和泉の日記。

気が向いたときに、ちょっとだけ。

RUMOR SS:02 - セイギノミカタ。

2009-04-06 20:33:05 | 小説――「RUMOR」
年が明けた。

気を抜けない年末を経て、気を抜けない年明けとなってしまった。
それもこれも、全部あの変態夕月のせいだ。
・・・年明けからイライラすることこの上ない。
ともあれ、何事もなかったのだからよしとしなければならないだろう。
僕は、意識して気分を変える。
息を吐き、
「行ってきます」
そう言って、玄関から外へ出る。
今日は小麦と初詣へ行く予定になっていた。

待ち合わせは、神社の前。
予定の時間丁度に辿り着くと、既に着物姿の小麦が待っていた。
「おーそーいー」
僕に気付くなり、目を尖らせて抗議する。
「あぁ、悪ぃ。つか、遅れてはないぞ」
「あたしは10分くらい待った」
「そか・・・。そりゃ、寒かったよな。ごめん」
分かればよし、と妙に偉そうに言う。
お赦しが出ましたよ。ありがたやありがたや。
・・・僕はやっぱり悪くないと思うのだが、相手は小麦だし。仕方ないところだろう。
「っと。それはそれとして――明けましておめでとうございます」
改めて、礼儀正しく小麦が頭を下げた。
「うん、明けましておめでとうございます。今年もよろしく」
僕もそれに答える。
頭を上げると、小麦は何だか照れ臭そうにはにかんだ。

それにしても――と、僕は思う。
小麦の着物姿は、丁度1年ぶりになるか。
去年の初詣の時は特に何も感じなかったのだが・・・やっぱり、高校生になると変わるのかね。
あの小麦、、、、が、妙に大人っぽく見えてしまう。
そして、華やかなピンクの着物を纏う女性の隣を普段着の僕が歩くという図も、なかなかにシュールだ。
馬子にも衣装、ってヤツかな。
どう形容すればいいのか分からない感覚を、そうまとめることにした。

名前も知らないその神社は、初詣客で溢れかえっていた。
普段からすれば10倍、いや100倍・・・否、普段が基本ゼロだから何倍してもダメか。
とにかく信じられないくらいの人出だった。
多分、この神社の賽銭収入はこの3が日だけで年間の9割超だろう。
「小麦、迷子になるなよ?」
「子供扱いすんなっ」
脛を蹴られた。地味に痛いじゃないかバカヤロウ。
「しかし、何でこうも並ぶかね・・・僕には理解できん」
「そりゃ、お参りするからでしょ?」
「それにしたって、さ」
僕は、拝殿(というか賽銭箱)へと続く行列に並びつつ愚痴を漏らす。
無宗教な僕には、列に並んでまでお金を払う神経が分からなかった。
ま、あんまり言うと一緒に来てる小麦にも悪いし、これ以上は押し込むことにするけれど。
小麦は、何だか楽しみにしてたみたいだしな。進んで空気を悪くする理由もない。

行列に並ぶこと、約30分。
賽銭箱へ5円玉を投げ入れ、トータル30秒ほどのお参りが完了した。
この時間配分にはどうにも納得がいかないが、もうこういうものなのだと諦めるしかあるまい。
一方、同じく参拝を終えた小麦は何が楽しいのかハイテンションでおみくじを買い、
「うわぁ、また凶だ!今年も凶だってよハル君!すっごーい!」
とひとしきり騒いでそれをその辺の木の枝に結んでいた。
基本的にクジ運の類は悪いヤツだから、この程度のことは慣れっこなのである。
多分、大凶でもめげないな、コイツは。そもそも大凶なんて本当に入っているのか疑わしいけど。
いや、多分入ってないな。ここ数年同じ神社に来ているが、未だ凶しか見たことがない。
小麦が複数回くじを引いて、一度も最低が出ないなんてことは有り得ないだろう。
・・・と、ちょっと論理的でないことを考えると、少しだけ可笑しくなってしまった。
「あ、ハル君やっと笑ったね」
「ん?あー、そんなに仏頂面してたか、僕」
「うん、最近は結構笑わなくなったかなー」
どうも、小麦にまで心配されているらしい。
「僕だって、笑うこともあれば笑わないこともあるさ」
適当に、はぐらかすことを言う。
「何だそれー」
何がツボにはまったのか、けらけらと声を出して笑った。
ううむ、こうやって妙にバカ騒ぎしてるのも、僕を心配してのことなのだろうか。
だとすると、何だかやっぱり自分が情けなくなってしまう。
だから、というわけでもないけれど。
「じゃ、帰るか」
僕は、少し無理して笑顔を作ってそう言った。

「・・・あ。ハル君ちょい待った」
「どした?」
神社を出てすぐ、住宅街に入ったところで小麦が立ち止まる。
「久々にエモノ、、、発見でありますっ」
「・・・・・・えぇー?」
嫌悪感丸出しの声を漏らす僕。
「これはもう、行くっきゃないでしょ」
「ちょ、マジか!正月から!」
「正月とか関係ないね!あたしはあたしの道をゆく!」
格好良さげに言ってもダメです。
「・・・ちっ」
言い出したら聞かないのが小麦の小麦らしさである。
だから、僕に出来ることは・・・いつだってひとつしかないのだ。
「じゃ、小麦ちゃん戦闘モード入りまーす」
「戦闘モード?」
何のことだろうと思って小麦を見やると。

そこには、自ら着物の裾を縦に切り裂く馬鹿がいた。

「なっ、ばっ、ばバばバカかお前!もしくはアホか!」
「ふふん。これが小麦ちゃん戦闘モードお正月バージョンなのだ」
裂けた裾から白い太腿を露出させながら、小麦は高らかに宣言した。
そりゃ、それだけがっつりスリット入ってれば動きやすいだろうけども!
着物って超高いだろうに!
「大丈夫!これはお母さんお手製の小麦ちゃん仕様だからね」
「え?」
言われて、スリット部分をまじまじと見つめる。
ふむ・・・確かに、無理に引きちぎったような感じではない。
元々この着物にはスリットが入っていて、普段はそれが分からないように止めてある仕組みか。
全く、小麦のお母さんにも困ったものである。技術の無駄遣いはやめて欲しい。
ちょっと、ドキドキしちゃったじゃないですか。
「さて!改めて・・・行ってきます!」
言って、小麦は走り出す。
僕も、それを見失わないように後を追う。
・・・体力勝負は、ガラじゃないのになぁ。

小麦の目的は――「いじめっ子いじめ」。
いじめっ子を探し出しては、現行犯で相手をとっちめる・・・と言うと伝わるだろうか。
要は、お仕着せ正義の味方である。
頼まれてもないのに揉め事に首を突っ込んでは暴力的に解決するという、何とも小麦らしい行為と言える。
当初は、対ロアのためのトレーニングの一環だったのだが、もはやこれ自体も趣味になってしまっていた。
ここでの僕の役目は当然、小麦と一緒に闘うこと――なんかではなくて。
可哀想な「いじめっ子」の皆さんが、せめて死んだりしないように助けて差し上げることである。
小麦に目を付けられた以上、多少の打撲、出血、骨の2、3本は覚悟してもらうとして。
心臓を貫くとか頭を潰すとか塵にするとか灰にするとか、そこまでイってしまうとさすがにヤバい。
だから僕は、いじめの被害者加害者問わず、こっそり逃がしてあげたり介抱してあげたりする必要がある。

小麦は、独自の聴力(だけとは言い切れない)で割り出した現場へと急行した。
住宅街の細い路地裏、リアルに治安の悪そうな場所である。
そこには、いかにもガラの悪そうなお兄さん3名が中学生くらいの男子2名からお金を恵んでもらっていた。
っていうかカツアゲだ。正月だし、お年玉狙いだろうか。
お兄さん達は、漏れなく頭の悪そうな髪で、痛そうなピアスをどこかしらにしてるようなパンクな方々。
男子中学生の方は、まあ普通の?ワリとおバカな空気を醸し出しつつもマジメそうな子達だった。
そこに。
「そこまでだ、悪党どもぉ!」
定番且つ最低の掛け声で、小麦が割り込んだ。
びしっ!とお兄さん3人組を指差す。
多分、キメポーズのつもりなのだろう。着物のヒーローなんてこの世にいねぇよ。
お兄さん達は、そんな頭のおかしい少女の登場に唖然とし――半笑いになるのだった。
うん、恥ずかしい。そういう意味で、逃げ出したい。
でもまぁ・・・取り敢えず、僕は僕の仕事をしましょうか。
ふう、と大きくひとつ息を吐いて、呼吸を整える。
そして、中学生男子2名に手招き。
「こっちこっち。今のうちに逃げてねー」
二人して泣きそうになりながらも「へ?」という顔をする。
そりゃまあそうだよな。
・・・でも、ちょっと急いだ方が良いかも。
「ん。いいからいいから。危ないよ、そこにいると――」
「おいテメ、何フザけてんだ?死にてェの――」

「そのお兄さん達の巻き添えを食うからね」

台詞が終わるより早く、お兄さん1(鼻ピアス)は空を飛んだ。
たっぷり1秒は滞空し、受身も取れずに地面に叩きつけられる。
みんな、柔道の授業はちゃんと受けた方が良いぜ。
残る二人は、1秒強だけ鳥になったお友達を呆然と見下ろしている。
「正義の味方、小麦ちゃん参上っ☆」
――正義の味方は、殴った後に名乗るようなことはしない。
と心の中で突っ込みつつ、中学生ふたりを安全な場所まで誘導する。
「おお、おまっ、何モノ――」
「あたしの超絶カッコイイ名乗りを聞かなかったバカは死ね」
はい出た全力小麦キック。
お兄さん2(3連耳ピアス)が、ちょっと考えられないくらいの速度で水平に飛んだ。
脇腹にクリーンヒットしたから、多分アバラが2本くらいイってるなー。
折れた骨が肺に刺さってないといいけど。
っていうか、ついこの間僕もアレを食らったんだよな。
・・・よく生きてたな、僕。
さて、残るはお兄さん3(口ピアス)ただひとり。
とはいえ、その惨状に耐えられる精神の持ち主でもなかったらしく。
「な、ば、バケモノっ!」
と、至極当然の感想を述べて走り去って行った。
っていうか友達は放置かよ。
仕方ないので、倒れたふたりがそれ以上小麦に苛められないよう、道の端っこへ寄せることにする。
ふたりとも気絶してるだろうし、難儀だな――
そこでふと小麦の様子を伺うと、無表情のまま妙に体を震わせていて。
「バケモノ・・・?この最強超絶美少女小麦ちゃんに対して、バケモノ・・・だってぇ・・・?」

・・・お兄さん3、ごめん。君はもう、明日の朝を迎えられないかもしれない。

もう10メートル以上も離れたところまで逃げていたけれど、ま、小麦から逃げ切るのは無理だろう。
とにかく僕は、目の前でふたつの尊い命が散らなかったことを幸運に思うことにした。
合掌。
――気付くと、助けたはずの中学生ふたりも必死こいて逆方向へと逃げていくところだった。
仕方ないっちゃ仕方ないわなぁ・・・。

