和泉の日記。

気が向いたときに、ちょっとだけ。

柊虎春にできること:4

2010-02-27 12:48:32 | 小説――「RUMOR」
生徒会副会長が、謎の通り魔に殺された――。
この事件は、翌日行われた臨時の全校集会で校長の口から語られた。
実に残念であり、犯人には怒りしかないと。
生徒においては、混乱せずに落ち着いた対応をするようにと。
犯人が捕まるまで、夜間外出の自粛など注意を怠らないようにと。
僕は――多分小麦も、委員長も、しばらく放心状態だった。
だって。
つい、一昨日話したばかりなのに。
目の前で話す校長の言葉が、酷く軽く、非現実的なものに聞こえた。
まるでドラマか漫画の世界のような。
ここではない隔絶されたところのお話のような。
呆然としたまま30分ほどが過ぎただろうか。
気づけば全校集会は終わっており、僕も他の生徒に流されるように教室へと歩いていた。

あれ・・・。
僕は、何をしているんだっけ。
あぁ、そうか。
久我さんが死んで。
全校集会が終わって。
そうか、そうか――。
廊下の床がぐにゃりと沈み込む。足元が揺れる。
周囲の生徒は、しかしどこか楽しげに、何かのイベントかのようにお喋りに興じている。
うるさい、煩い、五月蝿い。
同じ学校の仲間が殺されて・・・みんな、悲しくないのかな?
僕にはそれが不思議だった。

「副会長、誰に殺されたか知ってるか?」
「通り魔だろ、そんなん誰でも知ってんよ」
「その通り魔の正体だよ」
「そりゃオマエ、暴漢っつーか変質者っつーか・・・」
「何でも、赤マント、、、、らしいぜ」

無責任に垂れ流される男子生徒同士の会話に、意図せず体が震える。
――赤マント、だって?
怪人赤マント。
誰でも一度はその名を聞いたことがあるであろう、トップクラスの知名度を誇る都市伝説。
久我さんは、その赤マントに、殺された?
それが事実かどうかなんて確認するまでもない。
そういう、、、、噂が、、存在すること、、、、、、こそが、、、重要なのだ、、、、、
僕の思考回路がカチリと音を立て、ある想像を組み上げる。
殺された久我描ワーカホリック
汚染流行パンデミック
誇大妄想レジェンド
そして、それらを束ねる黒い悪い夢ナイトメア
全ての欠片ピースは、既に出揃っていたのだ。
僕は、教室へ――今回の件を全て知るであろう、匣詰姉妹パンデミックのもとへと急いだ。

思い返せば、簡単なことなのだ。
ロアが絡む事件の傍には、高確率で匣詰姉妹がいた。
直接的な関わりは一切なかったけれども、情報を提供するという形で、彼女らは共犯だった。
学校中に散らばる噂を把握し、制御し、広めていく。
既存の噂を爆発的に広げるという、汚染流行パンデミック
それはつまり、散在する小さな噂を集約して大きく語るということ。
匣詰姉妹がやってきたのが、まさにそれだ。
気になるのは、久我さんはそれを「彼女」と――「ひとりである」と表現したことくらいか。
それも小さな誤謬と言ってしまえばそれまでだが。
ともあれ、久我さんは「彼女」を知っていた。
知っていたから、そしてその情報を僕らに流したから殺されたのだろう。
さて。
この狭い学校という世界でストーリーを語るとき、僕が語り部であるとするなら――。

誇大妄想レジェンドってのは、赤マントのことか?」
目の前の双子に問いかける。
僕は、教室にいた匣詰姉妹に有無を言わせる暇もなく、無人の部室へと連れて行った。
パイプ椅子に並んで座る彼女たちは、答えない。
姉は、不機嫌そうな顔のまま。
妹は、明るい笑みを浮かべたまま。
いつも通りの自然体。
僕は続ける。
「――で、お前ら二人が汚染流行パンデミック・・・ということになるのかな」
「だとしたら、どうするつもりだ人間?」
ククク、と芝居じみた声を漏らすのは一理あね
「魔女狩りよろしく、我々を殺してしまうか?」
「そこまではしねぇよ」
「まぁ、ここまできたら隠す必要もあるまい。ただ――少々訂正はさせてもらう」
「あはー。そうそう、間違いは正さなきゃ、誤解は解かなきゃねっ」
汚染流行パンデミックとは、我ひとりのことだ」
そして、一理は一会いもうとを指さす。
「ちえは――含まれない」
「どういうことだ?お前らは、いつだって二人一緒に動いていたじゃないか」
少なくとも、僕らに情報を提供するとき、二人はいつもセットだったように思う。
だったら、二人併せて――ということになるんじゃないだろうか?

ちえは、、、人間では、、、、ないからな、、、、、

「人間じゃ、ない!?」
「ああ。怪物、化物、都市伝説・・・貴様らに合わせて言うなら、『ロア』か」
僕が一理の言葉を理解するより早く、一会は己の顔に両手をあてて。
顔面の皮膚を、剥ぎ取った。
「――仮面!」
そこには、これ以上ないロアの証が。
白い陶磁器のような材質に刻まれた、屈託のない作り物の笑顔があった。
その朗らかな笑顔は、どこか不気味で、どこか異常で、どこか忌わしかった。
匣詰一会は、ロアの仮面の上に人間の仮面を被っていたというわけか。
「複雑に考えることはない。単に、擬態していただけだ」
「擬態?」
「そう。ちえの存在は非常に曖昧だ。それこそ、友達の友達F.O.A.F.と呼ばれるほどに」
友達の友達。
噂を語る、謎の存在。
それがつまり、匣詰一会だというのか?
「曖昧故に認識できず、しかしどこにいても違和感はない。そんな存在だ」
「ちょっと待て。僕や小麦は、普通に認識できてるぞ?」
「貴様らとはそれなりの付き合いがあるからな。それに、同族には効きにくい」
同族。つまり語り部や修正者・・・ということだろうか。
「なに、もっと確かな証拠があるぞ?」
「どういうことだ」
「我らは、二人とも貴様と同じクラスだと思っていないか?」
「そりゃそうだろ。毎日一緒に授業受けてるじゃないか」
双子は、、、同じクラスに、、、、、、なれないのだ、、、、、、
あ――。
盲点だった。確かに、そういう話を聞いたことがある。
うちの学校には双子を同じクラスにしてはいけないという暗黙のルールがある、と。
つまり、匣詰一会は、存在しない・・・?
僕らは最初から、出会ったときから、匣詰一理ひとりに騙されていたというのか!?
何から何まで、嘘だったというのか!?
「分かったか人間よ。ちえは、擬態していただけなのだ」
ある時は存在感の薄い「友達の友達」に。
ある時は存在するはずのない双子のクラスメートに。
臨機応変にその性質を変化させながら。
そうして、あらゆる噂を収集し、また広めていく――。
そういう、噂。
「噂を広める友達」の噂。
そしてその噂を作り出した者こそ――語り部、匣詰一理パンデミック
「にゃろう・・・そんなもん、反則だろうが」
認識できなければ、理解も推測もできるはずがなかった。
「ククク、まあ許せ人間よ。別に貴様と敵対する気はないからな」
「何だと?」
不機嫌そうな顔のまま、一理は語る。
「我は、面倒な邪魔者を葬っただけ。ロアの実地テストも兼ねて、な」
「実地テスト・・・赤マントの、か」
「その通り。赤マントアレは最強故扱いにくい。いや、人の手に負えるものではない」
「その口ぶりだと、赤マントの噂もお前が作り出して広めたものか?」
「否。我は自ら生み出す者に非ず。自ら生み出したのは、ちえ唯ひとりよ」
「お前はあくまでも、既存の噂を広めるだけ、か」
まさにパンデミック。
僕はそんな彼女に、無味乾燥というか、無機質というか、機械的な印象を受けた。
ただ、そこに噂の種があったから、広めただけ。そう言うかのような。
「匣詰一理」
「・・・フルネームで、呼ぶな」
「言ってることは、理解した。まだ信じがたいけど――受け入れる」
「ククク、さすがだな、柊虎春」
「だけど、僕は絶対、お前を許さねえ」
「・・・ああ、構わない」
抑揚なくそう言って、彼女は立ち上がる。
「許されるとは思っていないし、許されることを望んでもいない」
そして彼女は、彼女のロアを引き連れて、部室を出ていく。
その背中に、問いかけた。
「なあ、お前・・・何でこんなことしたんだ」
「意味など、ないわ」
「夕月に、命令されたからか」
「半分、正解かも知れないな。あの人には背中を押された。ただそれだけだ」
「残りの半分は?」
「だから、意味はないと言っているだろう」
理解できなかった。
本当の意味で、理解したいとも思わないけれど。
彼女は最初から、彼岸の存在なのかも知れなかった。
僕はそれが、一番恐ろしいと思った。
「気に入らなければ、いつでも殺しに来るがいい、人間よ」
自分の生死にすら執着しないとでも言うような。
殺されることも織り込み済みで動いているような。
そんな、不思議で不気味な口ぶりだった。

・・・お前なんか、殺してやるもんか。
誰もいない部室でひとり、強がるように呟いた。
どこにも行き場のない言葉は、虚しく静寂の中に掻き消えた。
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柊虎春にできること:3

2010-01-28 09:27:48 | 小説――「RUMOR」
翌日。
「それでは、今日はこれまで。最近痴漢や通り魔が出没しているらしいから早く帰ること」
担任教諭は事務的に告げ、そそくさと教室をあとにした。
開放感から、教室内は一気に騒々しくなっていく。
部活へ向かう者、早々に帰宅する者、無駄話に花を咲かせる者、様々だ。
僕は、この喧騒に紛れるようにして――早速行動を開始する。

虎春オマエがヘコんでどーすんだよ。実際んのは小麦だろう」
昨日、部室に現れるなり伊崎先生はそう言ってのけた。
あんたも何もしないだろう、と返しかけたが、まぁ事実ではあるし。
僕に、戦闘能力はない。
それはもう、全くもって皆無だ。
多分、平均的な高校生男子よりも大きく下回っている。
「ヘコんでるわけじゃ、ないですよ」
強がってみた。
「そうか、ならまァ良いんだ。そもそも俺が心配するまでもねェだろうし」
言って、先生は小さく笑った。
・・・本当にこの人は、何もかも見透かしたようなことを。
何だか少しイラついて、そんな子供っぽい自分に嫌気がさす。
実際――僕は安楽椅子探偵を目指しているのだ、と言い訳しても、悔しさは残る。
だからせめて、自分にできる最大限のことをやろう。
分からないことだらけだけど、立ち止まることだけはやめよう。
それが、小麦の隣にいることの最低条件なのだ。

手がかりが存在しないなら、探すところから始めるまで。
まずは、馴染みの情報屋に顔を出してみることにしよう。
席を立った僕は、教室の奥――窓側最後尾へ目を遣る。
いつも通り、そこには。
「おーい、匣詰(あね)――」
「・・・ちゃんと、名前で呼びなさい」
「悪かったな、匣詰一理いちり
「なっ、フルネーム・・・だと・・・?」
不機嫌そうに僕を睨むその少女は、僕らの頼もしい情報源、匣詰一理。
同じクラスに匣詰一会という双子の妹もいるのだが――。
「あはー。一理ちりで遊んでるの?ひーらぎ君」
背後から、ハイトーンな声が聞こえた。
「お、匣詰(妹)いもうともいたのか」
「ういー、ちょっとお手洗い行ってきたよー」
「ンなこと僕に報告せんでいい」
「あはー」
とてとてと、僕を迂回して定位置である姉の隣へと駆け寄る妹。
姉の方は、そんな妹をちらりと見て、
「遊んでる、などと・・・不遜な発言だな、一会ちえよ」
「そうそう、僕は単にこいつが名前を呼べと言ったから応えたまでだ」
「ふん、ひねくれ者め。これだから劣等種は困る。今すぐその窓から飛び降りて死ぬがいい」
「おおう・・・今日はまた、一段とヘビーな発言だな」
「あはー。今日も仲良しこよしだねっ」
・・・さすがに、挨拶の直後に死ねと言う仲良しは存在しないと思うのだが。
匣詰姉妹。
ネガティブ発言と邪気眼属性、黒い髪が匣詰(姉)。
ポジティブ発言と天然属性、栗色の髪が匣詰(妹)。
顔は全くと言って良いほど同じなのだが、中身が大違いだ。
特に、姉が人として残念すぎる。少し妹を見習え。

