韓国の格差社会を描いてはいなかった映画『パラサイト』世界に向けて作品を変容させた
韓国の格差社会を描いてはいなかった映画『パラサイト』
ポン・ジュノ監督の韓国映画『パラサイト 半地下の家族』は、映画史に残る事件となった。カンヌ国際映画祭のパルムドールとアカデミー賞作品賞をW受賞したのは64年ぶりで、非英語圏の作品としては初の快挙だ。
下川正晴『ポン・ジュノ 韓国映画の怪物(グエムル)』(毎日新聞出版)
ソウルの半地下住宅に住む4人の貧困家族が、上流社会の家庭に潜り込む(パラサイトする)が、その家の地下室に寄生していた貧しい夫婦と争いになり、ついには3家族入り乱れての殺し合いに。
韓国の格差社会を「リアルに描写した」と評されたのだが、それはピンぼけだと、著者は書く。
『パラサイト』は様々な暗喩的表現を駆使したブラックコメディなのだ、と。
半地下に住む世帯は、2005年には3.7%(約58万世帯)に上ったが、10年後には1.9%と半減し、今では1%前後。
〈『パラサイト』に映し出された韓国と実際の韓国社会の間には、かなりズレ〉があり、それは世界市場に向けて作品を変容させた結果だ、と指摘する。
ポン・ジュノの父親は大学教授、母親は小説家の次女で、兄も長姉も大学教授。むろん貧困とは無縁の家庭で、自身も高級住宅地に居を構えている。大学時代までをマンガと映画ですごした韓国の「第一次オタク世代」なのだ。
多角的な視点からポン・ジュノの実像に迫っていく
著者は、毎日新聞の記者時代に韓国映画の魅力にとりつかれ、自ら望んでソウル特派員となる。
元記者ならではの綿密な取材に基づく本書は、単なる監督論にとどまらず、多角的な視点からポン・ジュノの実像に迫っていく。
彼の母方の祖父は〈韓国モダニズム小説の先駆者であり、朝鮮戦争時に「越北」し、歴史小説を書いて平壌で亡くなった〉。
一家が「南北離散家族」であることを、彼はほとんど語らないという。
彼を支える、韓流エンタメ界の「ゴッドマザー」にスポットを当てた一章はさらに興味深い。
サムスン財閥系企業「CJ」の副会長イ・ミギョンは1995年、スピルバーグ監督のドリームワークスSKGに3億ドルを出費して、米国映画業界に本格参入。『殺人の追憶』『母なる証明』『スノーピアサー』『パラサイト』と4本のポン・ジュノ作品に投資し続け、ついに金的を射止める。
オスカーを狙った宣伝キャンペーンに100億ウォン(約9億2800万円)を投じたのだ。
イ・ミギョンは、「アジア市場だけでも、『韓国エンターテインメントの植民地』にしてみたい」と公言してはばからない。その野望に『パラサイト』で一歩近づき、すでに二の矢も放っている。
Netflixで配信され、日本中が熱狂するドラマ『愛の不時着』も、CJ傘下のケーブルテレビが製作した。
本書は、「快挙」の裏にあるしたたかな戦略と作品の変容に鋭く迫っている。