「いやー、何か、途中からあたしもよく分からなくなっちゃってね?」
「怖ぇよ、マジ怖ぇよお前・・・」
えへへ、と笑ってごまかそうとする小麦。
いやいや、そんなんじゃごまかされませんからね!?
結局、先に倒れたお兄さんふたりを安全な場所までずるずる引きずって。
無駄かなーと思いつつも、瞬歩レベルの速度で敵を追いかけた小麦を探した。
5分くらい辺りを探してようやく見つけ出したのだが・・・丁度、お兄さんの頭を踏んで土下座させ、

「あたしって、可愛いでしょ?可愛いわよね?」
「ひ、ひゃい・・・」
「うん。うん。当然そうよね。じゃ、もう一度、はっきり言い直しなさい?」
「か、可愛い・・・でしゅ」
「ん?『世界一可愛いです、小麦様』でしょ?」
「――こむ、ぎ、しゃま」

という、とても楽しそうなやり取りをしているところだった。
お兄さんの顔は別人のように腫れており、髪もところどころ抜けていて、前歯がなかった。
愉快な愉快な拷問タイム☆が繰り広げられていたものと考えられる。
にしても、約5分少々でヒトの容姿ってここまで変わるものなんですね。
・・・マジ怖ぇよ!
「いや、だってさー。あれはアイツが悪いんだよ?あたしにヒドいこと言ったー」
それ以上にヒドいことしたのはどこのどなた様でしょうかね。
僕は大きく溜息を吐く。
「ま、まぁイイじゃない?今日も正義の味方小麦ちゃんの活躍で、町の平和は守られたのだ!」
「へいへい」
もう、何を言っても無駄だと思った。
・・・実際、あんなチンピラどもなんかどうなったって良いしね?
まさか「ロリっ娘にフルボッコにされました。テヘ」なんて被害届は出さないだろうし。
取り敢えず見なかったことにしようそうしよう。うんうん。
あ、そういえば――。
僕はそこで、ふと気付いたことを口にする。
「っつーかさ、小麦」
「んー?」
「着物、全然汚れてないし・・・破れたりもしてないな?」
「ふふん、当然でしょ。あの程度のやつら、あたしの着物を汚すこともできないわ」
どこの悪役だ。
「まぁ、そうだろうけどさ」
「そうそう、そんなの心配する必要ないってば」
「つってもさ、心配はするよ。折角、小麦が可愛くしてるんだからさ」
――っと、口が、口が滑った。
はっとするが、言った言葉は戻せない。
僕は何て・・・恥ずかしいことを!
焦りや動揺で、背中に冷たい汗が流れる。
恐る恐る・・・隣を歩く小麦を見やると。

「か、かかか、可愛いって、あ、あた、当たり前っ、そんなの当たり前でしょっ!!」

真っ赤になって、全力でシタバタ悶えていた。
コイツ、見知らぬ他人には強要してたくせに・・・。
それからふたり、一言も喋ることができずに、小麦の家の前まで辿り着いた。
「じゃ、じゃあ・・・またな」
「うん、ばいばい」
そんなそっけない挨拶だけして、小麦を見送る。
玄関のドアを開けて中へ入ることを確認すると、僕は振り返って歩き始めた。
はぁ、何だって言うのかね、全く。調子狂うったら――
「ハル君っ!」
――と、そこで背後から小麦の声。
玄関からひょっこり顔だけ出す形で、一言こう言った。
「今日は・・・初詣一緒に行ってくれて、ありがとねっ」
手を振って、慌ててドアを閉める小麦。

・・・本当に全く一体全体、何が何だって言うんだろうね。
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RUMOR SS:01 - ケイサン。

2009-03-01 18:37:10 | 小説――「RUMOR」
「――いずれこの子に名前を付けたら、真っ先に報せよう」

夕月明は、そう言い残して去った。
いつも通り――放課後の部室にて、僕はひとり考える。
次、ヤツと例の黒巫女が現れた時、きっと再戦は避けられないだろう。
黒巫女の能力は凄まじいものだ。
もちろん、それを打ち破った小麦は更に凄まじいということになるのだが。
だからと言って次も同様に勝てるとは限らない。
何せ夕月は、「ロアを育てる」ことができるという。
それが嘘か本当か分からないが、小麦は更に強くなっておくに越したことはないのだ。
さて、ではどのようにすれば小麦を鍛えることができるのだろうか?

少年漫画よろしく、秘密の特訓でもするのか。
それとも、ゲームで言うところの「装備を変える」のか。

どちらも、具体的な方法が浮かばない。
特訓するにも、師匠なんていないからどう訓練するのか分からないし。
後者の方がまだ取っ付きやすい気もするが・・・先日の日傘ぶきはハマっていたと思う。
あれ以上の武器となると・・・。
「王道では刀。それにピストル、マシンガン等の銃火器ってところかな」
そんなもの、どうやって手に入れるというのだ。

そういえば、委員長――二条も、武器を使ってたな。
僕はふと、先日のマキオの件を思い出した。
委員長は、小さな剃刀(恐らくリストカット用)ひとつでロアを圧倒していた。
あの程度の武器は、通常ロアには通じない。
仮に通じたとしても、ロアが出血するところなど見たこともない。

そう、小麦の日傘も、本質的にこれと似ているのだ。
地面を圧し潰す、、、、ほどに叩きつけておきながら、曲がってもいなかった。
更には、黒巫女の必殺技を受けても破れるどころか焦げ痕すら残っていなかった。

有り得ない強度。
有り得ない現象。
有り得ない存在。
それはまるで、ロアそのもの、、、、、、ではないか。

「ハル君、お待たせっ」

不意に部室のドアが開き、待ち人がやってきた。
放課後は、部室で待ち合わせて一緒に帰るのが習慣と化している。
この台詞も、もう一体何度聞いたことか。
「今日はまたエラく遅かったな、小麦」
・・・自然と、自分の口調が厳しくなっていることに気付く。
「うん、ちょっと体育館裏で『首だけお化け』をやっつけてきたのだ」
そんな僕などお構いなしに、得意顔で報告する小麦。
「3年生の間で噂になってるヤツでね、首だけでフワフワ浮いてるんだよ。
 傑作なのが、首から上だけなのに律儀に仮面をつけてて――」
僕は、その内容に・・・つい。
「――お前、何でそんなこと僕に言わずにやってるんだよ!?」
バン、と手近な机を掌で叩きつけ、叫んでしまっていた。

正直僕は、イラついていたのだ。
分からないことが多すぎて。
自分に出来ることが少なすぎて。

「ついこの間、あの夕月ってヤローに絡まれたこと忘れたのか?
 アイツがまたいつ襲ってくるか分かんねぇんだぞ!」
「そっ・・・そんなの、速攻で返り討ちだよ!」
「お前、全ッ然分かってねぇだろ?あの黒巫女、絶対まともじゃないぞ。
 しかも更に強くなるって言うんだ。油断してたら小麦だって危ないかもしれないんだからな!」
「だ、だって!あたし――」
「だって、じゃねぇよ!気を抜いたらヤバいって言ってるんだ!」
「あ、あたし・・・・・・うぐっ・・・ふえぇ」
と、そこで、小麦は急に妙な声を上げて。

「ふぇええええええええええっ・・・!」

盛大に泣き出してしまった。
――しまった。久々に、やらかしてしまった。
僕の頭から一気に血の気が引いて、急激に我に返る。

小麦は強い。
それは単純に腕力・脚力という意味だけでなく、メンタルな部分も含めて。
多分、僕が知る人物の中では最強だ。
だから、時々、忘れてしまう。

昔は、信じられないくらいの泣き虫だったということを。
僕と接する時だけは、昔と同じくらいに脆くなってしまうことを。

もう10年以上も幼馴染をやっているのに、僕は未だに上手く小麦を捉えることができていない。
小麦はいつだって、ブレずに真っ直ぐ突き進んでいるだけなのに。

涙をぽろぽろとこぼしながら、小麦は泣き続ける。
僕は、どうして良いか分からず――10年以上経っても変わらず、うろたえるばかりだ。
「うっ、あ、あたしっ。強くなったもっ。もう、負げないもっ。負けないもんっ」
「あ、う・・・その、ご、ゴメン。言い過ぎた・・・」
「は、ハル君の、ばかっ。ばかぁっ。あほぉぉぉぉっ!」
泣きながら罵倒されてしまった。
――返す言葉もございません。
夕月明のこととか。
黒巫女のこととか。
それらもひっくるめて、今後のこととか。
ちょっと、想定外の事態に直面しただけなのに――
あっさりとテンパってしまう自分の器の小ささに、何だか情けなくなってしまった。

小麦は、一向に泣き止む気配がない。
ああ、僕はどうしたら良いんだっけ。どうすれば泣き止んでくれるんだっけ。
昔から何度も経験してきたことなのに、こんな時にどうすれば良いのかサッパリだ。
ぐるぐると、思考が回る。
ええと、ええと。
確か――今と同じくらいに大泣きさせてしまったのは、小学生の時が最後だったかな。
小麦が楽しみにしていたプリンを、ふざけて横取りした時だ。
あの時は、確か、その、ええと・・・。
焦りながら記憶を辿り、小学生の頃を思い出す。
取り敢えず、その時と同じ慰め方を試みてみよう。
僕は、泣きじゃくる小麦にもう一歩近づいて。
そっと、正面から抱き締めた。
ごめん、ごめんと繰り返し謝罪しながら、僕の胸辺りに位置する頭を撫でる。
「はうっ」
小麦は、泣き声を押し殺すように、僕のカッターシャツに噛み付く。
「・・・うううぅっ・・・っく、ひっく」
唸り続ける小麦に――僕はひたすら謝ることしか出来なかった。
多分、小麦よりももっと、僕の方が成長できていないのだと思った。

それからたっぷり10分。
ようやく、小麦は落ち着いてくれた。
だけど、依然として赤く腫れたままの目で、見上げるように僕を睨み続けている。
「うーん・・・ごめん。本当に、僕がどうかしてた」
「うぅぅぅ。ハル君が、いじめるー・・・」
ぐりぐりぐりぐり。
涙をカッターシャツで拭うように、顔を擦り付けてくる。
「苛めてねぇよ・・・そんなんじゃなくて。ちょっと、その、心配が過ぎたというか」
「・・・もう、怒ってない?」
「ああ、怒ってない。そもそも、最初から怒るほどのことじゃなかったんだ。僕が悪い」
「本当?」
「うん、本当」
「・・・・・・じゃ、ソフトクリーム」
「・・・はい?」
「ソフトクリームで、手を打つ」
要するに、機嫌を直して欲しければソフトクリームを奢れ、ということか。
「この寒いのに、ソフトクリームですか?」
ちなみに、今は12月である。
「ソフトクリーム」
「・・・分かった、帰りに奢るよ」
僕はしぶしぶ、その要求を呑んだ。
まぁソフトクリームで済むなら安いものだ、などと考えていると――

