●説明が難しい「半導体」

「半導体」と略して呼ばれているが、本当は「半導体集積回路」である。

「半導体」は物質の電気伝導性を示す性質であって、半導体集積回路の本質は、実は略されている「集積回路」のほうにある(しかし以下では「半導体」と略して書くことにする)。

 その半導体は、PC、スマートフォン(スマホ)、液晶テレビなどのデジタル家電、冷蔵庫や洗濯機などの白物家電、自動車など、ありとあらゆる製品に搭載されている。

また、電車の運行システム、銀行や証券会社の業務、電気、ガス、水道など社会インフラの制御に至るまで、広範囲に半導体が使われている。

すなわち、現在の人類の文化的生活は、もはや「半導体」なしにはあり得ない。

 そして昨年以降、IoT(モノのインターネット化)が本格的に普及し、人類が生み出すデジタルデータ量が飛躍的に増大した結果、そのビッグデータを記憶するために途轍もない台数のサーバーが必要になった。

そのため、大量の半導体が必要となり、世界の半導体市場が急拡大している。

 しかし、半導体をよく知らない人に、「人類の文化的生活に半導体は必要不可欠」だとか「昨年以降、世界半導体市場が急拡大している」ことを正確に伝えることは相当難しい。

なぜなら、半導体そのものが十分理解されていないわけだから、「その市場が急拡大した」と言っても、「だから、なんなんだ?」ということになってしまう。

 筆者は、半導体関係の記事を書くジャーナリストであり、半導体関係企業のコンサルタントでもある。

だから、これらの仕事を行う際に、「半導体とは何か」を説明するのに相当苦労している。

専門用語を多用して難しいことを難しく言うのは、実は簡単なことだ。

一方、専門的なことなのに、専門用語を使わずに、難しいことをやさしく説明するのは、なかなか難しい。

しかし、これができないと、ジャーナリストやコンサルタントの仕事を進めることができない場面が多いのである。

 本稿では、半導体を知らない人に、どのように説明すればわかってもらえるかをケース別に述べてみたい。その対象となるのは、以下の3ケースである。

(1)理工系の大学生のように、少しは知っているけど、詳しくは知らない人
(2)本当にまったく知らない人
(3)妻がPCやスマホを買う場合にプロセッサやメモリをどう選ぶかを説明するとき

●(1)理工系の大学生に説明する場合

 筆者は毎年、東北大学大学院工学研究科機械工学専攻の博士課程で、一日かけて半導体に関する集中講義を行っている。その講義の冒頭で、半導体の説明に使っているのが図1である。

 PCを分解すると、約10点の部品から構成されていることがわかる。

その内、レコードプレーヤーのような構造となっているハードディスクドライブ(HDD)には、Windows7や10など、巨大なソフトウエアであるOperating System(OS)が格納されている。

PCを起動すると、「カシャカシャ」という音が聞こえることがあるが、これはHDDがOSを読み取っている音である。

 最近はHDDに替わって、Solid State Drive(SSD)が使われるPCが主流となってきた。

SSDには、NANDフラッシュ(以下NAND)という半導体メモリが搭載されている。

HDDに比べてSSDは振動に強く、消費電力が低く、動作速度が速い。

一方、HDDがSSDより優れているのは低価格の一点のみだったが、ここ数年、SSDの価格がHDDと同等レベルまで下がってきたため、ほとんどのPCではSSDを使うようになっている。

 HDDもSSDも、人間の脳にたとえると、「長期記憶」に相当する役割を担っている。

PCの電源を切っても、HDDやSSDの記憶は消えない。すなわち、一度読み込んだデータは長期間、記憶される。

 最近主流となったSSDに使われているNANDにおいては、世界シェア1位が韓国のサムスン電子で、2位は昨年どこが買収するかと大騒動をした東芝メモリである。

 SSDに記憶されていたWindows7などのOSは、DRAMという半導体メモリに移行される。

DRAMは、NANDと違って電源を切ると記憶が消えてしまうメモリであり、SSDほど大容量の記憶はできない。

しかし、高速に読み出し書き込み動作ができるという特徴がある。人間の脳でいえば、「短期記憶」に相当する役割を担っている。

 1980年代中頃、日本はDRAMの売上高シェアで世界の80%を占めていたが、その後、凋落し、現在は韓国のサムスン電子がシェア1位である。

DRAMのすぐ近くには、プロセッサ(Central Processing Unit、CPUともいう)という半導体がある。プロセッサは、人間の脳で言えば「思考する」役割を担っている。