彼女ら二人は、学校内の噂に関する専門家エキスパートである。
そのアンテナは完全に規格外であり、校内全ての噂を認識しているのではないだろうか。
特に、彼女らが好む傾向にある噂については絶対の信頼が置ける。
それは過去の――電話ボックスの黒巫女の件などからも分かるだろう。
僕は、今回の取っ掛かりとして、彼女らを頼ることにした。
ぶっちゃけいつも通りと言えばいつも通りである。
小さなことからコツコツと。足場固めは大事だと思うんだよね。
「――して、我々に何か用か、下等な人間よ」
「お前は何様だよ」
「我が名は、暗黒の王“デス・レガード・セリヌンティウス”」
「後半にひっそりとメロスの親友の名前が混じってるな」
「黙れ愚民が!」
触れてはいけないところだったらしい。面倒臭い奴である。
あと、この二つ名みたいなのは聞く度にころころ変わって面白い。
オモシロ面倒臭い。
・・・まぁ、その辺をイジるのはまた今度にして。
「ええと、また何か面白い話ってないかなと思ってさ」
「面白い話・・・また都市伝説の類を調べているのか?物好きな奴よ」
ククク、と演技っぽく笑う匣詰(姉)。
お前が言うな!
と激しく突っ込みたかったが話が進まなくなるので我慢した。僕って偉い。
「ふぅむ。そうだな・・・何かあったか、ちえよ」
「うーん、そだねー、最近一番熱いのはアレじゃない?例の通り魔の」
「ああ、あれか」
例の通り魔。
それは多分、僕も聞いたことのあるアレだろう。というか、さっき担任も言ってた。
「でも、匣詰(妹)、それって結局ただの通り魔だろう?」
ただの、と言ってしまうのもどうかと思うが。
要は、僕らが求めるような、ロアや夕月が絡むようなものではない気がするのだ。
実に現実的な。即物的な。直接的な。
理解の範疇内の犯行。
「んにゃー、それがなかなかどうして面白いんだよ、ひーくん」
「ひーくん言うな」
「あはー。でねっ、でねーっ、ちょっと聞いてよー!」
うきうきと楽しそうに匣詰(妹)が語った内容は、以下のようなものだった。

・夕方、ひとりで下校していると男が声をかけてくる。
・集団で下校していて声をかけられたという話は聞かない。
・どちらかというと、女子が出会うことが多い。
・声をかけられた生徒は、傷もないのに失血死してしまうことがある。
・逆に、傷だらけになりながらも出血せず、ショック死してしまうこともある。
・男は、挨拶程度の声かけをするだけで立ち去ることもある。

「何だそれ。それって全部、ひとつの噂なわけ?」
「そう、そこが面白いんだよねー」
匣詰(妹)は、あっけらかんと言う。
笑顔で失血死だのショック死だのって・・・コイツもやっぱりちょっとおかしい。
納得しない僕に、姉の方が付け足した。
「この噂はまだ不安定だ。報告数が少ないことやブレの大きさから、発生初期と思われる。
 つまり、我らは今後この噂の成り行きを観測することができるというわけだ」
そして、フハハ、とまたしても演技っぽく嗤う。
なるほど、発生初期ねぇ・・・。
そう言われると、情報が錯綜していたり定まってなかったりする点も頷ける。
「でもなー」
僕はそれでも、すっきりしなかった。
「ふん、もっと素直に驚愕するが良い。これだから低脳なオスは困る」
フウと人を小馬鹿にしたような溜息。
こいつ、一回ぶん殴るべきだろうか。
「で?何が納得いかんのだ?」
「んー。何て言えば良いのかな・・・」
頭の隅に燻る違和感。
否、違和感というより、恐怖というか、怯えというか。
「なーんか、怖すぎるんだよな、その話」
「あはー。うんうん、怖いよねー。血も出てないのに失血死とかー」
妹はあくまでも笑顔である。お前が一番怖ぇーよ。
「いや、そこも確かに怖いんだけど。なんつーか、まだ発生初期なんだろ?
 なのに――被害が、、、具体的、、、すぎないか、、、、、?」
話の中身は、なるほど都市伝説らしく嘘っぽいし、非現実的だ。
だけど、既に明確な被害が出ているらしい。
友達の友達が、ではなく何年何組の誰々さんが被害にあった、なんて話もあるし――
そもそも、そんな具体的な話じゃないと先生から注意が出たりしないだろう。
僕は、そこが怖い。
曖昧な、抽象的な、信憑性にかける噂より、ずっと実害を伴なっている。
半分くらいは本当かも知れない、どころの騒ぎではないのだ。
「まぁ、確かに言われてみればそうかも知れんな。今回は教師どもの動きも早い。
 実際の被害が出るケースは、基本的に円熟期・末期にある噂に限られる・・・」
匣詰(姉)は、僕同様に小さく首を傾げる。
しかし、すぐに頭を振って
「が、まあ例外もある。所詮我らが知り得るのは人づての噂にすぎんのだからな」
と言い直した。
例外、ねえ。そう言われると、僕としてはもう何も言えないのだけど。
被害が出たとは言ったが、噂にある通りの怪死をしたわけではないみたいだし。
都市伝説なんて、適当でいい加減で、例外だらけなのだ。
うーん、空振り・・・なのかねえ。

結局、その他は興味深い話もなく、僕は二人に礼を言って教室を出た。
とはいえ全体として完全に収穫なしだとも思っていない。
今のところめぼしい噂は、件の通り魔くらいだと分かったのだ。
もちろんこの学校に昔から伝わる七不思議的なものもあるにはあるが、今は廃れている。
結局、ロアの強さを決めるものは流行だと言えるだろう。
その時その場所で、多く認知され語られているものは強い。
そうでないものは弱い、ないしは実体化すらできない。
であれば、流行りの噂さえ注意していれば事前対策になるわけだ。
僕は、目下の不安要素である通り魔の姿を思い描こうとする。
男で・・・ひとりで歩く女子生徒を中心に狙う。
声をかけ、最悪の場合対象を殺害してしまう。
ううむ・・・。
「どうにも、曖昧だなぁ」
正直、そんな都市伝説なんて一山いくらの投げ売り状態だ。
ありふれていて、逆に具体的なイメージが掴めない。
そもそも、分かりやすい名前すら付いていないのだ。印象も薄くなる。
と考えて、名前に拘る嫌な人物を連想してしまった。
ちっ、不覚。
僕は眉間を指で押さえ、気を取り直す。
とにかく、今すぐにロアの危険が迫っているとか、そういうことはなさそうだ。
夕月とその手下からの直接攻撃にさえ気をつけていれば良いということになる。
考えすぎは、良くないな。
後ろ向きな思考を無理やり追い払いながら、僕はそのまま帰宅した。

その日、久我さんが殺された。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・嘘だろ?
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柊虎春にできること:2

2010-01-21 18:06:33 | 小説――「RUMOR」
「じゃあ、まず最初に」
僕は、少し緊張した面持ちで座る副会長・久我描に問う。
「他に小麦を――僕らを襲ってきそうな奴らについて教えて欲しい」
そのものズバリ、敵の内部情報である。
目の前に貴重な情報源があるのだから、ありがたく最短距離を突っ走らせてもらおう。
「そうっすね、多分、あと残ってるのは2組かなー」
2人ではなく、2組。
それはつまり、ひとりひとりではなくコンビである可能性があるということか。
はたまた――人間ではないということか。

「まず、汚染流行パンデミック。こいつはまぁ、用心しておけば大したことないっす」
「大したことない?それは、弱いってこと?」
「そっすね、弱いっす。腕力だったら柊センパイの方がはるかに強いっすよ」
そんな奴が、どうして夕月の側近として名を連ねている?
疑問は顔に出たらしく、久我さんは即座に補足情報をくれた。
「面倒なのは、こいつが変則的な語り部、、、、、、、だってことっす」
「語り部・・・ね」
ロアを生み、操る存在。
噂の発信源、元凶。
それはつまり、情報操作に長けた人物であるということ。
しかし、変則的という前置きはどういうことだろう。
汚染流行パンデミックの特徴は、自分では何も生まないことっすかね」
「は?語り部ってのは、ロアを作って操る者のことだろう?」
「はい、そこが変則的というか、邪道なんすけど」
久我さんは、ちょっとだけ嫌そうに顔を歪める。何かポリシーめいたものがあるらしい。
すっ、と僕から視線を逸らし、続ける。
「彼女は、既存の噂、、、、爆発的に、、、、広めること、、、、、が得意なんすよね」
故に、パンデミック――感染爆発、か。
「ん、待てよ?・・・『彼女』?」
「ええ、そうっす。汚染流行パンデミックは女性っす」
「名前とか、分かる?」
「残念ながら、名前は知らないっす。ボクらはみんなコードネームで呼び合ってるんで」
「うわぁ・・・」
イタい組織だった。
しかも具体的活動は僕らへの嫌がらせくらいしかなさそうだし。
いや、他にもあるのかもしれないけどさ。
「でも、ウチの学校の生徒ってことは間違いないっすよ。学校で何回か見たことあるし」
ふむ、なるほど。ウチの生徒・・・ということは、やっぱり。
「以前のマキオの件も、その汚染流行パンデミックとやらが噛んでるのかな?」
僕は、黙って話を聞いている委員長に問いかけた。
「可能性はあるでしょうね。マキオの噂自体は割と昔からあったみたいですし」
それを、意図的に、爆発的に流行させた。
有り得るセンじゃないだろうか。
「と、まぁそういう邪道な語り部なんで、多分神荻センパイなら問題ないっすよ」
「厄介は厄介そうだけどな」
「ええ。でも、ボクみたいに量産できるわけでもないんで」
息をする様に噂を作り出せる、と久我さんは昨夜そう言った。
それは彼女の自慢であり、独自性なのだろう。
と、いうことは。
ロアがいなければ直接本体を叩く。
ロアがいれば倒してから本体を叩く。
結果、一手間かかるかどうか、と。それだけの違いである。
ま、直接交渉でこちらに手を出さないようにお願いするのが一番だと思うけどなー。

「次に、誇大妄想レジェンド・・・なんすけど」
自信なさげに、久我さんは呟く。
「ぶっちゃけコイツはボクも知らないっす。そもそも人間なのかどうか」
「知ってるのは名前だけ、ってことか」
「っす」
申し訳ないと頭を下げる。まぁ、知らないものは仕方ないのだから謝られても困るのだけど。
「可能性としては、語り部・修正者・化物の三択っすね。
 まさか、何もできない普通の人間ってことはないと思うっす。
 で、語り部だったらさっきの汚染流行パンデミックと同じ理屈で問題ないっす。
 化物だったとしても、やっぱり神荻センパイが負けることは考えにくいっすね」
えらく評価高いな、小麦。
そこは一度闘って敗れた人間の贔屓目というのもあるのだろうか。
一応、話半分に聞いておくことにしよう。戦力はやはり自分で確認しないとな。
「個人的に一番マズイと思うのは修正者だった場合っすね。
 神荻センパイも修正者っすから、修正者同士の闘いになるっす。
 そうなると、当然絶無の剣アーティファクトの相性が関わってくるんで」
「・・・あーてぃふぁくと?」
また知らない中二用語が出てきたぞ。
僕は眉をひそめて質問する。
「何そのイタい専門用語」
「イタいとか言わないで欲しいっす!夕月さん渾身の命名っす!」
「やっぱりか!アイツのネーミングセンスは異常だよ!」
奴はいつだって僕の想像の斜め上を行きやがる。
生涯分かり合えることはないな、と思った。
「いいっすか、柊センパイ。『絶無の剣』と書いて『アーティファクト』。
 その名前の通り、修正者ひとりにつきひとつだけの武器のことっす。
 化物に致命傷を与えられるのはこの絶無の剣アーティファクトをおいて他には有り得ないっす」
「あー、ロアと闘う時に使う武器のことか」
確かに、ロアには通常の武器はあまり通用しない。
しかし、中には有効なものがごく一部存在する。
それは例えば、委員長が使う剃刀のような。
明らかに貧相なものであっても、使う人によっては驚異的な威力を生むことがある。
それを夕月たちは絶無の剣アーティファクトと呼ぶ――の、だろう。
と、そこで以前から度々思っていた疑問を口にする。
「・・・じゃあ、小麦の絶無の剣アーティファクトは?」
小麦は修正者だという。
であれば、小麦が使う武器はただひとつだけということになる。
それはどう考えてもおかしいじゃないか。
「そりゃあ、あのリコーダーっしょ」
あの時はな、、、、、
「・・・どういうことっすか?」
「小麦は、闘う度に違う武器を使ってるぞ」
「え――?」
「それどころか、武器なしで倒したこともある」
「・・・あ、あああ有り得ないっすよそんなの!?聞いたこともないっす!」
有り得ない嘘だそんな馬鹿な!
思い切り動揺して、久我さんは立ち上がる。
それほどまでにレアなケースだということだろうか。
「そう言われてもな、事実だし。っていうか、そこは夕月から聞いてないのか?」
「い、いや・・・めちゃくちゃ手強いということしか」
そうかー・・・。夕月は、知ってるはずなんだけどな。適当な奴である。
「ちなみに、これまでどんなモノを使ってきたっすか?」
「えーと、最近のだと」
昨日はリコーダー。
電話ボックスから現れた黒巫女には日傘。
あと、切断魔ジャック・ザ・リッパーの時は直接蹴り倒したんだっけ。
そもそも、武器を使い始めたのはごく最近のことだ。
僕は、この目で見てきた事実をありのままに説明する。
「まじっすか・・・」
呆れるように、久我さんは呟く。
「そこまで驚くことかな」
基本的に小麦しか見ていない僕としては、いまひとつ乗っかれない。
「驚くことですよ。私も、異常だって言ったでしょう?」
苦笑いを浮かべて言うのは委員長だ。
・・・そういや、この前そんなこともあったな。
「やっぱ、その辺の理屈は久我さんでも分からないかー」
「はい、皆目見当もつかないっすね。ボクもまだまだ知らないことだらけっす」
なるほどね、世の中そう上手くはいかないもんだぜ。
仕方ない、この件については一旦措いておくことにしよう。
分からないことを考えても無駄なだけである。
「はあ・・・そりゃあ、勝てないはずっすよねー」
久我さんは、納得したような悔しいような、微妙な表情を浮かべるのだった。