「・・・・・・にひ」

腕の中から、そんな妙な声が聞こえた気がした。
何と言うか、取り敢えず気にしないことにしておこう。
僕が悪いことに変わりはないのだから。

それよりも、だ。
根拠もない、ただの個人的な勘なのだけど。
僕は、泣き止んだ小麦から少し離れて、呟いた。

「先生、盗み聞きは良くないと思います」

「げッ。何でバレてんだよ・・・」

ドアを開けて入って来たのは、案の定、伊崎先生だった。
っていうかもう一人の容疑者である生徒会長は、こんな鎌掛けには引っかからない。
そんな盗聴犯は、詫びる様子もなく、むしろ妙にニヤニヤして僕らを眺める。
「ぬふふ、青春ですニャー?」
「そんなんじゃないですよ」
「いやー、良いねェ。ちなみに青春の『春』は性欲を表すんだぜ。青い性欲だな」
「そんな厭な豆知識、一生要らねぇよ」
「まさに男子高校生のためにある言葉だよな!オラ、ワクワクしてきたぞ!」
「どこの戦闘民族だ!?」
そもそも、何故妙齢の女性であるところの伊崎先生がワクワクするのかが理解不能。

その後も、このシチュエーションで手を出さないヤツは男じゃないとか散々言われた。
が、丸無視を決め込んで、僕らはそそくさと下校した。
あんなセクハラオヤジに付き合うほど人間できてないよ、マジで。
あと、帰りに久々に買ったソフトクリームは予想の2倍ほどの値段だったことを付記しておく。
パフェじゃあるまいし。畜生。

それにしても――
小麦をあんな風に抱き締めたのは、本当に小学生時分以来じゃないだろうか。
改めてその感触を思い出すと、何だか妙に、ドキドキした。
幼馴染で腐れ縁なだけなのに、な。
僕は、意味もなく夕暮れ時の空を見上げて、思考を中断した。
一緒に、小麦を待っていた時のネガティブな思考も中断した。
「ま――何とか、なるでしょ」
何が?と小麦に聞かれたが、何も答えなかった。
ひとつ小さく背伸びして、僕はだらしなく欠伸をした。
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「Nameless」

2008-11-30 18:03:53 | 小説――「RUMOR」
その少女には、名前がなかった。

否、無論、日本人である以上、戸籍上の名前はある。
但し、現在の遠野輪廻とおの・りんねという名は、既に4つ目だった。
ひとつ前は海鳥美汐うみどり・みしお、更にその前は八栞鈴香やしおり・すずか――。
最初の名前に至っては、覚えてさえいない。
全てが等しく本名と言えるものだろう。
だがしかし、僅か14年の人生において、4つもの「本名」は――多過ぎて、重過ぎた。
更に付け加えるならば、それらの名前のひとつとして、まともに呼ばれた記憶はない。
故に、彼女は名前を持たないと断言して差し障りなかった。

その少年は、ごく普通に生まれ育った。

富豪の家に生まれたわけでもなく、生活に困るほどの貧困を味わったわけでもなく、
特別に運動能力が優れていたわけでもなく、身体に障害を抱えたわけでもなく、
天才・秀才と称えられたわけでもなく、愚か者と貶されたわけでももなく。
可もなく――不可もなく。
強いて言うならば、少しだけ人に優しく、少しだけ自分に厳しい。
そんな、どこにでもいるような少年だった。

少女は、14歳。
少年は、13歳。
少女は、生きるために平凡を装っていた。
少年は、平凡にしか成り得なかった。

だから。
「転校生の少女とそのクラスメート」という二人の出会いは自然なものだったし、
違和感を持つ人間などいるはずもなかった。

はじめまして、と声をかけたのは、遠野輪廻の方からだった。
「・・・ハジメマシテ」
ぶっきらぼうに、少年は返した。
思春期の少年らしく、意味もなく照れているのは明白だった。
輪廻は、そんな隣の席の男子を可愛いなと思い、ふふふ、と微笑った。

彼女は、不思議と少年に惹かれていった。
平凡で、ありきたりで、普通な彼が、羨ましかったのかも知れない。
ただ単に、その可愛らしい容姿が好みだったのかも知れない。
理由を詮索することに、きっと意味などない。
しかし、異常な生い立ちバックボーンを持つ輪廻にとっては、重要なことだった。
自分は、特別イレギュラーである。
3度も名前が変わるなど、普通であるはずがない。
いや――通常、苗字が変わることはあっても「名前」が変わることなどそうはない。
そのような常識を身に付けた頃、自らがいかに異分子であるかを改めて思い知った。
勿論、その異常性はマイナスに働くものであるし、関われば他人にも影響を及ぼす。
それも、かなり直截的な形となって。
そんな自分が、何故他人を好きになどなるのか。
自分自身に腹が立ち、呆れてしまう程であった。

分かっている。
自分は、自分を取り巻く全ては、異常だ。
せめて、他人に迷惑をかけないこと――自分にできることは精々その程度なのだ。

そう考えて、輪廻は自らの気持ちを押し殺し続けた。
それは、これまでに受けたどんな拷問よりも、辛いものだった。
痛いことには慣れているはずなのに、何と情けないことだろう。
――と、彼女は毎日苦悩し続けるのだった。

そんな輪廻の悩みには当然気付けないものの、少年もまた少女に惹かれていた。
同年代とは思えない、憂いを帯びた佇まいが、何故か気になった。
放っておけなかった。
意味も分からず、助けなければ、力にならなければ、と思った。
だからそれは、あるいは一般的な恋心とは少々違っていたのかも知れない。
しかし、考えの辿り着く先は大差ないようであった。
とはいえ、年頃の少年に、大それた行動を起こすことなどできるはずもなく。
結局は、お互い当たらず障らず、ただの級友を演じ続けていた。
そして、ある意味一触即発とも言える関係を崩したのは、少年の方だった。

「――友達の友達、、、、、から、聞いたんだけどさ」

くだらない噂話、古典的な学校の怪談――眉唾物の、都市伝説フォークロア
口裂け女。
人面犬。
トイレの花子さん。
学生の間、当たり前のように、そして病的に流行するそれらの物語は。
少年にとって、話しかけるために都合の良い口実ネタであり。
少女にとって、命さえ脅かす憂鬱の元凶タネであった。

「旧校舎にある音楽室のピアノ、夜になると誰もいないのに鳴り出すんだって。
 有り得ないと思うよね――俺もそう思うよ、遠野さん。
 でも、その友達の友達は直接聞いたらしいんだ。
 何でも、この学校の旧校舎は戦時中から学校として使われていたらしいんだけど、
 音楽室では兵隊さん達を送るための歌を歌ってたんだって。
 で、ある時――いつもピアノの伴奏をする女の先生の恋人が徴兵されて。
 先生は、恋人と一緒に逃げ出したんだ。
 でも、二人はあっさり捕まって、更に国賊として殺されてしまったんだってさ。
 それ以来、夜中になると先生の幽霊がピアノを弾いて恋人を呼んでるんだとか」

本当なの?と少し怖がってくれればそれで良かった。
いや、つまらない、と失笑してくれても良かった。
しかし――輪廻は、
「それ、誰から聞いたの?」
と、予想外に食いついてきた。
「いや・・・友達の友達から」
少年は、ばつが悪そうに、しどろもどろに答えた。
「じゃあ、その話ってこの学校で有名?」
「あー・・・っと、どうかな。そこそこ、かな」
「ふーん、そう・・・」
そこで、話は途切れた。
しくじったと思った。フォローしなければ、と思った。
だけど、彼女の表情は、今まで見たことがない程に険しく、苦しそうで。
それ以上深く関わることを拒絶するかのようだった。
だから少年は、最後まで――その話を創作、、したのは自分だと、言い出せなかった。

そして翌日、輪廻は学校を休んだ。

嫌な予感がした。
背筋が凍った。鳥肌が立った。眩暈がした。吐き気がした。
何か悪いことが起こったのだと、直感した。
放課後、担任の先生から住所を聞き出すと、少年は輪廻の家へと向かった。
そこは、お世辞にも綺麗とは言えないアパートの一室だった。
呼び鈴が壊れていたのでドアを強くノックしたが、返事はない。
思い切って、ノブを回す。
カギはかかっていない。
もしカギがかかっていたら――テレビドラマのように、体当たりで壊す気でいた。
それほどまでに、強く確信していた。
そして、案の定。

部屋には、血まみれで横たわる輪廻がいた。

死んでいると思った。
言葉もなく駆け寄り、顔を覗き込む。
荒い息が聞こえた。
――生きている!
それだけで、奇跡のようだった。

「ああ・・・君か。いらっしゃい」
うっすらと目を開けると、小さく微笑んで輪廻はそう言った。
「いらっしゃい、じゃないよ!これは、一体どういう・・・」
「うん、まぁ、話すと・・・長くなる、んだけど、さ」
「とにかく病院に!」
「無駄だよ」
――びくり、と全身が震え、硬直した。
その声色は冷たく、その言葉の意味はあまりにも絶望的だった。
「ふふふ。ねえ、どうして、君は・・・ここに来たの?」
「いや・・・今日、遠野さんがお休みだったから。何かあったんだって思って」
「ふ、ふふふ。そうか――不思議だね、不思議だねえ」
そして、輪廻は、ポツリポツリと、語り出した。

昨日の夜の出来事について。
都市伝説から生まれる、怪物について。
そして、その怪物を生み、殺し、操る存在について。

「私は、それ、、を、殺す人間だったんだ」
「そんなこと、急に言われても・・・分からないよ」
「うん、そうかもね・・・でも、ごめんね。私の最後のわがまま――
 今だけでいいから、この話を信じて。フリで・・・構わないから・・・」
「う・・・ん」
少年は、戸惑いつつも頷いた。
輪廻は、続ける。

自分の特殊な生い立ちについて。
今までの戦歴について。
そして、今回の敗戦について。

「いや、厳密には――負けてないのよ?引き分け、かな・・・。
 怪物はやっつけた。でも、私も・・・もう、ダメっぽいね・・・」
「そ、そんなことは」
だが、少年はどこか理解していた。
血まみれの少女が、決して助かることなどないことを。
「最後に」
震える唇で、輪廻は懇願する。
「私に、名前を、くれないかな」
「・・・名前」
「そう、名前。ナマエ。なー、まー、え・・・」
人の枠から外れた少女が、人であったことの証。
生きていた証。
そして、これからも、少年の胸の中に存在し続ける証。
それはもはや、傷跡と言っても過言ではないけれど。

「おかしいな、と思ってた。私は・・・多分、遠野輪廻なんて名前じゃない」
だから、本当の名前を、付けて欲しい。
――言葉の意味は、分からない。しかし、気持ちは分かる気がした。
少年は、考える。
名前。
ナマエ。
なまえ。
少女に似合う、可憐で、強かな――。

「――×××××」

その、新しい「名前」を聞いた少女は。
嬉しそうに微笑んで。
そっと、両目を閉じて。
薄く、少年に語りかけた。

「ありがとう、夕月・・・明くん。いや、語り部くん、、、、、、かな」

そして、少年は。
夕月明は。
数年をかけて、少女の遺言の意味を知り、彼女が自分のせいで――
お遊びで創作した物語のせいで死んだことを知る。
彼の時間は、そこで凍りつくが――それからの出来事は、また別の物語。
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真夜中の電話ボックス:5(完)

2008-05-18 21:10:54 | 小説――「RUMOR」
「小麦っ!」
僕はたまらず小麦に駆け寄り、上半身を抱き起こす。
「大丈夫、か?」
「ごほっ・・・ぅ、うー・・・あんにゃろ、卑怯だ反則だぁ」
ぷるぷる、と顔を振る小麦。
ふむ、意外と平気なようだ。何という耐久力。
例の超回復のこともあるし、これだけ元気なら心配は要るまい。
「勝負あり、か」
夕月は呟く。
しかし、そんなこととはお構いなしに――
「――風舞カザマイ
黒巫女の姿をした小麦もどきが、視界から消える。
・・・マズイ。これは、致命的に・・・っ!

