米国と戦争になれば「必敗」の北朝鮮、いつまで挑発を続けるつもりか
北朝鮮が長距離ミサイルを開発し続ける理由
いったいどこまで挑発を続けるのか──。北朝鮮が9月25日、28日、29日、10月1日、4日、6日に弾道ミサイルを立て続けに発射した。このような短期間で弾道ミサイルが発射されるのは前例がない。この連続発射の真の目的は何なのか? 本稿では弾道ミサイル発射の背景について考えてみたい。
発射されたミサイルは10月4日以外は短距離弾道ミサイルであり、日本海北部の日本のEEZ(排他的経済水域)外に着弾した。問題は10月4日のミサイルである。この時の状況を少し詳しく説明する。
10月4日7時22頃、北朝鮮は内陸部から1発の弾道ミサイルを東方向に向けて発射した。最高高度約1000kmで約4600km飛翔し、7時28分頃から7時29分頃にかけて、青森県上空を通過した後、7時44分頃、日本の東約3200kmに落下した。
このミサイルは中距離弾道ミサイルに分類されるものだが、日本海に着弾させるのではなく太平洋に着弾させたことは、露骨に米国を意識したものといえる。
今回の中距離弾道ミサイルを含め、北朝鮮が大陸間弾道ミサイル(ICBM)を含む長距離弾道ミサイルを開発する理由は、北朝鮮が米国の軍事的脅威を感じているからだ。このため、北朝鮮の外交の主軸は米国となっている。
日本や韓国は米国に追従するだけであるため、朝鮮労働党機関紙『労働新聞』で日本や韓国を非難はしても、あまり重視はしていない。北朝鮮が最も警戒しているのは、日本と韓国に駐留する米軍とグアムや米国本土から増援される部隊であり、自衛隊や韓国軍は二の次となる。
北朝鮮の対米外交の最終目標は、米国との平和協定の締結にある。つまり、1953年以降「休戦中」となっている朝鮮戦争を「終戦」に持ち込みたいのだ。「終戦」となり平和協定が締結されれば、北朝鮮の独裁政権を米国が事実上容認したことになり政権は今後も維持される。
しかし、その前に米国の脅威となるICBMや核兵器をどうするのか、という大きな問題がある。この問題が解決されないかぎり、朝鮮戦争は「終戦」にはできない。そこで登場するのが、弾道ミサイルを使っての「脅し」なのである。
米国の事情を見透かし「脅し」で対話を要求
今回の弾道ミサイル発射は、あえて太平洋に向けて発射することにより、国連安保理決議を無視し、さらに経済制裁をも無視する余裕があることを改めて強調したものといえる。
太平洋への発射は、日本海へ落下させる実験よりも米国を強く刺激することができる。太平洋に落下させた意図には、ミサイルの開発が着々と進んでいることを米国にアピールする狙いもあったのだろう。
これまでの米朝関係を振り返ると、北朝鮮が強硬姿勢に出る時は、米朝直接対話を要求するときであった。この手法は「瀬戸際政策」とも呼ばれている。これは北朝鮮が1993年にNPT(核拡散防止条約)からの脱退を表明したところから始まる。いまや使い古された手法だが、結果的に米国の譲歩を勝ち取り、経済支援を受けるなどの勝利を収めてきたことは事実だ。
今回の弾道ミサイル発射も核実験とともに対話の実現を目指したものであろう。つまり、米国を対話のテーブルに着かせるためのカードというわけである。
しかし、米国は現在、ウクライナ危機への対応に追われている。北朝鮮はこうした米国の事情を見透かしている。いまが米国に対する圧力のかけどころだと判断したのかもしれない。
今後、弾道ミサイルの発射が続き、たとえ北朝鮮に対する警告の意味であっても、米国が北朝鮮近海や核関連施設などへミサイルを発射することは現実的ではない。北朝鮮が反撃する可能性がゼロではないためだ。
北朝鮮への武力行使で米国が見積もった「戦費」
現実的な問題として、米国は世界最大の債務国であり国家予算は国債に依存しているため、北朝鮮に武力行使するための費用、すなわち戦費をどのように確保するのかという問題がある。
例えば、米国が中東などでの戦争で忙しかった2018年前後の国防予算を見てみよう。2018会計年度の国防予算案は、本予算約5745億ドル(現在のレートで約83兆1000億円)にイラクやシリア、アフガニスタンなどでの戦費約646億ドル(約9兆3000億円)を加えた約6391億ドルとなっている。ちなみに日本の2017年度の一般会計予算は97兆4547億円、防衛費は5兆1251億円となっている。
