実質的に対外債務超過だ
2021.5.15
6月中旬に英国で開かれる先進7カ国(G7)首脳会議(サミット)を控え、日米欧の対中包囲網が焦点になっているが、中国の習近平政権の対外膨張路線を食い止められるかおぼつかない。
西側の金融資本が対中投資を増やしており、習政権はやすやすと対外投資を拡大できるからだ。
日本での5月の連休中、欧州では米英主導で対中政策論議が行われた。
3日にはブリンケン米国務長官が英国のラーブ外相と会談し、国際秩序を脅かす中国の行動を防ぐことが「先進国の責務だ」と述べた。
続いて開かれたG7外相会合の共同声明は、2006年以降で初めて台湾問題に言及したほか、東シナ海や南シナ海などでの「一方的行動への強い反対」を盛り込んだ。
欧州連合(EU)内では昨年12月に中国との間で基本合意した「包括的投資協定」の批准に慎重意見が増えている。
単独主義のトランプ前米政権とは打って変わった、バイデン政権の「対中G7協調」が動き出したかのように見える。
しかし確かに外交上はそうであっても、経済上はそうはならない現実がある。
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中国・武漢発の新型コロナウイルス・パンデミック(世界的大流行)のもと、世界でいち早く感染拡大を押さえ込んだ中国は経済のプラス成長を続けている。
EUの中でもドイツのメルケル首相は、中国市場頼みのドイツ産業界に引きずられて対中投資協定批准に執着している。
日本も先の日米首脳会談時のように共同声明では「対米協調」していても、習政権による香港の自治剥奪と市民弾圧や、新疆(しんきょう)ウイグル自治区でのすさまじい人権抑圧に対しても、何ひとつ制裁行動を取っていない。
20年度の貿易統計では日本の中国向けの輸出は15兆8997億円と前年度比で9・6%増えた。
全輸出に占める中国の比率は22・9%と過去最高で対米を抜き最大となった。
米国の対中貿易はどうか。今年3月までのコロナ禍の1年間は、さらにその前の1年間と比べ、輸出が33・8%増、輸入が12・9%増と拡大し、貿易赤字は5・1%増とそれまでの減少基調が反転した。
トランプ前政権が仕掛けた対中貿易戦争の成果は吹き飛んだ。
この分だと、バイデン流対中包囲網は外交上の修辞だけで終始し、実際の行動は極めて弱々しくなりかねない。
だからといって、習政権の対外膨張戦略を思いとどまらせる有効な手だてがないわけではない。
本欄で何度か指摘したように中国には致命的と言うべき弱点がある。
外貨金融だ。
中国は流入するドルに応じて人民元を発行し、高度経済成長を遂げてきた。
12年秋に中国共産党総書記となって実権を握った習氏は対外投資を加速。
西側企業の買収に加え、巨大経済圏構想「一帯一路」を打ち出し、アジア、アフリカさらに欧州、中南米にもインフラ整備受注などで影響力を強化した。
必要な外貨は貿易収支の黒字、さらに足りない部分は外国に対する負債で調達する。
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グラフは中国の対外負債、対外資産の推移であり、ずばり中国が事実上の「債務超過」状態にあることを示す。
対外資産の多くを占める外貨準備などの公的準備資産はドルに依存する中国の通貨・金融システムの土台なので動かせない。
それを除く資産が正味の対外資産であり、対外負債を大きく下回っている。
コロナ禍の中、日米欧の投資家による国際金融市場・香港経由の対中証券投資が急増している。
20年は中国の対外負債増加額が1兆ドル(約109兆円)あまりとなり、過去最大だった。
このうち約5割が株式投資と債券投資の受け入れによるもので、習政権は同時並行で対外資産を8500億ドル増やした。
この対外負債依存ぶりからすれば、習政権の対外膨張路線を封じる手段が見えてくる。西側世界が結束して対中投融資を控えることだ。
とはいえ問題はある。バイデン政権は、「ウォール街政権」と呼ばれたオバマ政権の焼き直しとも言え、国家経済会議(NEC)委員長や財務省高官は親中の金融資本大手出身者である。
強欲で高収益確保のために、北京にすり寄るウォール街に本拠を置く国際金融資本に対し、バイデン政権が自制を求める可能性は極めて低いかもしれない。
だが、中国では国有企業の債務不履行が相次ぎ、国際金融市場の波乱要因になりつつある。
ましてや、中国の脅威に直面している日本は黙っているわけにはいかない。
ウォール街は日本から流れ込んでくる巨額の余剰資金のおかげで、にぎわっているし、バイデン政権が大量発行する米国債の相場も安定している。
菅義偉(すが・よしひで)政権は毅然(きぜん)として金融面でバイデン政権に物申すべきなのだ。(編集委員)