待て、、

男が、夕月が、低く、言った。
恐怖に目を閉じた俺は、ゆっくりとその目をあけ、周囲を窺う。
背後には、炎舞エンブの構えを取ったまま一時停止した黒巫女がいた。
「この賭けは、俺の負け、、、、だな」
「な・・・何だと?」
「仮面を割られた時点で、ひとまず負けさ。そこから先は――
 俺の小細工、、、、、だからね。『ロア』の能力じゃない」
男が、何を言っているのか、分からない。
小細工だと?ロアに?
「どういうことだ」
短く、問う。
「種明かしをすれば、ソレは俺が作り出した――いや、改竄した『ロア』なのさ。
 噂を操作して、少しずつ改変して、その特性を変化させた。
 今回の場合は、『未来の自分』がそのまま問答無用に襲ってくる形だね。
 これくらいの操作なら、違和感ないだろう?」
・・・そうか、そういうことか。
だから、ロアの発生条件が事前に調べたものとズレていたのか。
だが、しかし。それでも納得がいかないことはある。
「仮面の下が、小麦の顔だったのは何故だ?仮面の下は、噂を流した本人のはず」
「何も、仮面が一枚とは限らないだろう。
 小麦ちゃんの仮面、、、、、、、、を被っているんだと、どうして考えられない?」
つまり小麦の仮面の上に通常の仮面を被っていた・・・そういうことだというのか?
都市伝説フォークロアを改竄すると、こういうちょっとしたバグが起こるのさ」
ごく自然に、当たり前のように夕月はそう言った。
「だから、バグに驚いた不意を突いての一撃は無効――やはりどこからどう見ても
 完全に俺の負けってわけだ」
男は残念そうに肩を落とす。
それすらもふざけているように見えて、やっぱり癪に障った。

「うっせぇなー・・・」
そこに、僕の腕の中の人物が割り込む。
「まだ、勝負はついてない!あたしは負けてないし、アイツも死んでない!」
僕の腕を振り払い、勢い良く立ち上がる。
ひゅるん――と傷ひとつ入っていない日傘を振り、ランスのように構えた。
「やっと、日傘コイツの使い方が分かってきたんだから。
 賭けだか何だかは知らないしあたしには一切関係ないけど、邪魔だけは許さない。
 それでも文句言うなら――文句を言うヤツから相手になっても良いんだよ」
じろり、と目線だけを夕月に移す。
「おお、これは怖い」
両手を挙げ、降参を示す夕月。
「俺は、もう負けたと言っているんだよ。だから、許してくれないかな」
「誰もアンタと勝負なんかしてない。あたしは、ロアと闘ってるんだ」
「ああ、そうかも知れないけれどね。その――『ロア』は、俺の失敗作なんだ。
 だから、これ以上苛めないで欲しい」
「ん――失敗作?」
「そう、失敗作。本当に『未来の小麦ちゃん』が出てきたら――」

あの程度、、、、なわけがないだろう?」

息を飲む小麦。
あのロアは――「未来の小麦」は、強かった。
客観的に見て、今まで闘ってきたロアの中で、最強と言える。
そもそも、反則的な――人外技を二つも持ってる時点で異常だ。
それを、「あの程度」だと?
「ふふん、負け惜しみをっ」
小麦は、構えを解かない。確実に仕留める気だ。
「負け惜しみ――ああ、認めよう。負け惜しみだ。
 はっきり言って、最後の瞬間に小麦ちゃんは『ロア』を大きく上回った。
 このままやり合えば10回中10回、惨敗するだろう。だけど」
「だけど?」
「俺は、あの『ロア』を、育てることができる――と言ったら?」
ロアを、育てる?
「ば、馬鹿なことを!」
僕は思わず叫んだ。
「今退治できるものをみすみす逃すわけがないだろう!」
「待って」
ところが――小麦が、闘っている本人が、僕を止めた。
構えを解き、日傘を下ろす。
「アンタはイチイチ癪に障るのよ。だから、安い挑発だけど――乗ってあげる。
 あたしはその挑発ごとアンタとロアを叩き潰して、あたしが超絶最強だって
 死ぬほど分からせてやるんだから」
そして、小麦は断言した。

「時間をあげる。そのロアを、アンタにできる限り万全パーフェクトに育てなさい」

くっくっく、と夕月は嗤う。
狙い通り、と言うように。
愚か者め、と言うように。
「ありがとう、小麦ちゃん。俺は君の期待に――全力で応えよう」
そして夕月は、ゆっくりとロアの元へ歩み寄る。
「ああ、何て素晴らしい。今日からずっと、この子と一緒なんだね」
――ぞくり。
僕の背筋に、再度冷たいものが走った。
「そうだ、名前はどうしよう。名前を付けなくては。
 名前、ナマエ、なーまーえ。
 名前が何より重要だ。ああ、間違いない」
「ちょ、やめろこの犯罪者ヘンタイ!」
「犯罪者とか言うな!」
「うるさいロリコン野郎!」
「差別だー!」
こほん、とそこでわざとらしく咳払いをする。
仕切りなおしとばかりに、夕月は言った。
「まぁ、冗談だ。何も心配するようなことはない」
「どういう意味だ」
「エロいことはしない」
「死ね!」
「いやぁ、『未来の』小麦ちゃんにはあんまり興味が・・・」
「やっぱりロリコンかよ!」
「失礼だぞ、さっきから!どうして少女の素晴らしさが分からない!
 貴様それでも日本人か!恥を知れ!というか日本の歴史を知れ!」
・・・怒られた。しかもえらく真面目口調で怒られた。
最低だ、コイツは間違いなく最低だ。
今のうちに殺しておいた方が良い。間違いない。
「さて」
そして夕月は、黒巫女の腰に手を回す。実に卑猥だ。
「それでは、ひとまずさようなら。愛しい小麦ちゃん。
 いずれこの子に名前を付けたら、真っ先に報せよう。
 そして、次こそ――君を俺のものにしてみせる。この子で打ち負かして、ね」
くい、と腰を引き寄せて、ロアに何かを耳打ちする。
それをきっかけに、一時停止していた黒巫女は再び動き出した。
最後に、夕月はちらりと僕を見る。
そして、にやりといやらしく嗤って、
「それと――また会おう、虎春君、、、
――と、名乗ってもいない僕の本名で呼びかけた。
「・・・ヤロウ」
「――風舞」
僕の怒りと嫌悪の声は、小麦と同じ声にかき消される。
そして、夕月とロアは、この場から完全に消え去った。
最後の最後まで、腹の立つことこの上ないヤツだった。
アイツと最低もう一度は相見えることになるのかと思うと、ぞっとした。
と、そこでもうひとつ重大なことに気付く。
「あいつ・・・賭けに負けたくせに逃げやがった!」
貴重な情報が――苛立ちの余り、すっかり失念していた。自分に腹が立つ!
これで、ますますもう一度は会わなければならなくなってしまったわけか・・・。

――以下、余談。

次の日のこと。
「ねえ、ハル君。今日はあたし、部活お休みするから」
「へえ、何か用事でも?」
ロア大好きの小麦が、部活を休むなんて一体どういう風の吹き回しか。
「いやー、ほら。昨日ハデに借り物の服破いちゃったじゃない?」
破いたというか、切り裂いたというか、焦がしたというか。
とにかく、修繕すればどうにか、というレベルははるかに超越していた。
「で、一理チリちゃんに弁償しなきゃなんだけど。
 今日一日バイトすればOKって話になってね」
「たった一日で?」
例のゴスロリドレスは、素人目に見ても安いものではなかった。
一日でその分を荒稼ぎできるバイトなんて、あるのか?
「うん。何か、一会チエちゃんの絵のモデルだってさ。
 今日一日、色んな服を着てモデルになれば良いって」
・・・なるほど、そういうことか匣詰姉妹!
つまり、小麦をモデルにすることこそが、服を貸す動機だったわけだ。
小麦に服を貸して無事戻ってくるはずがないということを見越した上での行動!
侮れない・・・。
「小麦」
「ん?なーに、ハル君」
「ま・・・アレだ、頑張れ」
「うん、まぁ、頑張るけど」
怪訝な顔で、小麦は答える。
あの姉妹のことだ、自分らの趣味の範囲内に留めてくれるだろうし、
貞操の危機ということもないだろう。
・・・精神的には、それ以上の危機になるかもしれないが。
少なくとも、昨日の犯罪者ヘンタイよりは安心だ。
と、二度と思い出したくもない存在を思い出してしまい自己嫌悪に陥る僕だった。
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真夜中の電話ボックス:4

2008-05-18 17:38:13 | 小説――「RUMOR」
黒巫女は、どうやら2つの技を持っているらしい。
風舞カザマイ――瞬間移動かそれに類する移動術。
炎舞エンブ――炎を纏った打撃技。
個人的な感想を述べさせてもらうならば、風舞の方が厄介だと思う。
但し、攻撃力次第では炎舞も危険かも知れない。
例えば一般人は一撃で即死とか。
まぁ、左腕に直撃を受けても服が焦げる程度なのだから、そこまではないだろうけど。

先ほどから、小麦が攻撃を仕掛け、ロアはそれを風舞でかわして背後から炎舞で反撃
――というパターンが確立されつつあるようだ。
小麦も炎舞を何とかかわしているため、ダメージはほぼない。
何度か掠ってはいるから、服はあちこち焦げて破れて、白い素肌が露になっている。
後で匣詰(姉)に何と言い訳する気だろうか。
ともあれ、小麦のパターンとしては、回避されることを織り込んだスキの少ない
弱攻撃と、炎舞の回避を繰り返すことになる。
シビアではあるものの、実に単調で抜け道の見えない闘いだ。
何か、きっかけがあれば変わるかもしれないが・・・例えば僕が手を出そうものなら、
小麦は怒り狂うことだろう。以前それをやって、1週間口を利いてくれなくなった。
・・・向こうから強制的に巻き込んでくることはあるくせに。勝手なヤツだ。

