日本と世界

世界の中の日本

幕末の幕臣・小栗忠順、再々説~大きな功績と無残な最期~

2022-10-29 18:12:21 | 日記
幕末の幕臣・小栗忠順、再々説~大きな功績と無残な最期~

薩長軍は小栗の偉才に恐れ取り調べもなく斬殺した
高崎 哲郎

高崎 哲郎
1948年、栃木県生まれ、NHK政治記者などを経て帝京大学教授(マスコミ論、時事英語)となる。

この間、自然災害(水害・土石流・津波など)のノンフィクションや人物評伝等を刊行、著作数は30冊にのぼる。うち3冊が英訳された。

東工大、東北大などの非常勤講師を務め、明治期以降の優れた土木技師の人生哲学を講義し、各地で講演を行う。現在は著述に専念。

高崎 哲郎 の記事をもっとみる >

小栗斬首供養碑(高崎市・烏川べり)

幕末の列強による外圧と国内の攘夷の烈風の中、世界を見据えていち早く新国家構想を打ち出した人物は誰か。

元治元年(1864)にすでに、4年がかりの計画で横須賀に大造船所を建造すべく計画を立てた人物は誰か。

歩兵・騎兵・砲兵の3編成の近代的軍隊をつくったのは誰か。

対外為替相場を有利に改定し、貨幣を改鋳し、今までの不換紙幣を改めて、日本最初の兌換紙幣を発行させたのは誰か。

日本にコンパニー(貿易商社)を設立し、外国との取引を有利にしようと試みた者は誰か。

役人の俸給制度を切米(年3回支給された扶持米)から金に改め、恩給法を制定したり、所得税、奢侈(しゃし)税を設けたのは誰か。

日本に最初の理工科系学校や外国語学校をつくったのは誰か。江戸の街にガス灯の普及を図り、豪華な洋風ホテル(築地ホテル)を計画し、新橋・横浜間に鉄道をつくる準備を進めたのは誰か。

それは江戸幕府・幕臣として初めて世界一周を成し遂げた小栗上野介忠順(ただまさ)である。

小栗は廃藩置県を断行し、日本を欧米にも引けを取らない中央政権と郡県制度に構成しようと説いたのである。

過去2度、当連載で小栗を取り上げているが、再々説する。

■幕末・維新とメディア事情それに小栗忠順

■再説:幕末の幕府を支えた小栗上野介忠順

将軍から罷免

小栗は対薩長軍・主戦論を説いた。

「西軍が東下して来たら、箱根でも碓氷峠でも防がず、全部関東に入れた後、両関門を閉ざして袋のネズミにしてしまう。

一方、軍艦は長躯して馬関(ばかん、現下関)と鹿児島を衝(つ)く。

こうすれば日和見している天下の諸藩は皆わが味方となる。

形勢が逆転して、幕威また振るうに至る」(小栗の戦術を、後に西軍司令官・大村益次郎は江戸に入ってから聞かされて戦慄した。

これが実行されたら、われわれは生きてはいられなかったろうと語ったと伝えられている)。

恭順することに心を決めている将軍・徳川慶喜は聞く耳を持たない。

小栗が強硬に主張してやまないので、ついに免職を言い渡した。

海軍では副総裁・榎本武揚らが主戦論者であった。

陸軍奉行・大鳥圭介も慶喜の江戸帰還直後江戸城に推参して将軍に直談判した。大鳥の決死の直訴も受け入れられなかった。

これより先、新政府軍は東征大総督府のもとに編成した各軍を進発させることとし、同年2月11日から薩長両軍を中心とする総勢5万人の西軍が続々と京都を出発した。

東海道軍は戦闘なしで品川に到着した。東山道軍は近藤勇の新撰組らを打ち破り宿場町の板橋と府中に到着し、江戸城総攻撃に備えた。

慶応4年(1868)3月13日、勝海舟と西郷隆盛の劇的な高輪薩摩屋敷での談判により江戸城は無血開城されることに決した。

この歴史的幕切れは、イギリス公使パークスの西郷に対する攻撃中止の強い要請が非公式に出されていたことによる。

だが、一方で徳川軍の戦力が温存される結果を招いた。指揮官・大鳥圭介は伝習隊将兵に命じて江戸城内の最新鋭の銃砲を運び出させ江戸を脱出し、彼らを率いて権現様(祖神・徳川家康)を祀る野州日光(現栃木県日光市)に立てこもることを決意した。

徹底抗戦を誓ったのである。旧幕府海軍を率いる榎本武揚もまた同じであった。

上州権田村に隠棲

罷免された小栗は同年1月28日、幕府へ正式に「上州(現群馬県)群馬郡権田村への土着願書」を差し出した。

忠順は権田村隠棲にあたって、従来の知行地からの収入に頼らない新しい生き方を考えていた。

小栗は仮住まいを権田村の曹洞宗東善寺とした。

山間僻地の権田村選んだ要因に小栗家と権田村民との間に長年にわたって代々培われたつながりの強さがあった。

東善寺は、同村が小栗家の知行地になるとすぐ、当代の政重は同寺に多額の寄付をし、同寺では背後の山を削って境内を広げ石垣を築いて伽藍(がらん)を整備した。権田村は榛名山の西麓、烏川上流の山間にあり、いったん事あれば数カ月は支えることが出来る要害の地があり、そこに居所を構えることができるという利点もあった。

江戸・駿河台の小栗屋敷を出た権田村の若者たちは、洋服を着てズボンをはき、頭はザンギリ、足に革靴を履くこのころ最新の洋装で、幕府のフランス式軍事訓練を受けていた。

若者たちは「歩兵」として「小栗日記」に登場する。

この時16人いた歩兵や多くの村人が、後に小栗の危難に際してある者はその死に殉じ、ある者は小栗夫人・母堂を守って越後・会津への逃避行に付き添い、あるいは館林の寺院から忠順父子の首級を盗み取り返すといた行動をとっている。

