コロナが変えた世界経済の構造 日本株再評価の兆し
エミン・ユルマズの未来観測
日経マネー連載 株式投資 日経マネー 学ぶ
2020/6/14 2:00
■新興国を追い込む新型コロナ
新興国で新型コロナウイルスの被害が広がっています。
国別の累計感染者数では、6月上旬でブラジルとロシアがそれぞれ世界全体の2位、3位に浮上しました。
私の母国であるトルコも、感染者数は17万人を突破しています。
日本や欧米では新規感染の収束、あるいはピークアウトが見えてきましたが、世界全体で見ればコロナ禍への懸念は薄れたとは依然として言えません。
中でも新興国は非常に厳しい立場に追い込まれています。
医療制度が先進国ほど整っていないだけに、治療薬開発などの対応は遅れがちです。
医療崩壊への懸念はより強いと言えるでしょう。
そして、コロナ禍による直接的被害だけでなく経済に与える影響も先進国より甚大なものになるのではと危惧しています。背景にあるのは、新興国がもともと抱えていた経済の脆弱さです。
先進国はコロナ禍に伴う経済の減速に備え、大規模な経済対策を打ち出しています。
例えば米国は3兆ドル弱、日本も117兆円と巨額の財政出動で経済を下支えする構えです。
しかし、もともと財政が脆弱な新興国ではそのような経済対策はできません。
コロナ禍に伴う景気悪化に対し、新興国が打てる手は限られているのです。
■強まるデフォルトの懸念
景気と財政の悪化リスクが高いことから、新興国では通貨安が進行しています。
特に厳しいのがトルコリラで、2018年の通貨危機の水準を一時下回りました。
トルコは経常赤字が常態化している上、外貨を稼ぐ主要手段である観光業もコロナ禍で回復が見込めない状況にあります。
同国が抱える約18兆円の債務返済のメドも立っていません。新興国の中でも破綻懸念が最も強い国の一つと言わざるを得ない状況で
エコノミストのエミン・ユルマズ氏
デフォルト(債務不履行)リスクが強い新興国は他にもあります。
アルゼンチンやレバノンが既にデフォルトしましたが、メキシコやブラジルにもその懸念があります。
18年以降は経済が低迷していた新興国が多かっただけに、回復しきれないうちにコロナ禍の打撃を受けてしまった印象があります。
では、新興国のデフォルトが起きた場合市場はどうなるのでしょうか。まず、当然一時的なショック安は起きるでしょう。
経済活動再開に対する期待と、各国の経済対策がもたらす過剰流動性によって、現在の株式市場には楽観ムードがにわかに広がっています。
こうした楽観が再び悲観に振れることは想像に難くありません。
新興国の破綻に対し、先進国が積極的に助け舟を出すのも考えにくいとみています。
コロナ禍では、各国も自国のことで手いっぱいです。
例えばドイツは当初、南欧諸国などを支援する目的でのユーロ債発行に対し強硬に反発していました。欧州内部の支援すら及び腰になっている状況なのです。
■新興国時代の終わりと低成長時代の到来
コロナ禍は世界経済の構造を大きく変えそうですが、その一つに過去30年で世界をけん引してきた新興国の時代の終焉(しゅうえん)があるとみています。
最大の新興国であった中国は、米中対立の深刻化の中これまでのような経済成長は望めなくなるでしょう。
その上で前述したような新興国の弱体化が生じるのだとすれば、世界は低成長の時代へ突入することになります。
低成長の時代というと悲観的な印象を持たれる方が多いでしょうが、日本にとってはそうではありません。
世界的に成長性が薄れるなら、投資家の注目はバリュー(割安さ)に向きます。
仮にそうなれば、主要市場では依然割安な日本株に対する注目が集まるでしょう。
そもそも、このコロナ禍の中で日本の被害は驚くほど軽微です。
海外メディアでもようやくこの点を素直に評価する論調が出始めました。
それに伴い、日本がもともと持っていた「安心・安全」というイメージはさらに強まるでしょう。
