なぜスキャンダル当事者を法相に、不思議の国の韓国
(武藤 正敏:元在韓国特命全権大使)
韓国は良く分からない国である。日本とは共通する面は多い。もともとは漢字文化圏にあり、儒教を学んできた。戦後はともに民主化を成し遂げ、法治国家となった。また、戦後急速な経済発展を成し遂げた。
しかし、今韓国で起きていることは、日本人にとって理解しがたいことが多い。
こうした点について、私なりの見方を書いてみたい。なお、基本的な韓国理解のためには、小生が執筆した、『日韓対立の真相』(2015年)、『韓国人に生まれなくてよかった』(2017年)、『文在寅という災厄』(2019年、いずれも悟空出版)をご参照いただきたい。
日本では考えられぬ「スキャンダル当事者」の法相起用
日本人にとって理解しがたい点の筆頭は、なぜ文在寅大統領はスキャンダルまみれの曺国氏を法務部長菅(法相)に任命したのか、ではないだろうか。
文在寅大統領は、曺国氏の法相任命式において、
「本人が責任を負うべき明白な違法行為が確認できないのに、疑惑があるというだけで任命しないなら悪しき先例となる」
「曺氏には政権の最重要公約とする検察改革を進める役割がある」と述べた。
しかし、曺氏には子弟の不正入学疑惑、妻の私文書偽造疑惑、曺氏一家の投資ファンドをめぐる疑惑、父親の経営する学院の工事費をめぐる裁判疑惑、これらを隠ぺいした疑惑など数多くの疑惑がある。
これまでの政権では、子供の不正入学だけで、閣僚を辞退した人は何人もいたはずである。
そもそも、法相は法の番人である。
これだけ不正疑惑のある人を任命するなど日本ではまず考えられない。しかし、文在寅氏は任命を強行した。
その背景には、これまでの文氏の政治手法と強いかかわりがある。
大統領の権限は非常に強い。
例えば、文政権の財閥叩きによって韓国で経済活動がしにくくなっているにも関わらず、
財閥が文政権に表立って反発しないのは、青瓦台にとって気に入らないことをすれば、税務調査、衛生調査など政権からの嫌が
らせがあるので、あくまでも表向き従っている姿勢を示しているのである。
曺氏に対する国会の聴聞会では曺氏任命に賛成する報告書は出ていない。
しかし、これまで文氏は16の閣僚級任命について国会の同意なしに行っている。
しかも、現在与党は国会で過半数を有していない。
これができるのは、一つには韓国大統領は、国会に出席を求められていないためである。
文政権は国の3権を掌握し、言論もうかつには批判できない。このため、思うままに国政が動かせるわけである。
しかし、政権が一旦弱みを見せれば、これまで沈黙していた反対派の声が大きくなり、政権は弱体化する。これを防ぐためには、あくまでも強気の姿勢を示しておく必要があるということである。
曺国氏の任命は、文在寅氏にとって大きな賭けである。
仮に、曺国氏の違法行為が明らかとなり、逮捕、訴追されることになれば、文氏への打撃は計り知れない。これからも検察と政権の攻防は続くだろう。
文在寅大統領への支持率は回復傾向
われわれ日本人にとって不可解な第二点は、これだけ疑惑の多い人物を法相に起用し、連日国内マスコミでもそのスキャンダルが大々的に報じられながらも、文在寅大統領の支持率が回復傾向を示している点だ。
曺氏の任命後も、その疑惑の水準はますます高まっており、韓国国内の報道を見ると、その疑惑は妻に対するものから明らかに曺氏本人に対するものに変わりつつある。
それにもかかわらず、9月23~25日に世論調査機関リアルメーターが実施した世論調査では、文大統領に対する肯定的評価が先週に比べ3.3%上がって48.5%、否定的評価が2.7%下落した49.3%だったという。
リアルメーターはこの変化の要因について、曺国氏の自宅に対する11時間の家宅捜索はやりすぎとの批判、文大統領の国連での平和外交などを挙げている。
しかし、家宅捜索が長引いたのは、曺一家の証拠隠ぺい工作があったためとも言われているし、国連での外交はそれほど成果があったとは考えられない。
そもそも、韓国では国民の40%がそれぞれ堅い革新層と保守層に分かれ、浮動層は20%と言われる。
その見方に倣えば、残り20%の浮き沈みで判断すべきで、文政権の支持率が依然40%を維持していても、40%ぎりぎりでは浮動層はすでに支持していないと判断することもできる。
それにしても支持率が回復したというのは謎である。
韓国の世論調査は、年代によって革新、保守の支持が分かれるので、保守を支持する高年齢層の人が調査機関からの電話を受けても丁重に断るようである。
