蟻地獄に堕ちた韓国経済、「日本と通貨スワップを結ぼう」と言い出したご都合主義
韓国で「日本からドルを借りればいい」との声が上がる。
ウォン安が止まらず、通貨危機に陥る懸念が高まったからだ。
日本は今回も韓国を助けるのだろうか――。(鈴置高史/韓国観察者)
5月の上・中旬の貿易は赤字
5月21日の韓国外為市場は1ドル=1190ウォン台前半でもみ合い結局、前日比0・20ウォン高の1194・00ウォンで引けた。
韓国通貨当局は防衛ラインを1ドル=1200ウォンに敷いていると見なされている。
これを超えると、ウォン売りが雪崩を打ちかねないと市場は見ている。
ウォンは今、「危険水域」を目前に、ふらつく毎日だ。
5月20日に洪楠基(ホン・ナムギ)副首相兼企画財政部長官が「金融市場に行き過ぎた偏りがあれば適切な措置を通じ、市場の安定を維持していく」と口先介入したことがウォン売りを抑えた。
半面、5月21日発表の5月上・中旬の通関統計はウォン売りの材料を提供した。
5月1~20日の輸出は前年同期比11・7%減の257億2000万ドルと低迷したからだ。
輸出の2割を占めてきた半導体が同33・0%減と不振だったことが響いた。
仕向け地別でも、25%前後を担ってきた中国向けが15・9%減少したのが足を引っ張った。
輸入は同0・1%減の276億6000万ドルで、貿易収支は19億6000万ドルの赤字だった。
1月1日から5月20日まで累計の輸出は同7・5%減の2072億1000万ドル。
一方、輸入は同3・9%減の1959億4000万ドル。貿易黒字は112億7000万ドルに留まっており、2018年1年間の700億ドルにはるかに及ばない。
韓国は貿易赤字に陥ったり黒字が急減した際に、通貨危機を起してきた(デイリー新潮「韓国、輸出急減で通貨危機の足音 日米に見放されたらジ・エンド」参照)。
財政赤字が新たな懸念に
市場は財政赤字拡大も懸念材料として注目し始めた。
5月16日に開かれた国家戦略会議で文在寅(ムン・ジェイン)大統領が洪楠基副首相に「(政府債務比率の上限)を40%とする根拠は何か」と聞き、その撤廃を命じたからだ。
韓国の財政当局は伝統的に政府債務の比率を40%以下に抑えてきた。
しかし今回の大統領の指示により、上限が破られることが確実になった。
2020年4月の総選挙を控え、文在寅政権は全国で公共工事を大々的に実施する方針だ。
予算が足りなければ国債を増発して補うことになる。
財政赤字の拡大には警鐘が鳴らされていた。
朝鮮日報のキム・ヨンジン経済部長は4月25日の「洪楠基副首相がせねばならぬこと」(韓国語版)で「格付け会社のムーディーズが韓国の財政赤字に注目している」と指摘した。
韓国経済の原動力である輸出が急減したうえ、不動産価格も下がった。
2019年2月の税収が前年同月比1兆3000億ウォン(1995億円)も減るなど、今後は歳入の減少が予想される。
「というのに、財源対策もなしにバラマキ予算を編成しようとしているからだ」とキム・ヨンジン部長は書いた。
蟻地獄に堕ちた韓国経済、「日本と通貨スワップを結ぼう」と言い出したご都合主義
韓国・北朝鮮2019年5月21日掲載
中南米型も併発
韓国経済は四重苦だ。
2017年以降、生産年齢人口の割合が下がるなど少子高齢化の弊害が現れた。
総人口も2019年がピークと見られる。
経済の規模自体が縮み始めたのだ(デイリー新潮「文在寅の“ピンボケ政策”で苦しむ韓国経済、米韓関係も破綻で着々と近づく破滅の日」参照)。
そのうえ半導体価格の低迷と米中経済戦争の影響をもろに受け、輸出が大きく落ち込んで、貿易黒字も急減した(デイリー新潮「ウォン安が止まらない韓国、日米との関係悪化で“助け舟”も絶望的の自業自得」参照)。
韓国経済の先行きに疑問を持った投資家はウォンと韓国株を売り始めた。
大規模の資本逃避につながれば、外貨不足によるデフォルト(債務不履行)が発生しかねない。
それを防ぐのが通貨スワップだが、韓国は米ドルを得られる2国間スワップ協定を結んでいない(図表「韓国のスワップ参照」)。
