コロナで株上げた文大統領、経済低迷放置と対日横暴政策を元駐韓大使が解説
武藤正敏
2020/06/08 06:00
総選挙の勝利で文政権はやりたい放題
韓国文在寅政権率いる与党「共に民主党」は、4月15日に投開票された国会議員総選挙で300議席中177議席を獲得して大勝利を収めた。
韓国では与野党で対決する法案を国会で通すためには、60%以上の賛成票を獲得する必要がある。
これまで与党は60%を押さえることができていなかったので、文政権は国会に足を引っ張られてきた。
しかし、新たに招集する国会では、与党系の少数政党を加えれば、与党である革新陣営の求める法案を可決することが可能となる。
文政権与党の勝利には2つの要因がある。
新型コロナウイルス特集など、最新情報をモバイルで
一つは、新型コロナウイルス感染症の拡大を一時的に封じ込め支持が高まったことで、これまでの文政権の強引で危険な体質を露わにせずに済み、かつ内政、経済、外交の失敗への審判を仰がずに済んだこと(詳細は拙書「文在寅の謀略――すべて見抜いた」ご参照)。
もう一つは、保守系政党がまとまらず、結束が弱いままの状態で選挙を迎えたことである。
このように“無風”ともいえる選挙で勝利できたことによって、文大統領はこれまでの2年間で噴出した不祥事や失政について反省することなく、より一層、左派長期政権の夢に向かって突き進んでいくだろう。
文政権はこれまで、行政と司法で最後の砦となっていた検察を無力化することで、絶対的な権力を確立し、言論まで抑え込んできた。
ここにきて立法も支配下に置くことに成功し、独裁的な権力基盤を確立した。
文政権に残された任期は2年半である。韓国では独裁政権であっても5年の任期は延長できない。
これまでの歴代政権は、任期終盤が近づいてくると、レームダックとなることが多かった。その意味で権力がピークとなった今が、文政権の目指す政策遂行の最も良い機会である。
そうした状況下で、文政権がいかに対応しようとしているのか検証してみたい。
韓国経済は危機的状況
韓国銀行は5月28日、利下げに踏み切った。
新型コロナによって世界経済の低迷が続いており、輸出依存度の高い韓国経済のファンダメンタルズは急速に悪化している。
それに加え、米中対立の板挟みに喘いでいる。そうした状況下、韓国経済は消費・投資・輸出・雇用のいずれの面でも深刻な状況となっている。
特に文政権にとって深刻なのが若年層の失業率の高止まりである。
労組が賃上げを求め続けた結果、企業の新卒学生の採用意欲が落ち込み、就業機会自体が減少しているのだ。
そこに新型コロナや米中の対立で、韓国の輸出は急減してしまった。
しかし、文政権の対応は、財政出動を通じて資金をばらまくだけであり、経済回復へのビジョンは見えない。
韓国の世論調査会社、リアルメーターによれば、一時70%を超えた文政権支持率も足元では60%を割り込んだ。
若者を中心に失業への不安から、為政者への批判は徐々に増していくだろう。
もちろん経済状況が苦しいのは韓国だけではない。日本や欧米も同様である。
しかし、韓国経済は輸出依存度が高いだけに、他国よりもより深刻な打撃を受ける可能性があるということだ。
財閥たたきは韓国経済の困難を一層深める
このような時、韓国経済を救えるのは輸出型財閥企業である。
李明博(イ・ミョンバク)元大統領もリーマンショック後、財閥系企業の活力を最大限活用し、OECD諸国の中でいち早く国内経済を回復させた。
財閥企業は韓国にとって極めて重要な存在なのだが、文政権は反財閥を鮮明にしている。
文政権は就任当初から、財閥経営への発言力を高めたいと動いてきた。
そのため、財閥企業で労働組合を活動させ、それを通じて影響力を発揮しようと画策してきたのだ。
一番の標的となったのが韓国最大の財閥、サムスングループある。
サムスンでは創業以来伝統的に「無労組経営」を行ってきた。
だが昨年12月、サムスングループの経営幹部2人が「労働組合および労働関係調整法」違反の罪で実刑判決を受けたことから、グループ内の労組結成が認められた。
