「やあやあ、ようこそ、ようこそだ!」
数多の本に埋もれるようにして、ひとりの青年が嬉しそうに笑う。
「君を心から歓迎するよ! 勇者・・・ええと、名前は何だったかな?」
勇者と呼ばれたもうひとりの青年は、無表情のまま、つまらなそうに答えた。
「名前など、ないよ。もう捨てた。それより――貴様が魔王か?」
「いかにも」
笑ったまま、青年は恭しく一礼をする。
魔王の城の最深部。
そこで、勇者と魔王は、初めて出会った。
「それにしても、名前がないと不便だね。よし、じゃあ君のことはイサムと呼ぼう」
「・・・・・・?」
「僕の故郷の言葉で、勇者とは『勇ましき者』と書くのさ。
こういう字を――ああ、漢字がない世界というのは何だか不便だな。
まあ、異界の言葉で『イサム』と言うのだと思ってくれればいい。
僕のことは、魔王ではなく、んー・・・マナブ、と呼んでくれ」
魔王――マナブは、勇者――イサムにはよく分からないことを並べ立てた。
イサムは、強い違和感を覚える。
魔王は、異形の者「魔物」たちの王である。
なのに目の前のこの男――ただの人間にしか見えないではないか。
それに、よく喋る。
よく喋るということは、意思疎通が可能ということだ。
魔物は総じて言葉を解さない。
故に、争うしか道はなかったのだ。
イサムはこれまで、そうした魔物たちと戦ってきた。
そしてその最後の一体が、魔王なのだと思っていた。
つまり、魔王とは魔物の延長線上に在るものだと思っていたのに。
「お前、人間・・・か?」
「『お前』じゃないよ、マナブだよ」
マナブはへらへらと笑う。
これから斬り合い、殺し合うのだというのに、まるで緊張感がない。
「確かに僕は人間だね。ただし、この世界の人間じゃない。だから『魔王』で構わない」
「・・・魔界、というやつか?」
「僕からしたらコッチこそ魔界なんだけど・・・そうだね、君ら的には、魔界だね」
「人間が何故、人間を襲う?」
イサムは無表情を崩さず、問いを重ねる。
「嬉しいな、僕に興味を持ってくれたね?」
対照的に、マナブは笑顔を崩さない。
「それじゃあイサム、話をしよう。君たちが住むこの世界の話だ」
マナブは手近にある古びた本を一冊手に取った。
それをパラパラと捲りながら、語り始める。
「この世界には、大気中に魔素と呼ばれる物質がある。君もよく知る魔法の源だ」
「何を、当たり前のことを」
「そう、当たり前だね。酸素があるのと同じくらい当たり前に魔素がある。
そして人々はその魔素を利用して生活している」
「それが、どうした?」
「僕の故郷――君らが言うところの魔界にはね、魔素がないんだ」
「何をバカなことを」
魔素は魔法の源であり、魔物の構成物質だ。
そして魔王は、魔物の長である。
その魔王が住む魔界に、魔素がない?
イサムはマナブが何を言っているのかさっぱり分からなかった。
「不思議だよねえ。魔素。何だこれ。
ありとあらゆる物理法則を無視して、エネルギー法則を無視して作用する。
そしてこの世界の住人はそれを当たり前として受け止めている。
だから機械科学は殆ど発達しないし、代わりに魔法学なんていうものが存在する。
信じられないよ。実に――オモシロイ」
ぱたん、と本を閉じて、マナブは言う。
「オモシロイから、その魔素とやらを使って生物兵器を作ってみた――それが魔物」
「面白いから・・・だと?」
「うん。オモシロイってことは、他の何よりも優先するよね。
で、折角こうして謎の物質が溢れる異界に来られたんだ。じゃあやっちゃおうって。
思う存分、色んな事を試してみたわけさ」
「それでどれくらいの被害が出るのか・・・分かっているのか?」
「そうだね、国ひとつ滅ぶくらいは覚悟してたかなー。
だからこうしてイサムが目の前に立っているという事実に、僕は驚いているんだ。
いやぁ、人間の可能性って本当に凄いよね」
「・・・お前は、狂ってるよ」
「うん、よく言われる。最初はこれでも褒められてたんだけどね?