「取り敢えず、こんなところっすかね」
落ち着いて、久我さんはそう言った。
「他のメンバーとかは知らない?」
「いや、他にもメンバー自体いるにはいるっすけど、特殊能力のない人が多いんすよ」
「・・・その人たちって、何する人?」
「・・・事務関係、とか?」
曖昧だった。
つくづく、何だこの組織。

ふむ、汚染流行パンデミック誇大妄想レジェンド・・・ね。
結局、久我さんの話からは肝心なところが分かっていないことに気付く。
具体的に何に警戒し、どのような対策を打てば良いのか。
正直、今の情報だけでは判断が難しい。
――やっぱり最終的には出たとこ勝負なんだよなぁ。
うーん、それは嫌だ。僕の存在意義に関わるぞ。
「参ったなぁ」
呟いて、隣の小麦を倣って机に突っ伏す。
「ふふ、打つ手なしですか?策士の柊君にしては珍しいですね」
「・・・・・・考え中」
からかう委員長に対して、負け惜しみのように答える僕だった。
「大丈夫、神荻センパイならどうにかなるっすよ!」
気楽に笑う久我さん。
「何なんだよ、その小麦に対する絶対の信頼は」
「いや、自慢じゃないっすけど、ボクの切り札UFOは最強だと思ってたっすから」
「組織内に、あれより強いロアはいない・・・と?」
「いないっすね。マジ最強っす。あ、まぁ、昨日負けちゃったっすけど」
最強。
・・・サイキョー、ねえ。
確かにあのUFOは別格っぽかった。
だけど、いまひとつ腑に落ちないというか・・・アレが正真正銘最強のロアだとは思えない。
あれって、所詮地形効果や特殊能力なんだよな。
自由自在に空を飛びまわって、近距離・遠距離どちらも対応できるタイプ。
あらゆる状況で、相手の苦手なところをついて闘う点が強みなのだろう。
逆に考えると、まともに正面からぶつかりさえすれば小麦の勝ちは揺るがない。
じゃあ。

純粋な戦闘力での最強、、を考えるなら。

小麦が正面からぶつかって、負ける――ということが有り得るなら。

僕がサポートすべきは、きっとそういうところにあるんじゃないだろうか。
僕にできること。
やれるだけ、やっておく必要はありそうだな。

と、その時。
部室のドアが勢いよく開いて、
「はッ、何だ何だ、空気淀んでねェかオイ」
煮詰まった場の空気を知ってか知らずか、伊崎先生が現れた。
その視線が、久我さんを捕らえたところで静止する。
「お、どこかで見た顔――ああ、お前副会長か」
「あっ、はい、どうもお邪魔してるっす」
「おーおー、良いねえ良いねえ。女子率は高いに越したこたァねェ。けど」
じろり。
久我さんの顔を鋭く睨みつけて、一言。
「今日ここで見た俺のことは、全部忘れろ」
「先生、そういうの恫喝って言うんですよ」
ぎょっとする久我さんをフォローするように、僕は突っ込んだ。
・・・あくまでも、部外者に対しては可憐で清楚な伊崎先生を通したいらしかった。

さてさて、これで一応役者は揃った。
僕にできること――僕だけにしかできないことを、やらなきゃな。
大したことはできないけれど、せめて、後悔だけはしないように。
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柊虎春にできること:1

2010-01-13 15:33:42 | 小説――「RUMOR」
長い長い一日の授業も終わり、僕と小麦は部室へと歩いている。
ひと気のない冬の廊下は異常に寒く、マフラーと手袋が要るのではないかと思うほどだ。
――放課後は、何はともあれ部室へ向かうのが習慣となっている。
大体は小麦と待ち合わせて一緒にダベって帰るだけだ。
しかし、今日はちょっとした目的があった。

昨夜の、久我描とのバトル。そして、夕月明の出現。

みんなに報告しておきたいことは山ほどあった。
特に、久我さんの件については委員長にしっかり伝えておきたい。
結果的に、委員長も久我さんに騙されてることになるわけだし。
それに多分、もうみんな――無関係ではないのだ。
小麦や僕と繋がっている以上、申し訳ないが、巻き込まれる可能性は否定できない。
そういう意味でも、僕はみんなに注意を促す義務がある。
夕月の真の思惑こそ分からないままだが、手下は他にもいるようだから警戒は必須だ。

長い廊下の一番奥に、僕ら天文学部の部室はある。
そのドアをゆっくりと開き、
「ちわっす」
と適当な挨拶をする僕の目の前に。
椅子に腰掛ける委員長と、床に直で正座してこちらを見上げる久我さんがいた。
「ほら、久我さん?」
厳しい声音で呼びかける委員長。
「う」
一方、久我さんの方は瞳にうっすら涙を浮かべながら――
「柊センパイ、神荻センパイ、昨日はご迷惑おかけしたっす」
と言って、土下座した。
・・・土下座!?
「い、いやいやいや、何してんの久我さん!?」
「ホントにホントに、ごめんなさいっす。どうか許して欲しいっす・・・」
何だこれは!?すげえ遠回しな嫌がらせか!?
硬直する僕。
隣では、小麦も何だか気まずそうに固まっていた。
「いいい一体何のハナシだよ?別に、久我さんから謝られるようなこと――」
「あるでしょう?」
割り込む委員長。
「聞きましたよ、昨夜の話。うちの副会長が、お二人にご迷惑をかけたそうで」
「あー・・・それはまぁ、そうなんだけど」
確かにあれは、迷惑と言えばこの上ない迷惑だけど。
今日の昼休み、彼女に会ったときはもっとサッパリした対応だったよな。
何だろう、この変わりようは。
久我さんはまだ頭を上げない。
・・・・・・呆然。
「ほら、久我さん。誠意が足りませんよ?」
言って、委員長は指示棒(教師が使う伸び縮みする銀色のアレ)をヒュンと一振り。
土下座する久我さんのお尻を打った。
「ひゃんっ!ぼ、ボクが悪かったっす。反省、してる、です」
「ふん、その言葉遣いも相変わらずですね。土下座の時は改めなさいって言いましたよね」
ピシィッと再び乾いた音が響く。
「さ、もう一度お詫びしてください。誠意を持って。できますね?」
「は、はいぃ。ごめ・・・いや、申し訳、ありませんでした・・・」
何だコレ何が起こってるんだ何のやりとりだ一体。
そして、土下座の姿勢から顔だけを少し上げてちらりと僕の顔を伺う久我さん。
・・・もしかして、僕?
僕のリアクション待ち?
まーじーでー。
「いや、いいから!そんなん、気にしてないから!な、小麦」
秘技・責任転嫁っ☆
「あ、う、うんうん。気にしてないっ。何も、あたしは何も覚えてないからっ!」
それはそれでマズいんじゃないスか小麦先生。
「と、とにかく、頭上げてよ、久我さん!」
「でも・・・」
久我さんは小さく呟き、今度は委員長の方を見やる。
・・・さっきから気付いちゃいたけど、やっぱ元凶はこいつか。
「委員長、何でお前久我さんにこんなことさせてんだよ!」
「あら。くふふ、だって生徒会役員の不祥事ですもの私が責任持って謝罪させないと。
 ――あと、私は委員長じゃありません」
目が。
目が、ドSモードだった。ロアと闘ってもねぇのに。
とにかくそういうのはヤメてくれ、と懇願して委員長はようやく落ち着いてくれた。
最後に、あら残念、とか呟いていたのは華麗にスルー。
久我さんも、若干涙目のままではあったが普通に椅子に座ってくれた。
ちょっと名残惜しそうな雰囲気だった気もするけど当然のようにスルー。
・・・僕はまだ子供でいたいんです。

「昨夜の件はもういいとしても――この子が敵であることに変わりありませんよね?」
ドSモードは解除されたが、未だ不機嫌な委員長。
僕は本来、昨日のことを話しにここへきたのだが。
色々説明する手間が省けたのは良かったと言える。
が、険悪ムードはさすがにゴメンだった。
「僕も最初はそう思ったんだけどさ。仲良くできるならそれに越したことはないだろ」
「柊君は甘い、甘すぎます。この子はまさに獅子身中の虫ですよ?」
「女の子に向かって虫とか言うなよ・・・」
酷い言われようだった。
委員長にしてみれば怒り心頭、無理もない話だろうか。
「とにかく、今日はその件と――今後のことについて話しに来たんだ」
そういう意味でも、久我さんもいるのはちょうどいい。
各人の今後の身の振り方・スタンスについて、一度はっきりさせておこう。
僕は、テーブルを囲んで着席した委員長、久我さん、小麦をぐるりと見回す。
「・・・で、先生は?」
そう、顧問である伊崎先生がこの場には居なかった。
大体いつもこの部屋で煙管を銜えて暇そうにしてるのだが。
「今日は職員会議のはずです」
「あー」
部内では不真面目さに定評のある伊崎先生だが、職員内では真面目っ子なのだった。
その手の行事は、そうそうサボるわけにもいかないのだろう。
「ともあれ、このメンツで一旦話をさせてくれ。あと、小麦は寝てて良い」
「あい」
答えるなり机に突っ伏す小麦。既におねむであったらしい。
このアホの子(勉強はできないわけじゃない)には、ミーティングは不要である。
っていうか重要な話をしてもどうせすぐ忘れるから意味がない。
結局、常に僕がそばについて監督してやるしかないのだ。

「みんな知っての通り、今、僕と小麦は夕月明っていう変態に目を付けられてる。
 ヤツの目的は、確定はできないけど、おそらく小麦を手にいれること。
 そのために、1体のロアを操って手下にしてる。
 ――で、ここから昨日の話なんだけど。
 その手下のロアは、名前を遠野輪廻と言うらしい。
 この『遠野輪廻』ってのは、小麦の本当の母親の名前でもある。
 割と珍しい名前だし、夕月のもったいぶり方からしておそらく確信的な名付けネーミングだ。
 で、その名前に動揺した小麦は遠野輪廻の一撃でやられてしまった」
「やられてない。あたし負けてないもん」
がばっと顔を上げて反論したかと思うと、すぐに顔を伏せる小麦。
意地っ張りさんめ。
「ともかく、遠野輪廻が相当強いことは間違いない。だから」
僕は、委員長の目を見つめて、結論を告げる。
「委員長は、一旦僕らから距離を置いた方が良いと思う」
「なッ――――!」
ガタン、と椅子の倒れる音。
立ち上がった委員長は、真剣な・・・というよりも驚愕の色を浮かべる。
「正直、委員長を危険な目に合わせたくないんだ。これは僕らの問題で――」
「何をふざけたことを!」
一喝。
小さく肩を震わせながら、叫ぶ。
「私が、危険?それは侮辱ですか?私が弱いから、逃げ出せと!?」
「違う!僕らのせいで迷惑かけるわけにはいかないって言ってるんだ!」
「迷惑?それこそ最大級の侮辱です。私を――私を誰だと思ってるんですか?」
そして委員長は俯いて、悲しそうに、呟くように言った。