この背後に、文政権の暗躍があったことは想像に難くない。
そんなサムスンに対して、文政権はさらなる圧力の行使に出た。
ソウル地検は4日、15年のグループ傘下2社の合併と、グループの事実上のオーナーである李在鎔(イ・ジェヨン)副会長の、グループ経営権継承をめぐる不正疑惑に絡み、李氏と元サムスンの最高幹部2名の逮捕状を請求した。
李氏らには資本市場法違反(不正取引及び相場操作)、株式会社の外部監察に関する法律違反の容疑が適用されている。
サムスン側はこれに強い遺憾の意を示し、国民の視点で捜査継続や起訴の可否などを審議してもらうため、検察捜査審議会の招集を求めている。
このような動きは、政権と財閥の対立を一層先鋭化させ、新型コロナからの経済回復に一層の足かせとなっていくであろう。
韓国経済の弱点は金融
韓国の通貨ウォンは国際通貨ではなく、このことが韓国の銀行のドル調達に不利な立場を強いてきた。
このため、故盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領の時代から、ソウルを「北東アジアの金融ハブ」にしようと取り組んできた。
しかし、文政権はこうした努力を台無しにしている。
ソウルは英調査機関が公表している金融センターの国際的競争力の指標である「国際金融センター指数」で、08年の53位から15年には6位まで順位を上げていた。
しかし、文大統領が就任してから順位は再び低下し昨年は36位、今年は33位と、「北東アジアの金融ハブ」という夢は遠ざかるばかりである。
折しも中国が香港国家保安法を制定し、香港の「一国二制度」を事実上反故にしようとする動きに対して、米国を中心に批判が高まって対立が深まり、米ニューヨーク、英ロンドンと並ぶ世界3大金融センターの一角である香港の地位が大きく揺らいでいる。
どこが香港に取って代わるかに関心が集まっており、シンガポールや上海、東京などが争っているが、ソウルは候補にすら上がっていない。
それだけ、文政権になってからの韓国経済の世界経済における位置づけが低くなっているということだろう。
JPモルガンやバークレイズ、UBSなどの外資系投資銀行が相次いで韓国から撤退したことも、そうした事情を反映している。
韓国で事業を継続している外資系金融機関も従業員数や事業規模を縮小しているところが多い。
韓国のウォン安が進むとウォン投げ売りのリスクが高まる。
新型コロナによるウォン安進行の際には、米連邦準備制度理事会(FRB)が通貨スワップに応じたことから事なきを得たが、次にウォン安が進行した時に、文政権は対応する術を持っているのだろうか。
コロナ封じ込めの成果を外交に生かしていない
文政権の政策について最初の2年間の国際的評価は低かった。
しかし、欧米が苦しむ中、新型コロナを封じ込めたことで、その評価が著しく高まっている。
5月にオンラインで行われたWHO総会では、テドロス事務局長から要請されて文大統領が基調演説を行った。
また、9月に行われるG7サミットではロシアとオーストラリア、インドの首脳とともに招待された。
韓国国内では、これは李明博元大統領時代にG20のメンバーとなったことを超える功績であり、国格を高めるものだと歓迎する論調が目立っている。
韓国は常に日本を意識しているので、日本と同格になったと自尊心をくすぐられたのであろう。
しかし、韓国がこうした国際舞台で先進国としての役割を果たせる準備ができているかが問題である。
これまでの韓国の外交といえば、北朝鮮との関係で国際社会の中でいかに立ち回るかを考えるのが主たるものだった。
韓国はいまだに北朝鮮に対し、卑屈に対応するだけで、一言でも北朝鮮が反発すればすぐに折れるという姿勢を繰り返している。
つい先日も、金与正(キム・ヨジョン)朝鮮労働党第一副部長が、韓国の脱北者団体が北朝鮮に向けて飛ばしている体制非難のビラを問題視し、南北軍事合意の破棄に言及したところ、
青瓦台はすぐに「ビラは百害無益な行動」であり、「安全保障に危害をもたらす行為には断固対応する」と、北朝鮮におもねるような声明を発表した。
