生徒会副会長が、謎の通り魔に殺された――。
この事件は、翌日行われた臨時の全校集会で校長の口から語られた。
実に残念であり、犯人には怒りしかないと。
生徒においては、混乱せずに落ち着いた対応をするようにと。
犯人が捕まるまで、夜間外出の自粛など注意を怠らないようにと。
僕は――多分小麦も、委員長も、しばらく放心状態だった。
だって。
つい、一昨日話したばかりなのに。
目の前で話す校長の言葉が、酷く軽く、非現実的なものに聞こえた。
まるでドラマか漫画の世界のような。
ここではない隔絶されたところのお話のような。
呆然としたまま30分ほどが過ぎただろうか。
気づけば全校集会は終わっており、僕も他の生徒に流されるように教室へと歩いていた。
あれ・・・。
僕は、何をしているんだっけ。
あぁ、そうか。
久我さんが死んで。
全校集会が終わって。
そうか、そうか――。
廊下の床がぐにゃりと沈み込む。足元が揺れる。
周囲の生徒は、しかしどこか楽しげに、何かのイベントかのようにお喋りに興じている。
うるさい、煩い、五月蝿い。
同じ学校の仲間が殺されて・・・みんな、悲しくないのかな?
僕にはそれが不思議だった。
「副会長、誰に殺されたか知ってるか?」
「通り魔だろ、そんなん誰でも知ってんよ」
「その通り魔の正体だよ」
「そりゃオマエ、暴漢っつーか変質者っつーか・・・」
「何でも、赤マントらしいぜ」
無責任に垂れ流される男子生徒同士の会話に、意図せず体が震える。
――赤マント、だって?
怪人赤マント。
誰でも一度はその名を聞いたことがあるであろう、トップクラスの知名度を誇る都市伝説。
久我さんは、その赤マントに、殺された?
それが事実かどうかなんて確認するまでもない。
そういう噂が存在することこそが重要なのだ。
僕の思考回路がカチリと音を立て、ある想像を組み上げる。
殺された久我描。
汚染流行。
誇大妄想。
そして、それらを束ねる黒い悪い夢。
全ての欠片は、既に出揃っていたのだ。
僕は、教室へ――今回の件を全て知るであろう、匣詰姉妹のもとへと急いだ。
思い返せば、簡単なことなのだ。
ロアが絡む事件の傍には、高確率で匣詰姉妹がいた。
直接的な関わりは一切なかったけれども、情報を提供するという形で、彼女らは共犯だった。
学校中に散らばる噂を把握し、制御し、広めていく。
既存の噂を爆発的に広げるという、汚染流行。
それはつまり、散在する小さな噂を集約して大きく語るということ。
匣詰姉妹がやってきたのが、まさにそれだ。
気になるのは、久我さんはそれを「彼女」と――「ひとりである」と表現したことくらいか。
それも小さな誤謬と言ってしまえばそれまでだが。
ともあれ、久我さんは「彼女」を知っていた。
知っていたから、そしてその情報を僕らに流したから殺されたのだろう。
さて。
この狭い学校という世界でストーリーを語るとき、僕が語り部であるとするなら――。
「誇大妄想ってのは、赤マントのことか?」
目の前の双子に問いかける。
僕は、教室にいた匣詰姉妹に有無を言わせる暇もなく、無人の部室へと連れて行った。
パイプ椅子に並んで座る彼女たちは、答えない。
姉は、不機嫌そうな顔のまま。
妹は、明るい笑みを浮かべたまま。
いつも通りの自然体。
僕は続ける。
「――で、お前ら二人が汚染流行・・・ということになるのかな」
「だとしたら、どうするつもりだ人間?」
ククク、と芝居じみた声を漏らすのは一理。
「魔女狩りよろしく、我々を殺してしまうか?」
「そこまではしねぇよ」
「まぁ、ここまできたら隠す必要もあるまい。ただ――少々訂正はさせてもらう」
「あはー。そうそう、間違いは正さなきゃ、誤解は解かなきゃねっ」
「汚染流行とは、我ひとりのことだ」
そして、一理は一会を指さす。
「ちえは――含まれない」
「どういうことだ?お前らは、いつだって二人一緒に動いていたじゃないか」
少なくとも、僕らに情報を提供するとき、二人はいつもセットだったように思う。
だったら、二人併せて――ということになるんじゃないだろうか?