上州への移住準備があわただしく進められ、1カ月後の2月28日に江戸を出発すると、桶川、深谷、高崎と泊まり、3月1日午後7時過ぎ東善寺に到着した。この時江戸から移ったのは、

・小栗上野介忠順 42歳
・妻・道子 30歳
・母・邦子 63歳
・小栗又一 21歳(忠道、駒井甲斐守朝温の次男、養女鉞子<よきこ>の夫)
・養女・鉞子15歳
<家臣>
・塚本真彦(まひこ) 37歳(用人)
・荒川祐蔵 36歳(遣米使節従者として世界一周)
・渡辺太三郎 20歳
・塚本貢 27歳
・武笠(むかさ)銀之助 16歳
・沓掛藤五郎 25歳
・池田伝三郎 20歳

忠順、家臣、家族一行は村人たちに温かく迎えられる。ところが落ち着く間もなく、翌2日、後を追うように打ちこわしの暴徒が既に隣村・三ノ倉村まで押し寄せて来ているという情報が入る。
                 ◇
忠順が権田村へ引き移るに際して大量の荷物が運ばれた。小栗一家と江戸から随従した家臣らの家財だけでもかなりのものとなる。

長持や行李、漬物樽などに入れられたたくさんの引越し荷物は、世情不安な当時にあって「軍用金」の噂を生み、しかも最後の勘定奉行として乏しい幕府財政をやりくりしていた手腕が、かえって巨額の金銀を自由にできたという想像(妄想)を生む。ぶちこわしの徒党も金目当てに押しかけて来た。

4日の朝7時、三ノ倉宿に集合の時、打ちこわし勢はそれぞれ米を渡され、タスキ用の布を分け、気勢を挙げて権田へ押しかけた。烏川を押し渡り、田んぼに畳を並べて後ろに隠れつつ権田へ迫った。

前夜、磯十郎が戻った時手はずを整えていた小栗方は、道子夫人らを塚本真彦の家族らと共に武笠銀介、佐藤藤七をつけて寺の裏手の村に避難させると、反撃に移った。

烏川を渡りだした暴徒を望遠鏡でのぞいていた忠順は、烏合の衆が攻めてくる様子に、「傷つけるな、おどして追い払え」と指示した。

暴徒が鉄砲を撃ちかけてくるので寺の畳を全部積み上げて防いだ。

烏合の衆の暴徒に対して、小栗方は、フランス式軍事訓練を受けた子息又一や歩兵16人がいて組織的な戦闘には慣れていた。

とくに権田村出身の歩兵・佐藤銀十郎の戦いぶりはめざましく、的確に銃を撃って暴徒を倒した。

2000人にのぼる暴徒を追い払うと、暴徒に与した隣の村々へ詰問の使者を送った。

夜に入って4カ村の村役人が詫びのため羽織袴でやってきた。

新政府軍の攻撃

忠順は権田村への土着を幕府に願い出るにあたり「自分は知行地を返納し、そのようにしてでも活計をたて、農兵を組織して世の成り行きを見、万一の時の御用に立ちたい」と申し出ている。

新政府が順調に推移すればそのまま上州の田舎で生涯を終える覚悟であった。主君が戦わない(恭順)と決めた以上、主命に背いて戦うことはしない。

罷免された以上、自分の役目はこれで終わった、との思いであった。

打ちこわしの騒動が一旦静まると、村は平穏を取り戻し、忠順は東善寺からおよそ1km下手の観音山に建て始めた居宅建設の現場に通う日々が続いた。権田村に屋敷を建て、周辺の村人と親交を結んで土着の夢が結びつつあった忠順の身辺に、西軍の監視の目が厳しく注がれ始めた。

打ちこわし自体が西軍の陰謀とは思われないが、2000人の暴徒を撃退した人物が幕府第一級の主戦論者であることは、関東へ進軍して江戸を目指す西軍にとって見逃すことの出来ない存在であった。

西軍の主力である薩長勢にとって、小栗は幕府の近代化政策を次々に実行して来た恐るべき実力者であった。偉才であった。

上州の高崎、安中、吉井の3藩は、慶応4年4月22日付で、東山道総督府から小栗追討令を受けた。小栗については、「陣屋を構え」「砲台を築き」「容易ならざる企て」を立てている、という「注進」が諸方からあるので放っておけない。「深く探索したところ逆謀が判然」したから3藩で「追捕」せよ、との指示であった。

西軍の東山道鎮撫総督は岩倉具視の子具定、参謀は板垣退助(土佐)と伊地知正治(いちじ まさはる、薩摩)である。当時奥羽越列藩同盟が組織され、西軍に反抗する勢いを見せていた。

越後方面の反西軍勢力と気脈を通じて、薩長軍の後方を襲うつもりではないかと疑った。

3藩代表は命令を受けて現地に赴いたが、命令に記された謀反の動向は見えない。その上、小栗が大砲1門、小銃20挺を引き渡して明白に弁明したので、3藩代表は引き上げた。翌日、小栗は養子の又一を高崎の西軍出張所に出頭させて恭順の意を表明させた。

5月4日夕刻、高崎までやってきた東山道鎮撫総督府の軍監原保太郎、同豊永貫一郎はそれを聞いて激怒した。小栗主従にとって、宿命の事態に進んでおり、原や豊永は3藩の藩兵を引き連れ夜中に出て三ノ倉村へ宿陣した。

