カンムリワシ、ワシは名ばかり、言うばかり

20年前探せばカンムリワシがいて、10年前そこにはカラスがいて、いま両方ともいません。よって最近ではそれ以外の話題に。

中国に関する醜聞 241

2017年06月25日 06時27分20秒 | アジア

 ここでは「中国の醜聞」を集め、必要に応じて出典やリンクも用意しましたが、そんなに頻繁にリンクを確認できませんので、もしも「既にリンク切れ」となっていたらご容赦ください。


中国の知識人は何かといえば「中国はすでに強国となったから、これからの世界は中国が決める」と豪語する。しかしいったい、中国の誰が何を決める能力があるというのか。むしろ、先んじて人類共通の課題を生み出し、しかも深刻化させている国であるといってもいい。

そしてもう1カ国「夜郎自大」と揶揄される韓国も、「アジアのバランサー」「ユーラシア経済圏」といった空疎な大言を口にする。大口を叩くのは北朝鮮との問題を解決してからにしたほうがいいと、誰かアドバイスするべきだ。:P.242 黄文雄「犯中韓論」幻冬舎ルネッサンス新書102 2014年08月25日第1刷


中国のうぬぼれ体質が見えてきますね。

一体この国はどこへ進もうとしているのでしょう。

あ、そうか、中国共産党の存続しか念頭になかったのですね、これはこれは「失礼をいたしました」。←「桂春団治がなつかしい」というかたも?

    • 1921年結党に結党した中国共産党が、1949年に中華人民共和国を建国した
    • イスラム教がイスラム諸国を建国した

これを忘れてはいけません。中国共産党が崩壊すれば中国が存立し得ないのと同じで、イスラム教が崩壊すればイスラム諸国が崩壊してしまうのでしょうか(笑)。

今のアジアの問題児の中に

  • 北朝鮮
  • 中国
  • 韓国

があります。尤も広く世界を見渡せば

  • シリアなどの中東(これはかなり広く複雑)

という問題がありますが、これとは別に

  • 多発するテロ
  • 国内の経済格差(テロに関係し、中間層の縮小が原因か)
  • 果たしてグローバル化がよかったのかどうか

なども問題なのは、ヨーロッパでのテロ続発・イギリスのEU離脱・アメリカなどの内向き志向(トランプ登場)などからも、納得できます。

ここでは中国の最近の突出を扱っています。


マカオ警察、3ヶ月に及ぶ一斉取り締まりで1782人送検

マカオ新聞 2017/6/17  


マカオ警察・香港警察ならば、まだいいのですが

ここに広東省公安庁が連携して、越境犯罪や治安維持にあたるというのが気になります。

最近の香港市民の不自由さを覚えている人なら、ピンと来るでしょう。

中国共産党の考えと異なる意見をもつ者を別件逮捕する」のが中国共産党政府のやり口で、口実としては、富裕層に対しては「脱税」「不正蓄財」、一般には「国家転覆罪」「名誉毀損罪」などが想定されますが、これらはいつものでっちあげでしたね(笑)。

いくら中国の憲法(第38条)で「人格の尊厳」が謳われていても、それはあくまでも表面上の世界であり、中国では実質的に「無視された人格の尊厳」でした。本音と建て前・実質と水面下・国外向けと国内向け、の使い分けに過ぎません。

