定期券客減少率でわかる「テレワーク進んだ沿線」
東洋経済 より 210531 大坂 直樹/東洋経済 記者
⚫︎大手私鉄16社の定期客数はコロナ禍で大幅に減った
大手私鉄16社の2021年3月期(2020年度)決算が出そろった。同時に各社の輸送人員の状況も発表された。
コロナ禍で各社とも輸送人員を大幅に減らしているが、各社を比較してみると興味深い事実が浮かび上がってくる。
輸送人員のうち、2020年度の定期客数を前期と比較してみると、定期客の増加率1位は阪神電鉄のマイナス15.9%だった。コロナ禍のさなかであり、1位であってもマイナスなのはやむをえない。2位は南海電鉄のマイナス17.1%。以下、3位名古屋鉄道、4位西日本鉄道、5位近畿日本鉄道、6位阪急電鉄、7位京阪電鉄という順になった。名古屋以西のすべての大手私鉄が上位を独占したことになる。
8位は相模鉄道のマイナス23.4%。関東勢ではトップということになる。2019年11月に相鉄・JR直通線が開業し、「利用者数は計画を下回った」(相鉄IR担当者)とはいえ、その上乗せが多少なりとも貢献したといえる。以下、9位京成電鉄、10位東武鉄道、11位京急電鉄、12位西武鉄道、13位東京メトロ、14位小田急電鉄、15位京王電鉄、16位東急電鉄という順である。
⚫︎「東西の差」なぜ生まれたか
コロナ前の2018年度の定期客増加率は1位が東京メトロの2.2%、以下、2位京阪、3位京成、4位阪神。下位は12位阪急、13位東武、14位相鉄、15位南海、16位近鉄となっており、東西の私鉄が入り乱れていた。
なぜ、コロナ禍における定期客ランキングがこのように関東と西日本でくっきりと分かれたのか。
東急の藤原裕久常務は5月13日に行われた同社の決算会見で、鉄道の定期券利用客の落ち込みが最も大きかった理由についてて、「テレワークの普及が関係しているのではないか」と話した。
テレワークや在宅勤務が進めば、その分だけ通勤客が減る。「渋谷はテレワークをしやすいIT企業が集積している」(藤原常務)。渋谷にはグーグル、サイバーエージェント、ミクシィなどの有名IT企業がずらりとオフィスを構え、アメリカのIT集積地「シリコンバレー」になぞらえて、「ビットバレー」の異名を持つ。そのため、ほかの路線よりも定期客の減少度が高くなった可能性がある。
なお、東急には東横線、田園都市線、目黒線など複数の路線があるが、「とくに東横線の減少が大きい」(藤原常務)という。
ワースト2位の京王、同3位の小田急は新宿をターミナル駅とするが、新宿にもテレワークになじみやすいサービス産業が多く集まる。
つまり、定期客の増減とテレワークには相関関係があるといってよい。
ニッセイ基礎研究所が昨年12月に公表した調査結果によると、テレワークを実施している企業の割合を地域別に見ると、関東が41.5%で断トツのトップ。2位は近畿の29.0%だが、関東と近畿では10ポイント以上の開きがある。
この調査結果を踏まえると、テレワークが比較的普及している関東の私鉄の定期客が大きく減少し、関東ほどテレワークが普及していない西日本の私鉄の定期客減少率が関東ほどではなかったというランキング調査結果の説明がつく。
なお、在宅勤務によって定期券を買わなくなった人がまったく会社に出社しないわけではなので、出社する日に切符を購入する。
つまり、定期客の一定程度が定期外に流れていることになる。東急の2020年度における定期外客の増加率はマイナス29.6%で、相鉄に次ぐ2位である。定期外には買い物、レジャーといった要因も含まれ、2019年11月に開業した南町田グランベリーパークの集客効果など沿線内移動の高まりが理由の一つであることは間違いないが、テレワークによる定期から定期外のシフトという要因も多少なりとも影響していそうだ。
⚫︎コロナ後の利用促進策は?
コロナ後にこれまでのような通勤需要は戻らないというのが鉄道各社の共通認識である。そこで各社は新たな時代における利用向上策を模索している。
有料着席列車の導入拡大はその1つ。混雑を避けられるだけでなく、乗車中にパソコンを使った仕事もできるため、コロナ禍でがぜん注目が集まった。
経営が厳しい中、有料着席列車として活用できる車両を新たに導入する会社が少なくない。東武は1編成3両固定を併結・分割できる500系「リバティ」を今期中に6編成新造して17編成とする。京王は「京王ライナー」として使われる5000系を2022年度下期に1編成追加導入する。
東急は、現在大井町線で実施している有料着席サービスの拡充を目指す。東横線や田園都市線への展開が考えられるが、両線とも他社線と乗り入れをしているため、導入は一筋縄ではいきそうもないが、実現すれば両線の利便性はさらに高まる。
同社は定期券保有者を対象に、モバイルバッテリーや傘、電動キックスケーターのシェアリングサービスを提供するなどの実証実験も行っている。こうした定期券保有者のつなぎとめ策は今後もさまざまな鉄道会社から出てくるはずだ。
コロナ後に「選ばれる路線」になるためには、資金や手間を惜しむわけにはいかない。