2008年と2011年の危機時には日本や米国からドルを借りてしのいだ。
しかし今、韓国は北朝鮮の核武装を露骨に幇助している。
米国や日本が果たしてスワップを結びドルや円を貸すのか、市場は疑う(デイリー新潮「韓国『ウォン急落』で防衛ライン突破間近 文在寅が払わされる反米・反日のツケ」参照)。
そんな三重苦に「財政赤字」という新たな病気が加わった。
これまで韓国の通貨危機は民間部門のドル不足から起きた。
それに加え、政府が借金を返せないとの懸念から発生する中南米型の危機にも韓国は直面したのである。
ムーディーズの協議団は4月に訪韓、要人とのインタビューを通じ詳細に韓国経済を審査した。6月には審査を反映した新たな格付けを発表する見通しだ。
ムーディーズの恐怖
中央日報のコラムニスト、イ・チョルホ記者の「危機の韓国経済、韓日通貨スワップ復元など最後の安全弁を用意する時」(5月15日、日本語版)によると、協議団と会ったある韓国のエコノミストはこう語った。日本語を手直しし引用する。
● ムーディーズが格付けを下げする可能性は50%以下だろう。しかし今後の見通しを「安定的」から「弱含み」に変える可能性が高い。6カ月以内にマイナス要因が改善されなければ、格下げするという予告だ。
●世界の流れと正反対の政策は危険だ。先進国は「小さな政府」に向かうが、韓国だけが「大きな政府」だ。世界は「減税」に動くが、韓国だけが「増税」に固執している。
イ・チョルホ記者は地の文で、こうも書いた。
●ムーディーズは現代自動車、サムスン電子、SKハイニックスの格付け見通しを「安定的」から「弱含み」に引き下げた。3月には投資不振と輸出悪化、最低賃金引き上げによる雇用委縮を理由に成長率予測値を2・1%に下方修正している。
要は、韓国はムーディーズにこめかみに拳銃を突きつけられた、ということである。韓国の経済専門家がムーディーズの動きを不気味に感じるのは当然だ。
IMF危機のデジャヴ
1997年の通貨危機――韓国ではIMF(国際通貨基金)危機と呼ぶ――の際、ムーディーズは2カ月弱で6等級も韓国の格付けを引き下げた。格付けが下がるたびに資本逃避が起き、それが次の格下げを呼んだのだ。
IMF通貨危機の背景には、米韓関係の悪化があった。
金泳三(キム・ヨンサム)政権の反米に手を焼いた米国が、危機に瀕した韓国にドルを融通せず、日本に対しても「貸すな」と指示したのである
(拙著『米韓同盟消滅』(新潮新書)第2章第4節「『韓国の裏切り』に警告し続けた米国」参照)。
米・日に見捨てられた韓国は、IMFからドルを借りる代わりにその指導下に入る、という屈辱を味わった。
そしてこの経験が韓国人の反米感情に油を注ぐことになった。
ちなみに、米国のアジア専門家、グリーンCSIS上級副所長は2017年5月5日、中央日報に寄せた記事で、大統領選挙を戦う文在寅氏に対し、反米・反日政策をとるな、と警告した。
「盧武鉉(ノ・ムヒョン)氏も大統領選挙の最中に米国を批判したら、当選後にムーディーズが格下げしたことを思い出せ」と、通貨危機を脅し材料に使ったのである(拙著『米韓同盟消滅』(新潮新書)第2章第4節「『韓国の裏切り』に警告し続けた米国」参照)。
厳密に言えば、格下げではなく「安定的」から「弱含み」に変えただけなのだが、それでもIMF危機から6年しかたっていない当時の韓国にとって、大きな脅威となったのである。
日本とのスワップが頼みの綱
イ・チョルホ記者も今、IMF危機を思い出しているのだろう。「危機の韓国経済、韓日通貨スワップ復元など最後の安全弁を用意する時」で、日本と通貨スワップを結べ、と主張した。以下である。
《 まともな政府なら今ごろ、韓米通貨スワップは難しいとしても、韓日通貨スワップ程度は復元して最後の安全弁を用意しなければいけない。しかし危機意識がないというのがさらに大きな危機だ。》
蟻地獄に堕ちた韓国経済。ずぶずぶと砂の底に沈んでいくのを食い止めるには、通貨スワップという綱を日本に結ばせるしかない、との判断だ。しかし、これだけ日韓関係が悪化しているのだ。日本はスワップに応じるのだろうか。
食い逃げした李明博