国際社会は北朝鮮への対応で核ミサイル開発をいかに阻止するかを最重要視しているが、文政権はその足並みを乱しているだけではなく、対北朝鮮外交の本質を見失っている。
G7サミットに、米国が中国周辺の4カ国を招待した意図は明白である。
中国も「中国包囲網の形成」だと反発している。
韓国は米中の狭間でどう動くつもりだろうか。
米国が中国のファーウェイ製品の使用自粛を求めたとき、文政権は対応せず、右往左往するだけであった。
「G7+4」の場で韓国の外交の実力が見えるだろう。
日韓関係は最悪の状況に突き進んでいる
文政権の外交でもっとも極端なのが日本に対する政策である。
産業資源通商部は5月12日、月末を期限として日本に輸出規制の撤回を迫った。
韓国としては、輸出管理の人員と組織を充実させるなどの体制整備を図ったという自負があったのだろう。
しかし、実際の運用面で懸念が晴れなかったことから、日本は韓国側の要望に応じなかった。
すると韓国はWTOへの再提訴を行った他、昨年米国も巻き込んで大騒ぎになった軍事情報包括保護協定(GSOMIA)終了もちらつかせた。
ただ、WTOに提訴しても最終審査までには2年以上必要とされ、上級委員会も機能を停止していることから、提訴の実効性は乏しい。
また、GSOMIA終了は米国が強く反対していることから、直ちに実行は難しいだろう。
そこで、韓国は次の手段に踏み切った。それが元徴用工に関連する日本企業の資産の現金化の手続きをさらに進めるための裁判所の公示通達である。
これは裁判所に掲示するか官報に公告することで、裁判を進めることを可能とする制度である。
これは行政府ではなく裁判所の動きであるが、輸出規制で日本が譲歩しなかったことを受けて突然出てきたことから、大統領の意向を反映していることは間違いないだろう。
日本政府は、日本企業の資産の現金化は国際法違反の状態を一層悪化させるものであるとして報復を匂わせているが、文政権はそれでも現金化が最も効果的な手段だと勘違いしているのだろう。
現金化が行われれば、双方の報復の連鎖によって日韓関係は最悪な状況に陥るだろう。
文政権の、相手国の意向を無視して強引な政策で自己主張するという悪弊は、依然として治らぬままである。
革新系の不正は断固庇う文政権
内政面では元挺対協代表、前正義連理事長で、「共に市民党」から比例代表で当選した尹美香(ユン・ミヒャン)議員についての不正疑惑が噴出している。
元慰安婦への寄付金を慰安婦のために使わず個人的に流用したこと、
政府補助金を適正に申告せず着服したこと、
資金の受け皿として個人名義の口座を使ったこと、
元慰安婦の憩いの場として購入した不動産購入をめぐる不透明な資金の流れや、
娘を米国へ音楽留学させた費用を不正に捻出した疑惑など、枚挙にいとまがない。
当初これを批判していたのが保守系の政党とメディアであったことから、
ユン氏への批判は親日派が慰安婦問題を風化させるための策動だとして、市民団体を動員して批判の矛先を変えようとした。
しかし、疑惑が深まるにつれ、与党の中にもユン氏が説明責任を果たすべきとの声が高まっている。
それでも、与党幹部は事態の推移を見守る姿勢であり、与党関係者には緘口令を敷いてユン氏批判を封じ込めている。
さらに文大統領は、これは与党の問題であるとして、事件から距離を置いている。
これまでも文政権は、政権幹部のスキャンダルが出るたびにもみ消してきた。今回の流れも同様だろう。
しかし今回違うのは、これを告発したのが「被害者中心主義」の主役である元慰安婦であることだ。
ユン氏の疑惑が出たことから、韓国では市民団体への寄付金が減少しているという。
文大統領はかつて市民活動に身を投じていた。
そんな文大統領が重視してきた市民活動が資金難に陥ろうとしている時に、曺国(チョ・グク)前法務部長官のスキャンダルをもみ消したようないい加減な対応でいいのだろうか。
文政権は市民団体からも支持を得て、政権を奪取した。
今回のスキャンダルが、文大統領の「終わりの始まり」として記憶される可能性もあるだろう。
