天気に恵まれ参道は大勢の参拝者です
憲法改正署名活動の人達やビラを配る人達で賑わいます
参道正面の駐車場は駐車禁止で
例年の様に沢山の街宣車は見られなかったです
右翼団体の参拝も、大勢の右翼から10人前後、2,3人の参拝者があります
綱の張られてる所は
紀元祭を行う宮司、勅使が通る所です
今回は都合で紀元祭を見ないで帰ります
天気に恵まれ参道は大勢の参拝者です
憲法改正署名活動の人達やビラを配る人達で賑わいます
参道正面の駐車場は駐車禁止で
例年の様に沢山の街宣車は見られなかったです
右翼団体の参拝も、大勢の右翼から10人前後、2,3人の参拝者があります
綱の張られてる所は
紀元祭を行う宮司、勅使が通る所です
今回は都合で紀元祭を見ないで帰ります
家から電車で30分の所にある橿原神宮、建国の日には毎年参拝に行きます
初代神武天皇が即位した日に制定され、神武天皇を祀る
橿原神宮では勅使も遣われる祭典、紀元節が執り行われ
参列者4000人参拝者10万人、全国から右翼団体が集合します
今年は少し早く行ったので、最初に訪れた右翼の人達です
右翼団体気合が入ってます
此処で手口を清め
内拝殿では紀元祭の準備が、之から多くの人が参列します
拝殿に向かう右翼団体
国歌君が代齋唱、天皇陛下万歳三唱です
けはや 座は當麻寺参道に有るので、當麻寺の一つ中の坊に入ります
當麻寺には平安時代には四十余坊
江戸時代にも三十一坊の僧坊があったと記される
中の坊はこれらの筆頭寺院として
當麻寺内で最も古い由緒と高い寺格を付て伝えている
今回は當麻寺中の坊庭園を載せます
中の坊には他に、本堂、書院・茶室、写仏道場天井画、霊宝殿、牡丹園があります
写仏道場と天井画
葛城市相撲館”けはや座”は相撲の開祖当、麻蹶端速の伝承と
国技相撲の普及活動、相撲に関する資料の収集を目的として
平成2年{1990}5月にオープンしました
2階では相撲の歴史年表や郷土の力士など相撲に関する数多くの
資料を展示してます、所蔵資料は12000点に上ります
外出の為コメント欄閉じさせて貰います
初場所・奈良県出身の”徳勝龍関”が優勝
相撲発祥の地、葛城市相撲館、けはや座に行って見ます
鉄砲柱です
相撲開祖當麻蹶速の塚、相撲会館の隣にあります
けはや座館内は相撲の資料が沢山展示されています
横綱手形
けはや座館内、相撲甚句が流れています
相撲甚句
土俵入り
信長上覧相撲
輪島、北の湖
西国第七番札所岡寺・日本最初の厄除け霊場としても知られています
仁王門は・重要文化財
西国霊場周りをしてる人ですね
本堂・創建されたのは1300年程前、天智天皇の勅願により
義淵僧生によって建立
龍玉・願い珠
願い珠の下から白い紙を取り出した下さい
珠の中から細長い紙が出てきます、紙に願い事を書いた後
再び巻いて、願い珠の中に入れてください
お願い事を書き終えたらそこにフタをし、願い珠掛けやモチノキにぶら下げてください
又お守りとしてお持ち帰りいただいても結構です
この様な看板が吊り下げられています. 龍の願い珠 600円です
花の寺としても知られ、石楠花、ダリアで知られています
石楠花今は蕾ですが、咲くと沢山の人が訪れます
三重塔
石楠花の咲く一番見晴らしの良い所からの岡寺
石楠花の咲く時は何回も来てるのですが
今は花のない、お寺だけでこじんまりとしたお寺です
天武・持統天皇陵を後に石舞台古墳に行って見ます
田園の中を明日香の街を眺めながらの散策です
古い造りの家が目に付きます
お馴染みの景色ですが、柿が黒ずんで絵になりませんね!
国営飛鳥歴史公園石舞台地区
国営飛鳥歴史公園は先に行った”高松塚地区””石舞台地区”甘樫丘地区”
”祝戸地区””キトラ古墳周辺地区”の5地区からなり
総面積60hrで甲子園球場の約15個近い面積です
特徴はフェンスなどで仕切られて居ないのが特徴です
梅が沢山咲いてます
石舞台の広場で
石舞台に咲く菜の花
元興寺節分会、12時から堂内にて法要、特別祈願
13時から境内にて柴燈大護摩供養が行われます
手向山八幡から着いたのが12時過ぎで、
2時から始まる二月堂の節分祭に行くまで護摩供養を見物します
12時過ぎに元興寺に、護摩供養の準備も出来
堂内では特別法要が行われています
竹田流演武奉納
演武の熟練者や外人も演武を
宝弓の儀 行者によって六法に矢が放され魔除けになる
宝剣の儀 魔が切られる
元興寺住職経典の後護摩に火がつけられる
此処まで見て、14時から始まる東大寺二月堂の節分豆まきを見に行きます
東大寺二月堂の豆まきを見て元興寺に、東大寺から急ぎ足で30分
護摩供養は終わり、15時から節分会豆まきです
年男・年女による豆まき
福は内に入れる様に・鬼は自分の内から出る様に願いを込め
元興寺では ”福は内”鬼は内” と言いながら豆をまきます
元興寺絵馬
昨年は元興寺で節分会を最初から終わりまで3時間見ました
今年はコロナウイルス流行の影響か、東大寺周辺は人が少なく
東大寺の大きい駐車場も車が2台だけの駐車でした
元興寺も昨年に比べて見物客が少なかったですね!