取り調べもなく斬首

小栗は、会津方面に妻子ら家族を逃がすことにしたが、彼自身も家臣や村役人に勧められて、家族とともに一旦山間部の亀沢まで家族と共に避難し大井彦六宅で休んでいた。

そこへ、高崎方面の様子を探りに行っていた権田村名主佐藤藤七が馬で駆け付けた。

「どうか殿様にはお寺にお戻りいただきたい。もしお戻りにならない場合は、村民が難儀しますゆえ」と訴えた。忠順だけ東善寺に戻った。

西軍に脅されて震え上がった3藩は、副巡察使長州藩士・原保太郎(22歳)、同じく土佐藩士・豊永貫一郎(18歳)に率いられて、4日夜半に再度権田村へ向けて出兵した。

翌5日早朝、東善寺正面から入っていくと、忠順主従は本堂に端然と座って、これを迎えた。

原、豊永は忠順および家臣・渡辺多三郎、荒川祐蔵を捕らえて、忠順を駕籠で三ノ倉の屯所・戸塚平右衛門宅へ引き立てた。

この時寺でも屯所でも忠順に対する取り調べは一切なかった。問答無用。殺すことだけが目的だった。
閏(うるう)4月6日朝、四ツ時半(午前11時)忠順主従は烏川の水沼河原に引き出され斬首された。

初めに家臣・大井磯十郎、渡辺太三郎、荒川祐蔵の3人が斬られた。

磯十郎は「一言の取り調べもなく、お殿様がこんな所でご最期とは残念だ!」と大声で叫んだ。

忠順が「磯十郎、この期に及んで未練がましいことを申しでないぞ」とたしなめた。

「何か言い残すことはないか」。原保太郎が忠順に問いかけた。若輩者に対し答える気はなかった。

「なにごともない」と答えた。

が、「すでに、母と妻は逃がしてやったから、どうか婦女子には寛典を望む」と付け加えた。

原は「相分かった」とだけ答えた。

忠順を斬った人物は、従来原保太郎とされてきたが、安中藩徒歩目付浅田五郎作が命じられて斬ったというのが真相のようである。小栗は数えで42歳だった。

日本の近代化の必要性に目覚め、傾いた幕府の最後を支えた幕臣が、何の取り調べもなく、新政府軍の若輩によって一方的に処断され烏川の露と消えた。

斬首を命じた原保太郎は、その後山口県の知事に二十数年も居坐り、さらに北海道長官となって巨財を得、貴族院議員となり89歳まで栄華の中に生きた。

参考文献:「小栗上野介忠順と明治維新」(高橋敏)、「小栗忠順のすべて」(村上泰賢編)、筑波大学附属図書館史料。



韓国検察が本腰を入れだした、「文在寅」周辺と「李在明」に迫る捜査の手

2022-10-29 17:48:17 | 日記
韓国検察が本腰を入れだした、「文在寅」周辺と「李在明」に迫る捜査の手

前政権時代にフタされていた疑惑が次々と捜査の俎上に

2022.10.26(水)武藤 正敏フォロー

 今年5月まで権力の座にあった文在寅(ムン・ジェイン)政権の中心人物と、野党となった「共に民主党」の現代表・李在明(イ・ジェミョン)氏に、検察の捜査の手が迫っている。

検察は文政権大統領府が北朝鮮に配慮するあまりに行った職務放棄と、李在明氏の選挙に関する不正に照準を合わせた捜査を加速させている。

 捜査の進展具合によっては、韓国の最大野党・共に民主党は甚大なダメージを受けることになる。

北朝鮮による元水産庁職員射殺・死体遺棄事件で元国防部長官らを逮捕

 まず文在寅政権の職務放棄事件から触れていこう。

 ひとつは、2020年9月、韓国海洋水産部職員だったイ・デジュンさんが黄海(西海)において、北朝鮮軍の銃撃により死亡し、遺体を焼かれてしまった事件に関するものだ。

 当時、文在寅政権は「自分の意思で越北した」と意図的に決めつけ、イさんが行方不明となった翌日、北朝鮮側の海域で発見されたという報告を受けながらも適切な救助措置を取らなかったという疑惑が浮上していた。

 この疑惑に関し、10月22日、韓国の裁判所は、徐旭(ソ・ウク)元国防部長官と金洪煕(キム・ホンヒ)元海洋警察庁長の対する拘束令状を発出した。

2人には、イさんが自主的に越北(北朝鮮亡命)しようとしたという結論を出す過程で、公文書を偽造したり、関連情報を削除したりするなど、職権を乱用した容疑がかけられている。

 この疑惑に関して文在寅政権時代にはその解明が進まなかったが、尹政権になってから、「文在寅政権によって捏造されたものであり、イさんが自主的に越北を試みたとは見ることができない」と結論付けられていた。

仁川海洋警察と国防部はともにイ・テジュンさんについて
「自分の意志で北朝鮮に向かったと断定する根拠はない」
「殺害された公務員が越北を試みたと推定されると発表したことで国民に混乱を与えた」との発表を行ったのだ。

 文政権は、イさんの越北を主張することで、韓国国民の外交保護権を放棄し、北朝鮮の残虐行為の追及を行わないことにしたと見られている。

国防部と海洋警察に「自主的越北」の結論を出させたのは誰か

 このような真実が明らかになったことを受け、今年8月、イ・テギュンさんの遺族は文在寅前大統領と徐薫(ソ・フン)前国家安保室長を告発していた。

遺族側の異議の申し立てで、検察は事件の再捜査の可能性を検討していたのだ。

 元国防部長官の徐旭容疑者には、当時の文在寅政権で「自分の意志で越北した」との判断を下したことを受け、越北と矛盾する間諜情報などが記載された軍事機密を軍事統合情報処理システムから削除させ、さらに事件関連の報告書に虚偽の内容を記載するよう指示した疑いがある。

