安倍首相も とばっちり…「文大統領は北のスポークスマン」で韓国国会大炎上
きっかけは韓国野党議員の発言だった
日韓関係が泥沼に落ち込んで久しいが、お隣の国が今どんな状況かを理解しないと、問題解決もおぼつかないだろう。
その「韓国の今」を象徴する騒動が、なぜか安倍総理も巻き込みながら韓国国会で絶賛炎上中となっている。
きっかけは、最大野党で保守派の「自由韓国党」ナ・ギョンウォン院内代表の臨時国会における演説での一節だ。
(3月12日・韓国国会でのナ・ギョンウォン氏の演説)
「文在寅政府は今まで明確に大韓民国が考える非核化と北朝鮮が考える非核化に違いはないと話してきました。
それならば尋ねます。
うわべだけの核施設廃棄と対北朝鮮制裁無力化がまさに文在寅政府の考えですか?」(中略)
「北朝鮮に対する根も葉もない擁護と代弁は恥ずかしい事です。これ以上、大韓民国大統領が金正恩の首席スポークスマンという、顔が赤くなる話を聞かないようにしてください。」
ベトナムでの米朝首脳会談が「決裂」してもなお、北朝鮮への融和方針を曲げない文大統領の外交政策を批判したのだ。
文大統領の北朝鮮融和姿勢はアメリカからも公然と不安視する声が出ており、保守系野党がそれを指摘するのはある意味当然と言える。
そして「金委員長のスポークスマン」という表現はナ・ギョンウォン氏のオリジナルではない。
去年9月、文大統領が国連での演説やテレビ出演の際に、
金委員長を「若く極めて率直で礼儀正しい」と持ち上げ、「経済発展のために核兵器を放棄すると私は信じている」と発言したことを受けて、
アメリカのブルームバーグ通信が皮肉交じりに、文大統領を「金委員長を賛美する事実上のスポークスマン」と書いたのが元ネタだ。
この記事は当時、多くの韓国メディアが引用して報じたのを記憶している。
ナ・ギョンウォン氏は、「こういう恥ずかしい報道が出ないようにして欲しい」との文脈でこの表現を使ったが、ちょっと使い古された言い回しだな、というのが率直な感想だ。
しかし、この「スポークスマン」発言について、文在寅大統領を支える与党「共に民主党」が凄まじい反発を見せている。
なぜか安倍首相まで登場…韓国与党の猛反発
与党議員は、ナ・ギョンウォン氏を「頭が空っぽ」「ナチスよりも深刻」「民主主義に対する挑戦」などと口を極めて罵倒した。
挙句の果てには「ナ・ギョンウォン氏は日本の安倍の首席スポークスマンなのかと言えば自由韓国党は何と言うだろうか」と、全く無関係の安倍総理まで引き合いに出す始末だ。
ナ・ギョンウォン氏が以前、「野党に転落後に復活して安定政権を築いた日本の自民党を目指すべき基準とする」という主旨の発言をした事を揶揄したつもりだろうが、ナ・ギョンウォン氏と安倍首相の名前を合体させた「ナベスタイル」「ナベ妄言」という造語まで出来てしまった。
安倍総理に対して極めて失礼であるが、そんな事を気にするそぶりは全くない。
与党の公式インスタグラムには、「#下品な彼女」「#ドーピング検査至急」というハッシュタグまでつけられ、もはや人格攻撃に近い。
さらに与党は国会倫理委員会に懲戒請求し、代表のイ・ヘチャン氏は「大韓民国国家元首に対する冒とく罪だ」とまで発言した。
ちなみに、1975年に制定された国家冒涜罪は、1988年に廃止されている。共に民主党が野党だった2008年、所属議員が会見で当時の李明博大統領を「ネズミ」呼ばわりした事との整合性については、どう考えているのだろうか…
相次ぐ政府・与党の「強権的」対応
去年9月にブルームバーグが「金委員長のスポークスマン」と報じた際、韓国の与党も政府も特に反発しなかった。
なぜ今回はこれほど激しく反発しているのか?野党の実力者であり、
元裁判官という経歴や美貌が話題になる事も多いナ・ギョンウォン氏の発言だったという要素もあるだろうが、
与党による国内言論統制志向が影響している可能性もある。