(元駐韓国特命全権大使 武藤正敏)
武藤正敏
2020/06/08 06:00
総選挙の勝利で文政権はやりたい放題
韓国文在寅政権率いる与党「共に民主党」は、4月15日に投開票された国会議員総選挙で300議席中177議席を獲得して大勝利を収めた。
韓国では与野党で対決する法案を国会で通すためには、60%以上の賛成票を獲得する必要がある。
これまで与党は60%を押さえることができていなかったので、文政権は国会に足を引っ張られてきた。
しかし、新たに招集する国会では、与党系の少数政党を加えれば、与党である革新陣営の求める法案を可決することが可能となる。
文政権与党の勝利には2つの要因がある。
新型コロナウイルス特集など、最新情報をモバイルで
一つは、新型コロナウイルス感染症の拡大を一時的に封じ込め支持が高まったことで、これまでの文政権の強引で危険な体質を露わにせずに済み、かつ内政、経済、外交の失敗への審判を仰がずに済んだこと(詳細は拙書「文在寅の謀略――すべて見抜いた」ご参照)。
もう一つは、保守系政党がまとまらず、結束が弱いままの状態で選挙を迎えたことである。
このように“無風”ともいえる選挙で勝利できたことによって、文大統領はこれまでの2年間で噴出した不祥事や失政について反省することなく、より一層、左派長期政権の夢に向かって突き進んでいくだろう。
文政権はこれまで、行政と司法で最後の砦となっていた検察を無力化することで、絶対的な権力を確立し、言論まで抑え込んできた。
ここにきて立法も支配下に置くことに成功し、独裁的な権力基盤を確立した。
文政権に残された任期は2年半である。韓国では独裁政権であっても5年の任期は延長できない。
これまでの歴代政権は、任期終盤が近づいてくると、レームダックとなることが多かった。その意味で権力がピークとなった今が、文政権の目指す政策遂行の最も良い機会である。
そうした状況下で、文政権がいかに対応しようとしているのか検証してみたい。
韓国経済は危機的状況
韓国銀行は5月28日、利下げに踏み切った。
新型コロナによって世界経済の低迷が続いており、輸出依存度の高い韓国経済のファンダメンタルズは急速に悪化している。
それに加え、米中対立の板挟みに喘いでいる。そうした状況下、韓国経済は消費・投資・輸出・雇用のいずれの面でも深刻な状況となっている。
特に文政権にとって深刻なのが若年層の失業率の高止まりである。
労組が賃上げを求め続けた結果、企業の新卒学生の採用意欲が落ち込み、就業機会自体が減少しているのだ。
そこに新型コロナや米中の対立で、韓国の輸出は急減してしまった。
しかし、文政権の対応は、財政出動を通じて資金をばらまくだけであり、経済回復へのビジョンは見えない。
韓国の世論調査会社、リアルメーターによれば、一時70%を超えた文政権支持率も足元では60%を割り込んだ。
若者を中心に失業への不安から、為政者への批判は徐々に増していくだろう。
もちろん経済状況が苦しいのは韓国だけではない。日本や欧米も同様である。
しかし、韓国経済は輸出依存度が高いだけに、他国よりもより深刻な打撃を受ける可能性があるということだ。
財閥たたきは韓国経済の困難を一層深める
このような時、韓国経済を救えるのは輸出型財閥企業である。
李明博(イ・ミョンバク)元大統領もリーマンショック後、財閥系企業の活力を最大限活用し、OECD諸国の中でいち早く国内経済を回復させた。
財閥企業は韓国にとって極めて重要な存在なのだが、文政権は反財閥を鮮明にしている。
文政権は就任当初から、財閥経営への発言力を高めたいと動いてきた。
そのため、財閥企業で労働組合を活動させ、それを通じて影響力を発揮しようと画策してきたのだ。
一番の標的となったのが韓国最大の財閥、サムスングループある。
サムスンでは創業以来伝統的に「無労組経営」を行ってきた。
だが昨年12月、サムスングループの経営幹部2人が「労働組合および労働関係調整法」違反の罪で実刑判決を受けたことから、グループ内の労組結成が認められた。
この背後に、文政権の暗躍があったことは想像に難くない。
