慢性疼痛がうつ病や不安障害と併発しやすいことは、私たちもしばしば遭遇することですし、
また実際に併発率が高いことが、さまざまな研究によってこれまで報告されてきました。
しかしこれまでのところ、その脳内メカニズムは、よくわからないことが沢山あります。
そんななかで今回、慢性疼痛が持続的な不安を引き起こす脳内メカニズムについて、
北大大学院薬学研究院の南雅文教授らの研究グループが、
4週間にわたり坐骨神経を部分的に糸で縛り切断することで慢性疼痛状態にされたモデルマウスを用いて、
分界条床核(BNST)から視床下部外側野(LH)への神経情報伝達の抑制が不安の発生・維持に関与していること、
そしてこの抑制を解除すると、不安症状が軽減することを明らかにしました。
分界条床核とは、扁桃体の近隣にあり、組織的にも扁桃体の近縁とみられるため、「拡張扁桃体」とも位置づけられる部位で、
扁桃体が恐怖の中枢とすれば、こちらはむしろ不安の中枢とされる部位です。
この分界条床核から視床下部外側野に情報を伝える神経は、これまですでに不安水準の調節に関与していることが報告されてきましたが、
今回の研究で、分界条床核のこの神経が、慢性疼痛時には、持続的に抑制されていることが判明したのです。
そして分界条床核のこの神経を、ケモジェネティクス(化学遺伝学)と呼ばれる先端的な神経活動操作法を用いて人為的に活性化すると、
慢性疼痛のおかげで亢進していた不安が軽減され、
反対に慢性疼痛を与えていないマウスに対して、ケモジェネティクスで当該の分界条床核神経の働きを抑制すると、不安水準が亢進したのでした。
では分界条床核から視床下部外側野に情報を伝える神経を、慢性疼痛時に持続的に抑制しているのは一体誰でしょうか。
そこで研究グループは、遺伝子改変動物とオプトジェネティクス(光遺伝学)と呼ばれる先端的神経活動操作法を用いて、
分界条床核のなかで、Cocaine- and Amphetamine-Regulated Transcript(CART)と呼ばれる神経ペプチドを産生する神経細胞を
人為的に活性化させてみたところ、慢性疼痛時に持続的に抑制される分界条床核のあの神経への抑制性入力が増加したことから、
CARTを産生する分界条床核神経細胞が、分界条床核のこの神経の上流に位置する抑制性神経であることが明らかになりました。
そして、CART産生神経細胞の慢性疼痛時の活動を電気生理学的手法により検討したところ、健常マウスと比較して亢進していました。
さらに、ケモジェネティクスを用いてCART産生神経細胞の活動を抑制すると、慢性疼痛の影響を受けて亢進していた不安が軽減されました。
こうして慢性疼痛の際には、分界条床核内のCART産生神経細胞の活動が亢進し、
それが視床下部外側野に情報を伝える分界条床核神経を持続的に抑制することにより、不安が亢進していることが解明されたのです。
<文 献>
Yamauchi, N., Sato, K., Sato, K., Murakawa, S., Hamasaki, Y., Nomura, H., Amano, T. & Minami, M., 2022 Chronic pain-induced neuronal plasticity in the bed nucleus of the stria
terminalis causes maladaptive anxiety, in Science Advances, vol.8, no.17, eabj5586, pp.1-13. DOI: 10.1126/sciadv.abj5586
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