先の旅で、神と仏の里・国東半島のローカルで民俗的な文化遺産を訪ね、また、小さな気品のある城下町を歩いて、このような村や町がずっと健在であってほしいと心から願った。
だが、今、日本の地方都市にはシャッター街が増え、農村でも「限界集落」と言われる村が増え続けているという。
だからと言って、大都市圏に住む人々の暮らしが豊かになっているわけではない。
日本の経済は、右肩下がりでどんどん縮んできた。そこへ少子・高齢化、人口減が拍車をかけている。
国会は揚げ足取りの議論ばかりで、日本経済再生のための国家戦略を立て、断固としてこれをやり抜こうという政治家は長く出なかった。
こうして、「失われた20年」が続く間に、韓国も中国も伸びた。つい15年ほど前に、「中国が日本に追いつくなんて、100年早い。その間に中国も民主化されるよ」などと、多くの「識者」と言われる人が楽観的なことを言っていた。
もう待ったなしである。後世の歴史家から、「失われた20年とは、発展の条件を蓄積した20年であった」と言われるようにしたいものである。そして、その芽は、政治にも、企業のなかにも、農村にも、若者の意識のなかにも、生まれてきているように思う。
ただし、そのためには、日本も、少なからず変わらなければならない。
「国東半島の旅」を書いている間に、国東市の小さな企業の話が新聞に載った。読売新聞の「職の風景」という連載の第7回目(1月10日)である。以下、全文を引用する。
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大分県国東市の山あいにある「アキ工作社」は、切り出した段ボールを組み立て、オブジェを作るためのキットを売る会社だ。社屋は廃校になった小学校校舎を改造した。
「パソコンで立体イメージを作り、細密レーザーで段ボールを部品の形に正確にカットする。こんなに精巧なものを作れるのは、ウチぐらいでしょう」
地元出身で、美術大卒の松岡勇樹社長(52)は話す。国内外にファンが広がり、売上げの2割を海外が占めるまでになった。
ユニークなのは仕事だけではない。週休3日制をとっている。社員13人の勤務は1日10時間で、月曜日から木曜日まで。無駄な会議はやめ、社員のやる気は上がった。2013年6月の導入以来、休みが増えたのに、売上高は3割近く伸びた。
「都会時間と同じ働き方では、地方での暮らしは成立しない。効率化や時短を進め、その分、地域活動や育児に充ててもらう」
地方ならではの働き方はないか。その答えが「週休3日」だった。
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国東市の山あいにあるという、従業員13人の「アキ工作社」の話に、いくつかの教訓を見出すことができる。教訓と言っても、それはごく当たり前のことだが、「アキ工作社」は、そのごく当たり前のことを、行動に移しているから偉いのである。
一つ目は、販路を海外に求める、ということである。
人口がどんどん減っていく日本で、顧客を日本に限定していたら、「縮んでいく」だけである。一方で、世界はグローバル化の時代だ。
従業員わずか13人という日本の片田舎のローカルな企業が世界に打って出て成功しているのだから、やればできるのだと思う。小さくても、「モノ」づくりの世界で生きていく以上、今の時代、戦いの舞台はグローバル世界なのだ。
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二つ目は、販路を世界に求めるためにも、「アキ工作社」が「こんなに精巧なものを作れるのは、ウチぐらいでしょう」というように、他に真似のできない商品を作ることである。
1時期と比べると、今、驚くほどの円安である。1商品当たりの利益が大きい。輸出企業にとって、チャンスである。こういうとき、昔の日本の企業なら、値下げをした。値下げをして、外国企業との競争に勝とうとした。
今、日本の多くの企業は、円安でも値下げしない。なぜか?? 韓国にも中国にも作れないモノを作って、売っているからだ。他に真似のできない商品に特化しているなら、値下げする必要はない。
商売で大切なのは、安売り競争よりも、ブランド化競争である。
今、韓国の企業が猛烈な安売り競争に打って出て、かえって苦戦している。安売りで日本企業を追い上げるつもりが、逆に、待ってましたとばかりに、中国企業に追い上げられているのである。
欧米で、トヨタ(日本車)を買う人は多いが、安いから買っているわけではない。欧米車と比べても、燃費が良く、何よりも故障が少ないからだ。
今、冨山和彦『なぜローカル経済から日本は甦るのか』(PHP新書) を読んでいる。冨山氏によると、かつて、日本は、「モノ」づくりをする大企業と、その下請けの中小企業に、ヒト・モノ・カネが集積されていた。しかし、周りを見回してください。「モノ」づくりの大企業・中小企業で働いている人が周囲にどれだけいますか ? と、冨山氏は言う。
今、日本人の7割は、「ヒト」を相手にする産業(サービス産業)で働いて、暮しを立てている。それを冨山氏は「ローカル産業」と言う。従業員が1万人いるチェーン店でも、地方銀行でも、バス会社でも、地域に密着し、「ヒト」を相手にしている産業は、「ローカル産業」である。地味だし、ビル・ゲイツのような世界的な大金持ちにはなれないが、国体の県代表にでもなれば、もうりっぱな優良企業である。
他方、「モノ」づくりの世界は、そうはいかない。「モノ」づくりの世界は、グローバル経済のただ中にある。大企業であろうと、中小企業であろうと、「モノ」づくりの世界でやっていくということは、オリンピックに出場するようなものだ。ただ、オリンピックと言っても、花形の100m走もあれば、もっと地味で競争相手の少ない種目もある。しかし、いずれにしろ、出場する以上、メダルを取るぐらいでないと、生き残れない。世界20位ならたいしたものだと思えるが、その分野で世界20位の企業は、生きているのが不思議なくらいの会社である。いつ吸収合併されてもおかしくない。下手をすれば、吸収合併してくれる相手もなく、倒産の日が迫っていることに気づいていないだけかもしれない。
以上は、冨山氏の著書の内容の一部だが、「アキ工作社」も「モノ」づくりで生きている以上、グローバル世界に打って出ている。韓国、中国あたりから、いつライバル企業が出てくるかわからないが、「こんなに精巧なものを作れるのは、ウチぐらいでしょう 」という会社だけが、生き延びるのである。
ローカルな地にある、立派なグローバル企業である。( 続く )