「私は――生徒会長であり、何より二人の友達だと――そう思っていますから」

それは、卑怯だよ委員長。
そんなこと言われたら。
僕はもう、何も言えないじゃないか。
無関係を装えないじゃないか。

「・・・何で僕の周りはこう、聞き分けのない奴ばっかなのかな」
「ふふ、神荻さんと一緒にされるのはちょっと納得いきませんが――
 まぁ、類は友を呼ぶ、ということですかね」
「違いない」
言って、僕らは笑った。
友達、ね。
こんな面倒事を背負い込んで、尚そう言ってもらえるとは思わなかった。
いや、少し、思ってはいたかな。
でも、それに甘えるのは駄目だと思っていた。
だから僕は、嬉しくて――

「あのぉ。二人の世界に入られると、ボク困るんすけど・・・」
「うお」
「ひゃっ」
死角から飛んできた言葉に、僕と委員長は二人して飛び上がる。
「ボクは要らない子っすか?友達じゃないっすか?」
「いや、決してそういうわけじゃ・・・」
まだ、友達ではない気がするけども。
「何かずるいっす。ここは居心地が悪いっす。桃色空間っす」
「桃色空間て」
「それは違う気がしますが・・・でも、放っておいたのはごめんなさい」
拗ね気味の久我さんを宥める委員長。
この画は何かちょっと新しい気がする。
いや、冒頭の土下座シーンの方がはるかに斬新ではあるけども。
「と、とにかくっ」
僕は、気を取り直して、今度は久我さんに言う。
「どの道、僕らには情報が必要だ。黒い悪い夢ナイトメアの内部情報が」
夕月明が率いる、僕らの敵。
今、目の前に――その情報が転がっている。ここを利用しない手はない。
「久我さん」
「は、はいっす」
この時だけは、油断のないように。
瞳に、僅かな敵意を込めて。
「君個人が僕らに敵対しないと言うなら、知ってることを全て教えて欲しい」
「・・・・・・」
僕から目を逸らし、逡巡する久我さん。
彼女は多分、夕月の側近だ。それなりの情報を期待できる。
ということは、そう簡単にそれを披露してくれるとも思えないのだが。
「・・・うん、良いっすよ。ボクに答えられることなら、何でも」
――それは、ちょっと意外な答えだった。
「良いの?」
実は、僕はまだ、彼女を疑っている。
夕月のスパイか何かではないかと考えている。
「はい。別に、教えてまずいこともないと思うっす」
「僕らと夕月は、敵対してるのに?」
「口止めされてるわけでもないし・・・それに」
そこでふと、悲しそうな顔を見せる。
「正直、ちょっと嫉妬してるっす」
「嫉妬?」
「夕月さんは、神荻センパイを手にいれることが全てっすから」
ああ――そうか。
僕は頭を抱える。
この娘はやっぱり壊れてるなぁ。
そう思うと同時に、どこか寂しい、不憫な思いがよぎった。
何となく、今日の久我さんの行動理念が見えてきた気がする。
「じゃあ、遠慮なく」
僕は、そんな色々な思いを一旦胸に閉まって。
僕にできる、最大の攻撃を開始した。
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祭の合図:5(完)

2009-05-17 18:06:53 | 小説――「RUMOR」
周囲は闇。
曇った空には月も星もなく、街灯より随分高い位置にある屋上は黒一色だ。
そんな中に、同色の男と女がひとりずつ。
ひとりは、喪服の成人男性。
ひとりは、巫女服の成人女性。
――夕月明と、「未来の小麦」。
「久し振りだね、虎春君。小麦ちゃんは――まだ話せる状況じゃないかな」
「あぁ、全部あんたの思惑通りだよ」
「おや、人聞きの悪い――」
わざとらしく、肩をすくめてお道化る夕月。
「まるで俺が君達に嫌がらせをしてるみたいじゃないか」
「みたいも何も、嫌がらせだろう」
今にも倒れそうな小麦の肩を抱いたまま、僕は警戒心を最高レベルにまで高める。
もし、あの黒巫女が襲い掛かってきたら・・・きっと、どんなに警戒しても無駄だろうけれど。
「ふふふ、まぁそう邪険にするなよ。俺は、君達と話をしに来ただけさ」
「信じられねぇな」
「ふむ。これは手強いね――っと。それよりも、描」
言って、久我さんの肩をポンと叩く。
「あ・・・ゆ、夕月さん。ごめんなさい、負けちゃったっす」
僅かに、怯えるような表情を浮かべる。
それを気に留める様子もなく、夕月は続けた。
「そうだね。だから油断するなと言っただろう?」
「うぅ・・・ごめんなさい、ごめんなさい・・・」
「仕方のない子だ、帰ったらいっぱいお仕置きしないとね?」
「お仕置き・・・お仕置き、うふ、オシオキ・・・えへへ、はい、っす・・・」
「く、久我さん!?」
そこで何故うっとりする!?
全身にぞわぞわと鳥肌が立つ。ああ、何ておぞましい!
久我さんは、本気で手遅れのようだった・・・色々と。

それはそうと、と夕月が僕らに向き直る。
「ヒントをあげなくちゃいけないね。見事、ワーカホリックに勝ってみせたのだから」
いちいち上から目線でモノを言うな。イラつくヤツだ。
「ああ、そうそう。『黒い悪い夢ナイトメア』の前身についてだったか」
「ちょっと待て、その前に、前回の約束はどうなった?」
あれは僕の失態だった。
聞き出せるはずの情報を得られないまま、逃走を許してしまったのだから。
「約束――ふふふ、約束ね。覚えている、覚えているさ」
本当か嘘か分かったもんじゃない。
「だが、焦る必要はない。全ては、繋がっているのだから」
「どういう意味だ。いちいち回りくどいんだよテメーは」
「前回の約束と『黒い悪い夢ナイトメア』の前身は、イコールだと言っている。つまり」

「――『黒い悪い夢ナイトメア』の前身こそが、『友達の友達F.O.A.F.』だ」

何だって――!?
じゃあ。
友達の友達、、、、、というのは、個人の名前でもロアの名前でもなく――
「組織名、だと言うのか?」
「ああ、その通り。噂を生み出し、管理し、抹消するための組織、名付けて『友達の友達F.O.A.F.』。
 それは、多分君達が想像するより――否、誰にも想像できないくらいに大きな組織だ。
 そして、大きな組織には必ず下部組織や派閥といったものが存在する。
 その中のひとつを、俺が名付けて仕切っているというわけさ」
「そういう、ことか」
僕の頭の中で、情報がめまぐるしく行き交う。
切断魔ジャック・ザ・リッパーの噂を広めた者。
マキオの噂を手助けした者。
友達の、友達――。
巨大な組織が、その末端が、秘密裏に動いていたとしたなら。
そしてそれが、ロアやその語り部、修正者を管理しているというのならば。
不可能ではないのだ。起こり得るのだ。現実なのだ。
有り得ないことを基本ベースにして考えれば、有り得ないことではない。
何という矛盾、パラドックス。
「いや――待て。そもそも、何故そんな組織が存在する?」
そう、ここに来て疑問はスタート地点に戻る。つまり、組織の目的。
「それを語ると長いのだがね。まぁ、簡単に端的に言うなら、世論の調査と調整、誘導のためだ」
「世論?そんなもの、一体何の役に」
「立つのさ、それはもう、劇的に。何せ――組織の発足は第二次世界大戦中、、、、、、、、にまで、、、遡るのだから、、、、、、
「あ――!」
一瞬の閃き。
それは、僕から見れば、悪意と狂気と恐怖の塊。
「その通り。世界を敵に回す戦争に向けて、国民を扇動するため、、、、、、、、、
だとしたら、確かに・・・僕らの想像など及ぶところではない。
「もっとも、その後はさすがに戦争利用のために存続したわけではないが。
 今ではすっかり力を失い、形骸化している部分も多い――だから俺が好き勝手できるのさ」
夕月の語ることだ。
全部、中二病全開の妄想、虚言、戯言だと言って片付けてしまいたい。
しかし、心のどこかで納得する自分もいるのだ。
それは・・・僕もまた、、、、語り部、、、だから、、、なのだろうか。

「ふふん。そんなの――あたしには関係ないわね」

腕の中から、強気な声が聞こえる。
「小麦っ」
息はだいぶ整ったものの、汗はまだ引いていない。表情もどこか余裕がないように感じられる。
「言ったわよね?できる限り万全パーフェクトに育てなさい、って」
「おお、これはこれは小麦ちゃん。今日も可愛いね。実にステキだ。結婚しよう」
「「死ね」」
僕と小麦は見事にハモった。当然だ。
「ああ、振られてしまった。悲しいなぁ。悲し過ぎて今夜も描に八つ当たりしてしまいそうだ」
「人質かよ!」
実に有害な大人だった。僕は決してこうはなりたくないもんだ。
「いやいや・・・すまないね、小麦ちゃん。今夜は、ちょっと別件なんだ」
「何?まだ万全パーフェクトじゃないの?」
「ああ、まだまだだ。もう少し待っておくれ」
「ふん。だったらとっとと帰りなさい。アンタの顔見てるとムカムカするのよね」
「まあまあ、そうつれないことを言わないでくれ――今日は、この子の名前を伝えに来たのさ」
――いずれこの子に名前を付けたら、真っ先に報せよう。
確かにヤツはそう言った。しかし。
「名前なんかどうだって良いわよ。要件はそれだけ?」
「ふふふ、名前、ナマエ、なーまーえ。名前は何より重要さ。ああ、間違いないとも」
「聞いちゃいないわね・・・」
「すぐに分かるよ、名前がいかに重要か・・・」
夕月は、黒巫女を前に出るよう促す。
そして、高らかにその名を告げる。

「この子の名前は、遠野、、輪廻、、

瞬間。
小麦は僕の腕を弾くように押しのけ、雷光の如く夕月めがけて飛びかかった。
瞬き程度の時間で、その距離はゼロになる。
――激突!
小麦の拳は――しかし、夕月には届かない。
「ああ、ありがとう、輪廻。助かったよ」
軽々と、黒巫女――遠野輪廻は、小麦の攻撃を受け止めていた。
そして小麦の拳を緩やかに払い、そのまま流れるように両手で弧を描く。
この構えは――!

「――炎舞エンブ

炎を纏った拳で直接攻撃を行う、人外技!
紙一重のタイミングでそれをかわすと、小麦は慌てて距離を取った
僕の目の前まで戻って、動揺するように叫ぶ。

「何でよ!何でアンタが、あたしのお母さん、、、、、、、、を知ってるんだ!」

お母さん?
お母さんは――小萩さんだろう?
「いや、まさか――小麦」
「本当の、お母さん・・・」
「だっ・・・だって!どこの誰かも分からなかったんじゃ」
「名前だけは・・・今のお母さんが、教えてくれた」
「そんなっ」

じゃあ、何で?
何でこいつは、そんなことを知っているんだ!?

