浄土真宗本願寺派 法徳寺ブログ

神奈川県厚木市にある浄土真宗本願寺派(西)のお寺です。
永代供養墓10万より受付中です。

平成24年2月の法話「だるまさん」

2012-01-31 16:44:38 | 法話
正月に神社仏閣へ初詣に行くと(私はあくまでも観光目的です)必ず目にするのが「だるまさん」の販売です。
大きく赤いまんまるのだるまさんは、つい欲しくなってしまいます。
ちなみに日本三大だるま市は、「高崎」1月6~7日、調布の「深大寺」3月3~4日、「白河」2月11日と
なっていまして正月に限っているわけではありません。

 さてそのだるま(達磨)は禅宗の開祖、達磨大師の坐禅姿を模したものという事は、ご存じのことと思います。

だるまさんは正式には菩提達磨大師といい、禅の教えを伝えるために、南インドから6世紀中ごろ中国に渡り
活躍した僧侶です。嵩山(すうざん)少林寺に入り、壁に向かって坐禅すること9年間もの修業を行いました。
ちなみに少林寺拳法は、坐禅とともに達磨が伝えた修業法の一つだそうです。
そのどんな困難にもめげず頑張り通した努力が、延び放題の髭や眉毛に表され、どんなに転がっても起き上がる
七転び八起きの精神力を、ダルマの置物に込めたのでしょう。手に入れた時点で片目を書き入れ、願い事が叶ったら
もう片方を書き入れる。という縁起物としての使用が一般的ですが、あくまでも真理を求める達磨大師本来の姿を
忘れてしまっては困ります。浄土真宗では坐禅はしませんが、同じ仏教ですから達磨さんの残した教えに学ぶのもよいかと思います。

 そもそも仏教の開祖お釈迦さまも修業時代には、数え切れないほどの坐禅をしました。
精神を集中・統一するための坐禅を続け、ついには菩提樹の下でさとりを開いたと言われています。

 坐禅をすると足が痛く、じっとしているのも苦痛です。
しかし坐禅は苦行ではなく、心も体も一番安定し、鎮まる姿勢なのです。また仏さまの真似をすることでもあります。

 仏教の根本思想は「空(くう)」になることです。禅はこの教えを最も顕著に説いたものだといえます。
「空になる」とは、こだわらないこと、常識を捨ててあるがままの心で生きること、自分の欲や思いを捨てて無心で
生きること、当たり前のことを何も考えず当たり前にすること。

坐禅のみが真理をさとる方法ではありません。「行住坐臥」という言葉があります。
それは、食べても、仕事をしても、掃除をしても、日常の行動の中で、世間の価値観を超えた仏の道を歩むことが禅「空」だ
という意味だそうです。

 「そうです」と締めくくったとおり、私ども浄土真宗では禅「空」の思想は専門分野ではありません。
勉強はしてはいますが数行で著わすことなど到底無理なほど、難解な教えです。

 しかし前記のように、欲を捨て自分の常識にとらわれず、素直に仏さまの教えに耳を傾けるという事は今の私たちにできる
「空」の実践ではないかと思います。

(参考文献 仏教早わかり百科 ひろさちや)

法話 伊東知幸

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする