ!」

小さな手が大きなマンションの入り口を指す。

「そっか、ちゃんと帰ってからも手ぇ洗いなよ。」

「うん、わかってる!」



マンションに向かっていく背中を見送りながら、今日がボランティアの最終日であることを思い出した。









「ねぇ!」


それは自分でもビックリするくらい張りのある声だった。

男の子がさっとふり返る。


「また、いつかッ 」



また、いつか君もちゃんとごめんなさいが言えたらいいね!

そして、とっても素敵な友達に出会えたらいいなって思うんだ!

だから、だから…。


次々と言葉は溢れてくるのに、その先は声にならなかった。

これはもしかしたら、この子自身が自分で気づくべきことなのかもしれない。




「………………またいつか、その……あの…。」



アタシが言い澱んでいると男の子はますます不思議そうな顔をして、やがて



「せんせ! また、しりとりしよーなー!!」




元気よく手をふり叫ぶと走っておうちへと帰っていった。



そこでアタシは、ようやく気づくことができた。















その一言は、その一瞬だけは

他の誰でもないアタシが、ここにいていいのだということに。






【おわり】