「ふふふ。どうかな、名前は重要だろう、、、、、、、、?」
このヤロウ・・・そんなもん、反則だろうが!
こんなことされれば、誰だってマトモではいられない。
名前がどうとか、一切関係ない!
「今日の用事は、それだけさ」
「ま、待てっ!今!直ぐに!あたしの質問に、答えろッッ!!」
「ふふふ、そう急くなよ、小麦ちゃん」
「こ、の、ヤ、ロォォォ!!」
身構える小麦。
「輪廻」
夕月の合図に反応し、遠野輪廻は両手で弧を描く。
――違和感。
その距離での炎舞は無意味だ。遠距離の場合、風舞とのコンボで始めて威力を発揮する。
当然、小麦は打ち終わりを狙うべく、その場で身構えた。
遠野輪廻の両腕に、炎が灯り。
人外技が発動する――はず、が。

そのまま炎を纏った両手を合わせ、両腕の炎を掌へと移し。
ゆっくりと、棒状の炎を、、、、、生成した、、、、
そして、それを右手で掴み。
まるで、先ほどの小麦の動きをコピーするかのように、大きく振りかぶる。

「――炎舞エンブ香車ヤリ

激しく風を切る音が、確かに、僕の耳にも聞こえた。

投擲される炎の槍。
目にも止まらぬ速さで――それは、小麦の右肩を貫いた。

「あああああああああああああああああああああああ!!」
「小麦ィィィィッ!」

血が!血が溢れて、止まらない!
「小麦、しっかりしろ、小麦っ!」
「んっ、く、痛・・・ッ」
小麦は必至に傷口を押さえつけている。
「大丈夫、虎春君。小麦ちゃんの回復力なら、何てことはない」
こともなげに、吐き捨てる夕月。
「キサマ・・・ッ」
「おお、怖い怖い。そういう顔もできるんじゃないか、虎春君?」
邪悪な笑み。
何て、悪辣な。何て、腐敗した。
人間を辞めたかのような、微笑だった。
こいつは――小麦のことを、何だと思っているんだ!
「・・・ふふん、これくらい、何てこと、ない・・・」
気丈にも立ち上がる小麦。
「ふふふ、まだ立ち上がるかい、小麦ちゃん」
「あたしは、全ッ然闘えるんだからね!」
肩口に、僅か、湯気のようなものが立ち上っている。
まさか――これが、小麦の超回復能力だというのか?
「そうか・・・ふむ、ハッタリではなさそうだね。末恐ろしい」
「ヒトの技、パクりやがって。絶対許さないんだから!」
「いや、すまないね。少しは成長したところを見せたかったのさ。今日はここまでだ」
そう言うと、夕月はそっと遠野輪廻の肩を抱く。
「ああっ、夕月さんっ。ボクもボクもっ」
慌てて夕月にすがりつく久我さん。
噂中毒ワーカホリックだけでは終わらない。汚染流行パンデミック誇大妄想レジェンドと、後が控えているからね。
 じゃあ、また会おう。小麦ちゃん、虎春君」

「――風舞カザマイ

小麦と同じ声だけを残して、3人はその場から消える。
跡形もなく、最初からそこに存在しなかったかのように。
「くそ・・・また逃げられたッ!」
「落ち着け、小麦!お前だって重傷なんだ、じっとしてろ!」
「むぅ・・・あたしはまだ闘えるもん!」
「じっとしてろって、言ってるだろうが!」
「ひっ・・・うっ・・・う・・・ふぇ」
やべ、泣きそう!?
「ああ、いや、とにかく、今日はもう帰ろう・・・ぜ?」
「う・・・っく、う、うん・・・」
ギリギリセーフ、って感じか・・・。
正直、助かったのはこちらの方だ。今回ばかりは――そう思う。
久我さんのロアとの連戦、そしてパワーアップした黒巫女、遠野輪廻。
あのまま闘っても、消耗した小麦では到底勝ち目はないだろう。
畜生、一体どうしろってんだ。
小麦の反則じみた強さをもってしても勝てないなら――。
僕は、薄暗い明日を思って、大きくため息を吐く。

以下、余談。

「柊センパイ!」
次の日の昼休み、廊下で僕を呼ぶ声が聞こえた。
「げっ・・・」
「げっ、て!?ひどっ!」
振り向くと――
「可愛い後輩に声かけられて、その態度はないんじゃないっすか?」
生徒会副会長様が、そこにいた。
「・・・君、何考えてんだ」
「え?何がっすか?」
「敵同士、だろう」
「センパイと?ボクが?」
「・・・いや、僕らと、君達の組織が」
「そんなー。ボクは結構、好きっすよ」
「は?」
「ハイ。勇ましくて、カッコ良かったっす。惚れちゃったっすよ」
「おぉ、う・・・」
「――神荻センパイ」
ですよねー!
うん!分かってた!お兄さん分かってたから!誤解とかしてないんだからね!?
「・・・って、えぇ?小麦!?」
「いやぁ、最初はちっちゃくって可愛いなーくらいだったんすけどねー」
てへへ、と照れるボーイッシュ美少女(16)。
・・・百合っ娘かよ!
「ああ、あの細くて長い足で踏まれてみたいっす・・・」
・・・しかもドMかよ!
頭痛がするぜ、全く。
「っていうか・・・夕月は?」
「男のヒトは、夕月さんだけっす!」
「そんなこと、宣言されてもなぁ・・・」
「昨夜も・・・えへへ・・・」
「ごめん、そこ詳しくは聞きたくないな、お兄さん」
禁断の匣のような気がして、僕は遠慮した。
「とにかくっ」
改めて、久我さんはぺこりと頭を下げる。
「昨日は、色々すみませんでした。でもでもっ、今後も仲良くして欲しいっす!」
特に神荻センパイは。という言葉はスルーした。
良く考えれば、久我さん自身は敵でも嫌な奴でもないのだ。
僕らの敵は、あくまでも――夕月そのものなのだから。
色々と戸惑うことはあるけれど、敵だ仇だと罵ることはしたくない。
だから――僕は彼女の申し出を快く了承することにする。

「ありがとうございます!・・・というわけで、神荻センパイの携帯番号を」
「それは断る!」
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祭の合図:4

2009-05-12 22:03:08 | 小説――「RUMOR」
猛スピードで迫り来る、赤く発光するUFO。
僕らが回避すると、それは再度上空へと舞い上がり、重力や慣性を無視した方向転換をする。
しかしその瞬間――実に僅かな時間だが、UFOは発光を止め動きを止める、、、、、、
そこが唯一の狙い目であると僕は踏んだ。
そして、そのタイミングで攻撃できる方法を、僕はついさっき、この目で確認している。
問題は、アレを打ち破れるだけの威力があるか否かという一点なのだが。
大丈夫だと、チアリーダーのコスプレをした幼馴染は、笑った。

小麦は、先ほどよりも更に大きく振りかぶり。
体を大きく捻るように構えて。
叫び声と共に――武器リコーダーを投擲する!

激しく風を切る音が、確かに、僕の耳にも聞こえた。

「コッチには遠距離攻撃がないとか、そんな甘い話はないっすよ!」
久我さんが叫ぶ。
それに呼応するように、今度は青く発光するUFO。
下部の中央付近から砲台のようなものがせり出して、そこからレーザーを放った。
「うっわ、マジ有り得ねえ!」
ここまで大規模に現実離れしたロアには初めてお目にかかるぜ・・・。
そして、UFOが放った一撃は、難なく小さなリコーダーを捉える!
ヤバい――。
「そんなもんに、負ッけるかぁあああ!」
小麦の咆哮!
そして、その瞬間。

投擲された武器は、炎に包まれ、、、、、光の帯を、、、、突き破ってゆく、、、、、、、

更にそのまま、UFO本体さえも悠々と貫通していった。

発光を止めるUFO。
ゆっくりと高度を下げ――やがて、音もなく、霞のように掻き消えた。
屋上には、強い風だけが残る。
まるで、何事もなかったかのように。
「や・・・った、か?」
僕は、呆然と立ち尽くすばかりだった。
目の前で繰り広げられた光景は、余りにも衝撃的で、理解不能で、ぶっ飛んでいた。
「・・・小麦?」
見事、巨大なロアを打ち倒した小麦は、らしくなく黙っている。
その顔を覗き込むと。
「っ・・・はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・」
額に大粒の汗を浮かべ、息を乱していた。立っているのが不思議なほどに。
あの小麦が、ここまで消耗するほどの攻撃だったということか。
僕は黙って小麦の肩を支え、小さな頭をそっと撫でた。

「・・・・・・くっはぁあああ!負けた負けたぁ!いやぁ、もう完敗っす!あははははははは!」
「うおっ」
何だ急に!?
僕は慌てて久我さんを見やる。
「マジ強いっすね、神荻センパイ。反則っすよー」
ぺたりと座り込み、先ほどまでの緊張感が嘘のように笑っている。
こいつは、本気で分からんね。理解の範疇外だ。
「とにかく」
僕には、未だ息の整わない小麦の代理として――情報を聞き出す義務がある。
「聞きたいことが、山ほどあるんだが?」
「はい、何でも聞いちゃってください。ボクに答えられることなら全部お話しするっす」
「そいつは、ありがたいね」
一度大きく息を吐き、その間にざっと思考をまとめる。
・・・・・・。
――よし。

「まず、忘れないうちについさっきのことから。
 1体目のロア、カシマレイコもどきな。あいつの仮面の下、顔がなかったんだが、、、、、、、、、
「あー、当然っすよ。ボクは質より量を取るタイプっすから。
 噂話は好きだけど、ひとつひとつに執着はあんまりないカンジっす」
「執着がないと、顔がないのか?」
「そっすよ。知らなかったんすか?意外っすね」
「僕は何も知らねぇよ。だから困ってんだ」
「ふむ・・・ってか、知らなくてここまで闘えること自体が脅威っすね・・・」
「次。何で僕らにちょっかい出してきた?」
「命令だからっすよ」
「誰からの?」
「んー・・・『組織』からの」
「・・・ってことは、『語り部』とか『修正者』ってのも、その組織内の専門用語だな?」
「おお、さすが。勘が良いっすね」
「意味は?」
「『語り部』ってのは、自分で意図的に噂を作り出せる人間のことっす。
 そして『修正者』は噂を修正できる――化物を打ち倒せる人間のことっすね」
「だから小麦が『修正者』なわけか。でも、僕が『語り部』なのは何でだ?」
「いや、そこはボクの方が聞きたいっすよ。センパイは『語り部』じゃないんすか?」
「・・・・・・そこは、まぁ、どうでもいいや」
「ひどっ。自分で振っておいて!」
「次――ってか、最後」
「はいはい、何なりと」

夕月明を、、、、知っているな、、、、、、?」

その言葉に。
その名前に。
少なからず――久我さんは驚愕する。
「・・・えぇと、それはもう、勘が良いとかそういうレベルじゃないような」
「勘さ。虫の知らせとか悪寒がするとかキナ臭いとか言い換えても良い」
「全部悪い意味なんすけど」
「当たり前じゃないか。アイツは悪だ」
「うわぁ、今さらりと酷いコトを!?」
何だろう、久我さんはあんなヤツに心酔でもしてるのだろうか。
だとしたら、一刻も早くカウンセリングを受けたほうが良い。
そしてしっかりと社会復帰して欲しい。
「夕月さんは――いわゆる、リーダーっすよ」
「『組織』の?」
「そう。名付けて、『黒い悪い夢ナイトメア』」
最低のセンスだ。誰が名付けたか、一発で分かる。
そういえば――
忍び寄る悪魔カウントダウンってのも、夕月のネーミングだろ」
「おお、その通りっすよ。良く分かったっすね?」
この娘、もしかして気付いてないのか。アイツの異常なセンスに。
早期の治療を望んでやまない。
「・・・で、そもそもその組織って何のために作られたんだ?」
「うーん、統一された目的って実はないんすよね」
「何だそれ」
それじゃあ組織とも呼べないのではないだろうか。
「メンバーもそんなに多いわけじゃないんすけど、目的は割とバラバラっす」
「久我さんの場合は?」
「ボクっすか?ボクは単純に夕月さんが好きなだけで――」
実に残念ながら、この娘の救済は既に不可能だ。
「畜生夕月め!洗脳までやってるとは!」
「洗脳じゃないっすよ!?」
だんだん突っ込みがこなれてきたな。侮れない。
ひとまず、何故か怒ってしまった久我さんを適当に宥めつつ考える。
「というか――問題は夕月自身の目的だな。何のためにこんな組織を作ったのか」
「いやー、そもそも立ち上げたのは夕月さんじゃないっすよ。
 あくまでも、元々あった組織に名前を付けただけっす」
「そうなの?じゃあ元々の組織って――」