「なぁ、語り部君」
観戦モードを決め込んだ夕月が、気安く声を掛けてくる。
「っていうか、語り部君ってどういう意味だよ」
「おっと失礼。この俺としたことが、名前を聞くのを失念していたね」
いや、そういうことじゃなくて、「語り部」の意味を聞きたいんだが。
夕月は構うことなく、ニヤニヤと笑いながら続ける。
「ふふふ、名前。名前こそが重要だ。『語り部君』という呼称も捨て難い響きだが、
 やはりここは本名を押さえておきたいところ――というわけで、君の名は?」
「――アルベルト・アインシュタイン」
そんな不気味なことを言われて本名を明かす奴ァいねぇ。
「ほほう、海外の血筋か。しかもかの有名な博士と同名とは恐れ入った」
・・・信じられてしまった。
こいつはもしかしたら相当な馬鹿かも知れんね。
「では、改めて。アインシュタイン君。俺と、賭けをしないか?」
「・・・賭け、だと?」
「小麦ちゃんと、あの『ロア』。果たしてどちらが勝つか?」
「そんなもん、小麦が勝つさ」
「良いね、良い自信だ。いや、信頼と言った方が良いかな?羨ましい限りだよ。
 ならば・・・何を賭けても構わないね?」
気になる物言いだ。というか、異常に癪に障る。
僕は苛つきながら答えた。
「構わないさ。絶対に小麦が勝つからな」
「そうか、ならば、もし小麦ちゃんが負けた場合――俺に彼女を、くれ」
「うん――?」
その言葉を聴いて。
たっぷり5秒ほど、思考停止して。
「・・・は?」
短く一言、ようやくリアクションを返すことができた。
コイツ――見た目からして、20代後半、もしかしたら30歳超えかも知れない。
それが、あのロリロリの神荻小麦(15)を、欲しい?
疑問の目で、夕月を見る。
笑っているが、目はマジだった。
犯罪者ヘンタイだー!」
「なっ、し、心外な!」
「やめろ、寄るな、ロリコン野郎!」
「何だと!差別か!それは人を性癖で差別するということか!」
差別というか、防衛だと思う。っていうか性癖とか言うな。リアルすぎる。
全身に鳥肌が立った。本物、、っているんだなぁ・・・。
「まぁ、落ち着け。落ち着きたまえアインシュタイン君」
「・・・・・・」
「落ち着いたか?」
「・・・ここにきてその呼称はちょっと冷めるな。ある意味良かった」
「ん?どういうことだ?」
「こっちの話」
「そうか。で――賭けはOKと」
「言ってねえ!」
何をサラリととんでもないことを言ってやがる。
「何でだよ。いーじゃん。自信あるんだろ?信頼してる幼馴染なんだろ!?」
「そうだけど!何かムカつくんだよ!あと怖ぇんだよ!」
何でコイツはそんなに必死なんだ。早速キャラが崩壊気味じゃないか。
・・・いや、むしろこれが地か?有り得る話だ。
「良いじゃないか。こっちも当然それなりのものを賭けるぞ?」
「それなりのもの?」
そういえば、向こうの条件を聞いていなかった。
一瞬――妙に、冷たい空気を感じる。視線が、変わった気がした。

「『友達の友達』――という存在について」

「何だと・・・?」
コイツ。
何者だ・・・何故、その名前を口にする。
僕の背中に、厭な汗が流れた。
「ふふふ、そう、名付けて『友達の友達F.O.A.F.』。君も薄々は気付いているだろう?」
「あんた・・・何を、どこまで、知っている?」
「どうだろうね。それも、小麦ちゃんが勝ったら――教えてあげよう」
くそ、マジでムカつく。何でこうまで癪に障るんだ、コイツは。
僕は、黙ったまま黒い少女達の闘いに目を向けた。

「――風舞、――炎舞」
移動、攻撃。回避、反撃。
このやり取り、何度繰り返されただろうか。
明らかにロアの方が消耗が激しそうに見えるのだが、仮面からは疲労を読めない。
MP無限ってこともあるんだろうか?全く、インチキにもほどがある。
一方、小麦はそうもいかない。
まだ限界には達していないようだが――いずれ、体力の枯渇は避けられないのだ。
消耗戦になれば、こちらが不利と考えた方がいいだろう。
こんな状況で、逆転の手なんかあるのか?
そんなことをあれこれ考えていると。
小麦が、不意に動いた。
日傘ぶき攻撃かと見せかけて、大きく一歩踏み込んだタイミングをずらす肘打ち。
ロアは、それに合わせて風舞の発動を一瞬遅らせた。
見切っている、と言わんばかりだ。
しかし、小麦だって見切られることを想定していた。
肘打ちが空振りに終わった瞬間、僕はその意図を理解する。
踏み込みは肘打ちのためではなく、背後へターンするためのものだった。
ふわり、と破れてボロボロになったスカートが舞い上がる。
そして小麦は未だ無傷の日傘を開いた、、、、、、、、、、、
同時に、黒巫女が姿を現す――開かれた日傘の前に。
「――炎舞」
目眩ましなど効かない。
そう言うかのように、両手は円を描き、炎を纏う。
そして、両掌底。
炎舞は、日傘を突き破る――ことは、、、なかった、、、、

「ふふん。防御成功、ってね」

ぶん、とそのまま日傘で黒巫女の両手を跳ね上げ。
素早く日傘を閉じて。
今度こそ、武器として。
渾身の力を込めて。
仮面の額を衝いた。

カン、という甲高い音が響く。
一瞬遅れて、仮面にヒビが入り――音も立てずに、崩れ落ちる。

「・・・あ」
そこで、小麦は驚きの声を上げた。
ようやく、その仮面の下に気付いたらしい。
僕も正直――実際に自分の目で見るまで納得はいかなかったのだけど。
そこには、予想通り、寸分の狂いもなく。

小麦の顔があった。

「あたし・・・?」
ゆらり。
小麦の顔をした黒巫女が、揺れる。
ゆらり。
両手が、円を、描く。
――まさか。
「小麦、避けろっ!」
僕の叫び声と同時に。
「――炎舞」
仮面を割ったはずのロアが、攻撃に移った。
有り得ない。

有り得ない有り得ない有り得ない!!

そしてその両手は、小麦の腹部を見事に捕らえた。

音も立てずに、小麦が宙を舞う。
信じられない、といった顔で。
黒いドレスが燃える。
赤々と燃える。
そして、受身も取れずに、着地した。

口元からは、炎よりも紅い血が流れていた。
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真夜中の電話ボックス:3

2008-05-17 15:47:03 | 小説――「RUMOR」
それは、異様な光景だった。

受話器から伸びた手は、電話ボックスを切断し、粉砕し、破壊した。
たったの、一薙ぎで。
入り口側2本の柱を失ったボックスは、音を立てて崩壊していく。
そんな中に、飛び込んでいく人影が、ひとつ。
ふわふわとしたゴスロリ衣装を身に纏った、小さな少女。
一瞬僕の瞳に映った少女の顔は、微笑んでいるようにさえ思えた。
――多分、事実、心底、嬉しいのだ。

小麦は倒壊するボックス内で暴れまわる「手」を掴む。
「ほら、そんなところに隠れてないで――出てきなさいよ!」
馬鹿馬鹿しくも、力ずくで、こちら側、、、、へ引きずり出すつもりのようだ。
無策。
当初、自身が言っていたように、出たとこ勝負というわけか。
そんなことで、ロアを引っ張り出すことができるのか――できるんだろうなぁ。
見事な自己完結だった。
案の定、ずるり、ずるりと、その手は引っ張られ――
「出て、来い、こ、の、ヒキコモリィィィ!」
背負い投げのようなカタチで、小麦はそれ、、を引きずり出してしまった。

それは、女性。
ロアの象徴である仮面を付けていても分かるほどに。
小柄で、髪は長く。
そして――実に異様な、黒い巫女装束、、、、、、

これが、受話器から伸びる手の正体か。

小麦に投げられた黒い巫女は、綺麗に受身を取ることでダメージを殺していた。
無論、最初から攻撃を意図したものではない。
この投げは、ロアを引きずり出すことと――
受身の硬直を狙って追撃を行うためのものだった。
「小麦!」
投げた小麦と、投げられたロアの中間位置に向かって、思い切り「武器」を投げ込む。
「ありがとっ」
既に飛び出していた小麦は、跳躍しながら日傘を受け取り、そのままロアに向けて
まっすぐ振り下ろした。
その時――。

「――風舞カザマイ

仮面の奥から、声がした。
刹那、ロアに向けられたはずの日傘は、地面を打った、、、、、、
ずん、という不可思議な音を立てて、地面が抉れる――否、潰れる。
しかし、小麦の背後にいる、、、、、、、、ロアには当然ダメージはない。
そして今度は、小麦が硬直する番だった。

「――炎舞エンブ

またしても仮面の奥から響く声。
どこかで聞いたような、声。
まるで、踊るように――黒巫女の両手が円を描き、炎を纏う。
そのまま、両の掌を突き出した。
「ぐ――ぅ!」
ギリギリのタイミングで硬直から逃れたものの、完全回避は不可能。
それでも、かろうじて半身捻ったことで攻撃を左腕で受けることには成功した。
――が、それも防御とは言い難い。
受けた箇所は焼け焦げ、左腕は素肌が露出している。ダメージは明白だ。
慌ててノックバック状態から体勢を立て直す。
「熱っ、何これ!?っていうか左手燃えてるし!」
パタパタと左腕に残った火を振り払う小麦。
折角のレースも台無しだ。
「あーあ、一理チリちゃんからの借り物なのになー」
と、いいつつ左袖を肩の辺りから裂き、投げ捨ててしまった。
「ま、仕方ないか」
仕方ないで済ますのかよ!
匣詰(姉)も災難だな。まぁ、小麦に服を貸す方が馬鹿だとも言えるが。
「さて」
ぐるん、と身軽になった白い左腕を回して。
「いっちょう反撃――行ってみようかな」
極上の笑顔で、小麦はそう言った。

「ふふふ、なかなかどうして、良い勝負してるじゃないか」

その時不意に、背後から声がした。
誰だ――!
振り向き、襲撃に備えて咄嗟に身構える。
「ああ、済まない。君を驚かすつもりはなかったんだよ。語り部君、、、、
そこには、この場にとても馴染まない黒い男がひとり、立っていた。
いや、きっと、この男が馴染む場所などこの世のどこにも存在しまい。
何故か、そんな印象を受けた。

