非常に後味の悪い結末となった。

サッカー・カタールW杯アジア2次予選が10月15日、平壌の金日成スタジアムで行われ、グループHの北朝鮮代表と韓国代表は0―0でスコアレスドロー。

当地でのサッカー男子・南北対決は1990年の国際親善試合以来、29年ぶりとなった。

それだけに試合前から大きな話題を呼んでいたものの、結局は両国の政治がらみの思惑がぶつかり合って、おおよそ「歴史的一戦」とは呼べないような異常な状況となってしまった。

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観客なし、生中継なし、メディア取材もNG

まず韓国代表には、さまざまな制約が課せられていた。

イレブンが米国製ウェアを着用しているため北朝鮮代表とのユニホーム交換が対北制裁に該当することから全面的に禁止。

グラウンドを降りても北朝鮮側の関係者と物品の「交換」や「譲渡」を疑われるような行為についても、とにかく細心の注意を払って慎むように韓国政府側から厳命されていたという。

こうした韓国代表チームの態度を不遜ととらえ、神経を尖らせたのかもしれない。

北朝鮮側も徹底応戦するかのように、韓国メディアの試合取材を認めず完全にシャットアウト。

水面下における韓国側とのテレビ中継交渉も条件を釣り上げるなどして揺さぶりをかけながら、最後は交渉を一方的に打ち切ってしまった。

それだけではない。

北朝鮮側は韓国代表チームの選手やスタッフ、関係者に対し、携帯電話やタブレット機器、PCなど情報を発信及び入手できる電子機器類の国内への持ち込みまでも一切禁止していた。

一部の海外メディアによれば、レギュラー選手の1人がトランジット先の中国・北京に携帯電話を置いてくるハメになってしまったとまで報じられている。

しかも極めつけは試合当日、金日成スタジアムが異様な雰囲気に包まれていたことだ。

スタンドには北朝鮮国民の姿も一切なく、無観客での試合を北朝鮮政府が強行させたのである。

まるで非公開の練習試合と見まがうような、前代未聞のW杯予選は「常軌を逸した一戦」として世界中のメディアから酷評された。

サッカーの国際試合では必ず設けられている取材対応エリアのミックスゾーンは、この試合会場に設けられておらず基本的にメディア取材そのものがNGのためゲーム内容の詳しい詳細は判明していない。

ただ韓国メディアは試合レポートを許された大韓サッカー協会(KFA)のスタッフを通じ、韓国代表を率いるパウロ・ベント監督が短い試合後のコメントとして、普通のゲームとは異なるムードの中で主審の判定もおかしくなっていたと不満をぶちまけたことを明らかにしている。

話を総合すると、かなり怒りを募らせていたようだ。

この稀有な試合を観戦した100人弱の関係者の1人で、FIFA(国際サッカー連盟)のジャンニ・インファンティーノ会長も深いため息をつきながら「観客が1人もいなくて失望した」と各国のメディアに打ち明けている。

露呈した文在寅政権の対北融和政策の限界

皮肉なことに、このサッカーの「歴史的一戦」の実現は韓国・文在寅大統領が推し進める北朝鮮融和路線の限界を示す格好となってしまったようだ。

KFAの事情通は「韓国政府は今回の歴史的一戦を利用し、ケンカ腰の戦いになるのではなく南北の友好ムードを漂わせる試合にしようと関係者に働きかけるなどして懸命の裏工作を重ねていた。

北朝鮮と手を握り合える関係であることを世界にアピールし、文政権の対北融和路線にさらなる弾みをつけようと考えていたからです。

ところが逆に北朝鮮から足元を見られ、すべてが交渉過程で裏目に出てしまった」と嘆く。

北朝鮮との試合の翌々日、韓国・仁川空港で記者の質問に答える韓国代表チームの孫興民(写真:AP/アフロ)

要は文政権の描く〝夢物語〟にKFAの関係者やサッカー韓国代表の面々が付き合わされる形となり、思わぬとばっちりを受けたのだ。

しかも態度を硬化させた北朝鮮側の禁止事項にも散々振り回された挙句、最後は無観客試合という「馬鹿にされた結末」で顔に泥を塗られた。

今月4日にソウル蚕室総合運動場で行われた第100回全国体育大会開会式に出席した文大統領は「この場で2032年ソウル・平壌五輪が開かれる日を願っている」と意気揚々とコメントしている。

2028年ロサンゼルス大会の次回五輪開催地として南北共催で立候補したい考えをあらためて訴えてみせたが、具体的進展は一向に見られないのが現状だ。

しかも韓国政府側は2020年の東京五輪に南北合同チームを送り込む夢も未だに諦めていない。

 しかしながらこれに関しても北朝鮮側が応じる気配はなく、完全にスルーされている。

やはり文大統領としては関係が悪化する日本で開催される東京五輪において、少しでも自国の存在と自らの政治的手腕をアピールしたいのだろう。

やたらと南北合同チームの結成を焦っているが、その狙いを見透かされているかのごとく北朝鮮・金正恩国務委員長からは好感触を得られない。

それどころか、弾道ミサイル発射実験を頻発されるなど逆に敵意をむき出しにされる始末である。

韓国サッカー界の怒りは北朝鮮でなく文在寅政権へ

南北両首脳が合意した昨年9月の平壌共同宣言から一年余り。

前出の事情通は「1周年記念行事すら行われない事態に焦りまくる文政権の政治的策略によって、サッカー韓国代表は利用され、こうして酷い仕打ちにあった」と告発し、次のように怒りをぶつけた。

「本来ならば混同してはならないはずのスポーツと政治を同一視する文政権の手法は余りにも露骨過ぎる。

今回の南北対決で〝被害〟にあった代表チームの選手たちも政府レベルの介入には心底嫌気がさしています。

ベント監督が試合後、怒りのコメントを口にしましたが、本音は主審よりもこのような『馬鹿にされた結末』の試合環境を作り上げた政界の黒幕に対する抗議だったのは明白。

何かと嫌韓姿勢の強い日本では韓国人のすべてを『悪』とみなすような傾向が強まっていますが、このように韓国スポーツ界では何の関係もない純粋なアスリートたちが文政権のダッチロールに付き合わされ、苦しめられている内情も知ってほしいです」

韓国・文政権は先日、大統領側近中の側近ともっぱらだった者国法相が辞任に追い込まれ、大打撃を受けている。サッカー代表チームを筆頭にスポーツ界からもブーイングが上がり始めていることから、メッキが徐々に剥がれだしているのかもしれない。

筆者:臼北 信行