「ちえは、人間ではないからな」
「人間じゃ、ない!?」
「ああ。怪物、化物、都市伝説・・・貴様らに合わせて言うなら、『ロア』か」
僕が一理の言葉を理解するより早く、一会は己の顔に両手をあてて。
顔面の皮膚を、剥ぎ取った。
「――仮面!」
そこには、これ以上ないロアの証が。
白い陶磁器のような材質に刻まれた、屈託のない作り物の笑顔があった。
その朗らかな笑顔は、どこか不気味で、どこか異常で、どこか忌わしかった。
匣詰一会は、ロアの仮面の上に人間の仮面を被っていたというわけか。
「複雑に考えることはない。単に、擬態していただけだ」
「擬態?」
「そう。ちえの存在は非常に曖昧だ。それこそ、友達の友達と呼ばれるほどに」
友達の友達。
噂を語る、謎の存在。
それがつまり、匣詰一会だというのか?
「曖昧故に認識できず、しかしどこにいても違和感はない。そんな存在だ」
「ちょっと待て。僕や小麦は、普通に認識できてるぞ?」
「貴様らとはそれなりの付き合いがあるからな。それに、同族には効きにくい」
同族。つまり語り部や修正者・・・ということだろうか。
「なに、もっと確かな証拠があるぞ?」
「どういうことだ」
「我らは、二人とも貴様と同じクラスだと思っていないか?」
「そりゃそうだろ。毎日一緒に授業受けてるじゃないか」
「双子は、同じクラスになれないのだ」
あ――。
盲点だった。確かに、そういう話を聞いたことがある。
うちの学校には双子を同じクラスにしてはいけないという暗黙のルールがある、と。
つまり、匣詰一会は、存在しない・・・?
僕らは最初から、出会ったときから、匣詰一理ひとりに騙されていたというのか!?
何から何まで、嘘だったというのか!?
「分かったか人間よ。ちえは、擬態していただけなのだ」
ある時は存在感の薄い「友達の友達」に。
ある時は存在するはずのない双子のクラスメートに。
臨機応変にその性質を変化させながら。
そうして、あらゆる噂を収集し、また広めていく――。
そういう、噂。
「噂を広める友達」の噂。
そしてその噂を作り出した者こそ――語り部、匣詰一理。
「にゃろう・・・そんなもん、反則だろうが」
認識できなければ、理解も推測もできるはずがなかった。
「ククク、まあ許せ人間よ。別に貴様と敵対する気はないからな」
「何だと?」
不機嫌そうな顔のまま、一理は語る。
「我は、面倒な邪魔者を葬っただけ。ロアの実地テストも兼ねて、な」
「実地テスト・・・赤マントの、か」
「その通り。赤マントは最強故扱いにくい。いや、人の手に負えるものではない」
「その口ぶりだと、赤マントの噂もお前が作り出して広めたものか?」
「否。我は自ら生み出す者に非ず。自ら生み出したのは、ちえ唯ひとりよ」
「お前はあくまでも、既存の噂を広めるだけ、か」
まさにパンデミック。
僕はそんな彼女に、無味乾燥というか、無機質というか、機械的な印象を受けた。
ただ、そこに噂の種があったから、広めただけ。そう言うかのような。
「匣詰一理」
「・・・フルネームで、呼ぶな」
「言ってることは、理解した。まだ信じがたいけど――受け入れる」
「ククク、さすがだな、柊虎春」
「だけど、僕は絶対、お前を許さねえ」
「・・・ああ、構わない」
抑揚なくそう言って、彼女は立ち上がる。
「許されるとは思っていないし、許されることを望んでもいない」
そして彼女は、彼女のロアを引き連れて、部室を出ていく。
その背中に、問いかけた。
「なあ、お前・・・何でこんなことしたんだ」
「意味など、ないわ」
「夕月に、命令されたからか」
「半分、正解かも知れないな。あの人には背中を押された。ただそれだけだ」
「残りの半分は?」
「だから、意味はないと言っているだろう」
理解できなかった。
本当の意味で、理解したいとも思わないけれど。
彼女は最初から、彼岸の存在なのかも知れなかった。
僕はそれが、一番恐ろしいと思った。
「気に入らなければ、いつでも殺しに来るがいい、人間よ」
自分の生死にすら執着しないとでも言うような。
殺されることも織り込み済みで動いているような。
そんな、不思議で不気味な口ぶりだった。
・・・お前なんか、殺してやるもんか。
誰もいない部室でひとり、強がるように呟いた。
どこにも行き場のない言葉は、虚しく静寂の中に掻き消えた。
この事件は、翌日行われた臨時の全校集会で校長の口から語られた。
実に残念であり、犯人には怒りしかないと。
生徒においては、混乱せずに落ち着いた対応をするようにと。
犯人が捕まるまで、夜間外出の自粛など注意を怠らないようにと。
僕は――多分小麦も、委員長も、しばらく放心状態だった。
だって。
つい、一昨日話したばかりなのに。
目の前で話す校長の言葉が、酷く軽く、非現実的なものに聞こえた。
まるでドラマか漫画の世界のような。
ここではない隔絶されたところのお話のような。
呆然としたまま30分ほどが過ぎただろうか。
気づけば全校集会は終わっており、僕も他の生徒に流されるように教室へと歩いていた。
あれ・・・。
僕は、何をしているんだっけ。
あぁ、そうか。
久我さんが死んで。
全校集会が終わって。
そうか、そうか――。
廊下の床がぐにゃりと沈み込む。足元が揺れる。
周囲の生徒は、しかしどこか楽しげに、何かのイベントかのようにお喋りに興じている。
うるさい、煩い、五月蝿い。
同じ学校の仲間が殺されて・・・みんな、悲しくないのかな?