黒いスーツに、黒いネクタイ。スーツの下のシャツだけが白い。
まるで、喪服。

敵意は感じない。だが、こいつは敵だ。
僕は最初の言葉だけで、そう判断した。
――良い勝負してるじゃないか。
この場でそんな台詞を吐くのは、友達でも先生でも親でも兄弟でも、
味方でも仲間でもライバルでもない。
完全なる、敵だ。
「ふふふ、名付けて『己との戦い、、、、、』、といったところかな」
「あんたは、何者、だ」
「俺か。俺は、君に近い者さ」
黒い男は嘯く。
「はぐらかすな。こんなところで、こんな時間に、何をしている」
年長者に対する言葉遣いではないな、と、下らないことが頭を過ぎる。
だが、男は気にしていない風に、園内の闘いに視線を移す。
「こんな面白いもの――君ひとりに独占させたくないのだよ」
視線の先の二人は、こちらの様子に気付くこともなく闘い続けている。
両者ともファーストアタックは致命打にならず、そのまま状況は拮抗している
ようだった。
掠る程度の接触はあれどヒットには至らず。
そんな攻防を繰り返している。
「君は、アレをどう思う?」
「アレ――ロアのことか?」
「ふふふ、名付けて『ロア』か。実に面白い――だが」
そこで男は、ようやく視線を僕に戻す。
「そうじゃない。あっちの、人間の女の子の方だ」
「小麦・・・のことか?」
「そうか、『小麦』という名か。あの少女は」
「小麦は、別に、ただの幼馴染だ」
「そうじゃない。そうじゃないんだよ語り部君」

「あの少女――ちょっとばかり、おかしい、、、、と思わないかい」

「な――――」
絶句する。
おかしい――だと?
こいつは一体、何を言っているんだ。
「まぁいい。今は、関係ないことだ。それはともかく――」
男は、僕にだけ聞こえる声で、嬉しそうに言った。

「俺の名前は、夕月ゆうづき。夕月あきらという。今後とも末永くよろしく」
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真夜中の電話ボックス:2

2008-05-10 23:56:25 | 小説――「RUMOR」
午前0時、閂公園かんぬきこうえん前。
僕は、小麦との待ち合わせ時間の5分前にそこへ到着した。
僕らがまだ小さな頃、毎日のように遊んださして広くない公園だ。
しょぼいブランコがひとつと、しょぼい街灯がひとつ。
ただそれだけのしょぼい公園。
だけど、思いつく限り――近場で電話ボックスがあるのはここくらいだったのだ。
奥にある電話ボックスに目をやる。
暗い中にぽつんと浮かび上がる緑色のボックス。
周囲には、薄い明かりに誘われた小さな蟲が飛び交っているのが見える。
雰囲気は、あるかも知れない。

「ハル君、お待たせっ」

背後から、僕の名を呼ぶ声がした。確認するまでもなく、小麦の声だ。
「あー、時間丁度――」
と、振り返って、絶句した。
全身のベースは、黒。
長袖、長いスカート、ニーソックス、編み上げシューズ。
特にスカートはふわりと大きく膨らんでいるところがポイントだ。
中でも目を引くのは襟、袖、裾、ソックスと全身至るところににあしらわれた
白いヒラヒラのレースと、やはり白いヒラヒラのヘッドドレス。
真っ黒の中にアクセントとして散りばめられた白に、軽い眩暈を覚えた。
更に――夜中なのに、何故か、日傘。当然黒地に白いレース付きだ。
要するに。
「――ゴスロリ?」
「うん。どうかな?」
言って、小麦はくるりと器用にターンして見せた。ふわりとスカートが舞う。
「どうかな、って――」
そりゃ、可愛いとは思うけれど。
「闘い難そうじゃね?」
僕は、正直な感想を漏らした。
「そう?勝負服だって言って貸してくれたんだけど」
「・・・誰が?」
匣詰一理チリちゃん」
あー・・・匣詰(姉)か。
「ハル君と公園で待ち合わせっていう話したらね、
 『じゃあ、ボクの勝負服を貸してあげやうっ。これでイチコロだぜっ』
 って、いつもの覇気のない死んだ目で言ってくれたんだよ」
なるほど――あいつは確かに、言いかねん。そのシーンが目に浮かぶ。
しかし、勝負服でイチコロって。何か勘違いしてやしないか。
「勝負服っていうくらいだから、戦闘用だと思うんだけど。ほら、武器もあるし」
つい、と日傘を僕に向ける。
いや、それ武器じゃないから。
っていうか、勝負服ってそういう意味じゃないから。
と、突っ込むのも面倒臭い。僕はスルーすることにした。
「・・・ま、小麦が良いなら、問題ないと思うよ」
「ん。だいじょーぶ。あたしは一理チリちゃんを信じるよ」
――何でそんな無闇に信頼が篤いんだ。
どこかで匣詰姉妹フラグでも立ったのか?
それはそれで非常にそそられる展開ではあるけれども。
「・・・じゃ、行きますか」
「うん――今回はね、ハル君」
暗くてよく見えないけれど、多分、小麦はニヤリと笑みを浮かべて。

「この『武器』ってヤツを、試してみたいと思ってるんだよ」

日傘を握り締め、言った。
・・・いや、だから。違う。それ武器違うってば。
だけど――多分、論点はそこじゃなくて。
「どうした、宗旨替えか?」
小麦といえば、武器防具アクセサリなし+ジョブ:すっぴんで闘うのが信条だと
勝手に思っていただけに、僕は少なからず驚いていた。
「まぁ、ちょっちイロイロありまして、ね」
ひゅるん、と音を響かせながら日傘を鮮やかに振り回す。
なるほど、小麦が使えばそれも立派な武器かも知れない。
だけど、強度的な問題がなぁ・・・。
「・・・・・・」
と、そこで小麦が考え込むような仕草を見せた。
どうしたんだろうか。電話ボックスは、目の前にあるんだが。
日傘コレ、邪魔」
「ああ」
なんだ、そんなことか。確かに、ボックス内で電話をかけるには邪魔だろう。
「僕が預かっておくよ」
「ん。お願い。戦闘開始時に投げて渡してくれればいいから」
「分かった」
僕は日傘エモノを受け取りながら答えた。
そして、小麦は電話ボックスへと入っていく。
10円玉を投入し、自分の携帯番号をプッシュして――。
しかし、1回目はハズれたらしい。
がちゃんと受話器を置き、返却された10円玉を受け取る。
「通話中みたい」
「・・・・・・」
「もっかいやり直しだね~」
言って、再び受話器を上げ、コインを投入。
そうか、通話中か。だったら。
「だったら、仕方ない――ワケねぇだろ、バカ!」

なんで、自分の携帯、、、、、にかけたのに、通話中、、、なんだ!

有り得ない。
有り得ない、ということは――。
「小麦っ!」
僕の叫びに、小麦がハッと感づいた。
受話器を手放し、振り向いて乱暴にドアを開けつつボックスから転げ出る。
そして。
受話器から伸びた白い手が、小麦がコンマ数秒前まで居た場所を薙いだ、、、

さあ、お出ましだ。
受話器から、伸びる手。
都市伝説フォークロアが具現化した、怪物。
有り得ない、有り得ない、有り得ない存在。
噂と想像と妄想と共同幻覚が生み出す化物。

僕らはそれを――「ロア」と呼ぶ。
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真夜中の電話ボックス:1

2008-04-27 13:02:06 | 小説――「RUMOR」
「情報収集はハル君の専売特許だと思っちゃいけないよ」
――毎度お馴染み、放課後の部室にて。
何故か自慢げに、小麦は言った。
「なんと!今回は!あたしが直接ネタを仕入れてきたのだ!」
のだ、て。
キャラ変わってんじゃないスか、小麦さん。
「まぁ、確かに小麦が情報を持ってくるのは珍しいな」
「ふふん。あたしもその気になればできるのだよ、ヒイラギコハル君っ!」
セミロングのストレートヘアをかき上げながら胸を張る。
分かりやすい自慢だった。
「で、詳細は?」
僕が問うと、満面の笑みを浮かべつつ、その噂について語り始めた。

今では随分数が減ってしまった、電話ボックス。
この電話の回線には特別なものが使われており、真夜中に自分の携帯に発信すると
稀に未来の自分に繋がることがある。
未来の自分には3つまで質問ができ、その「自分」が知っていることなら何でも
答えてくれる。
但し、この質問中に決して後ろを振り向いてはいけない。
もし振り向いてしまった場合、電話口から手が出てきてどこかへ連れて行かれる。

――というのが、今回の都市伝説フォークロアの概要らしい。
多分、と僕は思った。
「小麦、情報の出所でどころ、当ててやろうか」
「はい?」
匣詰はこづめ姉妹だろ」
その指摘に、小麦はすっと目を逸らす。
「・・・まぁ、出所とかどうでもいいじゃん」
「やっぱりか。浅ぇー!」
「浅いとか言うな!」
殴られた。地味に効くボディー。気の短いヤツだ。

匣詰姉妹。
姉、匣詰一理いちり。妹、匣詰一会いちえ
双子で、僕と小麦のクラスメート。
女の子らしい噂や迷信の類が好き――というか、当たり前に信じている。
実に乙女チックな姉妹である。
彼女らの会話からロアのネタを掴んだことは、一度や二度ではない。
だから、僕も小麦も自然に彼女らと仲良くなった。
おそらく今回の噂も、昼飯時の会話ネタとして挙がったのだろう。
僕が知らないことから、きっと昨日今日仕入れたネタであるに違いなかった。

しかし、電話ボックスねぇ・・・?
今時、使ってる人なんかいねぇと思ったけど。
案外そういうところが都市伝説的にはツボなのかも知れないな。
そういえば、電話ボックスというのは本当に特殊な回線なのだと聞いたことがある。
何でも、事件・事故など特に緊急性が高い連絡に使われることを想定しているため
――だそうだ。
都市伝説というのも、適当出鱈目いい加減で自然発生するものばかりではない。
最低限の元があることが多いのだ。
というか、元がないことの方が珍しいとさえ言える。
今回の場合は、先に述べた電話ボックスの特殊な事情と、最近あまり
使われなくなったという辺りの不気味さから発生したものと見ていいだろう。
それに加えて、「未来の自分と会話できる」という、何ともファンタジックな設定。
こりゃあ、匣詰姉妹が放っておくはずもない。いかにも好きそうなネタである。

「でもさー、小麦」
「なぁに?」
やる気を漲らせた目で僕を見る小麦。水を差すのは忍びないけど――。
「そのロアって、どうやって闘うんだ?手しかないんだろ?」
「ふふん。そこはまぁ、アレよ」
「・・・アレ?」
うん、と頷いて、小麦は自信たっぷりに言い放った。

「出たとこ勝負!」
「浅ぇー!」

やっぱり、情報収集と作戦立案は僕の仕事だな・・・。
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5番目のマキオ:4(完)

