ハリエット嬢(51)
Miss Harriet
Maupassant
———————————【51】—————————————————
C' était, en vérité, une de ces exaltées à
principes, une de ces puritaines opiniâtres comme
l' Angleterre en produit tant, une de ces vieilles et
bonnes filles insupportables qui hantent toutes
les tables d' hôte de l' Europe, gâtent l' Italie,
empoisonnent la Suisse, rendent inhabitables les
villes charmantes de la Méditerranée, apportent
partout leurs manies bizarres, leurs mœurs de
vestales pétrifiées, leurs toilettes indescriptibles
et une certaine odeur de caoutchouc qui ferait
croire qu' on les glisse, la nuit, dans un étui.
————————————《訳》—————————————————
実際のところ、彼女は原理主義を持った熱烈な信者の
一人であり、そしてイギリスが作り上げる多くの執拗な
清教徒の一人ででもあり、またヨーロッパのホテルのレ
ストランに現れる、よい人なのにうんざりする老婆の一
人でした.イタリアのホテルを無茶苦茶にし、スイスの
ホテルを毒殺し、地中海沿いの幾つものすてきな町を住
めなくしてしまう.いたるところに彼女らの奇癖を、彼
女らの貞潔女性の硬直化した品性と表現しようのない彼
女らのいで立ちを持ち込み、(周囲の目にさらすのです).
そしてある種のゴムのような臭気をを持ち込むのです
(ただよわせるのです).それは夜、そういうゴムの箱
にでもその身づくろいの衣装を入れていたと信じ込ませ
るようなゴムの臭気なのです.
...———————————〘語句〙—————————————————
en vérité:(副句) ① 実際、確かに、本当に、
② 実のところ(は) (= à la vérité)
exalté(e):(名) 熱狂した人、興奮した人;
狂信的な人
principe:[プランスィップ](m) 原則、原理
(pl) 主義、信条
un homme sans principes / 無節操な人
後に清教徒という言葉が出てくるので、ここは
おそらく、ピューリタニズムのことかと思います.
主義という文言を入れて訳せば、「清教主義」.
ただしネット検索では、様々な「~主義」が
出てくるので、キリスト教で標準と思われる「聖
書主義」、もしくは「原理主義」としておきます.
puritain(e):[ピュリタン、テーヌ](名) ピューリタン、清教徒
opiniâtre:[オピニヤートル](形) 頑強な、粘り強い、根強い、
しつこい、執拗な
travail opiniâtre / たゆみない仕事ぶり
Angleterre:(f) イギリス、イングランド
produit:(直現3単) <produire (他) 産出する、生産する
......je produis......nous produisons
......tu produis......vous produisez
......il produit........ils produisent
bonnes filles:「気立ての良い娘」が基本的意味ですが、
これ全体を形容詞風に使って、「とても気立てが
よい」という意味にしています.
訳す場合、そのあとの「我慢できない」と矛盾衝突
するので、工夫が必要です.
insupportables:[アンシュポルターブル](形) 耐えられない、
我慢できない;非常に不愉快な
†hantent:(直現3複) <hanter (他) ❶ [場所]に現れる
② (幽霊などが)~に出る;
③ (人が)足しげく通う
tables d' hôte:(ホテル・レストランで常連客の食べる)
定食用テーブル
gâtent:(直現3複) <gâter (他) 損なう、台無しにする、
だめにする
empoisonnent:<empoisonner [アンポワゾネ](他)
~に毒を盛る
charmant(e):すてきな、かわいい
rendent:(直現3複) <rendre (他) [rendre qn/qc + 属詞]
…を…にする
inhabitables:[イナビターブル](形) 住めない、住みにくい
apportent:(直現3複) <apporter (他) 持って来る、
運んでくる;❷~をもたらす、与える
partout:(副) いたるところに、いたるところで
manie:(f) (奇)癖、偏執(狂)、偏愛、妄想
bizarre:(形) 奇妙な、変な、おかしい
mœurs:(発音2通り、ムール、ムルス) ① 風習、習俗、習慣
② 品性、品行、風紀、良俗;
③ (生活)習慣、暮らし向き、
vestale:(f) ❶ 神に仕える巫女、❷ [文語] 清純な乙女
❸ (ふざけて) 純潔この上なき女性
pétrifié(e):(形) ❶ 石化した、化石になった、❷ 硬直化した、
❸ 身動きが取れない、茫然とした
toilette:(f) ❶ 婦人の装い、身なり、❷ 身づくろい
indescriptible:[アンデスクリプティーブル](形)
筆舌に尽くせない
odeur:(f) におい、香り、臭気
caoutchouc:[kautʃu, カウチュー](m) ゴム
ferait croire que ~:~と信じ込ませていた (半過去3単)
faire croire que ~ / ~と信じ込ませる
glisse:(直現3単) <glisser (自) 滑る
(他) ~を滑り込ませる
étui:[エテュイ](m) 容器、ケース、箱、カバー
étui à lunettes / めがねケース
—————————≪解釈≫——————————————
後半はapporter のまま目的語をとっかえひっかえしてい
くので読み手のほうで、それに合う動詞を想像しながら
カバーして読んでいく必要があります.たとえば「変な
身なりを持ち込む、というのは、「変な身なりを周囲に
見せつける」という具合に、読み手のほうで apporter を
カバーしてあげないと、なかなか意味が取れません.
モーパッサンがずぼらということではなく、文学作品は
文章を稚拙にしないため、読み手の協力が必要な場面が
しばしばあります.
全然関係のない話ですが、傾向としてこういう点、仏文
学科の方はお強いと思います.他学科の方もフランス語
を学ぶと同時に「作品の書かれ方」も心得に入れましょ
う.
(何かこういう書き方をすると自分が仏文学科だったよ
うな言いぐさですが、私は門外漢でございます.生意気
言ってすみませんでした.)
——————————≪文法≫——————————————
l' Angleterre en produit tant:イギリスがピューリタンをた
くさん作り上げる. en はde を伴うピューリタンで
「ピューリタンの人数」それがtant だと言っています.
tant de puritaines のことです.
————≪今回の学習で、ふと思ったこと≫————————
これを読まれておられる方はおそらく、私と同じくNHK
のラジオフランス語講座出身の方々ではないでしょうか.
あの講座では会話を中心に学んだものだから、小説を読
むには少しきついような気がします.
心得としまして
❶ 今回学んだように目的語が次々繰り出されるのに、
動詞1つそのままで支えさせる手法
❷ この作品には、それほど見られないが、象徴させる語
1つで表現する手法
❸ 抽象名詞の中に文章を埋め込んだ手法
❹ 今回のように歴史の中の言葉「原理主義」などを読み
手側に委ねる手法
など、文学は手ごわいですが、徐々に一緒に学んで
いきましょう.