つまり中国憲法・法律では「美しい言葉をただ羅列しているだけで、運用されたためしがなく、実際には「恐怖の弾圧」があるのみでした。

この程度なら、日頃のいきなりの逮捕などで皆様ご存じの通りです。

もちろん北朝鮮など、いくら最近中国に反発しようとも、中国社会そのものを引きずっています。

くれぐれもだまされないようにおねげーしますだ(笑)。

こういったことを指摘することなく

経済的な中国市場だけを見て「中国共産党にヨイショ」し続ける「日本の保守勢力」なるものに、一種の薄汚さを感じる次第です。

もっとも日本の保守勢力にも、日本国内の薄汚い勢力との結びつきを感じずにはいられませんが(笑)。

上記のことを「中国の香港・マカオへの弾圧」としておいて言いすぎではないだろうと思います。 


何やら、見えてきませんか。

日本の「保守勢力」は

「日本の保守勢力」に対抗するあまり中国共産党を利用しようと試み、その薄汚い横暴に触れることなく、ある意味で中国共産党べったりですから、結果的に

  • 日本の保守勢力 ≒ 中国共産党
  • 韓国のほぼ全体の勢力 ≒ 中国共産党
  • つまり日本の保守・韓国全体 ⇐ 対立 ⇒ 中国の民主化勢力 

ということになります。これが致命的な欠陥だと私には映ります。

日本の保守勢力

  • 結果的に中国共産党べったり
  • 結果的に中国の民主化勢力を敵にしている

ことになり、実際にはそうならないよう一生懸命に「努力」している「つもり」でしょうが・・・・・・。

さてさて、皆様はどう思われますか。


團次/談次 列伝(改)

2017年06月25日 04時55分36秒 | 社会

このブログは「團次/談次 列伝(2014/07/21)」を改変したものです。 


特に歌舞伎に興味があるわけではありませんが、落語などに関連して 

紛らわしい名前を集めてみました。姓と名の両方にご注意下さい。なお都合で「団」を使わないで「團」に統一しております。 

市川右團次(いちかわ うだんじ)

歌舞伎役者の名跡。

市川左團次(いちかわ さだんじ)

歌舞伎役者の名跡。

立川左談次(たてかわ さだんじ)

立川流の落語家。故立川談志初期の弟子の一人。「立川」が「市川」に似ており、しかも「左團次」と「左談次」では、よみが同一で漢字が1字異なる〔「團」と「談」〕だけという紛らわしさ。

ただし、いまのところ「立川右談次」や「立川右團次」という名前は見つかっていません。

桂右團治

兵庫県出身の落語芸術協会初の女性落語家〔真打〕。実はまだ聞いたこともみたこともない(笑)。

桂春團治

上方落語の名跡。当代は3代目桂春團治(1930- )。2代目桂春団治の三男で、戦後、米朝・松鶴・文枝・春團治が力を合わせて上方落語界を復興させました。小柄で品のある身振り動作が特徴。

桂小春團治

むかし露の五郎(1932-2009)が桂小春團治を名乗っていましたが、その後、3代目桂春團治の弟子だった桂小春が1999年に3代目桂小春團治(1958- )を名乗ったようです。師匠3代目桂春團治が長生きしていますが、4代目桂春團治を継ぐのは、3代目桂小春團治か、それとも4代目桂福團治か。 

桂米團治

上方落語の名跡。古典落語「代書(代書屋)」を作ったのが4代目桂米團治で、桂米朝がこの人の弟子となりました。桂米朝の実子である桂小米朝が5代目桂米團治を襲名したので、米朝からみると、自分の師匠の名前を息子に継がせたたことになり、自分は米朝のまま終わるつもりらしい。 

たしかに 

    • 歌舞伎の名跡に、右・左
    • 落語の名跡に、 右治・左

があると分りました。

印象としては

    • 歌舞伎では「~團
    • 落語界では「~團」 〔例外が「立川左談次」〕

だと思いました。 


京都の行政区割り 舞台上の左右の名称

「左」と「右」、と言えば気になることがあります。    

京都市では、中央にある京都御所から南をみて、左右を決めているようで

    • 右手(西側)つまり下手(しもて)にあるのが右京区
    • 左手(東側)つまり上手(かみて)にあるのが左京区

そういえば英語の舞台表現も同じだそうで

    • 舞台上から観客のほうをみて、右手が stage right、 左手が stage left (Stage Diagram)