2008-01-13 20:32:51 | 小説――「RUMOR」
マキオの姿が完全に消失して、どれくらい経っただろう。
薄笑みを浮かべ、惚けた委員長を囲む3人は、無言で立ち尽くしていた。
小麦なんか、完全に引いている。しかも、やたら僕の方を見てるし。
――面倒なことは僕の役割かよ。
とはいえ、いつまでもこの状況のまま、というのは確かに辛い。
僕は諦めて、否、仕方なく、止むを得ず、委員長に声を掛ける。
「い、委員長・・・?」
「んー?なぁに、ひーらぎくん」
自分から見てちょうど左の位置に立つ僕に対し、ぐるりと首だけ傾けて、
下から覗き込むようにして答える。
軽く怖ぇよ、それ。
「えーと、何だ。大丈夫か?」
「うん、大丈夫・・・ぜっこーちょーだよぉ。くふ」
・・・先生と小麦が、一歩引いた。卑怯者どもめ。
けど、一応会話は成立してるし、さっきまでと違ってちゃんと句読点を入れている。
若干は、コチラに戻ってきている、、、、、、、、、、、と見て良いだろう。
「ん、じゃあ、立てる・・・か?」
「うん、立てる・・・いや、ちょっとキツイかなぁ」
「手、貸そうか」
「うん、オネガイ」
おっかなびっくり、委員長に近寄って手を伸ばす。
委員長は、その手をゆっくりと掴もうとし――そのまま腕を掴んだ。
そして、物凄い力で一気に引き寄せる。
警戒していたにも関わらず、僕はバランスを崩し、多分委員長の目論見通り、
彼女に覆い被さる形で倒れこんでしまった。
「な、何を――」
「くふふふふ、ひーらぎくぅん。私ね、まだカラダが熱いんだぁ。
 今なら――何されても、良いかなってカンジ」
「えーと。なんつーか、委員長。帰って来い?」
「なぁに?女の子に興味ないの?それとも――私、魅力ないかな?」
「そうじゃないけどさ」
「じゃあ、いいじゃん。ちょっとだけ、あそぼ?」
「待て待て。落ち着くんだ、委員長」
「落ち着いてるよー。カラダ以外は。くふふふふ」
――駄目だ。少しは戻ってきてると思ったけど、実際さっきよりはましだろうけど。
淫乱サイコからサイコを引いたら淫乱だけが残りました。
みたいな。
いや、普段の委員長とのギャップを考えるとちょっと来るものがあるけど。
あー、何か良い匂いがする。委員長のシャンプーの匂いかなぁ。
・・・そうじゃなくて。
「とにかく、もう帰ろう、委員長」
いい加減、委員長を組み伏せて腕立て伏せ一時停止状態を続けるのも限界だ。
色んな意味で。
「あーん、つれないの。っていうか、ひーらぎくんはやっぱ小さい娘が良いのね」
「な!なんだそりゃ!人をロリコンみたいに言うんじゃねえよ」
「だって、何だかんだで神荻さんじゃないと欲情しないんでしょう?」
「ん・・・何だそりゃ。何で僕が小麦に欲情するんだ?」
言ってる意味が分からない。
――と思った瞬間、横から物凄い衝撃を受けて、僕の体は吹き飛んだ。
あ。僕今、生まれて初めて空を飛んだかも知れない。
「いい加減にしろっ!ハル君の浮気者っ!」
遠くから、小麦の声が聞こえた。
気がした。
そこで意識が飛んだから、良く分からないけれども。

目を覚ました時、最初に目に入ったのは見知った天井だった。
そのままぐるりと辺りを見渡す。
部室、らしい。椅子を数脚寄せ集めてベッド代わりにしてあるらしかった。
「おー、目ェ覚ましたか」
部屋に居るのは、先生だけ。小麦と委員長の姿は見当たらない。
「災難だッたな、心配したぜ」
「厄介ごとを完全に丸投げしておいて、心配したはないでしょう」
天井を見上げたまま、独り言のように呟いた。
先生は、お決まりの香気アロマをふかしながら言う。
「まァそう言うな。お前も役得だッただろ?」
「役得って何ですか」
「委員長に言い寄られたり。委員長に抱きついたり。委員長の乳揉んだり」
「胸は揉んでないですよ・・・」
「嘘吐け、あの状況で揉まなかったらおとこじャあねェだろうがよ!」
「どんな偏見ですか、それは!」
「それとも何か、脚か!脚の方を攻めたのか!羨ましい奴め!」
「僕はアンタと違って脚フェチじゃねぇ!っていうか半泣きかよ!」
アンタは本当に女なのかと疑いたい。見た目だけは立派に女教師の癖に。
思春期真っ只中の男子高校生の女性幻想を見事にぶち壊しやがって。
これで僕が男色に転んだら、間違いなくこいつのせいだ。転ばないけど。
「――で。小麦と委員長はどうしたんですか?」
「あァ、一足先に帰したよ。委員長は小麦に任せた」
任せた、って、ちょっとちょっと。
「・・・大丈夫そうでしたか?」
「いや、何かあいつ小麦にも言い寄ッてたな。
 『女の子同士の方がキモチイイって知ってる?』とか何とか。
 小麦の貞操が無事なら良いが」
「シャレになんねえ!」
「ま、二人とももう大人なんだから、何かあっても大丈夫だろ?」
「そんなわけあるかー!」
「祝ッてやれよ、お兄チャン。赤飯でも炊いてさ」
「悪趣味も極まったなこのセクハラ教師!」
最低だ、速攻追いかけないと。
ロア相手ならまだしも、あの委員長相手じゃ分が悪い。
「じゃ、僕も帰りますから」
慌てて立ち上がろうとする――が、動けなかった。
脇腹付近に走る激痛。小さな呻き声と共に、僕は再び簡易ベッドに沈んだ。
「無理すんな。多分、折れてる」
「マジで!?」
「うん。小麦、遠慮とかしてなかッたからなー。フルパワーで蹴り入れてたぞ」
何てことだ。よりによって、全開小麦キックかよ。
そりゃ空も飛ぶし骨も折れるわ。っていうか良く生きてたな、僕。
はぁ。まったく何でこんなことになったのやら・・・。
「ま、ここは諦めて――少し先生と話でもしようや」
先生が声のトーンを落とす。少し、モードが変わったらしい。

「虎春、お前どこまで読んでた、、、、?」

そのものズバリ、直球過ぎる質問。先生らしいといえばそれまでか。
多分、とぼけても嘘を吐いても誤魔化してもはぐらかしても、無駄だろう。
「基本的に、委員長の件は全く読めていませんでした。あんなの完全に想定外です。
 で、ロアの方は――これも結局最後まで分からずじまいですね」
「それは、マキオの件についてのことか?」
「いいえ。そのさらに裏の件について、ですよ。マキオの件は殆ど問題じゃない。
 結局、推測はしたものの解答は得られず次回へ続く、といった感じでしょうか」
「ふん、興味あるな。その辺、聞かせろ」
いいですよ――と言いながら、僕は今日の放課後のことを思い出す。

「今回の件は、最初ハナっからどこかおかしかったんですよ。
 そもそもの発端は、不良4人組がやらかしたことでしたよね?
 今日確認してみたんですけど、問題の不良達はマキオのことなんて知らない
 ――というか、今でも良く分かってなかったんです。
 しかも、ここが一番引っかかったところなんですが、僕が知ってる彼らって
 4人組じゃなく、3人組、、なんですよね。
 委員長の話から、そのグループについては大まかにアタリは付いてました。
 でも、彼らは4人組じゃない。だから僕は、人違いだと思ったんです。
 で、確認したところ、これが何と僕が知る3人組で間違ってなかった。
 その日は、たまたま、一人追加になってただけらしいんですよ。
 しかも、3人が3人とも、その最後の一人を知らないと言うんです。
 XはYの知り合いだと言う。YはZの仲間だと言う。Zは――Xのツレだと言う。
 みんな、4人目については、友達の友達、、、、、だと言うんです。
 であれば、暇つぶしにスクエアをやろうと提案したのも、5人目を『マキオ』だと
 最初に言ったのも、それに――スクエア中にマキオから肩を叩かれた、、、、、、、、、、、のも、全部、
 間違いなくソイツ――『W』なんだろうな、と推測したわけです。
 結局最初から最後まで徹頭徹尾、『W』の計画通りだったんじゃないでしょうか。
 ――と、まぁこんな感じなんですけど。どうですか、先生」
「あァ、成る程ね。こいつァ面白くなッてきやがッたな畜生」
「でも、こいつの目的って、何なんでしょうね。
 何も知らない生徒を誑かして、マキオを召喚させて・・・一体何がしたいのやら」
「まあな。でも、そんなモンは考えるだけ無駄かも知れねェぞ」
「無駄?」
「理由なんかない、愉快犯かも知れねェ。というか俺は逆にその方が納得するね」

――愉快犯。
確かに、そう考えた方が納得がいくというのも分かる気がする。
というか・・・現時点では、そう考える以外に現実的な推測ができないのだ。
これだけ堂々と姿を現しているというのに、肝心な証拠は何も残っていない。
何せ人の記憶に残らないのだ。これほど完璧な証拠隠滅もないだろう。
と、ここで問題になるのは、どうして記憶に残らないのか、という点だが。

仮説1、奴は人の記憶に残らない何らかの技術を持った人間である。
仮説2、奴は人の記憶を操作する能力を持ったロアである。

どちらにしても恐ろしいし、そしてどちらにしても現時点で対策案はない。
僕達は、結局今回も何もできていないのだ。
一歩だって、「友達の友達」に近づけていないのだ。
まだ、目立った害があるわけではない。
だけど、だからこそ、僕は怖くて仕方ない。
分からない、ということほど――この僕にとって恐ろしいことはないのだから。

――以下、余談。

「しッかし、委員長ッてああ見えて実はアレなのな」
「ええ、アレでしたね」
会話も一段落して――話題が向かったのは、やはり委員長のことだった。
「つーか、武器が剃刀ってどうよ?」
「あー・・・そうそう、ちょっと思い出したんですけど。中学生の頃のこと」
「あァ、そういやお前ら中学校同じだッたよな」
「ええ。中学時代、ある時ふと見ちゃったんですよね。
 ・・・委員長のカッターシャツの袖口から、手首に巻いた包帯を」
「・・・・・・」
見事に、先生は黙り込んだ。
口を半開きにし、呆れとか恐怖とか、そういうのが綯い交ぜになって・・・
結果、薄笑いになった。
っていうか、痙攣してるし。
「もしかして、自傷癖があったりして」
「で・・・もしかして、いついかなる時もお守りみてェに剃刀持ッてたりして」
「もしかして、その理由が血を見るためだったりして」
「更にもしかして、自分好みのオトコノコの血を見ると最高に欲情したりして」
「あ、あは」
「あはははははははは」
あーあ、辻褄合っちゃったよ畜生。
・・・怖ぇ!超怖ぇ!助けて小麦!