そんなサムスンに対して、文政権はさらなる圧力の行使に出た。
ソウル地検は4日、15年のグループ傘下2社の合併と、グループの事実上のオーナーである李在鎔(イ・ジェヨン)副会長の、グループ経営権継承をめぐる不正疑惑に絡み、李氏と元サムスンの最高幹部2名の逮捕状を請求した。
李氏らには資本市場法違反(不正取引及び相場操作)、株式会社の外部監察に関する法律違反の容疑が適用されている。
サムスン側はこれに強い遺憾の意を示し、国民の視点で捜査継続や起訴の可否などを審議してもらうため、検察捜査審議会の招集を求めている。
このような動きは、政権と財閥の対立を一層先鋭化させ、新型コロナからの経済回復に一層の足かせとなっていくであろう。
韓国経済の弱点は金融
韓国の通貨ウォンは国際通貨ではなく、このことが韓国の銀行のドル調達に不利な立場を強いてきた。
このため、故盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領の時代から、ソウルを「北東アジアの金融ハブ」にしようと取り組んできた。
しかし、文政権はこうした努力を台無しにしている。
ソウルは英調査機関が公表している金融センターの国際的競争力の指標である「国際金融センター指数」で、08年の53位から15年には6位まで順位を上げていた。
しかし、文大統領が就任してから順位は再び低下し昨年は36位、今年は33位と、「北東アジアの金融ハブ」という夢は遠ざかるばかりである。
折しも中国が香港国家保安法を制定し、香港の「一国二制度」を事実上反故にしようとする動きに対して、米国を中心に批判が高まって対立が深まり、米ニューヨーク、英ロンドンと並ぶ世界3大金融センターの一角である香港の地位が大きく揺らいでいる。
どこが香港に取って代わるかに関心が集まっており、シンガポールや上海、東京などが争っているが、ソウルは候補にすら上がっていない。
それだけ、文政権になってからの韓国経済の世界経済における位置づけが低くなっているということだろう。
JPモルガンやバークレイズ、UBSなどの外資系投資銀行が相次いで韓国から撤退したことも、そうした事情を反映している。
韓国で事業を継続している外資系金融機関も従業員数や事業規模を縮小しているところが多い。
韓国のウォン安が進むとウォン投げ売りのリスクが高まる。
新型コロナによるウォン安進行の際には、米連邦準備制度理事会(FRB)が通貨スワップに応じたことから事なきを得たが、次にウォン安が進行した時に、文政権は対応する術を持っているのだろうか。
コロナ封じ込めの成果を外交に生かしていない
文政権の政策について最初の2年間の国際的評価は低かった。
しかし、欧米が苦しむ中、新型コロナを封じ込めたことで、その評価が著しく高まっている。
5月にオンラインで行われたWHO総会では、テドロス事務局長から要請されて文大統領が基調演説を行った。
また、9月に行われるG7サミットではロシアとオーストラリア、インドの首脳とともに招待された。
韓国国内では、これは李明博元大統領時代にG20のメンバーとなったことを超える功績であり、国格を高めるものだと歓迎する論調が目立っている。
韓国は常に日本を意識しているので、日本と同格になったと自尊心をくすぐられたのであろう。
しかし、韓国がこうした国際舞台で先進国としての役割を果たせる準備ができているかが問題である。
これまでの韓国の外交といえば、北朝鮮との関係で国際社会の中でいかに立ち回るかを考えるのが主たるものだった。
韓国はいまだに北朝鮮に対し、卑屈に対応するだけで、一言でも北朝鮮が反発すればすぐに折れるという姿勢を繰り返している。
つい先日も、金与正(キム・ヨジョン)朝鮮労働党第一副部長が、韓国の脱北者団体が北朝鮮に向けて飛ばしている体制非難のビラを問題視し、南北軍事合意の破棄に言及したところ、
青瓦台はすぐに「ビラは百害無益な行動」であり、「安全保障に危害をもたらす行為には断固対応する」と、北朝鮮におもねるような声明を発表した。