最初に興味を持ったのが薬物でさー。とある難病の特効薬を作ったんだけど。
そこで稼いだお金で、新種のウイルスを作ってばら撒いてみたんだよね。
そしたら、色んな人から超怒られてさー。
いやぁ、薬を作ったんだから次は毒だ! って普通思うじゃない。
何で分っからないかなー?」
「なるほど」
頷くイサム。
そして、そこでようやく、イサムは剣を抜いた。
「――お前は、人間じゃないよ」
「・・・ふふ、そうだね、そうかも知れないね」
ぐにゃりとマナブの右手が歪み、剣を形作る。
「じゃ、名残惜しいけど――この辺でラストバトルいっとく?」
「ふん」
何百何千もの屍を越えて。
勇者が、魔物の王に斬りかかる。
もはや二人の間に憎しみはなく。
ただただ、事務的に、作業的に、最後の戦いが始まった。
数多の本に埋もれるようにして、ひとりの青年が嬉しそうに笑う。
「君を心から歓迎するよ! 勇者・・・ええと、名前は何だったかな?」
勇者と呼ばれたもうひとりの青年は、無表情のまま、つまらなそうに答えた。
「名前など、ないよ。もう捨てた。それより――貴様が魔王か?」
「いかにも」
笑ったまま、青年は恭しく一礼をする。
魔王の城の最深部。
そこで、勇者と魔王は、初めて出会った。
「それにしても、名前がないと不便だね。よし、じゃあ君のことはイサムと呼ぼう」
「・・・・・・?」
「僕の故郷の言葉で、勇者とは『勇ましき者』と書くのさ。
こういう字を――ああ、漢字がない世界というのは何だか不便だな。
まあ、異界の言葉で『イサム』と言うのだと思ってくれればいい。
僕のことは、魔王ではなく、んー・・・マナブ、と呼んでくれ」
魔王――マナブは、勇者――イサムにはよく分からないことを並べ立てた。
イサムは、強い違和感を覚える。
魔王は、異形の者「魔物」たちの王である。
なのに目の前のこの男――ただの人間にしか見えないではないか。
それに、よく喋る。
よく喋るということは、意思疎通が可能ということだ。
魔物は総じて言葉を解さない。
故に、争うしか道はなかったのだ。
イサムはこれまで、そうした魔物たちと戦ってきた。
そしてその最後の一体が、魔王なのだと思っていた。
つまり、魔王とは魔物の延長線上に在るものだと思っていたのに。
「お前、人間・・・か?」
「『お前』じゃないよ、マナブだよ」
マナブはへらへらと笑う。
これから斬り合い、殺し合うのだというのに、まるで緊張感がない。
「確かに僕は人間だね。ただし、この世界の人間じゃない。だから『魔王』で構わない」
「・・・魔界、というやつか?」
「僕からしたらコッチこそ魔界なんだけど・・・そうだね、君ら的には、魔界だね」
「人間が何故、人間を襲う?」
イサムは無表情を崩さず、問いを重ねる。
「嬉しいな、僕に興味を持ってくれたね?」
対照的に、マナブは笑顔を崩さない。
「それじゃあイサム、話をしよう。君たちが住むこの世界の話だ」
マナブは手近にある古びた本を一冊手に取った。
それをパラパラと捲りながら、語り始める。
「この世界には、大気中に魔素と呼ばれる物質がある。君もよく知る魔法の源だ」
「何を、当たり前のことを」
「そう、当たり前だね。酸素があるのと同じくらい当たり前に魔素がある。
そして人々はその魔素を利用して生活している」
「それが、どうした?」
「僕の故郷――君らが言うところの魔界にはね、魔素がないんだ」
「何をバカなことを」
魔素は魔法の源であり、魔物の構成物質だ。
そして魔王は、魔物の長である。
その魔王が住む魔界に、魔素がない?
イサムはマナブが何を言っているのかさっぱり分からなかった。
「不思議だよねえ。魔素。何だこれ。
ありとあらゆる物理法則を無視して、エネルギー法則を無視して作用する。
そしてこの世界の住人はそれを当たり前として受け止めている。
だから機械科学は殆ど発達しないし、代わりに魔法学なんていうものが存在する。
信じられないよ。実に――オモシロイ」
ぱたん、と本を閉じて、マナブは言う。
「オモシロイから、その魔素とやらを使って生物兵器を作ってみた――それが魔物」
「面白いから・・・だと?」
「うん。オモシロイってことは、他の何よりも優先するよね。
で、折角こうして謎の物質が溢れる異界に来られたんだ。じゃあやっちゃおうって。
思う存分、色んな事を試してみたわけさ」
「それでどれくらいの被害が出るのか・・・分かっているのか?」
「そうだね、国ひとつ滅ぶくらいは覚悟してたかなー。
だからこうしてイサムが目の前に立っているという事実に、僕は驚いているんだ。
いやぁ、人間の可能性って本当に凄いよね」
「・・・お前は、狂ってるよ」
「うん、よく言われる。最初はこれでも褒められてたんだけどね?
最初に興味を持ったのが薬物でさー。とある難病の特効薬を作ったんだけど。
そこで稼いだお金で、新種のウイルスを作ってばら撒いてみたんだよね。
そしたら、色んな人から超怒られてさー。
いやぁ、薬を作ったんだから次は毒だ! って普通思うじゃない。
何で分っからないかなー?」
「なるほど」
頷くイサム。
そして、そこでようやく、イサムは剣を抜いた。
「――お前は、人間じゃないよ」
「・・・ふふ、そうだね、そうかも知れないね」
ぐにゃりとマナブの右手が歪み、剣を形作る。
「じゃ、名残惜しいけど――この辺でラストバトルいっとく?」
「ふん」
何百何千もの屍を越えて。
勇者が、魔物の王に斬りかかる。
もはや二人の間に憎しみはなく。
ただただ、事務的に、作業的に、最後の戦いが始まった。
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