それは投資家が日本株をさらに評価することにもつながります。
■中国から引き揚げたマネーは日本へ
既に日本株再評価の兆候は出ています。
コロナ禍による期待と懸念が交錯し、米株が乱高下する中でも日本株はじりじりと上昇しています。
今はまだヘッジファンドなどの短期筋が主導する相場ですが、コロナ禍が落ち着いて長期投資家が戻ってくるようなことになれば、日本株の底堅さはさらに強まることになるでしょう。
今後を考える上で、日本株にはもう一つの追い風もあります。意外に思われるかもしれませんが、それは米中対立です。
トランプ米大統領は、中国への反発を強めるとともに中国株への投資自体も批判しつつあります。
これを受けて、米国の連邦職員向けの年金基金は中国株への投資開始計画を取り下げました。
米株式市場からの中国株排除の動きが進めば、米MSCIといった指数算出会社も各種指数(インデックス)から中国株を外さざるを得なくなるでしょう。
そうなれば、機関投資家は一斉に中国株から資金を引き揚げることになります。
その資金が向かう先は、恐らくは同じアジアの日本でしょう。
前述したように、日本株は長年割安なまま放置されてきました。
その上、コロナ禍の被害も軽微であり、経済活動再開に伴うリスクも軽微です。
米中対立に伴う需給の改善が、一段と日本株を押し上げることになるかもしれません。
振り返れば、1990年代のバブル崩壊以降、日本株から中国など新興国に投資マネーが移りました。
それから30年の時を経て日本にマネーが戻るのなら、やはり時代は繰り返すということなのかもしれません。
エミン・ユルマズ
トルコ出身。16歳で国際生物学オリンピックで優勝した後、奨学金で日本に留学。
留学後わずか1年で、日本語で東京大学を受験し合格。
卒業後は野村証券でM&A関連業務などに従事。2016年から複眼経済塾の取締役。ポーカープレーヤーとしての顔も持つ。
エミン・ユルマズの未来観測
日経マネー連載 株式投資 日経マネー 学ぶ
2020/6/14 2:00
■新興国を追い込む新型コロナ
新興国で新型コロナウイルスの被害が広がっています。
国別の累計感染者数では、6月上旬でブラジルとロシアがそれぞれ世界全体の2位、3位に浮上しました。
私の母国であるトルコも、感染者数は17万人を突破しています。
日本や欧米では新規感染の収束、あるいはピークアウトが見えてきましたが、世界全体で見ればコロナ禍への懸念は薄れたとは依然として言えません。
中でも新興国は非常に厳しい立場に追い込まれています。
医療制度が先進国ほど整っていないだけに、治療薬開発などの対応は遅れがちです。
医療崩壊への懸念はより強いと言えるでしょう。
そして、コロナ禍による直接的被害だけでなく経済に与える影響も先進国より甚大なものになるのではと危惧しています。背景にあるのは、新興国がもともと抱えていた経済の脆弱さです。
先進国はコロナ禍に伴う経済の減速に備え、大規模な経済対策を打ち出しています。
例えば米国は3兆ドル弱、日本も117兆円と巨額の財政出動で経済を下支えする構えです。
しかし、もともと財政が脆弱な新興国ではそのような経済対策はできません。
コロナ禍に伴う景気悪化に対し、新興国が打てる手は限られているのです。
■強まるデフォルトの懸念
景気と財政の悪化リスクが高いことから、新興国では通貨安が進行しています。
特に厳しいのがトルコリラで、2018年の通貨危機の水準を一時下回りました。
トルコは経常赤字が常態化している上、外貨を稼ぐ主要手段である観光業もコロナ禍で回復が見込めない状況にあります。
同国が抱える約18兆円の債務返済のメドも立っていません。新興国の中でも破綻懸念が最も強い国の一つと言わざるを得ない状況で
エコノミストのエミン・ユルマズ氏
デフォルト(債務不履行)リスクが強い新興国は他にもあります。
