2019-05-05 05:00:00
日々、内外のニュースに接していると、いろいろの感想や疑問が湧きます。
それらについて、私なりの答えを探すべく、このブログを開きます。
私は経済記者を30年、大学教授を16年勤めました。
第一線記者と研究者の経験を生かし、内外の経済情報を立体的に分析します。
2019-05-05 05:00:00
テーマ:ブログ
韓国メディアでは、日本の「令和」を批判的に捉える向きもいる。
それは、書き手の自由だが、批判の場合は自らの名前を名乗るべきだろう。
無署名の批判記事は、夜陰に乗じて鉄砲を撃つようなものだ・
『韓国経済新聞』(4月24日付け)は、「幕上がる日本の令和時代」と題する無署名のコラムを掲載(後掲)した。
これに対する私の反論は、4月24日のブログに、「韓国、『令和』 歴史を理解せずに日本批判 『メディアの自殺』」と題して掲載し。これも、後で掲載した。
前記のコラムと同一筆者と思われる人物が、再び下記のような「令和」を喜ぶ日本人に痛烈な批判を浴びせるコラムを掲載した。
その主旨は、日本人の低経済成長下の不安心理を新天皇誕生で癒やしている病気(症候群)と捉えている。この見当違いの批判に対して、再度の批判を加えたい。
『韓国経済新聞』(5月3日付け)は、「日本『令和シンドローム』の正体」と題するコラムを掲載した。筆者名は不明のコラムだ。
私の推測では、日本のある公立大学の経済学教授と見る。
私が彼のコラムを批判した後、コラムの執筆を止めた人物がいる。
ほとぼりが冷めたと見て、無署名で日本批判をやろうという狙いならば、フェアでない。
自分の名前を堂々と書いて日本批判をするべきだ。日本では、夜陰に乗じて鉄砲を撃つ真似は恥ずかしい行為である。日本では、最も嫌われるタイプだ。
(1)
「 新天皇の即位式があった1日、日本全国の神社と神宮に多くの人々が集まった。
東京の明治神宮や三重の伊勢神宮などには大勢の参拝客が訪れて祈願し、令和初日の朱印を求める人々の行列が10時間以上も見られたという。
新天皇が即位して年号が変わったことを祝うため日本人が列を作って神社を訪れたのだ。
日本人は年号が平成から令和に変わったことにいろいろな意味づけをしながら盛り上がる姿だ。
令和が持つ文字的な意味に執着して過剰解釈しようとしている。文字を通じて希望を渇望するのが年号文化の特徴だと自賛する人たちもいる」
元号が「令和」に変わって喜ぶ姿は、元日に新年を祝う姿と同じだ。そこに、格別の意味もない。
ただ、素直に新しい時代を祝うだけである。
1億2000万人の国民がいるのだから、1億2000万通りの解釈があって当然。その一つ一つに反応する必要はない。
(2)
「神社に集まって新しい年号に歓呼することを日本人は祭りだと言っても、単なる祭りとは見なしにくい側面があまりにも多い。
むしろ今の日本人の不安心理を表す行動パターンと見ることもできるというのが心理学者の分析だ。
日本メディアは平成時代を停滞の時代、不作為の時代と批判する。
社会の成熟化が進まず『未完の成熟期』と評価するメディアもある。
そして令和時代を新しい時代と呼ぶ。それだけ平成と令和の時代を区別して希望を吹き込もうとしている」
心理学者は、それらしく時代の特徴を切って取るのが職業上の職務である。だが、根拠も示さず漠然とした分析にいかなる意味があるのか。不安心理の現れと指摘するには、その根拠を具体的に示すことだ。
日本の完全失業率は、4月で2.5%。多分、世界最低であろう。働く意欲と能力のある者は、ほぼ100%就職できる「天国」である。
平均寿命は、最近調査(2016年時点)でも世界一の84.2歳である。
2位以下は、スイス(83.3歳)、スペイン(83.1歳)、フランス(82.9歳)などのヨーロッパ先進国を抜いている。
米国経済通信社『ブルームバーグ』の「健康な国」指数では、最近時で日本が4位にランクされている。
ちなみに、上位国は、スペイン、イタリア、アイスランドである。健康面で日本は、ヨーロッパ上位国の「天国」になっている。
就職も保障され健康面でも世界トップ。それが、日本の現状である。