「――風舞カザマイ

耳に響く、聞きなれた声。
僕の視界に、ふたつの異物が混じる。
目の前、およそ5メートル先。久我さんの背後。

「そこから先は、俺が話そう」

黒いスーツに、黒いネクタイ。スーツの下のシャツだけが白い。
まるで、喪服。

「ふふふ、会いに来たよ。さあ――祭の始まりだ」

この場に、世界に馴染まない男。
忌避すべき、唾棄すべき敵。

最悪の災厄――夕月明。
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祭の合図:3

2009-05-10 17:50:49 | 小説――「RUMOR」
都市伝説フォークロアには、対策となる噂がセットになっていることが多い。

口裂け女にはポマードが効く。
「紫の鏡」には「白い水晶」。
更に更に、ヴァンパイアにはニンニク、狼男には銀の銃弾、ミイラ男には炎。

どんな強力なロアであっても、弱点を突けば勝てるのである。
・・・問題は、この忍び寄る悪魔カウントダウンにもちゃんと対処法があるのかという点。
さすがにこの状態のままでは、まともに動けやしない。
まさか、「そこまで考えてないっすよ」とか言わないよね、久我さん?
と、ひとり悩んでいると。
「ちゃんとあるっすよ、対処法」
「ほほう。ちなみに、どんな?」
――僕はすかさず切り込んでみる。
「鏡に写ってる悪魔を、黒板消しで消すといいっす」
おお!さすがアホの子!
こんなにあっさり口を割ってくれるとは思わなかったぜ・・・。
「『語り部』として、お話に関して隠蔽したり虚偽申告したりしないのは当然っすよ・・・」
若干呆れられてしまった。反省。
っていうか。
「・・・よくも僕の思考を読んでくれたな」
しかも、さっきからちょくちょくと。
「目を見れば大方分かるっす。どうせボクのことをアホの子だと思ってるんすよね」
「全部バレとるー!」
「そ、そこは嘘でも否定して欲しかったっす・・・」
久我さんはもう少しで泣きそうだ。
このベクトルからトドメを刺すのは卑怯な気がするのでやめておくことにする。

「とにかくっ」
改めて、久我さんの宣戦布告。
「最後の勝負っす。屋上で待ってるっすよ?」
そして久我さんは、背後にある屋上へと続く階段へと走り去った。
「待て――って、ごめんハル君、一人で大丈夫?」
「ああ、大丈夫。すぐ追いかけるから、先に行ってて」
「らじゃー!」
良い笑顔で答えて、颯爽と駆け出す小麦。本当に僕のこと心配してたのか、あいつ。
しかし、屋上ねぇ。確か、施錠されてるはずなんだけど。
そこはあれか。副会長特権でどうにかしたのかな。
屋上、屋上、屋上・・・っと。いくつか、聞いたことのある噂もあるけど。
まぁ、ここで僕が考えても無駄なことだろう。
今はとにかく急いで小麦を追いかけることに専念する。

鏡に――当然、姿が写りそうな窓にも注意して、近くの教室から黒板消しを入手した。
恐る恐る鏡を覗き込むと、先ほどより少し近い位置に悪魔が立っている。
うあー、このじわじわ迫り来る感じは結構マジに怖いな。
僕は、慌てず騒がず鏡に写る悪魔を黒板消しでなぞる。
久我さんの言葉通り、悪魔は跡形もなく消え去った。
こんなに恐ろしい悪魔が黒板消しでなぞるだけで消える辺り、作者のセンスが光るね。
――よし。
「じゃあ、小麦を追いかけますかね」
ひとりにしておくとどこまでも暴走しかねないからな、あいつは。
僕は急ぎ屋上へと続く階段を駆け上がる。
1階から2階へ、2階から3階、そして4階――屋上はこの上だ。
最後の階段を見上げた、その先に。

「・・・小麦?」
「ハル君っ、ここ上っちゃダメっ!」

足首を不気味な手、、、、、に掴まれた小麦が、階段の最上段で立ち尽くしていた。

「何だこれ!?」
「わっかんないっ!畜生、セコい時間稼ぎしやがってぇー!」
「足、大丈夫?痛くないのか?」
「痛くはないけど――気を抜くと、持って行かれそう、、、、、、、、
「マジで!?」
それは、普通にマズいんじゃないだろうか。
くそっ、これが久我さんの切り札か?
・・・否、多分違うな。これはきっと、足止めに過ぎないだろう。
彼女は――屋上で、何かしらの準備をしているに違いない。
マキオのような、特殊な儀式が必要な召喚系のロアだろうか。
しかし・・・ここで素朴な疑問がひとつ。
「小麦っ、久我さんは、その手に掴まれたりしてなかったのか?」
「うん、なんか・・・一回この辺で足を止めてはいたけど。すぐに屋上に出て行っちゃった」
「ふむ・・・」
僕は、考える。
足を止めはしたわけだ。となると、その時に何か対策を打った・・・?
「何か、変なことしてなかったか?」
「変なこと?」
「何でも良い、足を踏み鳴らしたとか手を打ったとか――呪文を唱えたとか」
「あっ!」
最後の言葉に、小麦が反応する。
「分かった、呪文だ!ええと――確か」

「『十三階段、上り切った』!」

小麦の叫びに呼応するように、足首を掴む手が消えていく。
なるほど、久我さんは立ち止まった一瞬で解除の呪文を唱えたわけか。
しかし、この呪文のセンスは結構好きだな。『見上入道みあげにゅうどう、見越した』みたいな。
これも彼女オリジナルのロアだろう。
やはり久我さん自体、、、、、、は嫌いじゃない――。
「よしっ、消えた!行くよ、ハル君っ!」
「おう。ってか、僕もそこまで上ったら呪文唱えなきゃな」
足首を掴まれると分かっていて階段を上るってのも、結構嫌なものである。
僕は意を決して駆け上がる。
1、2、3・・・なんでわざわざカウントしてるんだ。
6、7、8・・・無意識って怖い。
11、12――13。おお、本当に13段だ。
「『十三階段上り切った』っっ!」
「うおぅ、めっちゃ早口・・・」
足首掴まれる前に言ってやった。何とかなるもんだな。
「さあ、行くぞ」
ごまかすように言って、僕は普段施錠されているはずのドアを開く。
当然、難なくドアは開いて。
初めて目にする風景が、眼前に広がった。

「ようこそ――お待ちしていたっすよ」
だだっ広く、風の強い屋上。
一足早く到着していた久我さんが、恭しく一礼して僕らを迎える。
足元には、白い線で描かれた不可思議な模様。
大きな丸の中に沢山の小さな丸や三角、四角が入り混じった――所謂、魔法陣。
予想通り、ここで何かを召喚するつもりのようだ。
「準備万端、ってトコかい」
「はい、概ね予想通りのタイムだったっすよ、センパイ」
朗らかに笑う少女に、僕は寒気を覚える。
コイツの狙いは何だ。
一体何を考えているんだ。
正直、この手のタイプは苦手である。
頭が良くても、目的が見えないヤツ。趣味嗜好が分からないヤツ。喜怒哀楽が薄いヤツ。
そういうヤツは――ちょっとだけ、苦手だ。
「ちなみに、『十三階段』はどうやって撃退したんすか?」
「呪文で消したよ」
「ああ、そっちっすか」
「他に手があるとでも?」
「ええ、多分、神荻センパイクラスの『修正者』だったら直接攻撃で破壊できます」
「ちっ・・・またワケの分からない専門用語を」
「ちゃんと、教えてあげるっすよ――コイツを倒せたら、、、、、、、、
魔法陣の中心に立つ久我さんが、ゆっくりと両手を挙げる。
一体何を――何を、召喚ぶ気だ?

「ふふん。御託はいらないわっ。今度こそ、もっとマジなロアを出しなさい?」
「余裕っすね、神荻センパイ。言われなくとも、コイツはボクの持つ最強の切り札っす」
「それは楽しみだわ。退屈させたら許さないんだから」

小麦は、心底楽しそうな笑みを浮かべる。
対する久我さんも、釣られるかのように笑う。
そして、天に向けた両手をゆっくりと旋回させ。
その呪文を、口にする。

ベントラー、、、、、ベントラー、、、、、ベントラー、、、、、

――嘘だろ!?
その呪文は、あまりにも、有名な。
間違いなく、アレ、、を召喚ぶための――!
僕はすぐさま空を見上げる。
既に日も暮れ、星が瞬く夜空の中心。
そこに。
銀色の、、、巨大な、、、円盤が、、、
「・・・UFO!?」
僕の視線を辿った小麦が、驚嘆の声を上げた。
「はい、UFOっす」
久我さんは、両手を高く掲げたまま誇らしげに語る。
「白のチョークで魔法陣を描き、その中心で『ベントラー』と3回叫ぶ――これがUFO召喚の儀式!
 ボク流のアレンジを加えてるから、世界的に有名なアレと比べれば見劣りするっすけど。
 でも、だからこそ強い部分もあるっすよ。
 何せコイツは、召喚者の言うことを聞いてくれるUFOっすから!」
何だそれは!?くそう、そんなの何でもアリじゃないか!
「召喚者・久我描が命じるっす!神荻センパイたちをやっつけろ!」
次の瞬間、その幼稚な命令に反応するかのように、UFOが赤く発光し。
――こちらへと突撃してくる!
「やっべえな、オイ!」
「ハル君、こっちっ!」
小麦に腕を掴まれ、引きずられるようにその場から逃げ出す。
「ちなみに、コイツに対処法はないっすから。直接攻撃で撃退するしかないっす」
「不親切すぎるだろ!」
緊急回避で地面を転がりつつも、ツッコミは忘れない僕だった。
「ほらほら、そんなこと言ってるヒマなんかないっすよ?」
見上げると、上空へ舞い戻ったUFOが有り得ない挙動で再度こちらへ向かってくるところだった。
小麦に導かれ、それを再び回避する。
しかし、すぐさまUFOは進行方向を変えて――。
畜生、本当に何でもアリだなこいつ!?
「うーん、向かってくるところを武器リコーダーで打ち返すとか・・・ダメかな?」
小麦が右手に握るリコーダーを見ながら呟く。
「ちょっとリスキーかな。玉砕覚悟みたいで、僕はオススメしない。いっそ――」
僕は、もうひとつの策を推す。
「――そうか、さっきの要領だね?」
「そう。イケそうか?」
「出力アップすればイケるっしょ!」
「そんなこと、できるのか?」
「うん。コツは掴んだからね。次は――多分、スゴいよ?」
あっさりと、言ってのけやがった。
コイツは本当にどうなってるんだろうね?

「じゃあ、次のタイミングだ」
「おーけぃ!」

向かい来る巨大な赤いUFOを、小麦は軽やかに――僕は無様に回避して。
小麦は、その瞬間に全てを賭ける。

「――く、ら、えぇぇぇッッ!」
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祭の合図:2

2009-04-26 23:15:36 | 小説――「RUMOR」
――ガタン。

一度、音がして。
続いて、ガタガタ、ガタガタと、廊下側の窓ガラスが震えた。
「小麦」
「ん。任せて」
日も暮れかけた、オレンジの教室。
同じ色のコスプレをした少女は、口の端に笑みを浮かべ、機を待つ。

ガラリ、と窓が開き――セーラー服の袖が、窓から侵入して来た。

「く、ら、えッッ!」
右手に構えたリコーダーを、槍投げの要領で投擲。
それは、窓の向こうからタイミングよく顔を出したロアに見事的中した。
・・・マジかよ。ロンギヌスの槍みてーだな。
「さて、こんなもんじゃないでしょ?」
言って、小麦は軽快に走り出した。
ひょいとジャンプして、開いた窓から廊下へ飛び出す。
やっぱ、戦闘中の小麦はイキイキしてるなー。
――と。
「あれええええ!?」
僕が分かりやすく油断する中、廊下から素っ頓狂な声が聞こえた。
チッ、まずったかっ。
ロアは大抵、並じゃない能力を持っている。
あんな適当な遠距離攻撃ひとつでどうこうなるものではないのだ。
僕は急ぎ廊下へと飛び出す。
「小麦、大丈夫――か?」
そこには。
ぴくりともしないロアと、割れた仮面、そして不満そうにそれを見下ろす小麦がいた。
「コイツ、もう死んだっぽいよ?超弱いんですケドー」
・・・遠距離攻撃ひとつで、どうこうなるもの、だったな。
唇を尖らせ、ジト目で僕を見る。
「いや、僕に訴えられても。良いじゃないか、勝ったんだし」
「そうだけどー。つまんないー」
愚痴りながら、げしげしと朽ちる寸前のロアを蹴飛ばす。何てヤツだ。
そういえば、このロアの「顔」は――と。
僕は、(下半身を見ないように気をつけながら)その素顔を覗き込んだ。