これを図にすると確かに納得できますね。 

さらに京都市上京区(かみぎょうく)と下京区(しもぎょうく)について。

こちらの地図によれば、北から南へ順に、上京・中京・下京となっています。

舞台の配置については、日本語の「上手(かみて)」「下手(しもて)」が左右の決まりですが、英語では左右が上述の通り舞台上から見て決めるのですが、奥行きについては、舞台の奥から観客側へ順に、Upstage-Centerstage-Downstage となっていて、Up(上)、Center(中)、Down(下)とみるならば、京都市の行政区分に似ていますね。 

落語の場合 

落語家が演じるときにもこの原則を守っているため、見ている人にとって人物像がはっきりします。

声だけのラジオやCDなどの音声語源に備えて、ある程度、声音(こわね)を変える必要もあろうかと思います。

名人と称される噺家(落語家)の場合、聞いているだけ、見ているだけで、その景色が目の前に浮かび上がってきます。このためには、映画やドラマとは異なった、非常に高度な技術を要します。漫談落語家にはそれなりの役割があろうかと思いますが、落語の名人と称される人の噺には、それゆえに特有の風格さえ感じるのです。 


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■■■■■■■■■■■ 落語家 ■■■■■■■■■■■■■

こっちが家の入り口             こっちが家の奥
下手                         上手 

           観客席 


噺家が話す方向

    • 誰か〔ここでは格下の人としておきます〕が家に入って来るときには、噺家は自分の左側(上手)の家の奥を向いて「こんにちは」と声をかけます。
    • 続いて奥からそこの主人〔ここでは格上の人としておきます〕入り口へ向って返事を返す時には、噺家は上とは逆の方向、つまり自分の右側(下手)の入り口を向いて「はい、どなた」と応えます。

客席側からと噺家側とでは、左右が反対になりますので、間違わないようお願いします(笑)。 

これを確かめるために落語家である桂米朝が2002年に東京銀座の歌舞伎座でおこなった大ホール最後の会から「百年目」の最初の13秒だけを切り取ってみました。 次の2つは同じものであり、別の場所へ flv アップロードしたものです。

桂米朝「百年目」(2002/04/29 最初の13秒):ニコニコ動画

桂米朝「百年目」(2002/04/29 最初の13秒):YouTube動画 

これを見ても、観客から見て左側(下手:しもて)へ向いて、旦那が丁稚に語りかけていることが分ります。

そしてその後、丁稚が旦那に向って話すときには、丁稚は観客から見て右側(上手:かみて)へ向いて話をしています。

具体的な例をみないと分りにくいと思い、自分でダウンロードした動画を、切取り、苦労してビットレートを下げて13秒に再構成したものです。

ちなみに

この公演を私は当日(2002/04/29)、現場(銀座歌舞伎座の下手にある花道の近くの即席の当日席客席)で見ておりました。米朝の「東京での最後の(大舞台)公演」ということでしたから、ぜひともみておきたかったのです。この日、桂吉朝〔きっちょう 1954-2005〕は「ふぐ鍋」を演じ、この3年後に師匠桂米朝(1925 - 2015)よりはやく、胃ガンで病死。

Wikipediaによれば、吉朝の死の直前まで

    • 桂吉朝が、師匠米朝の師匠である桂米團治を襲名
    • 桂小米朝が、父米朝のあとを継ぎ4代目桂米朝を襲名

という計画があったらしいのですが、吉朝の死で

    • 小米朝が5代目桂米團治を襲名〔2008年〕

この結果、現在の3代目桂米朝のあとを継ぐ4代目はまだ決まっていない模様です。

人ごとであり、どうでもいいことですが、月亭可朝、桂ざこばは無理でしょうし、桂ざこばの弟子「桂都丸」も「桂塩鯛」を襲名したところだし、見たことがない11代目桂小米や桂米輔(桂米助ではない)が候補なのでしょうか、まったく分りませんが。