文在寅、今になって日本に「半導体を供給するよう」泣きついたワケ
5/31(月) 7:02配信
真壁 昭夫(法政大学大学院教授)
韓国経済への足かせ
2019年にわが国は、安全保障貿易管理を適切に実施するために、フッ化水素、フッ化ポリイミド、レジストの韓国向け輸出管理を厳格化した。
それ以降、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)政権は、半導体の部材などの国内生産を増やして経済成長をめざすと主張した。
しかし、ここにきて、文氏の主張が韓国経済の効率性向上につながっていないことを示唆する新たな材料が出ている。
その一つとして、文政権がわが国などの半導体企業に車載用の半導体供給を求める公文書を送ったと報じられている。
足許の韓国経済にとって、雇用、輸出、さらには自動車の電動化への対応といった面で自動車産業の重要性は増している。
その状況下、日韓の関係の冷え込みが韓国自動車メーカーの車載用半導体確保に与える影響は軽視できない。
韓国は、わが国の自動車、電機、半導体などの生産技術の移転を重視することによって、先端分野での大量生産体制を確立し、外需を取り込んできた。
その経済構造は今後も続く可能性が高い。
長めの目線で今後の展開を考えると、文政権下で過去に例を見ないほどに日韓関係が悪化したことは、韓国経済にとって無視できない足かせと化す恐れがある。
世界的に深刻な車載半導体の不足
2020年秋ごろから、世界全体で半導体の不足が深刻化している。
その背景には、複数の要因がある。
まず、米国のトランプ前政権は、中国の通信機器大手ファーウェイへの禁輸措置を強化し、自国の知的財産や技術を用いて生産された半導体が供給されないように取り組んだ。
ファーウェイなど中国企業は半導体の在庫を確保しようと、台湾積体電路製造(TSMC)や韓国サムスン電子への半導体の注文を増やした。
さらに、米国は中国のファウンドリー大手である中芯国際集成電路製造(SMIC)にも制裁を科した。
その結果、台湾と韓国のファウンドリーに生産依頼が殺到し、世界全体で半導体が不足した。
利益率の高い最先端の半導体生産を強化するTSMC、それを追いかけるサムスン電子の生産ラインはひっ迫した。
その一方で、汎用型の生産ラインで生産される相対的に利益率の低い車載半導体の分野では、わが国のルネサスエレクトロニクスが世界的なシェアを維持した。
それに加えて、2021年2月の米寒波によってサムスン電子の半導体工場が操業を停止した。
3月にはルネサスエレクトロニクスの那珂工場で火災が発生し、車載用など多くの半導体の供給が追加的に落ち込んだ。
韓国は車載用の半導体の98%を輸入している。
世界的な半導体の不足によって、2021年の韓国の自動車生産は12万台程度減少する可能性があるようだ(前年の生産実績は約351万台)。
米国経済が自律的に回復している状況下、韓国経済にとって自動車の減産は痛手だ。
それを回避するために、文政権はルネサスエレクトロニクスなどに公文書を送り、現代自動車などが必要とする半導体を供給するよう協力を求めたようだ。
韓国だけでなく、米国など主要先進国の政府が車載用をはじめ半導体の確保を急いでいる。
日韓関係の冷え込みは韓国経済にマイナス
当面、車載用をはじめ半導体の不足は続く可能性がある。
半導体生産の専門家の中には、那珂工場の生産が正常に戻るのは秋口ころと考える者がいる。
TSMCが増設する中国南京工場の車載用半導体ラインが稼働するのは、2022年後半から2023年のようだ。
米韓首脳会談ではサムスン電子による170億ドル(約1兆8500億円)の半導体工場の建設が発表されたが、生産開始には数年を要するだろう。
短期間での車載用の半導体の供給増加は難しいだろう。
また、バイデン政権は自国の半導体生産力を高めたいようだ。
それは、4月12日に加えて5月20日にもバイデン政権がGMなどの自動車メーカーやTSMCなどと協議を行ったことが示唆する。
わが国の半導体メーカーは国内自動車メーカーへの供給を行いつつ、米国などの要請にも応じなければならない。
韓国自動車メーカーにとって日韓関係の冷え込みは半導体確保への不安を高める要因だろう。
韓国の対日貿易収支は赤字で推移している。
それは、日韓の“比較優位性”によるものと考えられる。
韓国の企業は、大量生産を行って完成品を輸出することで成長してきた。
他方、わが国企業は、微細かつ高品質のモノづくりに強みを持つ。
那珂工場の早期の復旧が世界に示した通り、産業界全体が一丸となって協力体制を構築し、迅速に生産体制を確立する力もある。
つまり、韓国経済の成長に対日関係の安定は重要な要素といえる。 わが国企業にとっても韓国企業は重要な顧客だ。
長めの目線で今後の展開を考えると、外需依存度が高い分、韓国経済への影響は大きくなる可能性がある。
足許、韓国の経済と企業業績は相応に好調だが、文政権下での日韓関係の冷え込みが自動車、半導体企業などの事業運営をはじめ韓国経済に与える影響は慎重に考える必要がある。
真壁 昭夫(法政大学大学院教授)