14時頃本堂で法要の後、二月堂の舞台から豆まきをします
その後法華堂前広場に設置された特設舞台で豆まきを行います
豆まきをする前の特設会場
舞台からの豆まき、足元が悪いので今は人が入れません
二月堂の舞台からの豆まきの後、特設舞台に移り
特設舞台からの豆まきです
豆まきも終わり行列が!並んだ人に豆を順番に配るそうです
二月堂でも福豆を
福豆と、節分福豆アンパンが飛んでくるとは知りませんでした
アンパンのへそに豆が付いてましたよ!
飛鳥を掲載する予定でしたが、3日に行った奈良の節分祭を先に掲載します
毎年2月3日に行う御田植祭り
謡物能楽の形式で行われる古式ゆかしい農耕儀式
”おんだ”祭りとも呼ばれています
鍬で四方を耕す
牛面を被った牛童が鋤を引き途中で牛の鳴き声をします
田を均しくする
籾をまきます
田主は翁の面を付けています
牛童、巫女さんは地元の小学生だそうです
御田植儀式が終わると、豆まきです
儀式の参加者記念写真
如何にか、手向山八幡宮の福豆拾いました
高松塚古墳から歩いて近くの
天武・持統天皇陵に、小高い丘の上に御陵はあります!
天武天皇は壬申の乱の後即位14年間皇位についた
持統天皇はその皇后で、後女帝として皇位
三重県伊勢神宮で20年に一度行われる式年遷宮は、此れは天武天皇の発意であり
第一回は持統天皇によって行われました
持統天皇は天武天皇の亡き後、藤原京の造営を行います
陵からは見晴らしがよく、陵の雰囲気を楽しめます
遠くには金剛山、葛城山が良く見えます
天武・持統天皇陵を後に明日香石舞台方面に向かいます
亀石
橘寺
川原寺
高松塚古墳から近くの文武天皇陵に行って見ます
飛鳥の里、正面の山は金剛山が見えます
国営飛鳥歴史公園良く整備されています
途中にミカンの木が、この辺りのミカンは皮が厚く
取ってから蔵で寝かすか、遅くまで木で熟させ遅い時期の出荷です
文武天皇陵
文武天皇は持統天皇の孫にあたり、藤原京で即位し大宝律令を制定した
文武天皇が祀られています
わずか14歳で天皇に即位し、伯母持統上皇が後見役として政務を執ります
しかしこの文武天皇も父親草壁皇子と同じく24歳の若さで亡くなられます
中尾山古墳に続く道
史跡 中尾山古墳
終末期古墳の八角墳
北に天武、持統天皇陵があり、南に文武天皇陵、高松塚古墳が見える所
被葬者は文武天皇ともいわれています、飛鳥ロマン歴史は奥が深いですね!
文武天皇陵、中尾山古墳を見て 天武・持統天皇陵に向かいます
近鉄南大阪線古市から30分飛鳥駅に来ます
今日は飛鳥の高松塚周辺と石舞台、岡寺を散策です
近鉄飛鳥駅ひっそりとしてますね!
飛鳥駅から歩いて10分程で、国営飛鳥歴史公園に
公園の中には高松塚古墳、中尾山古墳、文武天皇陵があります
広い敷地ですが人影は少ないです
水仙も満開
壁画館、高松塚に続く道
壁画複製を展示した壁画館、中は高松塚古墳を再現しています
高松塚古墳です
直径18m、高さ5mの小さな円墳
石室内に彩色壁画{国宝}が発見され
戦後最大の発見としっ注目を集めました
壁画には玄武、青龍、白虎、男女群像が
天井には星宿宿が描かれています
高松塚古墳を後に、文武天皇陵、中尾山古墳に行きます
庶民的な街新世界・通天閣を中心に街並みが開けています
大阪のシンボル通天閣{103m}展望台から夜景を楽しめます
新世界と言えば串カツで知られています
沢山お店が軒を並べています
幸せの神様ぴりけん
大衆演劇の劇場です、中年のおばさんが大勢押し寄せるそうです!
ど派手タコの看板、店でたこ焼きを自分で焼けるそうです
串カツのダルマ 新世界の元祖だそうです