最後に、ポツリと先生が言った。
「・・・身裂みさきの三咲ミサキ、なーんちゃって」
「・・・駄目です、それはシャレになってません、マジで」
「・・・うん、ごめん。先生、一寸無理してた。本当にすみませんでした」
こんなに素直な先生は、はじめて見た。
けど、それを堪能する余裕なんて、あろうはずもなかった。
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5番目のマキオ:3

2007-12-18 22:35:11 | 小説――「RUMOR」
委員長の号令により、スクエア、開始。
スタートはAの僕から。暗闇の中を黙々と歩き、Bの位置で小麦の肩を叩く。
小麦は何も言わず、そのままCへと歩いて行った。
ふむ。無駄口を叩かないのは合格だ。
この儀式には静寂が相応しいと思っているのは、僕だけではないらしい。
さて。
小麦のスタート地点であるBに、腰を下ろす。
そして、待つこと数十秒。
誰かが、体育館内を走る音が聞こえた。
来た。
そして、すぐにもうひとつの足音が加わる。
――間違いない。マキオが現れたのだ。
最初の足音がAの位置でマキオを見つけた委員長、そしてその足音を聞いて
走り出したのが小麦、ということで間違いないだろう。
僕は、すっと立ち上がり、すぐ傍の壁にある体育館の照明スイッチをONにした。
一瞬の間の後、闇は完全に振り払われる。
そう。
戦闘開始の気配を察したら、即座に照明を点ける。
今日の僕の最も重要な仕事が、コレだったのだ。
暗闇では、こちらは一方的に不利に違いないのだから――小麦を除いて。
僕の対角の位置には、先生が立ち尽くしている。
そして、僕と先生を結ぶ線の中心――体育館の中央には、小麦と委員長と

――僕がいた、、、、

これが、マキオか。
足音は2人分だった。きっと、コイツには足音がないのだろう。
スクエアが続いてしまう理由、それはマキオが誰かに化けていたからに他ならない。
今回の場合――誰もいないはずのAの位置に、僕の姿をしたマキオが待機しておく。
やってきた委員長に対しては、失敗だとか何とか言ってリトライを促す。
そのまま、AからB、即ち僕の位置までやってくる。
途中で、委員長か誰かに姿を変えて。
そうして、スクエアを継続させるつもりだったのだろう。
だが、委員長はそれをあっさりと、初回で見破ったというわけだ。
もしかしたら、僕の姿をしたマキオの言葉に全く耳を貸さなかったのかもしれない。
それはそれで、怖い話だと思う。もっと僕を信じろよ。僕じゃないけどさ。

「さぁ、正体を見せなさい」
凛とした声が、体育館に響いた。委員長だ。
僕の姿をしたロアは、ぐるりと周りを見回した。
そして、僕と目が合う。
にやり、と、僕の顔をしたロアが嗤った、気がした。
「なぁんだ、もうバレたのか」
実に残念そうに、マキオが呟く。
前回の切断魔ジャック・ザ・リッパーよりは、はるかに頭は良さそうだ。
「じゃあ、お望み通り、お披露目するよ」
言った途端、マキオの体が――闇になっていく。
まるで、黒煙に覆われるかのように。
じわじわと、体のパーツが曖昧になっていく。
黒い、塊になっていく。
そしてその塊は、徐々に縮んで。
闇が晴れて姿を現したのは、小学生程度の男の子だった。
「初めまして。僕が、マキオだよ。今度はお姉ちゃん達が遊んでくれるの?」
楽しげな声とは裏腹に、その顔には哀しい目をした仮面が張り付いている。
間違いなく――
「――ロアだね」
小麦が言った。
ああ、間違いなくロアだ。
「ねえ、何して遊ぶ?」
マキオを無視し、小麦は先手必勝とばかりに襲い掛かる――
その刹那。
「ごめんなさいね」
足払いが、小麦の体勢を崩した。
委員長だった。
不意に足を取られ躓く形になった小麦は、膝を付いて彼女を見上げる。
「なっ、何を・・・?」
「手を出さないで下さい」
「だって!約束が違――」
――乾いた、音。
小麦の言葉を止めるには、その平手で充分だった。
そして委員長は、傍目から分かるほどに、ぶるりと身を震わせた。
その両肩を抱きながら、震えるままの声で、唐突に叫び出す。

「黙ってろよ!コイツは私のモノだ!お前はそこでただ見てれば良いんだよ!」

誰だ。
目の前の、この女は誰だ。
「うふ。うふふ、あははははははははは!」
女は哄笑する。前髪は垂れ、右目を隠していた。
「やっと、やっと会えたね・・・」
そして、両肩の震えを抑えながら、マキオを見やる。
「い・・・委員長。まさか――知り合い、なのか?」
「知り合い?そんなわけないじゃないこんな子知らない」
「じゃあ、何故?何故委員長は――マキオに拘る?」
「あぁウルサイお前ももう黙れよ私は今――
 嬉しくて愉しくて昂奮して死にそうなんだ邪魔するんじゃない」
震える細い声は、間違いなく委員長のそれだった。
だけど。
僕の背筋には、冷たい汗が大量に流れている。
こいつは、一体、誰だ。
「お姉ちゃん、大丈夫?そんなフラフラな状態で、僕と遊べるの?」
それまで静観していたマキオが、そんな言葉を発する。
皮肉った様子はない。あくまでも無垢な子供の口調だ。
多分、マキオの方の動機は、言葉の通りなのだろう。
だけど、委員長側の動機は――同じ言葉ではあるものの、きっと意味が異なる。
「あはぁ――ごめんなさいね、マキオ君。お姉ちゃんなら大丈夫よ?」
――瞬間、委員長の姿が消えた。
「ほら」
その瞬き程の間に、委員長はロアの背後を取っていた。
「マキオ君、捕まえたぁ・・・うふふふ」
背後から、自らの胸の高さもないマキオの両肩に、手を乗せる。
「さぁ、お姉ちゃんと、遊びましょう?」
肩から首へ、するすると白い手が移動していく。
本能的に異常を察したのだろう。慌ててマキオはその手を振り払った。
「さ――触るなっ!」
そのままの流れで、翻りつつ肘を委員長の腹へと打ち込む。
あの体勢からの肘打ちは、最短距離の攻撃だ。何気に、エグいガキである。
――が、その位置には既に委員長はいなかった。
最速の攻撃に対し、半身躱して即座に体を入れ替えている。
はっきり言って、有り得ない。
これじゃあ、まるで小麦みたいじゃないか。
否、もしかしたら、小麦よりも――。
その時。
マキオの首筋から、鮮血が吹き出した。
「え――?」
理解できない。
それは、僕だけではなく、マキオ本人も同様らしかった。
「うふ、うふふ。綺麗・・・」
その様に、うっとりと見蕩れる委員長。
自らの肩を抱く右手には――いつの間にか、剃刀が握られていた。
「そんな、バカな――」
僕と同じく立ち尽くしていた伊崎先生が、そこでようやく口を開く。
「あんな剃刀ひとつで、ロアにダメージを与えられるはずがねェ」
そう――あんな脆弱な刃で傷つくほど、ロアは弱くない。
しかも、あの出血。
ロアに血があるだなんて、見たことも聞いたこともない。
理屈の範囲外の化け物――僕は、単にそう捕らえていた。
だから、血なんかないんだと思っていた。
実際、いくら小麦が殴ろうが、蹴ろうが、出血したロアは皆無だ。
もう、何が何だか分からない。
いつも、ロアとの戦闘前にはある程度のことを覚悟してくるというのに。
マキオは、慌てて距離を取り首筋を押さえる。出血はそれで止まった。
しかし、委員長はその隙を逃さない。
開いた間合いを一瞬で詰め、剃刀を振るう。
一振りするたびに、マキオの首から、腕から、太腿から、鮮血が溢れ出た。
「ああ、素敵!素敵よマキオ君!うふふふふふふふふ」
絶え間ない連撃に、血みどろになっていくマキオ。
委員長は再び、有り得ない動きでその背後に回る。
そして、身動きできないよう、きつくきつく抱きしめて。
「あはぁ――もう、我慢できないわ」
マキオの首筋に唇を寄せ――その血を、啜り始めた。
「あ・・・あ・・・あぁ・・・」
振り解こうとするマキオの腕の力が、抜けていくのが見て取れる。
羽交い絞めにされたまま、ついにマキオは、抵抗を止めた。
へたり込むようにして、その場に膝から崩れ落ちる。
「はぁ・・・美味しい。でもね、マキオ君――」
歪んだ口元を赤く染め。
その女は、蕩ける瞳で、呟いた。

「お姉ちゃん、もっと、もっと、マキオ君とシたい、な」

言いながら、その手をマキオの仮面にかける。
「あ――や、やめ――――!」
そこで再び、マキオが抵抗を始める。
仮面にかかった右手に爪を食い込ませ、必死に解こうとする。
委員長の手の甲にはうっすらと血が滲むが――止まらない。
「あん、だめよ、じっとしてて?お姉ちゃんが、優しくシてあげるから」
・・・お前、それ完全に痴女じゃないか。
マキオの仮面は、めり、めり、と音を立てて。
じわり、じわりと浮き上がる。
「うふふ。ほら、少しずつ仮面が剥がれていくよ?顔、見えちゃうよ?
 ねえ、気持ち良い?ねえ!?」
「い、痛い!痛いよ!」
「あら?痛いの?もう、しょうがない子。男の子でしょう?」
「うあ、や、やめて。お姉ちゃん、僕何か悪いことした?もうやめてよぉ!」
「くふ、くふふふふ・・・だぁめ。まだよ・・・」
マキオの悲鳴と裏腹に、一層、仮面にかける手に力がこもる。
そしてゆっくりと、仮面が、剥がれていく。
「あぁ、もう少し、もう少しだからねマキオ君・・・っ!」
「痛い、やめて、もう嫌だよ!ごめんなさい。僕が悪いなら謝るから。
 ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「我慢しなさい?もう少しなの。お姉ちゃんもね、もう少しで――」
はぁ、はぁ、と息を吐く。
それは決して、疲れているからだけではない。
目を見れば分かる。声を聞けば分かる。
「ああ、最高!血がぬるぬるなの。血の臭いがするの。血の味がするの。
 血が、血が、血がっ!男の子の温かい血で、もぉ全身血まみれなのぉ!
 キモチイイ・・・あはぁ、はぁっ、も、もうっ、頭トんじゃうっ!」
「ああああ!もうダメ、死んじゃう、死んじゃうよお姉ちゃん――」
「あぁ、痛いの?苦しいの?辛いの?
 ――でも、こんなキモチイイコト、絶対にやめてあげない、、、、、、、、、、
最後の一息。
ぐん、と右手が加速する。
仮面は、一気に剥がれ落ちた。
そして床に落下したはずのそれは、音も立てずに消えてなくなった。
仮面の下には、見たこともない、普通の男の子の顔があった。
「――はぁっ、はぁっ、はぁ、ふふ、くふふふふぅ・・・」
やがて、息を荒げる委員長の腕の中から、ロアの少年も消えていく。
「うふふ、うふ、絶・・・頂ぉ・・・」
最後の感触を確かめるようにマキオの顔を撫でながら、委員長は漏らすように言う。
恍惚の笑みを浮かべたその口からは、血と唾液が混ざった液体が滴っていた。

そこにいるのは、間違いなく委員長だけど。
僕ら3人は、誰ひとりとして、その女のことを知らなかった。
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