しかも調査に対する回答率も政権に近い方が高いという。
また、現在の政局は政権対検察、革新対保守の対決になっているため、革新系の形勢が悪いとなると、革新系がより団結するという側面もある。
「検察による捜査のやりすぎ」を批判したかった政権側にとっては、このような調査結果が出ることを望んでいたのは間違いない。
いずれにせよこれまでの韓国の世論調査を見ていると、政権が望んでいる結果となっている。曺国氏を任命する前、任命の可否を問う世論調査が僅差になったこともあった。
実際、こうした国内の世論調査の結果に、文政権は勢いづけられているようだ。
文大統領は国連総会からの帰国後、
「検察が何の干渉も受けず全検察力を傾けて厳正に捜査しているにもかかわらず、検察改革を要求する声が高まっている現実を、検察は省察するように願う」とのコメントを発表し、検察の動きを強くけん制した。
これを受け28日午後、主催者発表で80万人の曺国支持集会が開かれた。
参加者たちは全国各地から観光バスをチャーターして集まってきたというから、おそらく各地で支持者が動員されたのだろう。文大統領のコメントが「動員力」を強めたに違いない。
今後、検察の捜査に危機感を覚えた政権側の反撃が始まってくる。そうなれば、世論調査の結果もさらにその動きを反映したものになって来るだろう。
ただそれが、韓国世論の平均値とズレがある可能性があることを、われわれ日本人は認識しておいた方がよいだろう。
日本には嫌がらせ、中国には恭順
韓国について不可解に感じる三点目は、日本に対しては嫌がらせを繰り返す態度と、中国に対する対応とがあまりにも違うという点だ。
最近の韓国の日本に対する嫌がらせとも思える行動は目に余る。例えば以下のような点だ。
・IAEAの総会で、東京電力福島第一原発の放射能物質を含んだ処理水の処分をめぐって、韓国代表は「汚染水問題は未解決で世界中で恐怖と不安が増大していると発言した。
・来年の東京オリンピック、パラリンピックへの旭日旗の持ち込みを禁止するよう求め、パラリンピックのメダルは旭日旗を連想させるとしてデザインの変更を求めた。
・日本の輸出管理強化をめぐってWTOに提訴した。
・国連で文在寅大統領は、国名を上げなかったものの、「過去への真摯な省察の上で、自由で公正な貿易の価値を守る」ことを求めたが、韓国のメディアによればこれは日本への事実上の非難メッセージであるという。
日韓関係は、これまで紆余曲折があり必ずしも、一本調子の改善ではなかったが、
両国外交当局間でこれを解決してきた時は、国民感情を刺激しない問題をまず解決し、その後により難しい問題に取り組んで来たものだ。
しかし、現在の文政権はあらゆる問題で日本に攻撃的な姿勢を取ってきている。これは日韓関係を改善しようという姿勢とはかけ離れている。
日本に対する態度とは対照的なのは中国との関係である。
中国は在韓米軍によるTHAAD(終末高高度防衛ミサイル)の配備に対し、強硬に抗議し、韓国製品のボイコット、韓国の中国進出企業に対する嫌がらせ、韓国旅行の制限措置を繰り返した。
しかし、韓国はこれに対する対抗措置は取らず、むしろTHAADの追加配備はしないなどの約束をした。
また、領土問題についても、中国は国策研究で高句麗は中国の地方政権と主張し、韓国の反発を招いたが、盧武鉉政権の頃に手を握り、うやむやにしている。
この違いはどこから来るのか。韓国は儒教を信奉する国であり、漢民族に倣うことを理想とし、中華と蛮族をはっきり区別している。
満州族である清に従うことを潔しとはしなかったが、自分たちは小中華であると納得させ中国の伝統に従ってきた国である。
その韓国が日本に併合されたことはどれだけの屈辱であったか。
その思いがあるから、日本には執拗に謝罪と反省を求めるのである。
そして、その過ちを繰り返さないとして日本には必要以上に反発するのである。
韓国にはこれまで、「日本が韓国を植民地支配してきたから、日本は反省し、韓国の立場を尊重すべき」という暗黙の思いがあった。
それを打ち破ったのが金大中大統領である。
「日本は戦後、血と汗を流し、多大な努力を重ね、民主主義国になった」と認めたことで過去とは決別したのである。
しかし、後を継いだ盧武鉉大統領は再び日本の軍国主義を持ち出した。
文在寅大統領は日本が「歴史問題について謙虚になれ」と言い続けている。
「日本がこれに応じなければ、韓国はこれを正すためあらゆることをする」という論理になるのである。