この幸せを喜んでいるとみれば、新天皇誕生を祝う気持ちが、不安心理の裏返しとは曲解も曲解、最悪の見方であろう。
昔流にいえば、「曲学阿世の徒」と呼ぶべきだろう。
ならば聞きたい。
韓国の平均寿命は延びてきたが、自殺率はOECD加盟国中で長らくワースト・ワンの最悪状態であった。
最近は1位でなく2位である。若者の体感失業率は約25%。就職できるまでに平均3年もかかるのだ。
こういう事態にある韓国メディアが、日本を批判するとは的外れである。そんな余裕があれば、韓国経済立て直し策を書く方がはるかに建設的であろう
(3)
「平成初期まで世界経済の15%を占めた日本の国内総生産(GDP)比率は現在6%ほどに落ちている。
経済的な格差はもちろん、社会的な格差も深刻になった。
高齢化時代に入って高齢者の人口が急速に増加し、全体の人口が減少している。
いわゆる「失われた25年」の産物だ。賃金はそれほど上がらなかった。
2012年に始まった安倍晋三政権が改革して革新しようとしたが、日本人の不安心理を完全に解消するのに苦労している」
日本の総人口は、1億2300万人がピークだ。
この日本のGDPが、世界の15%を占めたのは、バブル経済のなせる業。永続性があるはずもない。
現在の6%がいいポジションである。
高齢化は世界の潮流になった。日本は、その最初の国だから戸惑いもあったが、平均寿命の世界一が象徴するように、高齢者も働く環境ができている。
韓国は出生率の急低下によって、日本以上のスピードで高齢化が進むはずだ。
高齢化社会への準備がないから、自殺率がワースト・ワンになった理由であろう。
韓国から見た日本は、あらゆる点で「天国」である。
格差拡大問題の緊急性は、日本のことでなく韓国で現在、起っている問題だ。
文大統領による間違った最低賃金の大幅引上げがもたらした悲劇である。
(4)
「 問題は1980年前後に皇室に親近感を感じる日本人は40%ほどだったが、現在は76%にのぼるという点だ。
未来が不安な時に天皇に寄りかかる心理だ。
別の見方をすれば、微弱な経済成長がもたらした日本政治システムの遺産かもしれない。
経済が好況を享受できずに生じる現象の一つだ。
ブレグジット(英国のEU離脱)と「トランプ現象」も不安心理の表れだった。
「令和シンドローム」もこうした道を歩んでいる」
象徴の天皇は、政治的な言動は禁じられている。
その天皇に、日本人が寄りかかって何を求めるのか。誤解も甚だしい。
新天皇への親近感が増えているのは、その庶民性=開かれた皇室への好感度の高さだ。
高度経済成長時代、昭和天皇への思いも深かった。
日本人にとっての天皇制は、理屈を超えた関係にある。
この天皇に対して、韓国は「日王」と呼んで揶揄してきた。
その感覚が、日本人をして韓国への違和感を生んでいる。
韓国人の不用意な天皇批判が、日韓の感情的な違和感を生む要因である。
このコラムも、「天皇制批判」が根底にあるようだ。日本人を理解しない哀れな姿に見える。
「令和」 歴史を理解せずに日本批判 「メディアの自殺」
「平成」が終わった。
「令和」の時代がどうなるか。誰も正確に予測できるはずもないが、平和で穏やかな時代であって欲しいと願うだけだ。
経済的には失業率が高くならず、自由に職業が選べる時代が続くこと。これが、国民にとって最高の幸せと言うべきだろう。
こういう素朴な願いを否定するような論調が、韓国メディアに登場した。
日本の「令和」の和が、「昭和」の和であるから戦争を始めるという、噴き出すような議論だ。
日本の人口と財政状態を考えれば、戦争を仕掛ける余力はない。第一、「憲法9条」は永遠に守られるはずだ。
『韓国経済新聞』(4月24日付け)は、「幕上がる日本の令和時代」と題するコラムを掲載した。署名はない。
(1)
「隣に住む韓国人も首をかしげるほど日本は理解するのが簡単ではない国だ。
「王が時間を支配する」という前近代的観念から始まった年号を継続する唯一の国という点からしてそうだ。
英語で「emperor(皇帝)」と表記する唯一の対象も日本の天皇だ。
こうした姿は徳川幕府が成立した17世紀以来綿々と受け継がれてきた身分社会の伝統を反映している。