人間がキーボードに入力し、そのデータをDRAMが記憶し、そのDRAMとプロセッサがデータをやり取りしながら、ワークを行う。

その結果、ワードで文章を書いたり、エクセルで表をつくったり、パワーポイントで図を作成したりすることができるようになっている。

 このパソコン用のプロセッサでは、米インテルが世界の80%のシェアを占めている。

しかし、スマホの登場によってPCが売れなくなり、スマホのプロセッサに参入でなかったインテルは、24年間1位の座に君臨していた世界半導体売上高ランキングで、サムスン電子に抜かれて2位に転落してしまった。

 このように、最近のPCには、プロセッサ、DRAM、NANDの3種類の半導体が搭載されている。

 そして世の中には、もう一種類、System-on-a-chip(SoC)と呼ばれる半導体がある。

SOCとは、プロセッサやメモリをひとつにまとめ、その1チップだけで、あるひとつのシステムが動作するようにした半導体である。

もっと簡単に言うと、「思考も記憶もする」半導体である。

 SOCにおいては、設計を専門に行うファブレスという半導体企業が多数存在し、ファブレスが設計したSOCを専門に製造するファンドリーという半導体企業が存在する。

そのなかで特に、アップルのiPhone用のSOC(アプリケーション・プロセッサと呼んでいる)を独占的に製造している台湾のTSMCがファンドリーのチャンピオンである。

 以上が、理工系の大学生用の半導体の説明である。半導体関連企業での講演を行う際にも、概ねこれと同じ説明を行うことにしている。

●(2)本当にまったく知らない人

 筆者は、半導体製造装置の部品をつくっているある会社のコンサルを務めている。

その会社でのコンサル終了後、会食を行い、さらに2次会でスナックに行ったときのことである。

筆者の両隣りにはホステスさんが座って水割りをつくりながら、「どんなお仕事をされているのですか?」と聞いてきた。

 よくある会話だが、これに正確に答えるとなると、「プロセッサやメモリなどの半導体をつくるためには10種類ほどの製造装置が必要で、一つひとつの製造装置は約3000点からの部品から構成されており、この会社はその部品のひとつをつくっていて、私はその部品の売れ行きが良くなるようにコンサルを行っている」ということになる。

 しかし、この説明では、相手にはまったく理解されないであろう。

まず、半導体がわからないだろうし、それをつくるための製造装置というのもわからないだろうし、その部品になるともっとわからないに違いない。

 そこで、即興で、次のような説明を行った。

皆さんはスマホを持ってますね? あなたはiPhoneですね。あなたはソニーのエクスぺリアですね。そのスマホの中には、3人のこびとが入っているのです(図2)。それは、“記憶するこびと”“考えるこびと”“大声で叫んで通信するこびと”の3人です。

 まず、皆さんのスマホにはたくさんの人の電話番号が記憶されているでしょう。

それから、カメラで撮った写真もたくさん入っていますよね。それは、“記憶するこびと”がいるからスマホが覚えていてくれるんですよ。

 次に、皆さんはスマホで音楽を聞いたり、LINEをしたり、ネットショッピングをしたり、いろいろなアプリを使いますよね。そんなとき、“考えるこびと”が音楽ならここにつなぎ、LINEならここにつなぎ、というように、スマホの中で仕事をしているのです。

 最後に、電話をかけたり、メールを出したり、ネットにつなげて検索したりしますよね。

そのときは、“通信するこびと”が活躍しています。人間には聞こえない大声で、他の人のスマホに『おーい、電話だぞー』と叫んでいるのです。

 このように、スマホの中には3人のこびとが入っているのですが、そのこびとをつくるための装置があるのです。

その装置はたくさんの精密な部品からできていて、この会社はその部品のひとつをつくっている会社です。

そして僕は、その部品が売れるようにと雇われたコンサルタントというわけです」

 以上の説明は非常に好評でした。

そして帰り際には、「次は3人のこびとをどうやってつくっているか知りたーい!」と言われました。

しかし、それは非常に難しい問題で、まだ妙案はありません(幸い、そのスナックに行く機会は、まだありません)。

●(3)妻がPCやスマホを買う場合にプロセッサやメモリをどう選ぶかを説明するとき

 筆者の妻は、大手出版社の下請けとして、子供向け絵本の編集や校正の仕事をしている。

出版業界は、WindowsではなくMacを使う文化があり、それゆえ、筆者の妻もデスクトップのMacを2台、ノートブックを1台、合計3台をフルに使って仕事をしている。