 また、元海洋警察庁長の金洪煕容疑者は、越北の事実を捏造するため未確認の証拠を使用、これまでの証拠を隠蔽し、調査のため行われた実験結果をわい曲した容疑が持たれている。

 2人の身柄拘束が認められたことで、当時の意思決定が「青瓦台」の国家安保室でなされたのではないかとの疑惑解明に弾みがつくと予想されている。

事件の捜査を検察に要請した韓国監査院によれば、国防部と海洋警察に対して「自主的な越北」という結論を出すよう指示したのが前政権の国家安保室だと睨んでいる。

 朴智元(パク・ジウォン)国家情報院長に対する召喚調査も行われると見られる。

国家情報院も関連の情報を削除したことが監査院の調査で明らかになっているのだ。

 文政権の大統領府と国家情報院の関与が明らかになれば、文在寅政権の中核を担った元幹部たちに対する責任追及が本格化してくる。

国防部と海洋警察に「自主的越北」の結論を出させたのは誰か

 このような真実が明らかになったことを受け、今年8月、イ・テギュンさんの遺族は文在寅前大統領と徐薫(ソ・フン)前国家安保室長を告発していた。

遺族側の異議の申し立てで、検察は事件の再捜査の可能性を検討していたのだ。

 元国防部長官の徐旭容疑者には、当時の文在寅政権で「自分の意志で越北した」との判断を下したことを受け、越北と矛盾する間諜情報などが記載された軍事機密を軍事統合情報処理システムから削除させ、さらに事件関連の報告書に虚偽の内容を記載するよう指示した疑いがある。

 また、元海洋警察庁長の金洪煕容疑者は、越北の事実を捏造するため未確認の証拠を使用、これまでの証拠を隠蔽し、調査のため行われた実験結果をわい曲した容疑が持たれている。

 2人の身柄拘束が認められたことで、当時の意思決定が「青瓦台」の国家安保室でなされたのではないかとの疑惑解明に弾みがつくと予想されている。

事件の捜査を検察に要請した韓国監査院によれば、国防部と海洋警察に対して「自主的な越北」という結論を出すよう指示したのが前政権の国家安保室だと睨んでいる。

朴智元(パク・ジウォン)国家情報院長に対する召喚調査も行われると見られる。

国家情報院も関連の情報を削除したことが監査院の調査で明らかになっているのだ。

 文政権の大統領府と国家情報院の関与が明らかになれば、文在寅政権の中核を担った元幹部たちに対する責任追及が本格化してくる。

検察、青瓦台の元秘書室長を調査

 北朝鮮に配慮するあまり、文在寅政権が人権を無視した行動をとった疑惑はほかにもある。

 2019年11月、韓国統一部は、拿捕した北朝鮮漁船に乗っていた船員2人を、北朝鮮に強制送還した。

この船員2人は、同僚の漁船員16人を殺害して逃走、韓国に亡命の意思を示していた。

それにも関わらず、韓国の統一部はその意思表示を無視、通常2、3カ月かかる捜査をわずか3日で終え、拿捕から5日後には北朝鮮軍に引き渡したのだった。

 強制送還から間もなく、この事実は偶然発覚し、韓国政府の対応は国内外から批判を浴びていたが、関係者に対する捜査は本格化していなかった。

その状況がやはり政権交代によって一変した。

 尹政権の大統領室は、「これは国際法と憲法を共に違反する反人道的・反倫理的犯罪行為だ」と批判する。

韓国の憲法上、脱北者は国民に分類され、送還することはできない。

それにもかかわらず文政権の大統領府と国家情報院は、「亡命に対する誠意がなかったと判断した」と説明、さらに「その人たちは凶悪犯」(鄭義溶[チョン・ウィヨン]安保室長)として憲法の規定を無視した。
 しかし、統一部が公開した写真によれば、2人は目隠しをされた状態で板門店に連れていかれていた。

その姿は、「亡命する意思はなかった」という文在寅政権の説明とは矛盾する、送還に激しく抵抗するものだった。
 ソウル中央地検は、10月19日、送還決定に関与したとして当時の青瓦台の盧英敏(ノ・ヨンミン)秘書室長を被告発人として呼び出し、取り調べを行った。検察は先月、金錬鉄(キム・ヨンチョル)元統一部長官についても取り調べを行っている。

 今後、やはり同事件で告発されている徐薫元国家情報院長や鄭義溶元国家安保室長などにも捜査を拡大すると見られる。

 一連の取り調べの目的は、漁船員の送還過程に関して、盧英敏元秘書室長をはじめとする文政権重職の人々の不適切な指示があったかどうかの解明であり、文在寅政権の大統領府の組織絡みの職権乱用、権利行使妨害、職務遺棄などが疑われている。

 文在寅政権の、北朝鮮における人権問題に対しての無関心、批判を避ける姿勢は国際社会からも糾弾されていた。

漁船員の強制送還は、彼らの人権を無視してまで北朝鮮に寄り添う姿勢を示したものであり、国民の保護、韓国の法令を無視する文在寅政権の体質をさらした。その体質は究極的には文在寅氏本人の意思に行き着くのであろう。

李在明氏の在宅起訴が皮切りに

 もう一つ、韓国政界を揺るがしているのが、李在明氏の選挙に関する不正に関する捜査だ。

 今年5月の大統領選では、尹錫悦氏に敗れた李在明氏だったが、8月28日、民主党の全国代議員大会で新代表に選出された。

 大統領選の期間中から、李在明氏にはさまざまな疑惑が取り沙汰されてきたが、同氏の民主党代表就任をきっかけにするように、検察は疑惑捜査に力を入れ始めた。

 李在明氏の民主党代表就任の3日後となる9月1日、検察は李在明氏に対し、選挙期間中の「虚偽事実の公表」疑惑に関連して出頭を要請した。
 しかし、李在明氏がこれに応じず、「野党弾圧」「政治報復」と批判した。

