2022.10.03
イギリスの「恐るべきポンド急落」、じつは日本も「意外な大ダメージ」が食らいそうなワケ
真壁 昭夫多摩大学特別招聘教授
プロフィール
ポンド急落のウラ側
英国のトラス政権が打ち出した経済対策をきっかけに、英国ポンドが急落している。
それに伴い、世界の金融市場の不安定感が急激に高まった。
ポンド急落の背景には、トラス新首相の政策で英国の財政悪化の懸念が高まり、物価のさらなる高騰と景気後退の可能性が上昇していることがある。
その結果、9月23日のロンドン時間にポンドは急落し、26日のアジア時間には一時、1ポンド=1.04ドル台を下回った。
多くの国で家計支援などのために財政の支出が増加するとともに、インフレが想定以上に上昇する懸念が現実味を帯びている。
足元で、イタリアの財政悪化懸念などの上昇によって、ユーロは“パリティ(1ユーロ=1ドル)”を下回った。
また、EUから離脱し経済運営の効率性が低下している英国の財政悪化懸念が加わったインパクトは大きい。
今後、ポンドがさらに下落する可能性は高い。
ユーロ同様、英ポンドがパリティ割れを試す展開もあり得るだろう。
主要通貨に対するドル高の傾向は、これから一段と鮮明化する可能性がある。
その結果、わが国は円安圧力の一段の高まりに直面し、これまで以上に交易条件の悪化が鮮明となる恐れが高まっている。
急落の引き金
9月23日、トラス政権の経済対策が世界の主要投資家を震撼させた。
保守党党首選中からトラス首相は、物価高騰などによる家計や企業の打撃を緩和するため、300億ポンド規模(1ポンド=154円として約4.6兆円)の減税を行うと主張してきた。
23日にクワーテング財務相は、公約の1.5倍規模の総額450億ポンド(約6.9兆円)の減税を発表した。
主な内容は2023年4月に実施予定の法人税率引き上げ(19%から25%)の凍結などだ。
トラス政権は、10月から半年間で600億ポンド(約9.2兆円)のエネルギー価格高騰対策も実行する。
家計や企業が支払う光熱費に上限を設ける。
また、半年間で家計の光熱費を400ポンド割り引く。
減税によって、英国の歳入は減少する。
一方、エネルギー価格高騰対策のために財政支出は増加する。
財源の不足を補うために、英国債の発行急増は不可避だ。
その結果、英国の財政状況が急速に悪化し、経済環境がかなり厳しい状況を迎えるとの懸念が急上昇した。
国際通貨基金(IMF)までもがトラス政権の財政政策を批判している。
世界の主要投資家は英ポンド、英国債、英国株を一気に手放した。
26日にはポンドの対ドル為替レートは最安値を更新した。
また、23日から27日までの3営業日の間に英国の10年国債の流通利回り(長期金利)は3.45%程度から4.50%に急騰した。
世界経済で物価が高止まりする中で英国の財政悪化懸念が高まったことによって、ポンドは追加的に下落するだろう。
その結果、英国の輸入物価にはより強い上昇圧力がかかりやすい。
イングランド銀行がインフレ鎮静化のための金融引き締めを強化する公算も高まり、金利にはさらなる上昇圧力がかかるだろう。
英国の景気後退リスクは急速に上昇している。
主要投資家の“英国売り”はさらに勢いづく展開が懸念される。
日本へのマイナス効果
それは、わが国経済にかなりの負の影響を与える。
9月後半の外国為替相場では、ドル以外の通貨が大きく売られた。
アジア通貨市場では景気後退懸念が高まる中国の人民元、中国経済との関係性が強い韓国ウォンに加えて、これまで景況感が相対的に安定してきたマレーシア・リンギなどが売られた。
22日に財務省と日銀による為替介入が実施されて一時対ドルで反発した円も売られた。
欧州ではイタリアで右派政権が誕生した。
南欧諸国を中心に、財政悪化懸念は追加的に高まっている。
一方、米国では労働市場がタイトな状況を維持している。
今のところ、個人消費を中心に米国の景気は世界で唯一底堅さを維持している。
FRBはインフレ鎮静化のために金融引き締めを徹底して進めなければならない。
世界の主要投資家にとって、米ドル以外に買える通貨は見当たらないといっても過言ではない。
その状況下、わが国では黒田総裁の指揮の下で日銀が異次元緩和を続ける。
日米の金利差はさらに拡大する可能性が高い。
それに加えて、ポンド売り・ドル買いのインパクトが強まることによって、各国通貨に対するドル高の傾向は強化される可能性が高い。
その展開が現実のものとなれば、円の減価圧力はさらに高まるだろう。
それによって、わが国の輸入物価にはより強い押し上げ圧力がかかる展開が懸念される。
特に、天然ガスや穀物などの価格はこれまで以上に上昇する可能性が高い。
国内の企業はさらなるコストプッシュ圧力に直面し、価格転嫁を急がなければならなくなるだろう。
わが国の消費者物価に追加的な押し上げ圧力が加わりやすくなっている。
英ポンド急落によってわが国家計の生活の苦しさが一段と増す恐れは高まったと考えられる。