当教室の高校生さん達は上位大学を目指す生徒さんに限定して
お預かりしています
人数的に制限しなくては目が行き届かなくなる可能性があるから、という理由と
大学入試はやはり本人の意思が固くなくては成し遂げられないと感じるからです
高校受験に向けて過ごした中学3年の1年間で生徒さん達は大きく成長しました
なんの為に勉強するのか?
自分に学力がなぜ必要なのか?
といった疑問にも向き合いながら、当教室で高校受験を乗り越え
自分の答えを見つけ出した生徒さん達です
高校受験を経験しても答えが見つけられなかったという事のないように
1年間見守ってきました
それは大学受験に向けての下準備だと思っているからです
一つの受験を終えると、なんだか気が抜けてしまうのは
どちらかと言えば親御さんの方だと感じる事が多いですね
一人の親としてはわからなくはありません
私も入試目前では、本人よりこちらがおろおろとしていた親の一人ですから(-_-;)
ただ、一つの受験が終わっても大学受験が終わらなければ
親としての役目は終わったとは言えないと思いませんか?
学力は誰の為でしょう?何の為でしょう?
途中まで押しつけてきてもどこかで放り投げてしまったら
結局中途半端に終わってしまい最終学歴も中途半端・・・・ですね
学力が人生の全てではありませんから
学力に代わる“何か”を見つけ、それに打ち込んでいるならまだしも
何もせずに、ただ受験が終わったからと自由奔放に過ごすのは学生ではありません
学生のうちに身につけなければいけないのは
「努力する忍耐強さ」だと常々感じています
その忍耐力を育むのが勉強!
学生は勉強が仕事だという観点から見るとよく勉強する子は社会に出てもよく働き
勉強に真摯に向き合う子は仕事や人生にも真摯に向き合う事ができるようになるのではないでしょうか
「理科・社会の勉強が苦手」という生徒さんにある講師がこんな話をしていました
「他の教科より、理科・社会の方が、自分の努力に応えてくれるから私は好きだな」
数学や英語は勉強しても勉強しても波があります
上手く行った時もあれば、小さなミスで減点されてしまう時もある
しかし、理科・社会は勉強すればするほど得点は右肩上がりになり
自分の努力を認めてくれる教科だというのです
そんな事を言われたら、「じゃぁやってみようかな・・・」って思いますよね?
教室ではそんな会話が繰り広げられるのですが
一つの受験が終わったら、なんだか全てが終わったような燃え尽き症候群になっている
家庭環境があったとしたら、それはお子さんが可哀相だと思うのは私だけでしょうか
学力は誰の為に、何のために?
この時期、それぞれの立場で考えてみる良いチャンスだと思います
いつも書いていますが
どの受験も教育も難易度を上げ、これまでの知識に頼った学習だけでは乗り越えられなくなってきています
自分の力で、自分の学力で乗り越えなくてはならないと言う事を
誰より感じているのは生徒さん本人ですから
受験という節目で完結させず、お子さんの頑張りを応援し続ける事が大切だと思います