Broken Flowers …はうはう河馬の脂肪遊戯

いらっしゃいませ。お独りさまで?どうぞお好きな席に。

21…七夕の飾りが飾られている。その短冊には、

2008年06月21日 | 2008


ひー。

全身の疲労感に負けて今日はトレはオフ。それでもやる気になるかもしれないと駿健に行ってはみたものの、気分がサゲでトレをする気分になれなかった。直行で風呂に入って、まんまテレビルームでテレビを眺めながらお昼寝となった。昼寝はつくづく至福のひと時。考えてみれば、今日は、朝起きて飯。朝飯食って寝て起きて昼飯。昼飯食って寝て起きて夕飯、という自堕落なパターンに陥っている。こういう休日の過ごし方も、「たまには」良いと自分に言い聞かせることにした。はい。「いつもじゃん」という意見は却下。「たまには」を「B」コマンドで強調。

ところで、テレビルームでは、携帯をマナーモードにし忘れて、けたたましい着信音が鳴り響き、周囲をゲンナリさせるということが、かなりよくあることなのだが、今日は、着信音だけでなく、その後も大声で話し続ける強者がいた。周囲の舌打ち、「五月蝿い」「出て話せ」等々の罵声をものともせず、話すだけ話して颯爽とテレビルームから退出していった。あれはいったいどういう人だったのだろう…。聴こえてきた声から想像した感じでは、ほろ酔い加減のまだらボケした爺さん風だったのだが…。(それってどんな人だ…。(^_^;))

テレビでは、福知山線?の電車の事故の後遺症から一所懸命再起しようとしている女性のドキュメンタリーを放っていた。自分の境遇を思うと、文句ばかり言っている自分が恥ずかしくなってくる。(…が、それも見てる間のことだけなのが、さらに恥ずかしさに輪をかける…。)

生きるって重い主題だよな。いろんな生があるもん。この世に生まれ出ずることなしに消えていく生。惜しまれて終わる生。期せずして長く生きてしまった生。書いていけば限りがない。。数年前、特別養護老人ホームを何度か伺う機会があった。今の時期、ホーム内には七夕の飾りが飾られている。その短冊には、「痛いところが治りますように」「歩けますように」「家へ帰りたい」と、細い細い字で何人もの人が同じ事を短冊に願い事を書いていた。その短冊を目にした俺は、涙が出そうになった。「痛いところが治るのも」「歩けるのも」「家に帰るのも」俺にとっては当たり前のことだけど、ホームで過ごす人たちは、それが実現しないであろう願い事になってしまっているってことに。ああ…。

連れがトレから帰ってきたので、テレビルームから、もそもそ起き出して、駿健のすし屋で夕飯。頼んだものは「梅」。やっぱり松(末【マツ】)や竹(高け【タケ~】)じゃ、縁起が悪いし、もしかしたら、ネタが良すぎて口に合わないかもしれないし。梅(美味【ウメ~】)ってことで。


21食事

2008年06月21日 | 2008