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当ブログは百合男子・兵頭新児の百合萌えブログです。
幼女同士の百合に萌える方、マイキャラ交換しましょう。
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名前:兵頭新児
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セクシュアリティ:アセクシャル
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――というわけでゾーニング責任を果たしたところで、「ろりともだち」について語ることにしましょう。
いえ、正確には、ここで語られるのは「ろりともだち」ではなくそれを巡る諸相について、なのですが。
今回の騒動はツイッター芸人・東浩紀師匠が「ろりともだち」を絶賛したことに端を発してします。
詳しくは「「東浩紀は性犯罪者、死ぬべき!」と絶叫する人達」を見ていただきたいのですが、要はエロ漫画評論家でもいらっしゃる東師匠がツイッターでエロ漫画を誉めた、それを見たフェミニストがファビョった、ただそれだけのことです。
とは言え、師匠が絶賛したのが幼女をレイプしまくるかなりえげつないペドファイル向け漫画であること、そしてまた師匠がかつてより恥も外聞もなくフェミニストに媚びを売っていた人物であることなどが、事態をややこしくしているわけです。
まずは問題の漫画「ろりともだち」を(そのバックグラウンド含め)詳しく見てみることにしましょう。
そもそも本作、雑誌『LO』に掲載されたものである、ということが重要です。最近すっかり元気をなくしてしまったオタク系のエロ漫画雑誌の一つなのですが、本誌はロリコン物に特化した、かなりピーキーなものなのです。
オタク文化について詳しくない方には意外なことかも知れませんが、いわゆるオタク的な萌え絵で描かれるエロ漫画は巨乳物あり、人妻物あり、女教師物あり、ショタと呼ばれる美少年物ありで、実は「ロリコン物」ばかりが描かれているわけではありません。一番多いのは恐らく女子高生物でしょうし、それをロリコン物と言ってしまえばそうなのかも知れませんが、いわゆる異常性愛としての「ペドファイル」とはかなり隔たりがあります。
また、いかにキャラクターが低年齢に見えても、アニメキャラ的なアンリアルなディフォルメのなされたキャラクターが非現実的な世界観で活躍する漫画と、(仮に萌え絵の範疇でも)比較的リアルなタッチで描かれたキャラクターがリアリティのある世界観で描写される漫画とでは、やはり全然違うわけです。ものすごく乱暴な喩えかも知れませんが、『プリキュア』と『中学生日記』の違いとでも言いますか。
さて本作は、そうした中ではかなり本格的なペドファイル物です。
ストーリーは主人公の「赤井」が大学で「山崎君」という「ろりともだち」を得て、道を踏み外していく、というもの。「ロリ」とは言っても生身の、それも小学生の幼女に興味を持ち、そうした明らかに違法な児童ポルノを収集しているという時点で二人は明らかなペドファイル。オタク的萌え的世俗的意味あいでの「ロリ」とは全く異なっています。
そして二人は「ともだち」を得たことで行動をエスカレート。ついには日本全国幼女レイプの旅に出かけてしまうのです。エロ漫画としてのメインはここにあり、凄惨な幼女のレイプが繰り返し描かれ、最後には二人は練炭自殺をします。
ぶっちゃけるとこれ、『ボニーとクライド』とか、あの辺のパロディですよね。アメリカン・ニューシネマというか(この辺についてはhdk46さんにご教示いただきました。ありがとうございます)。ぼく自身、この漫画を一部だけ見ていた時点では、「あぁ、この二人、ラストは車で崖に突っ込んでいくんだな」と信じていましたし(いや、冗談じゃなくマジで)。
これについて、東師匠が絶賛のツイートをしたというのが、事件の発端だったわけです。
彼は、