 そのため、10月8日、検察は李在明氏を公職選挙法違反の疑いで在宅起訴した。

この容疑は公訴の時効が迫っていたため、まずここから手を付けたということであろう。

第1の容疑は、国会の国政監査での柏ヒョン洞(ペッキョンドン)開発に関し、開発された土地の用途が自然緑地から準住居地域へと変更されたのは、国土交通部の圧力によるものであるとの発言。

 第2は、李在明氏の大庄洞(テジャンドン)開発事業を巡る不正疑惑に関連し、死亡した故キム・ムンギ城南都市開発公社開発第1処長(自殺の疑いがある)について、昨年のインタビューで「末端の職員だったので市長在任中には知らなかった」との発言である。

 いずれのケースにおいても、李氏の発言が虚偽であるとする事実が明らかになっている。

大統領選の選挙資金に絡む不正疑惑
 検察は、李在明氏の大統領選挙中において、大庄洞開発民間業者の収益金の一部が大統領選挙戦の資金に流れていた状況を把握し、10月19日には、李代表の最側近で、大統領選挙キャンプ副本部長を務めた民主研究院の金湧(キム・ヨン)副院長を逮捕した。

 金氏の逮捕は、事件の核心人物の一人と言われるユ・ドンギュ元城南都市開発公社企画本部長(昨年10月に逮捕、今月20日に拘束期間満了により釈放)が、最近になって態度を変えて口を開き、捜査が急進展したためという。金副院長が金を受け取った時期、金額を特定する上で、ユ・ドンギュ氏が決定的役割を果たした模様だ。

 また、資金の受け渡しの仲介をしたナム・クウ弁護士の側近は、資金の受け渡しのメモを作成しており、これを自発的に検察に提供した模様だ。検察は受け渡し場所の監視カメラ映像と出入り記録を確保したという。

ただ、金銭授受の場面がカメラに写っているかは不明だ。
 検察の捜査で明らかになった金副院長の収賄状況はかなり具体的である。資金授受の現場が、ユ・ドンギュ氏らが設立した「ユウォンホールディングス」の事務室などだったことなどとともに詳しく提示された。

裁判所が金副院長の逮捕令状と自宅の家宅捜索令状を相次いで発行したのも収賄容疑の具体性を考慮したからだろう。

検察は拘束前被疑者尋問で「第20代大統領選挙を準備する過程で授受した」として、この資金が李在明氏の大統領選挙資金として使われた可能性を提起した。

 昨年8月、地域メディアの報道で大庄洞ゲートが浮上して以来、噂だけが飛び交っていた「大統領選挙資金疑惑」だったが、ここにきて、ついに捜査線上に浮上したのである。
 また、李在明氏のもう一人の最側近である鄭鎮相(チョン・ジンサン)党代表室政策調整室長についても、検察は出国禁止にしたという。鄭室長は、李代表が城南市長時代に、斗山建設の病院敷地を商業用地に変更する見返りとして斗山建設から50億ウォンを城南FCに拠出させた事件に関係しているとされている。

李在明氏の側近が受け取った8億ウォン余の行方
 逮捕された金副院長に対する容疑は、昨年4~8月に大庄洞開発民間業者のナム・ウク弁護士(大庄洞関連開発会社「天火同人(チョンファドイン)4号」の所有者)から4回にわたり8億4700万ウォン(約8700万円)の不法政治資金を受け取ったというものである。

大庄洞都市開発疑惑では、事業を主導したキム・マンベ氏、ナム・ウク氏、ユ・ドンギュ氏などは数千億ウォンの莫大な利益を手に入れた。

その過程で金副院長がユ・ドンギュ氏に収益金の一部を要求すると、ナム弁護士が8億ウォン余を用意してキム副院長に渡したと検察は見ている。
 検察は金副院長がこのうち約6億ウォンを受け取ったと判断しており、1億ウォンはユ元本部長が使用、残りの1億ウォンは、昨年9月に大庄洞疑惑が報じられてから金副院長がユ元本部長に返却したものと見ている。

窮地の民主党
 検察が見込んだように、もしも金副院長が受け取った資金が、李在明氏の選挙資金に充てられていたとしたら、李在明氏や共に民主党は壊滅的なダメージを受けることになるだろう。

 韓国では公職選挙法の罰則は厳しく、李代表は100万ウォン以上の罰金刑が確定すると国会議員を失職し、被選挙権も5年間停止になる。また、民主党は中央選挙管理委員会から補填された大統領選挙費用約434億ウォンを返却しなければならない。民主党にとって検察の動きは生き残りをかけた戦いとなっている。
 案の定民主党は、この捜査を「野党への弾圧」と強く反発した。19日に検察が金湧副院長の捜査と関連してソウル市汝矣島(ヨイド)の民主党本部事務所内に所在する党のシンクタンク「民主研究院」事務所の家宅捜索をしようとしたところ、民主党の議員たちが立ちはだかってこれを拒んだ。また、今後の国政監査を全面拒否することとした。

 だがその抵抗も虚しく、24日、検察はついに民主党事務所に家宅捜索に入った。悲壮感を漂わせた李在明氏は、涙声まじりに「国民の皆様がこの歴史の現場を忘れないで、退行する民主主義を必ず守ってくださるよう願う」と述べ、特別検事の任命を改めて求めた。

金副院長は李代表が「私の分身のような人物」だと公言した人だ。大統領選挙では主に組織管理を担い、地域を回りながら支持勢力を結集する役割を果たしてきた。
『さまよえる韓国人』(武藤正敏著、WAC)