今後韓国と日本の関係が健全なものとなるためには、日本が民主主義国となったという現実を客観的に受け止めてもらうことが肝要である。
韓国は民主主義国家で法治国家なのか
こうした韓国の状況を見ていると、こんな疑問が浮かんでくる。果たして韓国は「民主主義国家」なのか、そして「法治国家」なのか、という疑問だ。
文在寅政権になり、民主主義と相反するような行動として、以下のような者があった。
・文政権は曺国氏任命をはじめ国会の同意を得ない任命を既に17件行っている。
・徴用工問題では日韓請求権協定の合意を無視した。
さらに、2015年の慰安婦に関する合意も反故にした。
そのいずれも発端は最高裁判決、憲法裁判決である。
司法を隠れ蓑に条約、国際約束を平気で破る国といかに付き合っていくか。
しかも、拙稿で何度か述べたので詳細は繰り返さないが、この判決には文在寅大統領の意向が大きく反映されている。
・文大統領の内政上の最大の課題が「積弊の清算」である。
そもそも、積弊の清算は大統領の就任演説にはなく、演説では大統領選挙で自分を選ばなかった人も含めすべての国民の大統領になるといっている。
しかし、就任後最初に手を付けたのは、保守政権の業績否定という「積弊清算」だあった。
戦後の韓国経済の最大の成功例「漢江の奇跡」について、李承晩政権から朴正熙政権という保守政権時代の業績であるということから、その事実を教科書から削除してしまったのだ。
それほどまでに保守政権を嫌悪し、歴史に異常なまでの拘りを見せる文氏は、自ら率先して歴史の「改ざん」をしているのである。
積弊の清算は、「親日」の清算も伴う。戦前日本に協力した人を親日としているが、こうした人々は漢江の奇跡の立役者でもある。
このように国の分断を図る大統領が、民主主義を信奉する国の大統領とはとても思えないのである。
文政権は今後革新政権を20年続けることを目標としている。
そのために行っているのが、韓国政治の改編、国民の思想の変革である。
現在韓国の行政府と政府関係機関の幹部は革新系の政治活動家が占めており、文政権への忠誠を誓っている。
加えて、国家の権力機構である、国家情報院、検察・警察、国防部などの改革を通じ革新政権の基盤を固めようとしている。
言論機関も息のかった者を幹部に入れ、労働組合の圧力とともに、政権への批判を封じ込めようとしている。
残るは検察であり、これを改革すれば、文大統領に楯突くものはいなくなるという状況である。
現在、世論調査でも明らかなとおり、文政権を支持するのは30代から50代前半にかけて、革新政権下で教育を受けた人々である。
したがって、文政権で若者の教育を牛耳ることで長期革新政権に基礎がつくれると言う訳である。
国防白書から、北朝鮮が敵国だという記述を取り除いたことが典型であるし、漢江の奇跡を教科書から削除したのもこの流れである。
このまま革新政権が長く続けば、日本としても韓国との関係は考え直さざるを得ないであろう。
なぜ大統領は退任後不幸な境遇になるのか
文大統領が検察改革を急ぐ理由の一つが、盧武鉉大統領が自殺に追い込まれたように、大統領が退任後不幸な境遇に陥っているのを防ぐためと見られている。
しかし、大統領の退任後の境遇が検察権力の政治化だけのせいであるとは思えない。
そもそもこれまで述べてきたように、大統領には絶大な権力がある。
その権力へのつながりを求めて、多くの人が寄ってくる。
これまでの大統領の中にもこれを反省してクリーンでいようと努力した大統領もあったが、大統領がダメなら、その息子に近づいて来る。
韓国では「ウリとナム」という言葉がある。
これは身内と他人ということであり、家族は大統領と一帯と見られている。大統領に権力がある間、大統領周辺の不正は暴かれることがない。
しかし、大統領がレームダックになる、さらに退任して権力が弱くなると一斉にこれまで従ってきた人が反発してくる。
特にそれまで甘い汁の圏外にいた人が攻撃してくる。
このため、前政権が叩かれるのである。その時、検察も新政権に寄り添った取り締まりをしてきたという面はあるであろう。しかし、原因を作っているのは「強すぎる大統領」と言うことが出来るだろう。
韓国の大統領にはチェックアンドバランスが有効に働かない。
国会で答弁に立つことはない。行政、司法を抑えている。
言論機関も、大統領の言うことを聞かざるを得ない。経済界も反発できない。
韓国が本当の意味での民主主義国家になるためには国政のチェックアンドバランスが有効に働く仕組みを作る必要があるのであろう。