このところ、与党「共に民主党」や韓国政府は、自由な言論や表現、さらには公正中立であるべき司法をも締め付けるような、強権的ともとれる発言や政策を続けているのだ。主なものを4点あげてみる。
(1)与党系知事の実刑判決に対し司法にあからさまな圧力攻勢
与党系知事が、大統領選挙でのネット上のコメント操作事件に関与した罪で今年1月に実刑判決を受けた際、
与党は弾劾をちらつかせながら判決文を書いた裁判官を激しく攻撃して司法にあからさまな圧力をかけた。
韓国最高裁は「憲法に保障された裁判官独立原則などに照らして適切でない」と反論している。
(2)ネット遮断による検閲疑惑
韓国政府は今年2月海外アダルトサイトなどの閲覧を防ぐためという名目で、
政府が有害と指定したサイトへの接続を遮断。悪意があれば個人情報の収集も可能とされる「サーバーネームインディケーション(SNI)フィールド遮断方式」という方式での遮断であり、
「なぜ政府が有害かどうかを判断するのか」という批判とともに、検閲を恐れるネットユーザーからも反対の声が上がっている。韓国政府は、個人情報の収集は違法なのでやらないと主張している。
(3)アイドルの容貌規制
韓国女性家族省は今年2月、「性平等放送プログラム制作案内書」を発表したが、その内容は
「音楽番組の出演者はみんな双子?」
「似たような外見の出演者が過度な比率で出演しないようにしなければならない」などというものだった。
「テレビ番組の演出を規制している」、「なぜそこまで政府が介入するのか」との猛反発が起きて、のちに撤回された。
(4)韓国の「歴史」に反する主張には削除要請と謝罪要求
与党の虚偽操作情報対策特別委員会は今月3日、慰安婦問題について
「慰安婦は高額報酬を受け取る売春婦だった」
「独島(竹島の韓国での呼び名)は日本の領土だ」などの内容が含まれるYouTube動画があると指摘。
Googleコリアに対し「韓国の歴史を尊重しなければならない義務がある」として謝罪と削除を求める声明を出した。
与党は去年も光州事件(1980年に起きた韓国の民主化運動)に関して「歴史と異なる」などの理由からGoogleコリアにコンテンツの削除を要請したが、「自分たちのガイドラインを違反したコンテンツはない」として拒否されている.
いずれも、司法の独立や表現の自由を脅かしかねないような繊細な案件に見えるが、韓国政府や与党は国民に詳しく説明することなく実行に移した。
保守系メディアなどからは、「与党は法の上に立っている(朝鮮日報)」などと、強権的な対応だと批判する声が出ている。
今回の国会での騒動は、この一連の流れの後に起きたのだ。
「正義」を重視する韓国政府・与党とどう対峙していくのか
これらの案件から見えてくるのは、韓国政府や与党が、「表現の自由」や「司法の独立」という民主主義国家の普遍的価値よりも、「自分たちにとっての正義」というものを絶対視しているのではないかとの疑いだ。
韓国政府や与党が言う「正義」はあくまで「自分たちにとっての正義」であって、「普遍的な正義」ではない。
その「自分たちにとっての正義」を振りかざして野党の批判をねじ伏せようとしたり、異論を封じ込めようとするのは、民主的なやり方とは言い難く、別の「正義」を信じる集団との争いを生む。
その争いを防ぐために人類が血の代償とともに生み出したのが、「法の支配」だ。
たとえ違った「正義」を信じていようと、「法」というルールを守る合意さえあれば、「法」に従って紛争を解決できるのだ。
徴用工問題で韓国と鋭く対立している日本政府は、このような韓国政府・与党と対峙していかなければならない。
1965年に結ばれた日韓請求権協定で解決済みとの日本の主張は、法の支配を尊ぶ国家ならば通用するだろう。
だが、もし万が一、韓国が法の支配を超える「自分たちの正義」を振りかざしてきたらどう対応すればいいのか…
日本は相手を説得する努力を続ける一方で、国際社会の中で日本の立場に理解を示す仲間を作る努力も続けなければならないだろう。
【執筆:FNNソウル支局長 渡邊康弘】