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高齢化が猛スピードで進む中国の介護事情

2017-04-30 15:08:03 | 日記
2017.4.26

高齢化が猛スピードで進む中国の介護事情


浅川澄一:福祉ジャーナリスト(前・日本経済新聞社編集委員)

高齢化のスピードが速いアジア

 アジア諸国で高齢者ケアへの関心が急激に高まっている。

高齢化のスピードがこのところ一気に進んでいるためだ。「高齢化社会」から「高齢社会」への移行が早い。人口の7%が65歳以上を超えると「高齢化社
会」、14%を超えると「高齢社会」である。その7%から14%への移行が、日本は1970年から1995年まで25年かけた。

 ところが、韓国では2000年から2017年で18年しかかかっていない。

タイとベトナムでも、到達時期はまだだが、いずれも同じ18年と見られている。それぞれ、2005年から2022年、2017年から2034年である。

 人口13億人を抱え、一人っ子政策のツケが回ってくる中国はどうか。2002年に7%を上回り、2025年には14%に達すると見られている。

この間、24年。やはり日本より短い。

 欧州諸国と比べると、その短さが「異常」だと分かる。英国は1930年から1976年まで46年かかった。ドイツも似たようなものでほぼ同時期に42年。ところが福祉先進国のスウェーデンでは1890年から1972年まで82年もかかり、フランスはなんと114年もかけて1979年にやっと14%を超えた。

 つまり、欧州諸国では、長い時間をかけて高齢化が進んだため、対応策もじっくり検討しながら手を打てた。

しかも、経済成長を終えたり、終盤期になってから高齢社会を迎えた。成長の果実を社会保障に振り向けることがたやすい。

 そうはいかないのがアジア諸国。経済の成長期と高齢者の増加が同じ時期で、しかも、かなりの短期間で高齢化率が高まる。対応を急がねばならない。


北京と上海の高齢者ケアの現場

 なかでも、人口規模が圧倒的に大きい中国がどのような動きをしているかは、関心事である。

昨年と今年に訪れた北京と上海での高齢者ケアの現場を振り返ってみる。従来型の大規模施設だけでなく、地域住民向けの斬新な活動が少しずつ芽生えている。


 まず、上海市で注目されるのが「住宅団地ケア」。都市住民の大半が集合住宅やマンション暮らしの中国ならではの試みだ。

上海市の西へ、高速道路で約50分。上海虹橋国際空港の手前の大きな住宅団地に入る。

 5階建ての白い集合住宅が整然と並んでいる。住宅団地の入口には「万科城市花園新区」という看板が目を引く。

近くには、同団地を含む「万科城市花園」(VANKE CITY GARDEN)の地図がある。集合住宅が100棟ほどびっしり描かれ、相当の広さのようだ。


デイサービスで体操をする利用者たち

 その団地の一角に、2階建ての小さな建物が建つ。「智オウ(さんずいに區)坊」である。

 1階では、20人ほどの高齢者が音楽とスタッフの身ぶりに促され、体操の最中だった。車椅子の人が多く、手だけを動かしている姿も。

 隣の広いラウンジには椅子やテーブルがあり、それらを取り囲むように居室が並ぶ。いずれも、2~4人部屋である。

全体で28人が入居できるという。カーテンで仕切られた2人部屋にはベッドだけで、かなり狭い。


リビングルームを取り囲むように居室が並ぶ

 4人部屋を覗くと、3室に窓があり、4つの部屋はかなり変形だ。外光をできるだけ採りこむ工夫をしている様子がうかがえた。

 内階段を上がって2階に行くと、ソファやキッチンがゆったり置かれた家庭的な空間を、10の個室がぐるっと取り囲んでいる。

家具はいずれも明るい色調で、思わず腰を下ろしたくなるような優しい雰囲気。日本のグループホームで見かけるような造りだ。

 この内装や運営に日本の有料老人ホームチェーンの木下工務店が関わっていたことがある。

その成果でもあるのだろう、上海や北京でこれまで見てきた簡素なデーサービスや入居施設とは大きく異なる。

 1、2階合わせて38人が入居できる集合住宅とデイサービスを併設した作りだ。集合住宅の入居者がデイサービスを利用している。入所者の滞在日数はまちまちで、長期にわたる人もいるという。いわば「お泊りデイ」に近い形態といえそうだ。

 実は、この「智オウ坊」を2014年10月から運営しているのは万科集団のグループ企業。

そして目の前に広がる住宅団地を開発し、建設したのも万科集団である。20年以上前に住宅団地を手掛けた企業グループが、入居者の高齢化に合わせて高齢者ケアの施設を作り、運営に乗り出した。