明治維新直前である江戸時代(1603~1867年)の日本は士農工商だけでなく、支配層である武士階級内でも身分差別が厳格だった。
下級武士は道で上級武士に会えば靴を脱ぎ道端に伏して礼を示さなければならなかった。
話せない差別を体験した下級武士の身分上昇に対する欲求は『尊皇壌夷』の旗印を掲げた明治維新の重要な動力になった」
このコラムを読んで最初の感想は、日本の歴史に通じていない筆者を想像した。
江戸時代は封建時代であり、近代化への揺籃期である。
江戸時代の天皇制と幕府の二本立てが基盤になって、明治維新による制度改革が実現した。
朝鮮には封建時代がなかった。李朝による専制時代が、日本によって近代化へ導かれた。
それが、日韓併合の歴史的な意義である。韓国は嫌でも、この歴史的な事実を認めなければならない。
元号は、前近代観念であると冒頭からの日本批判である。
これは、古き伝統を守るという日本人の意識を反映している。
現実は、元号と西暦が併存している。だから、元号の存在だけで日本を否定しようというのは偏狭すぎる議論だ。
元号は、天皇制と結びついている。だが、現在の天皇制は国民統合の象徴である。
平和のシンボルだ。こういう意味の元号が、なぜ韓国メディアによって批判されるのか。
根拠が余りにも薄弱である。もはや、天皇制は身分社会の象徴ではない。平和と平等の象徴である。
(2)
「新しい近代を開くという『維新』と『天皇制』はそれ自体で矛盾的にならざるをえなかった。
日本の政治家らは20世紀中盤まで『天皇は現人神(人の姿をして現れた神)』と主張し、こうした時代錯誤は太平洋戦争という惨禍を呼んだ。
敗戦した裕仁天皇が1946年1月1日に自身の神格を否定するいわゆる「人間宣言」を発表した後、日本人は自分たちが使っている仮面を認識し始めた」
明治維新において天皇制の果たした一定の役割を理解する必要がある。
諸藩がまとまり、「日本」という近代国家を形成する役割を果たしたのだ。
当時の世界情勢は、列強の植民地争奪の時代であり、日本もその加害者になったことは認める。
ただ、天皇制と植民地を直接結びつける議論は乱暴であろう。昭和史において天皇は戦争抑止に動いているからだ。
(3)
「 裕仁天皇の後を継いだ明仁天皇は『平和を成し遂げる』という意味の平成を年号に使ったおかげか「近現代史で初めて戦争を経験しなかった時代」を率いた。
明仁天皇に続き来月1日に即位する徳仁皇太子は1960年生まれで初の戦後世代だ。
低姿勢で人気を得た徳仁時代の年号に安倍首相は『令和』を選択した」
元号には、時代を左右する力はない。
このコラムの筆者は、元号の存在を強く批判しながら一転して、元号に時代を左右するような「霊験」を認めている。
これは、中国古来の「風水」的な占いの世界である。日本には、風水信者はいない。
「平成」という時代が、戦争に巻き込まれなかった。それは、敗戦の教訓(憲法9条)が生き続けている結果である。
また、日米安全保障条約によって、尖閣諸島を侵略しようという外部勢力の野望を抑止した面も大きい。
(4)
「 令和の「和」が太平洋戦争を起こした裕仁天皇の年号である昭和の『和』のように右傾化の意志を込めているという周辺国の疑いも大きい。
ここに息子がいない徳仁皇太子の状況も大きな変数だ。
韓国が過去史にしがみつき時間を無駄にするには日本国内の変化がとても急なようだ」
このパラグラフになると、韓国の話を始めたと思うほど混乱している。
「令和」の和が、「昭和」の和で同じという指摘は、完全に風水=占いの世界である。
「和」という言葉が、日本で大事にされるのは、聖徳太子の憲法17条の第1条に出てくる「和を以て貴しと為す」の意味である。民主主義の原点に通じる言葉である。
昭和20年の敗戦後は、戦争と無縁である。
韓国メディアは、日本の歴史を深く知ろうとせず、韓国に都合のいいところだけつまみ食いした日本批判に終わっている。
日本の近代史を知れば、韓国の弱点が分るはずだ。
韓国にノーベル科学賞受賞賞が一人もいない背景は、物事を合理的に究明せず、このコラムのような噂話で時間を費やしている結果であろう。