戦費の負担は景気にも影響する。2010年9月、オバマ米大統領が米軍のイラクでの戦闘任務の終結を宣言したが、7年5カ月に及ぶ戦いにより、7000億ドル(約101兆円)にのぼる戦費が米国経済への重荷となり、リーマン・ショックの伏線となった。
戦争により軍需産業が潤うなどの経済効果はあるが、返すあてのない大量の国債の発行が長期的に経済に与える影響は少なくない。
では、北朝鮮への武力行使に必要となる戦費はどのくらいになるのか。クリントン政権が北朝鮮攻撃を検討した際の推計は1000億ドル(現在のレートで約14兆円)であった。実際に攻撃を検討した1994年当時とは違い、巡航ミサイルや誘導爆弾が大量に使用されることになるため、大規模な地上戦が行われることはないだろうが、高価な兵器を大量に使用することになるため戦費が膨れ上がるのは間違いない。
北朝鮮軍が相手なら、米軍が現在保有している兵器の「在庫処分」で済むという見方もあるが、それは一時的なものであり、後々処分した分の穴埋めをするために新たに兵器を購入しなければいけない。
もし日本に弾頭が着弾したら、どう対応するのか
今回のミサイルは日本列島を飛び越えたが、もし、日本へ着弾したらどうなるのだろうか。
弾道ミサイルが発射されるたびに繰り返される、何の実効性もない「断固たる抗議」はともかく、「万全な対策」とはどのような対策なのだろうか。
おそらく、人工衛星を使って防災無線から地方自治体に瞬時に伝達する「Jアラート」と、内閣官房から緊急情報が流れる「Em-Net(エムネット)」が正常に作動し、自治体での被害状況の確認が円滑に行われたことを指しているのだろう。
今回はJアラートの誤送信があったものの何の被害もなく済んだが、もし弾頭が着弾した場合、政府はどう対応するつもりだろうか。日本への着弾が予想される場合は、自衛隊法に基づく破壊措置を実施することになるが、その後の自衛隊の対応に問題が残る。つまり、「防衛出動」や「防衛出動待機命令」を発するかどうかである。
防衛出動には国会の承認が求められるため、よほどの事態に発展しないかぎり、野党が反対することは目に見えている。
「宣戦布告」をしても勝ち目のない北朝鮮の武力
北朝鮮が事前に「宣戦布告」した後の攻撃なら別だが、北朝鮮は米国を非難する際に「宣戦布告」という表現をこれまでも乱発してきたため、本当の「宣戦布告」なのか北朝鮮側に確認する必要がある。
もちろん、複数の弾道ミサイルが日本列島に着弾した場合は、事実上の「宣戦布告」となる。しかし、1発だった場合は「発射実験の失敗」の可能性を排除することが出来ないため、本当の攻撃なのかどうかを確認するという滑稽な形を取ることになる。
戦争は、ある日突然起きるわけではない。対話が行き詰まるなど何らかの前兆がある。現在の北朝鮮情勢の緊迫度は、米朝関係の歴史を振り返るとそれほど高いものではない。しかし、複数の弾道ミサイルが日本に着弾するという事態になってしまった場合、米軍はどのように動くのだろうか。
米国に対して「宣戦布告」が明確に行われれば、米軍は北朝鮮攻撃へと動くだろうが、北朝鮮は「宣戦布告」する前に大規模な奇襲攻撃を仕掛けるだろう。
とはいえ、弾道ミサイルで奇襲を仕掛けるにしても、1990年代に製造された日本を攻撃する「ノドン」や、もっと前に製造された韓国を攻撃する「スカッド」は老朽化をはじめており、正常に飛ぶのかどうかも怪しい。
最新の弾道ミサイル以外は老朽化した兵器しか持たない北朝鮮軍には、いまも昔も大規模な奇襲攻撃しか勝ち目がない。あとは特殊部隊を用いた破壊工作に頼るほかない。
北朝鮮は、米国本土まで届くICBMを配備したとしても、米国、日本、韓国に戦争を仕掛けることはないと筆者は考えている。戦争を行なうとなれば、少なくとも在日米軍と在韓米軍の北朝鮮に対する攻撃手段を短時間で全て破壊するだけでなく、グアムや米国本土の航空基地も破壊しなければならないからだ。
北朝鮮の弾道ミサイル発射と核実験はセットで行われる傾向があるため、7回目の核実験もまもなく行われるだろうが、日本が行えることは「断固たる抗議」と効果が疑問な経済制裁しかない。
このような事を繰り返しているうちに、今回のように日本列島を弾道ミサイルが飛び越える事態となってしまった。反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有に本格的に着手すれば、野党などから猛反発を受けるだろうが、そろそろ実効性のある対応策を検討すべきではなかろうか。