 そうした人物がカネを受け取ったのか、受け取ったのであれば、李代表の選挙資金として使われたのか、その過程で李代表の直接・間接の指示があったのか、など解明しなければならない疑惑は尽きない。ある検察関係者は「李在明代表が関連している事件のうち、李代表本人が直接かかわった事案は初めて」と感想を漏らしたという。もちろん、検察の最終的なターゲットは李在明氏だ。同氏の置かれた状況は、日に日に悪化している。
 反発を強める民主党は、25日の尹錫悦大統領の施政方針演説への出席をボイコットした。対決姿勢はますます先鋭化している。尹錫悦政権にとっても、民主党との対立を止めることはできなくなっており、行き着くところまでいかざるを得ないだろう。その間、韓国の内政は膠着状態となり、政治対立に明け暮れることになろう。
 北朝鮮との対立が鮮明化している中での内政の混乱。国が一体となって安全保障に取り組まなければならない時に、与党と野党が「戦争状態」に入った韓国は、極めて深刻な状態に入ったと言える。






韓国は、「高物価、ウォン安、高利子」という三重苦に苛まされている

2022-10-29 17:25:43 | 日記
2022年10月29日

韓国は、「高物価、ウォン安、高利子」という三重苦に苛まされている。

金融市場では、企業金融が異常な逼迫状態に追込まれている。

韓国が、1997年に迎えた最初の金融危機は、企業金融逼迫への対応が遅れたことも一因。

今回の事態とダブっている面もあるのだ。警戒すべきであろう。

今回、企業金融逼迫が表面化したきっかけは、地方時自体の江原道(カンウォンド)が、遊園地の韓国レゴランド(公社運営)に対し、支払い保証を実行しなかったことにある。

支払い保証金額は、2050億ウォン(約215億円)の企業手形(ABCP)である。

その債務履行を拒否した結果、不渡り処理となって問題を大きく広げることになった。

 地方自治体の江原道が、傍系の公社へ行なっていた債務保証拒否は、いかにも韓国らしい「約束を守らない」実態を表している。

これまで、「自治体保証=超優良等級」と見なしてきた金融市場の「信頼」は、これで一挙に崩れたのだ。

こうして、短期資金市場だけでなく社債・国債市場まで急速に冷え込むことになった。

今月17日、最高信用格付け(AAA)の韓国電力公社は、利回り5.75%と5.9%を提示して合計4000億ウォン規模の債券(2~3年物)を発行しようとした。

だが、1200億ウォン(約126億円)分は投資家がつかず取引が成立しなかった。

韓電は、莫大な赤字とエネルギー原価上昇で、資金調達が急務だった。

相対的に信用格付けが低いAA-級社債よりも多くの利子支払いを約束したが、9月から売買不成立が頻繁になるなど投資家集めに困難を強いられている。

同じ信用格付け(AAA)を保有している韓国道路公社も、17日に1000億ウォン規模の債券(2年物)の発行を試みたが投資家さえつかず全額売買不成立となった。

公社すら、高金利を提示した債券発行を試みているが、「不発」に終わる事態だ。金融不安の実態の大きさを示している。

『中央日報』(10月24日付)は、「尋常でないレゴランド発の資金市場不安」と題する社説を掲載した。

(1)「韓国政府と韓国銀行が資金市場安定に向け緊急対応に出た。秋慶鎬(チュ・ギョンホ)経済副首相と李昌ヨン(イ・チャンヨン)韓国銀行総裁、金周顕(キム・ジュヒョン)金融委員長らがきのう非常マクロ経済金融会議を開いた。

この席では企業の資金難を軽減するため社債市場に50兆ウォン以上の流動性を供給することに決めた。

債券市場安定ファンドと中小企業銀行、産業銀行、信用保証基金など政策金融機関を総動員する」

政府は、50兆ウォン(約5兆2500億円)の資金を投入予定だ。

この投入規模が、適正かどうかの議論がされている。

だが、「高物価、ウォン安、高利子」という現実が控えているだけに、予断は難しい。

ただ、臨機応変に市場の動向を見ながら、投入資金を増やすほかない。

(2)「最近社債・企業手形(CP)市場では格付けが比較的良好な大企業まで資金調達が厳しくなっている。

ある大手企業は、社債1500億ウォン相当を発行しようとしたが販売予測で大規模未達が発生した。

別の大手企業は市場での調達が不如意なため系列会社から3カ月の短期資金5000億ウォンを借り入れた」

民間の優良企業の社債・CPまで販売が難しくなっている。

金融市場は、疑心暗鬼に陥っているのだ。

韓国レゴランドが与えられていた支払い保証拒否は、大きな不信感を呼んでいる。

(3)「中堅・中小企業の資金事情は、大企業よりはるかに深刻だ。

年10%以上の金利を提示しても投資家を見つけるのは容易でない状況だ。

金融投資協会によると非優良社債(BBB-等級、3年物)利回りは21日に年11.59%まで上昇した。

金融危機の衝撃が残っていた2010年1月以来12年9カ月ぶりの高水準だ」

年10%以上の金利を提示しても社債が売れない事態だ。

韓国が2008年、二度目の金融危機を迎えて以来のことである。

韓国は、先進国入りしたと自画自賛しているが、金融的な脆弱性は全く変わっていないのだ。

(4)「政府と韓国銀行は、共同で市場の沈静化に出た。

だが一気にすべての問題が解決できると期待するのは難しい。

今回のレゴランド発の流動性悪化は危機の始まりにすぎず、今後さらに厳しい状況がやってくる可能性もある。

政府と韓国銀行は、いかなる場合にも流動性悪化が金融危機のようなシステムリスクに拡大しないよう総力を挙げなければならない。

万一堅実な企業まで一時的な流動性不足で黒字で不渡りを出すことは防がなければならない」

韓国は、三度目の金融危機に陥らないためにどうすべきかが問われている。

金融危機に陥って、日本から嗤われないように最大の努力をすべきだろう。

もはや、日本を頼れないのだ。


韓国に渦巻く格差社会とは?その実態を探る

2022-10-29 16:16:53 | 日記
韓国に渦巻く格差社会とは?その実態を探る
  • 2021.08.31
大ヒットとなった韓国の映画「パラサイト 半地下の住人」では、韓国に渦巻く格差社会が描かれました。