国際社会は北朝鮮への対応で核ミサイル開発をいかに阻止するかを最重要視しているが、文政権はその足並みを乱しているだけではなく、対北朝鮮外交の本質を見失っている。
G7サミットに、米国が中国周辺の4カ国を招待した意図は明白である。
中国も「中国包囲網の形成」だと反発している。
韓国は米中の狭間でどう動くつもりだろうか。
米国が中国のファーウェイ製品の使用自粛を求めたとき、文政権は対応せず、右往左往するだけであった。
「G7+4」の場で韓国の外交の実力が見えるだろう。
日韓関係は最悪の状況に突き進んでいる
文政権の外交でもっとも極端なのが日本に対する政策である。
産業資源通商部は5月12日、月末を期限として日本に輸出規制の撤回を迫った。
韓国としては、輸出管理の人員と組織を充実させるなどの体制整備を図ったという自負があったのだろう。
しかし、実際の運用面で懸念が晴れなかったことから、日本は韓国側の要望に応じなかった。
すると韓国はWTOへの再提訴を行った他、昨年米国も巻き込んで大騒ぎになった軍事情報包括保護協定(GSOMIA)終了もちらつかせた。
ただ、WTOに提訴しても最終審査までには2年以上必要とされ、上級委員会も機能を停止していることから、提訴の実効性は乏しい。
また、GSOMIA終了は米国が強く反対していることから、直ちに実行は難しいだろう。
そこで、韓国は次の手段に踏み切った。それが元徴用工に関連する日本企業の資産の現金化の手続きをさらに進めるための裁判所の公示通達である。
これは裁判所に掲示するか官報に公告することで、裁判を進めることを可能とする制度である。
これは行政府ではなく裁判所の動きであるが、輸出規制で日本が譲歩しなかったことを受けて突然出てきたことから、大統領の意向を反映していることは間違いないだろう。
日本政府は、日本企業の資産の現金化は国際法違反の状態を一層悪化させるものであるとして報復を匂わせているが、文政権はそれでも現金化が最も効果的な手段だと勘違いしているのだろう。
現金化が行われれば、双方の報復の連鎖によって日韓関係は最悪な状況に陥るだろう。
文政権の、相手国の意向を無視して強引な政策で自己主張するという悪弊は、依然として治らぬままである。
革新系の不正は断固庇う文政権
内政面では元挺対協代表、前正義連理事長で、「共に市民党」から比例代表で当選した尹美香(ユン・ミヒャン)議員についての不正疑惑が噴出している。
元慰安婦への寄付金を慰安婦のために使わず個人的に流用したこと、
政府補助金を適正に申告せず着服したこと、
資金の受け皿として個人名義の口座を使ったこと、
元慰安婦の憩いの場として購入した不動産購入をめぐる不透明な資金の流れや、
娘を米国へ音楽留学させた費用を不正に捻出した疑惑など、枚挙にいとまがない。
当初これを批判していたのが保守系の政党とメディアであったことから、
ユン氏への批判は親日派が慰安婦問題を風化させるための策動だとして、市民団体を動員して批判の矛先を変えようとした。
しかし、疑惑が深まるにつれ、与党の中にもユン氏が説明責任を果たすべきとの声が高まっている。
それでも、与党幹部は事態の推移を見守る姿勢であり、与党関係者には緘口令を敷いてユン氏批判を封じ込めている。
さらに文大統領は、これは与党の問題であるとして、事件から距離を置いている。
これまでも文政権は、政権幹部のスキャンダルが出るたびにもみ消してきた。今回の流れも同様だろう。
しかし今回違うのは、これを告発したのが「被害者中心主義」の主役である元慰安婦であることだ。
ユン氏の疑惑が出たことから、韓国では市民団体への寄付金が減少しているという。
文大統領はかつて市民活動に身を投じていた。
そんな文大統領が重視してきた市民活動が資金難に陥ろうとしている時に、曺国(チョ・グク)前法務部長官のスキャンダルをもみ消したようないい加減な対応でいいのだろうか。
文政権は市民団体からも支持を得て、政権を奪取した。
今回のスキャンダルが、文大統領の「終わりの始まり」として記憶される可能性もあるだろう。
(元駐韓国特命全権大使 武藤正敏)