僕にはそれが不思議だった。
「副会長、誰に殺されたか知ってるか?」
「通り魔だろ、そんなん誰でも知ってんよ」
「その通り魔の正体だよ」
「そりゃオマエ、暴漢っつーか変質者っつーか・・・」
「何でも、赤マントらしいぜ」
無責任に垂れ流される男子生徒同士の会話に、意図せず体が震える。
――赤マント、だって?
怪人赤マント。
誰でも一度はその名を聞いたことがあるであろう、トップクラスの知名度を誇る都市伝説。
久我さんは、その赤マントに、殺された?
それが事実かどうかなんて確認するまでもない。
そういう噂が存在することこそが重要なのだ。
僕の思考回路がカチリと音を立て、ある想像を組み上げる。
殺された久我描。
汚染流行。
誇大妄想。
そして、それらを束ねる黒い悪い夢。
全ての欠片は、既に出揃っていたのだ。
僕は、教室へ――今回の件を全て知るであろう、匣詰姉妹のもとへと急いだ。
思い返せば、簡単なことなのだ。
ロアが絡む事件の傍には、高確率で匣詰姉妹がいた。
直接的な関わりは一切なかったけれども、情報を提供するという形で、彼女らは共犯だった。
学校中に散らばる噂を把握し、制御し、広めていく。
既存の噂を爆発的に広げるという、汚染流行。
それはつまり、散在する小さな噂を集約して大きく語るということ。
匣詰姉妹がやってきたのが、まさにそれだ。
気になるのは、久我さんはそれを「彼女」と――「ひとりである」と表現したことくらいか。
それも小さな誤謬と言ってしまえばそれまでだが。
ともあれ、久我さんは「彼女」を知っていた。
知っていたから、そしてその情報を僕らに流したから殺されたのだろう。
さて。
この狭い学校という世界でストーリーを語るとき、僕が語り部であるとするなら――。
「誇大妄想ってのは、赤マントのことか?」
目の前の双子に問いかける。
僕は、教室にいた匣詰姉妹に有無を言わせる暇もなく、無人の部室へと連れて行った。
パイプ椅子に並んで座る彼女たちは、答えない。
姉は、不機嫌そうな顔のまま。
妹は、明るい笑みを浮かべたまま。
いつも通りの自然体。
僕は続ける。
「――で、お前ら二人が汚染流行・・・ということになるのかな」
「だとしたら、どうするつもりだ人間?」
ククク、と芝居じみた声を漏らすのは一理。
「魔女狩りよろしく、我々を殺してしまうか?」
「そこまではしねぇよ」
「まぁ、ここまできたら隠す必要もあるまい。ただ――少々訂正はさせてもらう」
「あはー。そうそう、間違いは正さなきゃ、誤解は解かなきゃねっ」
「汚染流行とは、我ひとりのことだ」
そして、一理は一会を指さす。
「ちえは――含まれない」
「どういうことだ?お前らは、いつだって二人一緒に動いていたじゃないか」
少なくとも、僕らに情報を提供するとき、二人はいつもセットだったように思う。
だったら、二人併せて――ということになるんじゃないだろうか?