 万科集団の中核、万科企業は深センに本社を置く大手不動産会社である。一時は世界最大の不動産デベロッパーとも言われた。

全国でデベロッパー事業を進めてきたが、2010年から開発した敷地内でデイサービスやショートステイなどの在宅サービスを新設している。

 日本の住宅メーカーも同じように各地で住宅団地を開発し、ファミリー層に販売してきた。

それから半世紀近く経ち、住民の高齢化が著しく高まっているが、同じハウスメーカーが高齢者ケアに乗り出すという話はほとんど聞かない。

 万科企業の考え方は、「慣れ親しんだまちで暮らし続ける」という地域包括ケアの理念とも合致する。日本の企業も見習ってはどうだろうか、と思いたくなる試みである。

マンションを活用した高齢者ケア


(上)富裕層向けの高層マンション群)
(下)3人部屋には箪笥とテレビがあった)

 地域に密着したケアスタイルは北京市にもあった。故宮の北西、海淀区の高層マンション群「万柳星林家園」では、マンションの一階の居室を活用して高齢者ケアが実践されていた。

「碧水伝天社区」と表示されたゲート前で制服の警備員が立ち、車や人の出入りをチェックしている。

林立するマンション群は13階建てや15階建ての高層。経済成長の証しのようだ。遊戯具付き公園や街路樹、ごみ収集のボックスなどがきちんと整備され、かなりの富裕層向けと思われる。

10年前に竣工した。その中の「4単元」(第4棟)と示された棟に入る。

 5LDK、187平方メートルの広い間取りである。利用している高齢者とスタッフの姿が目に入る。3つのベッドの1部屋と2つのベッドが並ぶ3部屋があり、合わせて9人の高齢者が泊まっている。

 いずれもこのマンションの住民ではない。北京市内やその先からやってきた。このマンションや近隣に息子や娘の家族が暮らしており、呼び寄せられて来たという。

日本でも首都圏や関西圏など都会地に住む子どもが、地方に住む親を呼び寄せて、近くの施設に入居させることがよくある。「呼び寄せ老人」と言われる。

 地方で暮らし続けた親が認知症になったり、1人での生活が立ち行かなくなると、都会に出てきた子どもたちが引き取る。でも、子どもたちには築いてきた家族の暮らしがあり、住まいにゆとりがないため、同居は難しい。そこで近くの施設に住んでもらえば、頻繁に行き来ができる。近距離介護となるわけだ。

 中国でも似たような事情があるという。運営しているのは「有愛・家養老照枦中心」という企業。

7ヵ所の幼稚園を手掛けており、ここで高齢者介護を始めたのは2014年6月。

 デイサービスのように日中外部から通って来る高齢者は1人。それから、周囲のマンションで訪問介護を受けている人は7人。

料理や掃除の訪問サービスは1時間で25元(400円)、通院介助は1時間50元(800円)。2人のスタッフで訪問する。週1回だけ利用する人も、毎日の家庭もあると言う。

 訪問と通所、それに宿泊の3サービスを同じ事業者が行っている。日本の介護保険の「小規模多機能型居宅介護」と近い在宅サービスである。といっても、北京には介護保険制度はないので、こうした費用はすべて利用者が支払う。

 泊まり続けている人の食事を含めた入居費は月4200元(6万7200円)。重度になると6000元(9万6000円)が必要になると言うからかなりの高額である。

加えて入居時に保証金として5000元(8万円)かかる。入院時などの費用にあてるもので、残額は退去時に返金される。

 入居している85歳の女性について話を聞くことができた。夫が脳卒中のため自宅で倒れたので、夫婦で3ヵ月前に入居した。

夫は3週間前に亡くなったが、妻は「1人だと寂しいので」、ここで暮らし続けている。

地域の衛生サービスセンターから医師と看護師の来訪を受けながら療養してきた。入居費は夫妻で9000元(14万4000円)。

 スタッフは4人の女性だけという説明には驚いた。いずれも遠く離れた地方から北京に出てきた。

全員がこの5DKの一室で泊まり込みながら働いている。「えっ」と思わず聞き返してしまった。だが、説明を聞くうちに納得させられた。

かえって今の中国の介護の実情がよく分かった。

 介護制度が確立していないため、在宅サービスがまだ普及していないことや、有料老人ホームは富裕層向けで利用料が高額なため、自宅介護が一般的である。

共働きが一般的だから、介護の手が足りない。そこで、沿岸部の大都市で暮らす中間層や富裕層は、家族介護のために地方出身の女性を住み込みで雇うことが広く行われている。

 北京市では、介護を受ける場所についての目標値を「9073」としている。自宅が90%、在宅サービスが7%、病院や施設が3%ということだ。上海市では「9064」である。