 昨年、妻はデスクトップのMacを買い替えることにしたのだが、何をどう選んだらよいか迷っていたため、いくつかのアドバイスをした。

 たとえば、iMacのプロセッサについては、「27インチモデルには最大4.2GHz、21.5インチモデルには最大3.6GHzの第7世代のインテルプロセッサを載せることができます」と書かれている。

また、DRAMについては、「8GB(ギガバイト)から16GB、32GB、64GBへ増設可能」と書かれており、SSDは、「1TB(テラバイト)、2TB、3TB」などの選択肢がある。

 妻は、プロセッサ、DRAM、SSDの役割を知らないので(恐らく多くの人がそうであろうが)、それが「何GHz」「何GB」「何T」などと書かれていても、どう選んでいいかわからないのである。

そして当然、DRAMやSSDは、その容量が大きいほど、PCの値段は高い。だからといって、そのスペックを下げると、大量の画像を扱う仕事だけに、効率が恐ろしく悪くなる可能性もある。

 そこで、次のような例え話をして、プロセッサ、DRAM、SSDを選択させた(というより筆者が“えいやっ”と選択した)。

「プロセッサは料理人だと思えばいい。3.6GHzとか、4.2GHzとかは、料理人のパフォーマンスのようなものだ。

もっと簡単にいえば、料理する速度だと思えばいい」

 この説明により、「より重い画像データを、より速く処理したい」ことから、最大4.2GHzになるプロセッサが搭載されている27インチのタイプを選択することになった。

 次はDRAMやSSDについてである。

「料理人にとって、DRAMとは、まな板のようなものである。DRAMの容量が大きいほど、冷蔵庫にある食材をたくさん並べたり、より大きな食材を包丁で切ったりすることができる。そして冷蔵庫がSSDだと思えばいい。SSDの容量が大きいほど、たくさんの、しかも重たいデータを格納しておくことができる」

 この説明によって、DRAMは32GB、SSDは2Tを選択することになった。

筆者のノートPCが2.6GHz、DRAMが8GB、SSDが256GBであることを考えると、相当なハイスペックであるが、扱う画像データ量が半端ではないので、この位は必要だろうと見立てて選定させた。

●2年前から半導体メモリやSOCが爆発的に伸びている

 ここまで、理工学部の大学生用、まったく知らない人用、妻用に、筆者が半導体をどのように説明しているかを紹介した。

相当苦労していることをご理解いただければと思う。また、「その説明は使えるな」と思われたら、ご利用ください。

 2016年以降、本格的にIoTが普及し始め、人類が生み出すデジタルデータが指数関数的に増大している。そのビッグデータを記憶するために、世界中でデータセンターの建設ラッシュとなっている。

そのデータセンターには、大量のサーバーが設置され、そのサーバーにはこれまた大量のSSDが搭載されている。そのSSDの基幹部品が半導体メモリのNANDである。

 16年以降、NANDはつくってもつくっても足りない状態となった。

また、サムスン電子、SK Hynix、マイクロンの3社に集約されてしまったDRAMは、この3社が“緩やかな談合”を行い、生産調整をした結果、価格が2倍以上に高騰した。

 そのため、半導体種類ごとの月毎売上高においては、メモリ市場がほぼ垂直に立ち上がっている(図4)。

また、毎年世界で約15億台出荷されるようになったスマホ用プロセッサはSOCに分類されているが、この市場規模も飛躍的に増大している。

 一方、スマホの登場でPCが売れなくなってきたため、主としてPCに使用されるプロセッサの市場規模の伸びは低調だ。

また、スマホにはカメラが内蔵されている。そのカメラにはCMOSイメージセンサというアナログ半導体が入っている。

そのアナログ半導体の成長も、メモリやSOCに比べると大したことはない。

 つまり、現在はサーバーやスマホの中に搭載される“記憶するこびと”や、スマホの中の“考えるこびと”が大量につくられているのである。

最後まで読んでくださった方なら、図4の意味が、よくわかっていただけるものと思うが、いかがであろう?
(文=湯之上隆/微細加工研究所所長)