「ちえは、人間ではないからな」
「人間じゃ、ない!?」
「ああ。怪物、化物、都市伝説・・・貴様らに合わせて言うなら、『ロア』か」
僕が一理の言葉を理解するより早く、一会は己の顔に両手をあてて。
顔面の皮膚を、剥ぎ取った。
「――仮面!」
そこには、これ以上ないロアの証が。
白い陶磁器のような材質に刻まれた、屈託のない作り物の笑顔があった。
その朗らかな笑顔は、どこか不気味で、どこか異常で、どこか忌わしかった。
匣詰一会は、ロアの仮面の上に人間の仮面を被っていたというわけか。
「複雑に考えることはない。単に、擬態していただけだ」
「擬態?」
「そう。ちえの存在は非常に曖昧だ。それこそ、友達の友達と呼ばれるほどに」
友達の友達。
噂を語る、謎の存在。
それがつまり、匣詰一会だというのか?
「曖昧故に認識できず、しかしどこにいても違和感はない。そんな存在だ」
「ちょっと待て。僕や小麦は、普通に認識できてるぞ?」
「貴様らとはそれなりの付き合いがあるからな。それに、同族には効きにくい」
同族。つまり語り部や修正者・・・ということだろうか。
「なに、もっと確かな証拠があるぞ?」
「どういうことだ」
「我らは、二人とも貴様と同じクラスだと思っていないか?」
「そりゃそうだろ。毎日一緒に授業受けてるじゃないか」
「双子は、同じクラスになれないのだ」
あ――。
盲点だった。確かに、そういう話を聞いたことがある。
うちの学校には双子を同じクラスにしてはいけないという暗黙のルールがある、と。
つまり、匣詰一会は、存在しない・・・?
僕らは最初から、出会ったときから、匣詰一理ひとりに騙されていたというのか!?
何から何まで、嘘だったというのか!?
「分かったか人間よ。ちえは、擬態していただけなのだ」
ある時は存在感の薄い「友達の友達」に。
ある時は存在するはずのない双子のクラスメートに。
臨機応変にその性質を変化させながら。
そうして、あらゆる噂を収集し、また広めていく――。
そういう、噂。
「噂を広める友達」の噂。
そしてその噂を作り出した者こそ――語り部、匣詰一理。
「にゃろう・・・そんなもん、反則だろうが」
認識できなければ、理解も推測もできるはずがなかった。
「ククク、まあ許せ人間よ。別に貴様と敵対する気はないからな」
「何だと?」
不機嫌そうな顔のまま、一理は語る。
「我は、面倒な邪魔者を葬っただけ。ロアの実地テストも兼ねて、な」
「実地テスト・・・赤マントの、か」
「その通り。赤マントは最強故扱いにくい。いや、人の手に負えるものではない」
「その口ぶりだと、赤マントの噂もお前が作り出して広めたものか?」
「否。我は自ら生み出す者に非ず。自ら生み出したのは、ちえ唯ひとりよ」
「お前はあくまでも、既存の噂を広めるだけ、か」
まさにパンデミック。
僕はそんな彼女に、無味乾燥というか、無機質というか、機械的な印象を受けた。
ただ、そこに噂の種があったから、広めただけ。そう言うかのような。
「匣詰一理」
「・・・フルネームで、呼ぶな」
「言ってることは、理解した。まだ信じがたいけど――受け入れる」
「ククク、さすがだな、柊虎春」
「だけど、僕は絶対、お前を許さねえ」
「・・・ああ、構わない」
抑揚なくそう言って、彼女は立ち上がる。
「許されるとは思っていないし、許されることを望んでもいない」
そして彼女は、彼女のロアを引き連れて、部室を出ていく。
その背中に、問いかけた。
「なあ、お前・・・何でこんなことしたんだ」
「意味など、ないわ」
「夕月に、命令されたからか」
「半分、正解かも知れないな。あの人には背中を押された。ただそれだけだ」
「残りの半分は?」
「だから、意味はないと言っているだろう」
理解できなかった。
本当の意味で、理解したいとも思わないけれど。
彼女は最初から、彼岸の存在なのかも知れなかった。
僕はそれが、一番恐ろしいと思った。
「気に入らなければ、いつでも殺しに来るがいい、人間よ」
自分の生死にすら執着しないとでも言うような。
殺されることも織り込み済みで動いているような。
そんな、不思議で不気味な口ぶりだった。
・・・お前なんか、殺してやるもんか。
誰もいない部室でひとり、強がるように呟いた。
どこにも行き場のない言葉は、虚しく静寂の中に掻き消えた。