いずれも2020年を計画達成年としている。自宅介護の比率が高い。

 自宅介護と同様のスタイルが、この「万柳星林家園」での住み込みという働き方で採られていると見ていいだろう。最近では、こうして地方から出稼ぎに来る人たちが少なくなり、大都市部での介護者の不足が問題になっているとも言われる。

地方と都市部での人件費格差が縮まれば当然の現象だろう。

中国でもボランティアやNPOによる活動が環境や教育の分野で盛んになってきたが、高齢者介護でもNPOの目覚ましい活躍ぶりを見ることができた。

北京市の西、石景山区の各社区で地域密着のユニークな在宅サービスを2006年から始めている「北京楽齢老年文化発展有限公司」(楽齢)である。


左に住宅団地、右が楽齢の入居施設

 会社組織ではあるが、高邁な志はNPOそのものだ。行政手続きの問題があって、会社として登録せざるをえなかった。

いわば「社会企業」といえるだろう。創業した王艶エン(火かんむりに火ふたつ)さんが1人で立ち上げ、今は専任職員を約40人も抱えている。

 まず、訪問したのは石景山区の八角南路社区にある高齢者ケアの施設。社区は、市の中の小さな行政名。町内会みたいなものだ。

3000~5000人前後で構成される。もともと、社区とはコミュニティの中国語訳だという。

 日本の公営住宅のような5階建てのオレンジ色の集合住宅が、この八角南路社区内に建ち並んでいる。

もうかなり前に立てられたようなたたずまいだ。同じ敷地内に簡単な造りの平屋の細長い建物が向かい合わせに建つ。「楽齢八角南路社区養老服務中心(高齢者サービスステーション)」と横断幕が掲げられている。つまり、楽齢が八角南路という地域で営む高齢者介護の施設というわけだ。

 ちょうど昼食時だった。30人ほどの高齢者が昼食を摂りに自宅からやってきていた。今日のメニューは餃子定食。1日1食で12元(72円)だが、行政からの補助金があるので、その7割ぐらいで済む。

 食事を摂っているすぐ後ろには、薄いピンク色のカーテンや衝立で仕切られただけのガランとした「居室」が左右にズラッと並んでいる。

「24時間の預かり」と表示されており、滞在期間は長短あるようだが、相当に長く住みついている人もいる。

 内部には、ベッドが2台ずつあり、車いすも置いてある。各「居室」の壁には窓があるので、明るいとはいえ、まことに殺風景な雰囲気だ。

家具や日常生活を営む調度品もない。写真や絵が壁に飾られてもいない。災害時の避難所を思わざるを得ない。


楽齢の居室はかなり殺風景

 全部で6室、定員は12人。10人が入居しているという。食事を提供しながら見守りが行われている。

来所者と滞在者向けの介護のほかにも訪問活動もしている。でも全体のスタッフは4人と少ない。

 楽齢が運営する同じような形態の高齢者ケア施設が石景山区内にあと3ヵ所ある。

八角北路社区では、6人が入居していた。リンゴ園と奉寧の部屋数と定員はそれぞれ5室12人、3室8人である。

 各施設の入居者はほとんどが自立歩行できる軽度者。なかには食事介助を受けている高齢者もいたが、スタッフの手助けを得ながらゲームに興じたり、絵を描いていた。

 近くの高齢者宅への家事援助の訪問活動は、1時間で30元(480円)。4事業所で年間延べ61件とまだ少ない。

長期の滞在料金は、自立者なら月2600~2800元(4万1600~4万4800円)、半分自立だと2800~3200元(4万4800~5万1200円)、寝たきりになると3800~4000元(6万800~6万4000円)になる。

 このうち900元のベッド代、900元の食費、400元の管理費はいずれも同じだが、介護費の違いで総額が変わる。

 先述の「万柳星林家園」で富裕層向けに取り組まれていた「通い」と「訪問」それに「宿泊」が、ここでも一般庶民向けに行われている。

 居住環境が個室でないことや、生活感が欠落しているなど課題はまだまだ多いが、病院での長期入院を避けるサービスという点で大いに評価できそうだ。

 かつての日本では、自宅介護が難しい高齢者が行き場を失って、長期の入院を強いられていることが多かった。「社会的入院」と言われる。まだ、日本でも完全に消えているとは言えないが、病院が暮らしの場でないと言う認識は広がっている。



 中国でも、まだまだ同じような病院への依存意識が強いが、こうした先駆的な動きが確実に芽生えてきたのは住民には心強いことだ。

大規模な病院や施設ではなく、こうした集合住宅などの住宅地の中で小さい規模の介護サービスが増えていくのはとてもいいことだと思う。

(福祉ジャーナリスト 浅川澄一)