「ガラスのサイズを決めないと決まらない、黒のダッシュ・ボード・・・」(経験値ではムリ!)
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薄々予想はしてましたよ、だってマイアミからでしょ?
ジョージさんとFBで知り合いにならなかったら、ずっとフロリダの太陽の下で余生を過ごすことができたのに・・・とか、もう一度で修理してもらって大空に羽ばたくんだ! とか、色々思いは尽きないんでしょうが。
ええっ!だれっ君?
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てっきりドルニエちゃんかな?とか考えていました。でも彼女は確かコンデンサー仕様だった記憶がありますから残っていたとしても骨だけかもしれません。同時期に作った同じ機体はもう10年以上前にコンデンサー・ペーパーを貼った糊が虫に食われてしまい生地完?になってましたので処分いたしました。
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フォーカーツSK-3ですね、1枚の手紙が添えられていました。
「あなたの飛行がFB上で見ることが出来て幸せです、そしてFBは世界を知るのにすばらしい方法です。これはあなたのフォーカーツです。長い間返却しなくてごめんなさい。ドクター・マーチンさんが亡くなられた後に私が保管していました。この箱に入っていましたがノーズ・ソケットが無くなっていたので私の父親がノーズとプロペラを作ってくれました。しかし、これで飛行はさせていませんので、もう一度あなたのお手で飛ばしてあげてください。ジョージ・ヌニェス マイアミ」
ふーーん・・・わざわざ送り返してくれるなんて良い人や。それにしてもこのフォーカーツ君、見た目かなり荒れていますが骨太なのか骨折などの形跡はなくお元気そうです。いつごろ作った物なのかはっきりしませんので、彼にこの機体の競技参加データが残っているか問い合わせてみましたところ、送られてきた会報ハンガー・パイロットの表紙と競技結果を見ると恐らく1987-8年ごろだと思われます。
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この国際競技は1984年頃から始まっていますので、その1年後位にマイアミに送った機体と思われます。ドルニエちゃんはそれ以前に送ってあり、現在使用中のガン箱に当時のプレートが貼り付けてあります。
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二度と会うことなどなかったかもしれないフォーカーツ君ですが、折角ですから一度体力測定しなくちゃいけませんね。
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と、一件落着したら今度はチェコのグレゴブスキーさんから「住所教えてくれっ!」って、次は何、何、なにっ????