図表「通貨スワップを仇で返した韓国」を見れば一目瞭然だ。
2008年2月に発足した李明博(イ・ミョンバク)政権はリーマン・ショックや欧州金融市場の動揺による通貨危機が発生するたびに、日本にスワップ枠を拡大してもらい、あるいは期限を延長してもらって乗り切った。
だが、2011年10月19日に自分の任期末までほぼカバーできる700億ドル の大型スワップに拡大してもらった後は、手のひらを返した。
竹島に上陸したうえ、「日王は謝りに来い」と要求。問題を解決しようと野田佳彦首相が送った親書の受け取りまで拒否した。通貨スワップを「食い逃げ」したのである。
次の朴槿恵(パク・クネ)大統領も「食い逃げ」作戦を敢行した。2016年8月27日、日韓財務対話で通貨スワップ再開に向け協議再開で合意。
すると、12月30日に釜山の日本総領事館前に慰安婦像が設置されても、朴槿恵政権は何の措置もとらなかった。ソウルの日本大使館前の慰安婦像も撤去されないままだった。
明白な慰安婦合意の違反として日本政府が抗議したが、韓国政府は完全に無視。結局、日本政府は2017年1月6日にスワップ再開協議の中止などの対抗措置を宣言した。
おだてに弱い日本の政治家と役人
2度も騙された日本が今回も騙されるとは考えにくい。
しかも文在寅政権は、慰安婦合意の事実上の破棄、日韓国交正常化協定を踏みにじる「徴用工」判決、日本の哨戒機に対する射撃管制レーダーの照射など、過去の政権に輪をかけた「卑日」を繰り返している。
それなのに韓国では「日本にドルを持ってこさせればよい」との意見がいまだに語られる。
イ・チョルホ記者だけではない。「日本の政治家や役人はおだてに弱い。
最後はスワップに応じるはずだ」と語る日本通の韓国人がけっこういる。
そういえば、スワップ協議再開を中断した直後の2017年1月11日、中央日報・日本語版に興味深い記事が載った。
中央日報系のテレビ局JTBCのチョ・ミンクン経済産業部次長が書いた「韓国が厄介な隣国と生きていく姿勢」だ。要旨は以下だ。
●慰安婦像を口実に日本がスワップ再開協議を中断したのは偏狭な行為だ。「そんな日本と手を組むな」との批判も多い。だが、国際金融市場に暴風が予告されている今、すべての手段を動員し最大の防壁を築くべきである。
●韓国と日本の財務官僚は毎年、サッカーの親善試合を開く。両国関係が悪い時も、それは開かれた。親善試合とはいえ、激しい自尊心競争は他の韓日国家対抗戦に劣らない。
●昨年の最大の功労者は試合前日の酒宴で「論介(ロンゲ)戦術」を駆使し、日本のエース級選手に大酒を飲ませた幹部だった。
●初日の試合では「1-0」で韓国が勝った。翌日の試合で韓国は補欠級の選手を出し「0-1」で日本に勝ちを譲った。厄介な隣国と生きて行くとはこういうことだ。
キーセン作戦が奏功
サッカーで1勝を譲って日本の財務官僚をおだててやれば、通貨スワップだって引き出せる、と韓国の財務官僚は記者に誇ったのだ。なお、この記事には韓国人にしか分からないであろう暗喩もある。「論介戦術」である。
「論介」とは妓生(キーセン)の名前だ。文禄・慶長の役の際、宴席でかしづくフリをしながら日本の武将に抱きつき、ともに川に落ちたとされる。
この記事を読んだ韓国人読者の多くが「キーセン・パーティをしてやれば、日本の役人など言うことを聞く」と思ったことであろう。
鈴置高史(すずおき・たかぶみ) 韓国観察者。
1954年(昭和29年)愛知県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。日本経済新聞社でソウル、香港特派員、経済解説部長などを歴任。95〜96年にハーバード大学国際問題研究所で研究員、2006年にイースト・ウエスト・センター(ハワイ)でジェファーソン・プログラム・フェローを務める。18年3月に退社。著書に『米韓同盟消滅』(新潮新書)、近未来小説『朝鮮半島201Z年』(日本経済新聞出版社)など。
2002年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。