アルゼンチンやレバノンが既にデフォルトしましたが、メキシコやブラジルにもその懸念があります。
18年以降は経済が低迷していた新興国が多かっただけに、回復しきれないうちにコロナ禍の打撃を受けてしまった印象があります。
では、新興国のデフォルトが起きた場合市場はどうなるのでしょうか。まず、当然一時的なショック安は起きるでしょう。
経済活動再開に対する期待と、各国の経済対策がもたらす過剰流動性によって、現在の株式市場には楽観ムードがにわかに広がっています。
こうした楽観が再び悲観に振れることは想像に難くありません。
新興国の破綻に対し、先進国が積極的に助け舟を出すのも考えにくいとみています。
コロナ禍では、各国も自国のことで手いっぱいです。
例えばドイツは当初、南欧諸国などを支援する目的でのユーロ債発行に対し強硬に反発していました。欧州内部の支援すら及び腰になっている状況なのです。
■新興国時代の終わりと低成長時代の到来
コロナ禍は世界経済の構造を大きく変えそうですが、その一つに過去30年で世界をけん引してきた新興国の時代の終焉(しゅうえん)があるとみています。
最大の新興国であった中国は、米中対立の深刻化の中これまでのような経済成長は望めなくなるでしょう。
その上で前述したような新興国の弱体化が生じるのだとすれば、世界は低成長の時代へ突入することになります。
低成長の時代というと悲観的な印象を持たれる方が多いでしょうが、日本にとってはそうではありません。
世界的に成長性が薄れるなら、投資家の注目はバリュー(割安さ)に向きます。
仮にそうなれば、主要市場では依然割安な日本株に対する注目が集まるでしょう。
そもそも、このコロナ禍の中で日本の被害は驚くほど軽微です。
海外メディアでもようやくこの点を素直に評価する論調が出始めました。
それに伴い、日本がもともと持っていた「安心・安全」というイメージはさらに強まるでしょう。
それは投資家が日本株をさらに評価することにもつながります。
■中国から引き揚げたマネーは日本へ
既に日本株再評価の兆候は出ています。
コロナ禍による期待と懸念が交錯し、米株が乱高下する中でも日本株はじりじりと上昇しています。
今はまだヘッジファンドなどの短期筋が主導する相場ですが、コロナ禍が落ち着いて長期投資家が戻ってくるようなことになれば、日本株の底堅さはさらに強まることになるでしょう。
今後を考える上で、日本株にはもう一つの追い風もあります。意外に思われるかもしれませんが、それは米中対立です。
トランプ米大統領は、中国への反発を強めるとともに中国株への投資自体も批判しつつあります。
これを受けて、米国の連邦職員向けの年金基金は中国株への投資開始計画を取り下げました。
米株式市場からの中国株排除の動きが進めば、米MSCIといった指数算出会社も各種指数(インデックス)から中国株を外さざるを得なくなるでしょう。
そうなれば、機関投資家は一斉に中国株から資金を引き揚げることになります。
その資金が向かう先は、恐らくは同じアジアの日本でしょう。
前述したように、日本株は長年割安なまま放置されてきました。
その上、コロナ禍の被害も軽微であり、経済活動再開に伴うリスクも軽微です。
米中対立に伴う需給の改善が、一段と日本株を押し上げることになるかもしれません。
振り返れば、1990年代のバブル崩壊以降、日本株から中国など新興国に投資マネーが移りました。
それから30年の時を経て日本にマネーが戻るのなら、やはり時代は繰り返すということなのかもしれません。
エミン・ユルマズ
トルコ出身。16歳で国際生物学オリンピックで優勝した後、奨学金で日本に留学。
留学後わずか1年で、日本語で東京大学を受験し合格。
卒業後は野村証券でM&A関連業務などに従事。2016年から複眼経済塾の取締役。ポーカープレーヤーとしての顔も持つ。