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和泉の日記。

気が向いたときに、ちょっとだけ。

ism

2022-10-18 13:58:38 | 小説。
「貴方、殺し屋さん?」
一人の女――妊婦が私にそう言った。
「ええ、確かに」
私は答える。
確かに私は殺し屋だ。
それも、達成率100%の。
それを聞いて安心したように、女は私に依頼する。

「じゃあ、この子を殺して頂けないかしら」

我が子の殺害依頼。
ないわけではない。
だが、お腹の子、胎児の殺害依頼はさすがに初めてだった。

堕胎とは違うらしい。
つまり、医者を通したくないとのこと。
夫にも内緒だそうだ。

「可能かしら?」
「可能です」
外科手術でも、投薬でも、手はある。
私に達成できない殺害依頼などないのだ。
それが、まだ生まれていない命だったとしても。

「できれば痛くないのがいいわあ」
依頼者は勝手なことを言う。
「それなら、薬ですね。副作用はあるがそれほど苦しむこともない」
ですが――と申し添える。
「それなりに高額になります」
「ええ、お金は大丈夫」

ならばあとは覚悟の問題だ。
私は彼女に問う。

「何故我が子を殺したいと思われたのですか?」
「この子ね、男の子なの。私、女の子なら産んでもよかったのだけれど」
世間話をするように、スラスラと女は答える。
「男の子は戦争に行くでしょう? それはいけないわ、人殺しじゃない」
確かに戦時下における徴兵制により、男子は15歳で徴兵される。
隣国の兵士と戦い、殺しもするだろう。
ならば反戦主義者というところだろうか。

それにね、と女は付け加える。
「男の子は生まれついての性犯罪者じゃない。汚らわしいわあ」

なるほど、徹底した差別主義者だった。
ここまでイカれているならば文句はない。
私は喜んで依頼を受けた。

後日、調達した薬を渡し、報酬を受け取って依頼達成となった。
実に清々しい気分だ。

我が子を殺す理由も様々ではあるが、胎児を殺すとは。
それも、秘密裏に、非合法に。
全て、胎児が男だったことが悪いのだ。
男は人を殺し、女を犯す。
生まれてくるべきでない、というのが依頼人の主張である。

じゃあお前はどうなのか、とは問わなかった。
罪の重さなど感じる人間ではない。
後悔も反省もなく生きてきただろうし、これからも変わらないだろう。

私は、そんな人間が大好きだ。
その思想、思考に触れたいがためにこんな生業をしていると言っていい。
そもそも、殺し屋に依頼しようと思う時点で正気ではない。
そこには何か、闇がある。

今回は、度を越した男性差別主義と反出生主義の複合といったところか。
私は手に入れた額以上の報酬を得ることができた、と満足した。

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