――ん?
何だ、こいつ――。

「危ない、ハル君っ!」
どん、と真横からの衝撃。
僕は堪らず廊下の端へと倒れ込む。
小麦が、凄まじい勢いで体当たりしてきたのだった。
「な、何だよっ、小麦っ」
「・・・人体模型」
「は?」
「見慣れた人体模型が、猛ダッシュしてった・・・」
「見慣れた・・・って、あれか。部室の」
「うん、多分」
「マジっすか」
「マジっす」
それって、ロア、だよな。だって、足音しなかったし。有り得ねえだろ、色々と。
僕は、大きくため息を吐いた。
「おかしいと思ったんだよな。楽勝過ぎて」
一方、すぐさま体勢を立て直した幼馴染は、ニヤニヤ笑いながら言った。
「ふふん、あれくらいじゃ面白くもなんともないって思ってたところよ」
あー、そりゃまあ、オマエはそうだろうよ。
仕方ないな、と僕も立ち上がる。
「さてと――」
多分、と僕は予想する。
――多分、これにはまだ裏があるな。
そして。
僕の役目は、いつだってその更に一歩先にある。

人体模型が走り去ったと思われる方を睨み付ける小麦。
案の定、再度攻撃を仕掛けるべく、その方向からロアがやってくる。
・・・足早っ。
っていうか、人体模型でも律儀に仮面付けてるんだな。
小麦は、先ほどのリコーダーを拾い上げて、猛ダッシュで近づくロアを迎え撃つ。
「ほらほら、掛かってこいよォォ!」
という挑発に乗ったのかどうか。ロアは更に速度を上げる。
そして更に。
ロアが、分裂した、、、、
「げっ、増えた・・・そんなのアリ!?」
否、最初から2体だったのだ。1体は影に隠れていたに過ぎない。
さすがに不意を突かれ、慌てる小麦。
となると――。
僕は、周囲の様子を伺う。
「えーい、面倒臭い、2体まとめてやっつける!」
動揺したのも僅か一瞬、小麦は気を取り直した。その辺はさすがである。
僕なんか、ある程度予想していたのにちょっとびっくりしたからなー。
・・・さてと。
僕の役割の方については――びっくりするわけにもいかないな。

「小麦、そっちは任せた」
「ん?うん。トーゼン!」

そして僕は、くるりと後ろを向く、、、、、
「不意打ちは卑怯じゃねえ?久我さん、、、、

こちらも、案の定。
廊下の角からこちらを伺う久我さんが、姿を現した。

「あちゃ。バレてました?さすがっすね、語り部さん、、、、、
「・・・・・・にゃろう」

不覚にも、苦笑が漏れる。
『語り部さん』ときたか・・・こいつ、何か知ってやがるな。
僕は、最悪のケースを想定する。
・・・ちっ、面倒なことになりそうだ。

背中からは、小麦と人体模型×2が闘う音が聞こえる。
僕は、それを小麦に任せる、、、と言った。
だから――その存在は、一旦無視することにする。

「よく分かったっすね、しっかり隠れてたのに」
「ロア2連発はいくらなんでも怪しいだろ。となると、1体目の噂を持ってきた君が一番怪しい」
「えー、それ、殆どカンじゃないっすか」
「経験と言って欲しいね。で、久我さん。君の目的は、何だ?」
「んー・・・どこまで話して良いのかなぁ。ちょっと判断に迷うトコっす」
「僕らを、罠にハメたことは認めるな?」
「ああ、はい。そこはガチっす」
副会長は、明るく笑ってあっさりと肯定した。
その朗らかな態度は、逆に不気味に映る。
「一応、上半身オバケで油断させて、人体模型クンでトドメというコンボの予定でした」
「詰めが甘ぇよ」
「はい、反省してるっす。やっぱ、ヒトの言うことは聞くもんっすね」
・・・はて。ということは、つまり。
「組織立って動いてる、と判断して良いのかな?」
「あうあう、またバレちゃったっすか!?」
結構、アホの子なのかも知れない。
僕の中で、生徒会の地位がどんどん失墜していく。大丈夫か、この学校。
「はあ・・・気が進まないけど、しょうがないっすね」
「ん?」
「柊センパイ、ちょっと動きを止めさせてもらうっす」
・・・何だって?
僕は確かに直接戦闘向きではないが、女子生徒ひとりに取っ捕まるほど弱くもない。
「ええと、こんな噂、知ってます?」
実に唐突に、久我さんはその都市伝説フォークロアを語り始めた。

「この学校の1Fの水道――ちょうどセンパイから見て左にあるソレっす。
 その水道の鏡、見えるでしょ?
 夜にその鏡を覗き込むと、悪魔が映る、、、、、んっすよ」

・・・しまった、そういうことか!
気付いたが、既に遅かった。
僕は、反射的に左を――蛇口の上に備え付けられた大きな鏡を覗き込んでしまっていた。
そこには、当然、僕と。
仮面を付けた悪魔が、映っていた。
黒い肌、尖った耳、細く長い手足。
僕の左約2メートル・・・ちょうど小麦と僕の中間くらいに立ち、こちらへにじり寄る。
「見えましたか?そいつ、ボクの最新作にして自信作っす」
久我さんが、余裕たっぷりに言う。

名付けて、、、、忍び寄る悪魔カウントダウン

畜生、まるで誰かを連想させる言い回しじゃないか。
イライラする、イライラする、イライラする!
「そいつは、呪いの一種っす。発動トリガーは『特定の鏡を特定の時間に覗き込むこと』。
 そして、発動後は鏡に写っている間、悪魔と『だるまさんがころんだ』することになるっすよ」
「『だるまさんがころんだ』・・・?」
「そっす。鏡に写ってる間、悪魔は近寄ってくるっす。写らなければ、悪魔は動きません。
 じりじり忍び寄って、最終的にはセンパイの首を絞めて殺すんっすよ」
朗らかな声色のまま、恐ろしいことを宣言された。
故に、忍び寄る悪魔カウントダウンってか。
全くもって、趣味が悪いね。僕とは到底合いそうにない。
ともかく――この場にいるのはまずい。
にじり寄る悪魔から逃れるように、身を屈める。これで鏡には写らないはずだ。
「おお、素早い対処」
「お褒めにあずかり光栄の極み」
「でも、そのままじゃジリ貧っすよね。ボクは、今のうちに逃げさせてもらうっすよ」

「逃がすかバカ」
勇ましい声。
「――え」
驚愕する久我さん。

「おー、小麦、終わった?」
「楽勝!」
にひ、と武器リコーダーを片手に小麦が笑う。
その背後には、砂のように崩れ落ちる人体模型が2体。
「え?え――ま、マジっすか?そんな、マジでそんなに強いんすか?」
「ふふん。あたしを誰だと思ってるのよ。あんなロア、瞬殺なんだから」
「はへー・・・これは、マズいなぁ。マズいっすよ。うーん・・・」
困り顔で、しきりに首を捻る久我さん。
しかし、それは降参の意ではなく。
「じゃあ、しょうがないから奥の手、、、を出させてもらうっすね」
なっ、奥の手――だと!?
「これ以上、何かあるって言うのか?」
上半身だけの女子高生、走る人体模型、鏡に写る悪魔。
全て、久我さんが創作したロアだろう。
ひとつひとつの強度は大したことないものの、その数は驚愕に値する。
だというのに、まだこれ以上手駒を持っていると言うのか。
怯む僕に、久我さんは――改めて、誇らしげに名乗りを上げる。

「ボクの名前は、噂中毒ワーカホリック・久我描。息をする様に噂を作り出してみせるっす」
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祭の合図:1

2009-04-26 17:23:50 | 小説――「RUMOR」
僕と小麦は今、宵闇の学校の空き教室にいる。
隅の方で二人、ぴったりと身を寄せ合って座っている状態。

――別に、気が違って小麦といちゃついているわけではない。

息を殺し、物音を立てないように。
そして逆に、教室の外から聞こえる音を逃さないように。
緊張し、集中している。

「ってか、ハル君」
「ん?」

ヒソヒソと、外部に極力音が漏れないような小声で小麦が問いかけてきた。
うん、お兄さん、空気が読める子好きだな。
「何で逃げんのさ?そーゆーの、性に合わないんだけど」
「いやごめん。なんつーか、予想以上に・・・キモかったから?」
隣で、小麦がわざとらしく息を吐いて頭を抱える。
・・・うわー、コイツにそういうのやられると超ムカつくんですけどー。
畜生、バカのくせに。バカのくせに!
「じゃ、あたしが迎撃するのはOKってことね?」
「ああ、そうだな。小麦さえ問題なければ」
「あたぼーよー」
言って、彼女は満面の笑みを浮かべて立ち上がった。
ちなみに、本日の衣装コスプレはチアリーダーで、武器エモノはリコーダーだ。
そんな格好で勢い良く立つもんだから、短いスカートが舞い上がってぱんつが見えるじゃないか。
いや、そもそもあれってどうなんだ。テニスのアンダースコートみたいなもんか?
ぱんつじゃないから恥ずかしくない、とか言うつもりか?
あと何でリコーダーなのかというと、近くに武器っぽいものがそれしかなかっただけである。
チアリーダーにリコーダー。
非常に眩暈のする取り合わせだと思う。
しかし、本人的には動きやすくて気に入っているらしい。
いつになったら羞恥心を覚えてくれるのか、幼馴染のお兄さんとしては甚だ不安なものだ。

さて、僕も少しずつ落ち着きを取り戻せてきた気がする。
ここらで、頭の整理をするためにも少し時間を巻き戻そう。
頭脳労働者の僕が混乱してるようじゃ、お話にならないからな。
そう、あれは、2時間ほど前のことだった。

――放課後、我らが天文学部部室に珍しいお客様が舞い込んできた。
「紹介するまでもないでしょうけれど――久我くがえがくさんです」
「はじめましてー、久我っす」
委員長こと二条にじょう三咲みさきから紹介を受けた久我女史は、そう言ってペコリと頭を下げた。
僕と小麦は、どう対処して良いものか分からず、はぁそうですかと間の抜けた返答をした。
はじめましてと言われても、相手は多分全校生徒がもれなく知ってる生徒会副会長だ。
コッチとしては一方的に存じ上げておりますが、という感想しか持てない。
そもそも、こんな大物が一体こんなところに何の用だと言うのだろうか。
・・・生徒会副会長、久我描。逆から読んでもクガエガク。
いいトコのお嬢様で頭も良く、僕らのイッコ下(1年生)にして副会長という才女である。
但し、口調がやたら体育会系。
いや、そこがまた男子にも女子にもウケが良い理由だったり。
そういえば、生徒会長は委員長で副会長が久我さん・・・女性にシメられてるんだな、ウチ。
と、僕の頭をそんなどうでも良いことが過ぎった。

「ということで、彼女の話を聞いて頂けないでしょうか」
言って、委員長は久我さんに場を譲った。
何が「ということ」なのかサッパリ分からん。
分からないが――久我さんは許可が出たとばかりに語り始める。

最近新たに話題になっているという、都市伝説フォークロアを。

「放課後、少し帰りが遅くなったある生徒のお話っす。
 彼女は急いで帰り支度をして、教室を出ました。
 その時、既に誰もいなくなったはずの教室の窓が、カラカラ・・・と開いたんっす。
 何事かと振り向くと、開いた窓の向こうには誰もいない。
 ところが、よくよく見ると窓の溝の部分に・・・指が、掛かっているのデス。
 そして、その指でぐっと体を持ち上げて、一人の少女が窓から身を乗り出しました。
 それは、見たことのない少女で。
 少女はそのまま窓から廊下へと転がり落ちたのですが、何と」

「――足がなかった?」
僕は、割り込むようにそう言った。
久我さんはオチを取られて驚くような様子もなく、
「ええ、その通りっす」
と頷く。
「さすがにこの手のお話にはお詳しいっすね。尊敬するっす」
「いえ――まぁ、割とベタな都市伝説ですからね。
 『カシマレイコ』とか『テケテケ』とか、そういった類でしょう」
「なるほどー、そんな名前なんすね」
「もしくはその派生といったところでしょうか。断定はできませんが」
っていうか僕は何で後輩に向かって敬語で話してるんだろうね?
恐るべし、副会長マジック。

「じゃ、そいつやっつければ良いのね?」
それまで聞きに回っていた小麦が、元気いっぱいに叫んだ。
さすがにこちらには驚きつつ、久我さんは答える。
「はい・・・その話を聞いて、ボクのガラじゃないんすけど、怖くて怖くて」
「それで、私に相談してきたものですから、適任がいますよってコトで」
と補足する委員長。
・・・おおう、何という盥回し。
さては、今回のロアが少女だからやる気ないな、コイツ。
少年だったら絶対自分がヤる(性的な意味で)って言うくせに。