どうすごいのか。それは端的に言えば、非モテ若者におけるホモセクシュアリティとロリコン的被虐欲望の関係を驚くほど正確に抉り出しているからです。むろん全体は小学生レイプもので良識的に絶対に許されるものではない。しかし「おまえがいたから、おれレイプできた」という台詞は胸を打つ。
とおっしゃっていました。
ぶっちゃけると、ぼくも東師匠と同意見です。
マイノリティがようやく得た仲間と共に“青春”を謳歌することが、本作のテーマと言えます。事実劇中、二人で幼女にいたずらをするシーンには、赤井の
“青春”って/感じがした
というモノローグが挿入されています。
もう一つ言うと、彼らが「オタクにもなりきれない」落ちこぼれであると設定されているところがまた、秀逸です。作品の前半では二人がエロ同人誌を作ろうとして挫折するシーンがあり、また『LO』を読みながら「最近マジ使えね――」とぼやくシーンもあり、念の入ったことに自殺の直前の赤井は「二人でコミケで売る同人誌を作る」夢まで見てしまうのです。
リア充に怨嗟の念を吐きながらエロ同人誌を作っているのがオタクであるはずなのに、彼らにとっては「気のあう仲間と共に同人誌を作る」こと自体が「叶わぬ夢」なのです。
ある種、今時オタクになれるだけ、しかも「友だちと同人誌を作る」機会を持てる者だけ、それは恵まれている方なのでしょう。気持ちはわかります。
オタ充爆発しろっっ!!
そんな夢を見て、「お前に出会えてよかった」と語りあい、最後に手と手を握りしめあって「心中」してしまう赤井と山崎。
圧巻のラストは見ていて言葉になりません。
ひょっとするとこの夏、この二人の薄い本が並ぶんじゃないでしょうか。
東師匠もこのラストには、
主人公は相棒に出会って始めて自分のロリコンを真の意味で自覚し、そして最後は相棒と手を繋いで死ぬのです。その場面は実にゲイ的。セクシュアルマイノリティの話だと思いました。掲載誌がロリコン誌なので紹介するのもどうかと思いつつ、しかし優れた作品だったので批評家として紹介しておきます。
と絶賛なさっています。
ぼくも、この意見に賛同します。
ここで更に、一部の方には不快な思いをさせるであろう例え話を持ち出したいと思います。
ホーキング青山さんという障害者芸人がいらっしゃいます。
彼のライブなどは見たことがなかったのですが、しかしちょっと気になる存在だったため、彼の著作『差別をしよう!』をふと手に取ったことがあります。
結論を言えば、つまらない本でした。刺激的な書名も形だけのもの、つまらぬ半生記と身辺雑記に過ぎない退屈な本でした。
が、一つ大変印象に残った箇所があります。
彼が芸人に成り立ての頃、ナーバスになっていて、彼を買ってくれた芸能マネージャーに対して「本当に俺と組む覚悟があるのなら、彼女と別れてくれ」と懇願した、という箇所です。自分を評価してくれたマネージャーに依存するあまり、青山さんは彼の恋人に「妬いて」しまったのです。
ここに描かれているのは障害者という名の聖者の受けた受難でも何でもなく、「大変に痛い、しかし痛いが大変によくわかる」誰しもが陥ってしまいかねない心理状態です。
本作における赤井と山崎の間にあった情も、これと全く同じものでしょう。
ここで赤井と山崎の関係性を「性犯罪者だから」という理由で否定し、青山さんの心情を「障害者だから」という理由で神聖化する者がいるとしたら、それは「エラい人は何をやっても許される」と言っているのと同じです。
しかし、それでは収まらないのがフェミニストたちです。
彼女らの発言に、残念ですが採り上げるべき価値のあるものはほとんどありません。
要はただ東師匠を「ペドレイプ激賞家」などと呼んで幼稚に罵っているだけです。
ここで、しかしぼくはいささか複雑な心情に陥ってしまうのです。
――と、ここまで書いたところで結構な文章量を費やしていることに気づいてしまいました。
実は前回予告していた『Rewrite』(ギャルゲー)と戦隊を比較しての論考も棚上げしっ放しなのですが……以下次号。
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