2020年のアカデミー賞では4部門で受賞するなど、日本でも話題となった映画です。

実は、この映画が上映される以前から、韓国は超学歴社会であり、受験や就職、昇進における競争が非常に厳しい国でもあります。

そのため、所得格差が広がり、深刻な問題となっているのが実態です。

今回は、韓国の格差社会にスポットを当て、映画だけではわからない背景を解説していきます。

目次
  • 韓国における所得格差の実態
    • 広まる高齢者の貧困
    • 若者にも押し寄せる格差の波
  • 韓国の格差社会における背景
    • 経済発展の裏にある格差社会の実態
    • 韓国における男女間の格差
  • N放世代における格差の実態
    • 就職難による負の連鎖
    • 出生率が世界初の「0人台」
  • まとめ

韓国における所得格差の実態

所得格差を測る尺度として一般的に使われるのが「ジニ係数」です。
ゼロから1までの値で計測し、0に近づくほど格差が少ないことを表します。
2016年のOECD(経済協力開発機構)による調査では、韓国におけるジニ係数は、0.355となっており、世界においてワースト6位を記録しました。
とはいえ、韓国を含める6位以下の国は大差がなく、それほど深刻な数字とはいえません。
2018年には、0.295と数値を縮めています。
実際、日本のジニ係数と比べても、それほど大きな差はないものの、韓国は年金制度が成熟しておらず、高齢世帯に所得再配分がなされていないのが実態です。
参照元:第5-16表 所得のジニ係数|データブック国際労働比較2019|OECD
広まる高齢者の貧困
高齢世帯への所得再配分が日本と比べて遅れている韓国ですが、この背景にあるのが社会保障制度の整備が遅れていることが挙げられます。
韓国で国民年金制度が始まったのは1988年であり、ごく最近のことです。
すでに加速化している高齢化社会の波に対する体力が、社会自体に備わっているとはいえません。
2021年の段階では、日本の高齢化率の方が韓国より高くなっています。
しかし、韓国における少子高齢化のスピードが日本に比べて早く、2045年になると日本の高齢化率を韓国が上回ると予想されるほどです。
このまま少子高齢化が加速し続けると、2065年の段階で韓国の高齢化率は48.8となり、同年に予想される日本の高齢化率38.4%をはるかに超える結果になります。
参照元:日本の将来推計人口 平成29年推計|国立社会保障・人口問題研究所
若者にも押し寄せる格差の波
韓国の格差問題は、高齢者に限ったことではありません。
韓国は世界の中でも屈指の学歴社会であり、実際のところ、貧困層から抜け出すためには、名門大学に入ることがポイントとなります。
とはいえ、名門大学に入ったからとって将来が安定するとは限りません。
韓国は、儒教の国でもあり、職種より「格」を重んじる傾向にあります。
たとえば、結婚という側面から見ても、同等の「格」にある家柄同士で行うものであるという見方もあるほどです。
そのため、富裕層と貧困層のカップルが結婚すれば、個人の問題ではなく「家」や「家系」全体の問題になることも考えられます。
こうした格差は、就職においても影響しており、一流企業に入ることが重要視され、そのための激しい競争が生まれるのです。
韓国においては、学費を払う「親」や「家系」への想いも強く、就職は自由にならないことも多いといいます。
韓国の格差社会における背景

韓国の格差社会が顕著である理由は、学歴や思想だけの問題ではありません。
背景には、急激に加速した経済発展も影響しています。
1950年代の韓国は、朝鮮戦争による大きな打撃を受けて、経済的に困窮していました。
世界の中でも最貧国と言われるほどの貧困ぶりでしたが、1960年代後半から劇的な復興を遂げます。
そのきっかけとなったのが、海外から得た多額の資金であり、そこに貢献したのは財閥企業でした。
こうした背景が、現在の韓国における格差社会の実態を作り上げているともいえます。
経済発展の裏にある格差社会の実態
韓国では、1997年の通貨危機をきっかけに、新たな自由主義思想が登場しました。
その流れを汲み、経済においても自由化が加速しています。
こうした経済発展の裏には、個人間に大きな格差を生んでいる実態があります。
もともと独裁政治が続いていた韓国は、経済発展を目指す政府と財閥企業とが密接に関わってきました。
韓国の財閥企業として代表される、サムスン・現代自動車・LGの3社が、現在の韓国経済における多くを占めていることもあり、未だ政府との関係が色濃いままです。
政策が変わるたびに格差社会対策も施されてきましたが、こうした根強い社会構造は、なかなか覆せないのが現状といえるでしょう。
韓国における男女間の格差
韓国の格差社会は、男女間においても顕著に現れています。
特にわかりやすいのが、賃金格差です。
たとえば、韓国の財閥企業は、女性をトップに置かないことで有名でしょう。
また、OECDの調査では、韓国における男女間の賃金格差は34%と、先進国のなかでワースト1という結果が出ています。
世界の平均値が約13%となっている中で、このような数字が叩き出されるのはなぜでしょうか。
ここ最近は、多少改善の兆しは見えるものの、韓国で働く女性の生活は非常に苦しいものがあります。
たとえば、財閥の多くは、女性が妊娠する可能性を「リスク」と捉えており、採用は男性の方が有利です。
韓国の女性にとっては、家庭と仕事を両立させることは非常に難しいと言われています。
こうした背景もあり、韓国において女性がキャリアアップしていくことも至難の技だといえるでしょう。
現に、韓国の大企業において幹部になっている女性を見ていくと、ほとんどが持ち株主の親族であり、コネがなければ出世もできないような実態が未だに根付いている点は否めません。
参照元:How does KOREA compare?|OECD

N放世代における格差の実態

韓国における若者の就職難は、各ライフイベントにも影響しています。
1997年のアジア通貨危機(IMF危機)以来、20年にもわたる若者の就職難ですが、現在も劇的な回復は見せていません。
そのため、いわゆる若者世代である20〜30代の人たちは、様々な人生におけるイベント放棄せざるを得ないのが現実です。
こうした実態を踏まえて、彼らは「N放世代」と呼ばれています。
「N」に当てはめるのはライフイベントの数で、中には、「結婚・出産・家・趣味」など非常に多くのものを諦めざるを得ない「7放」と呼ばれる人も少なくありません。
就職難による負の連鎖
就職できない人たちは、交際費すら捻出できない状態に追い込まれてしまい、人間関係も諦めざるを得ないケースも見られます。
その結果、恋愛もできず、さらには、家を借りられないことも加わって、出産や結婚は叶わぬ夢と成り果てているのです。
そのため、非婚化・少子化高齢化が加速し、韓国における格差社会にも拍車をかけているといえるでしょう。
出生率が世界初の「0人台」
N放世代に現れる、世代間の格差は、出生率にも大きく影響しています。
韓国統計庁による「2018年出生統計」では、出生率が0.9人と世界で初めて「0人台」となりました。
この数字は、韓国という国家自体の存続すら脅かすものであり、格差社会は見逃せない問題と言えます。
統計庁が2016年に発表した人口推計では、2028年頃から総人口が減少するとしていましたが、2018年の出生統計を踏まえると、はるかに超えた水準で減少していることは否めません。
そのため、2019年3月に発表された「将来人口特別推計」では、2019年下半期から、自然減少するだろうと修正しているほどです。
まとめ

韓国における格差社会は、思想や政治的な根強い理由に加えて、経済発展に力を入れたことによる揺り戻しも大きく影響しています。
未だ厳しい経済状況と、政治に翻弄される韓国社会において、若者に限らず多くの人が格差社会に悩まされているのが実態です。
こうした問題は、韓国に限ったことではありません。政治や思想が偏り、道を踏み外せば、日本でも起こり得ることでしょう。




紙の保険証廃止でマイナンバーカードと一体化に断固反対!窓口負担も増

2022-10-29 14:25:03 | 日記
紙の保険証廃止でマイナンバーカードと一体化に断固反対!窓口負担も増

10/28(金) 15:50配信

10月13日、河野太郎デジタル大臣は、24年秋に現在の健康保険証を廃止し、マイナ保険証に一本化すると表明しました。

マイナ保険証とはマイナンバーカードに保険証の機能を追加して、病院などで保険証として使うもの。受付けがスムーズになる、特定健診などのデータが閲覧しやすいといったメリットがあるといいます。

 ですが、マイナ保険証を使うには専用の読取り機が必要です。

日本には約23万の医療機関がありますが、10月16日時点で読取り機が設置済みなのは約7万3千カ所。約3割にとどまります。

読取り機の購入には補助金が出ますが、システム導入などの手間は医療機関にかかっています。

コロナ禍で疲弊する病院が多いなか、あと1年で大小さまざまなすべての医療機関に設置できるのでしょうか。

 また医療費にも問題があります。マイナ保険証が使える病院は、使えない病院より医療費が高くつきます。

3割負担の方が初診の場合、マイナ保険証の方は6円、従来の保険証だと12円上乗せされます。

マイナ保険証の使えない病院ではこうした上乗せはありません。

 一方、マイナンバーカード自体の交付率は22年10月18日時点で50.1%。

22年末までにマイナンバーカードの新規取得等、マイナ保険証の利用申込み、公金受取口座の登録を行うと2万円相当のマイナポイントがもらえる“アメ”があって、やっと半数です。

デジタル庁の調査によると、取得しない理由の第1位は「情報流出が怖いから」。

取得率を上げるには、デジタル行政への信頼を回復するしかないでしょう。

しかし国は、信頼回復への努力ではなく、アメ作戦をやめ、マイナ保険証に一本化し、現在の保険証を廃止するという“ムチ”作戦に打って出るようです。

 ムチの一端は、自治体の交付金にも表れています。

23年度に国が配る「デジタル化交付金」は、マイナンバーカードの交付率が全国平均以上の自治体しか申請できません。

交付金が欲しいならカードの交付率を上げろと言わんばかり。

 そもそも現在の保険証を廃止できるのかも疑わしいと思います。

認知症や障害のある方など自分でマイナンバーカードの申請手続きができない方はどうすればいいのか、国は全く検討していないでしょう。

ムチをちらつかせれば、アメのある今年中に手続きする方が増えるだろうという、行き当たりばったりな施策としか思えません。

 マイナンバーカード関連に国は約3兆円、国民1人当たり約2万円の予算を使っています。

コロナ禍で大変だったとき、物価高で苦しい今、1人2万円あれば助かるのに……と思いませんか。

国はマイナンバーカードを22年度中にほぼすべての国民に普及させたい考えです。そのため現在の保険証を廃止するとしたら……。こんな国民の生活を無視した政策に、私は断固反対します。

「女性自身」2022年11月8日号