ともあれ、そのような理由で僕らはロア退治を引き受けることになった。
珍しく小麦の趣味だけでなく、世のため人のためになるロア退治である。
素晴らしいことじゃないか。
僕は、噂の1年生の教室で待機しながらそんなことを考えていた。
ちなみに、この隙に小麦はどこからか仕入れてきた衣装に着替えてリコーダーを装備した。
着替えるから後ろ向いちゃダメだよ、とか言うくらいなら違う場所で着替えろよ。
・・・と文句を言ったら、乙女心が分かってないとか言って背後から殴られた。
何でだよ。見られたくないんだろうに。理不尽すぎる。

そして、待つこと1時間と少し。
「・・・そういえば、今回のロアの出現条件って何だろうね?」
今更過ぎる疑問を投げかける小麦。
しかし、疑問そのものは割と適切だ。
「正直、ランダム要素が強いとしか思えないな」
僕は暗い気分で答えた。
「条件らしい条件なんか、時間と場所くらいのものだしさ」

――切断魔ジャック・ザ・リッパーなら、特定のタイミングで裏門を通ること。
――マキオなら、体育館でスクエアという降霊術を行うこと。
――そして例の黒巫女の場合は、特定の電話ボックスから自分の携帯に電話すること。

そんな風に、これまでのロアは具体的な手順が示されていることが多かった。
勿論そうじゃない場合も多々あるわけだが、そんな時はどうしても持久戦になる。
つまり、何度もトライしてみること。
要は面倒臭いのだ。
多分、今回のパターンだと10回か20回くらいはやってみないといけないだろう。
下手すると、向こう1ヶ月は放課後拘束されることになるわけだ。
・・・マジめんどくせぇー。
「仕方ないじゃない。出てくるまで、何度でもやるわよ!」
「はぁ、ま、そうだよな」
諦めて、僕らは教室を後にする。
帰るわけじゃない。これが、今回の唯一の「手順」だからだ。
どうやって帰るとか、帰る前に何をするとか、一切なし。
ただ、少し遅く帰るだけだ。
外は日も傾き始め、薄暗くなっている。良い頃合だろう。
教室のドアを閉め、背後の音に気を配りながら廊下を歩く。
こんなんで出てくるワケねぇよなー。

・・・というのは、当然大間違いだったわけで。

背後から控えめに、カラカラという音が聞こえて。
小麦は当然、喜び勇んで振り向いたね。
マジかよ。1回目で?
1万回に1回しか起こらないことは、最初の1回に起こるもんなのさ。
なんて誰かが言った台詞を思い出した。
ともかく、そんな呑気なことを考えてる暇もないな。
僕は、警戒しながら様子を伺う。

ずるり、と仮面を付けた黒髪の少女が窓から顔を出し。
そのまま、頭から廊下に落下。
上はクラシックなセーラー服で。
下半身は、無かった。
いや、無いのは分かってたのだけど。
ず、ず、ず・・・と肘で歩く様はかなりアレで。
歩いた後にしっかり血痕が残っていた辺りで、僕はもうダメだった。
「う、うおおお、キモッッッ!逃げんぞ、小麦っ!」
「え、え?えぇえええ?」
力の限り叫び、小麦の腕を掴んで半ば強引に逃げ出した。
そして、手頃な空き教室に身を潜めて。

――そのまま現在に至るのだった。
ええ、ヘタレですとも。
ヘタレですけどそれが何か?

いや、ダメなんだよ、あの手のグロさ。
だって、血ィ流れてんだよ?
アレ、セーラー服の下は絶対内臓とか骨とかむき出しだって。
小麦は何で大丈夫かな・・・。
「あんなの、どうってことないじゃない?」
「・・・へぇへぇ、さいですか」
バカだからかな。バカだから、想像力とか働かないのかな。
「繊細な僕としては、耐えられない光景だったね」
と情けなく愚痴りながらも。

「ふふん。仕方ないなぁ。ハル君は、あたしが守ってあげるからねっ」

今は、目の前のやる気に溢れた少女がとても頼もしく見えた。
・・・角度的にぱんつ丸見えなのは正直どうかと思ったけども。
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RUMOR SS:03 - センサク。

2009-04-19 23:33:09 | 小説――「RUMOR」
その日、放課後の部室には委員長がいた。
「あ、柊君、こんにちは。丁度良いところに」
「ごめん、僕実はちょっと急用で」
・・・コハルはにげだした!
「ダメですよ、柊君」
・・・しかし、まわりこまれてしまった!
そして、僕の腕をガッチリと掴んで言う。
「部室の掃除、手伝ってもらいますからね」
タイミングが悪かった。
まぁ、毎日ここに来てるんだから、たまにはこういう日もあるか。
僕は諦めて、委員長から箒を受け取る。
「へいへい、手伝いますよー」
「はい、よろしい」
我が校の誇る美少女生徒会長は、眩い笑顔でそう言った。

僕達天文学部の部室であるところの理科準備室は、当然のように物が多い。
実験器具から人体模型、薬品に謎の化石。
それらが乱雑に棚に入れられ、あるいは床に積み重ねられている。
これって、多分高価なものばかりなんだよな?
僕らは細心の注意を払いつつ、それらの埃を払ってゆく。
正直、超メンドくせー。マジやってらんねー。
「柊君」
「ひゃいっ!?」
「・・・そんなに驚かなくても」
「ああ、いや、ごめん」
心を読まれたかのようなタイミングに、ちょっと声が上ずってしまった。
「で。どうした?委員長」
「私は委員長じゃありません」
と、いつものやりとりおやくそく
「・・・こほん。それで柊君、ちょっとお伺いしたいのですが」
「何なりと」
これ幸いとばかりに手を休め、手近な椅子に座る。
委員長は、休むことなく話を続ける。
・・・この辺が、優等生と一般人の違いだ。
「神荻さんのことです」
「あぁ、小麦?」
「ええ。彼女・・・何者なんですか?」
「ナニモノって」
えらくまたストレートな物言いである。
「失礼な言い方になってごめんなさい。でも――私は、あまりに彼女を知りません」
「そうは言ってもな。本人に直接聞けば良いんじゃねぇ?」
「普通はそうしますね。でも、彼女については本人よりも貴方の方が詳しいでしょう?」
「んなことねーって」
「あまり、私を見くびらないことですね。貴方ほどじゃなくても、私だって無能じゃない」
それはまるで僕が有能であるかのような言い回しだな。
光栄だけど、買い被られてもロクなことはない。
「・・・良いよ、僕に答えられる範囲だったらね」
ありがとうございます、と微笑んで、委員長は今度こそ掃除の手を止める。
そして、僕をしっかりと見据えて問いかけた。

「私が知りたいのは、彼女の異常な強さの秘密」

概ね予想通りな質問。
しかし。
「そんなもん、僕にも分からねえよ」
「例えば――格闘技の経験は?」
「見て分かるだろうけど、皆無だね」
「・・・でしょうね。体育が得意、とか?」
「そりゃまあ、得意中の得意だよ。走るのも跳ぶのも全部我流だけど」
「ふむ・・・それは、昔から?」
「いいや、最近になってからだな。小学校くらいまでは普通だった」
最近というのは、無論、ロアと闘うようになってからという意味だ。
聡い委員長は、そんな行間を当然のように察してくれるので話が早い。
「天性のものではない・・・ということでしょうか?」
「どうかな。多分後天的なモノだと思うけど。何だかんだで努力はしてる」
血統、、、という可能性はどうでしょう?」
血統。
――僕は、僅かに言い澱む。
「何か、気になることでも?」
本当に、察しの良い人だと思う。
まぁ・・・小麦も、気にしてる話ではないのだし。
「それについては、本当に分からない」
僕は、正直に答えることにする。
「小麦の両親は、本当の両親じゃないんだ」
「・・・え」
「赤ちゃんの頃に養子に入ったんだとさ。だから、本当の親のことは分からない」
「そ、そんな!」
しまった、地雷を踏んでしまった、といった表情で声を荒げる。
「――そんなことまで馬鹿正直に答えないでよ!」
そこで自分の声に驚いたのか、我に返って言葉を飲み込む。
何というか、珍しいこともあるものだ。
「・・・っと・・・ごめんなさい。・・・私から伺ったことでしたね」
でも、と苦笑して付け加える。
「プライバシーって言葉、ご存知ですか?」
「大丈夫だって。小麦も小萩こはぎさん――小麦のお母さんも、気にしてないし」
そう、至って普通。
冗談交じりに言えるレベルの話である。
当然それを僕が話すことに抵抗がないわけではないのだけど。
しかし、変に気を使おうものなら僕が叱られる。
「小萩さんって仰るのね。神荻小萩――早口言葉みたい」
「ああ、それ気にしてた。たまたまダンナが神荻だったからこんな名前になったのよって」
「神荻小麦も、十分早口言葉だと思いますが」
「『あたしだけがこんな思いするなんて許せないっ!』とか言ってたな・・・」
「結構凄い人ですね・・・」
「ああ、小麦を色んな意味でグレードアップさせた感じだと思えば早い」
それを聞いて、委員長は再び苦笑を浮かべる。
・・・本当に、似たもの親子なのだ。
つくづく、人の内面を形作るのは血だけではないと思わされる。
「そうかぁ・・・じゃあ、血統っていう線は本当に謎ですね」
「だな」

「・・・・・・」
「・・・・・・」

早くも行き詰る小麦分析会議。
「・・・っていうかさ」
耐えかねて、僕は逆に質問する。
「何でそんなに小麦のことを知りたがるのさ?」
「何でって」
すると、委員長は涼しげに――当たり前のように、呟いた。

あの娘は異常だから、、、、、、、、、

――異常。
それは勿論、異常だ。常軌を逸している。
だけど。
「それは君だって一緒だろ?ロアと闘うなんて普通じゃない」
「そうじゃありません。ロアと闘うのは基本ベースです」
委員長は、笑わない。誤魔化さない。茶化さない。
ありのままの気持ちを口にする。
「それを踏まえて、同じロアと闘う者として、理解できないと言っています」
理解できない。
それはきっと、僕が委員長を理解できないのと同じような気持ちで。
「神荻さんは、正直、私なんかとは次元が違います。あの強さは、有り得ない、、、、、
「僕には、ある意味では君の方が強いように見えるけれど」
「そうですね、スピードと戦略くらいは私の方が上でしょうか。だけど」
委員長はそこで言葉を区切る。
「骨折を数日で癒す超回復、そして、武器を選ばない戦闘スタイル」
武器――先日の黒巫女戦の話か。
あの時の話は、当然みんなに報告済みだ。
「あの時は確かに武器を使ったけど、普段は使わないぜ?」
「それが既に異常だとどうして気付かないのですか」
「・・・まぁ、なぁ」
そりゃ、武器を使った方が強いのは当たり前だよな。
つまり。
「武器を使っても使わなくても、彼女はロアに勝てるのです」
馬鹿にされた気分ですよ、と委員長は吐き捨てた。
小麦は今、自分に合った武器を探し始めているように見える。
もし、小麦がそれを見つけ出すことができたら。
きっと、小麦は、今よりもっと強くなる。
委員長では到底太刀打ちできないほどに。

そうか。
「君は、小麦をライバル視してるわけだ」
実に意外な事実だった。
「・・・何の話をしてるんですか」
「いやー、あの二条三咲が、ねぇ?」
「ちょっと。何か、甚だしく誤解を受けているような」
「それくらいの方が、親近感があって良いと思うよ、生徒会長?」
「私は委員長ではありま――あう」
秘技・お約束崩し。
弱点を握ると途端に強気になる僕だった。
「誤解しないで下さいね。私は別に彼女をライバルと認識したわけではありませんから」
気を取り直し、宣言する。
「私は、より自分を磨くために――強くなるために、調査しているだけです」
「ああ、了解。そういうことにしておこう」
「釈然としませんが・・・まあ、納得してもらえたとしておきましょう」
どうしよう。
何故かニヤニヤが止まらない。

と、そこで更にひとつの疑問。
「委員長は、何でそんなに強くなろうとするの?」
僕は、掃除を終えて帰り支度をする委員長に問いかけた。
「強くなる理由、目的・・・ですか?」
「うん」
すると、彼女はまるで、アノ時、、、のように――

「――性欲です♪」

淫らに笑って、そう囁いた。
・・・ああ、聞くんじゃなかったなぁ。
さようなら、と部室を出る委員長の後姿を見送りながら、心底後悔するのだった。
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