本稿全体の論旨はこれまでブログに書いてきた私見と同様である。
特筆すべき点の一つは、セイコーエプソンの職務発明報奨制度についての紹介がなされてることであり、同様のことを各社に望みたい。
その中に、非技術系の従業員の意見として、「給料の二重支給」等の批判があることは強調されるべきだ。現行法35条擁護論者はこの声にどう答えるのか?また、旧法35条・現行法35条の解釈に際しても、この視点は重要である。
これに対して、「Ⅲ 現在の職務発明制度が内包する問題点」のうち、(1)には疑問がある。ここでは、35条が、独占の利益をベースに対価を算定することを求めていることを前提として、「研究者、技術者は他社にライセンスするための技術を開発しているわけではない」から、インセンティブの方向が違うと述べているが、この論旨は、逆手に取られて、企業の法定通常実施権の剥奪という議論につながりかねない。インセンティブ問題の本質は、本稿も述べるように、技術者、研究者は「社会に貢献したいと願って日々研究開発を続けている」にもかかわらず、35条が、「相当の対価」という金銭によるインセンティブを付与しようとする(インセンティブとして機能していない点は措く)ことにより、「社会貢献」というインセンティブが「金目当て」に変質してしまうことである。村上ファンド事件の判決は、「利益至上主義には戦慄せざるを得ない」という趣旨のことを述べたと記憶しているが、35条が、「相当の対価」という金銭によるインセンティブを付与しようとするという理解こそ、「利益至上主義」であり、純粋な思いで地道な研究開発を続ける研究者・技術者に対する冒涜である。
この意味で、同(2)の指摘は重要である。訴訟で不利に働くことを恐れて、「金銭以外の褒賞的な要素」が排除されている現状は変えなければならない。人間は、金のためだけに動くものではない、ということが未だに常識とされていないことには戦慄さえ覚える。
また、同(3)の「判決に示された複雑な算定方法をすべて満足するような報奨の実施はほとんど不可能」との指摘は全く同感である。裁判においては、多くの時間と多額の費用を費やすことにより対価を算定しているが、これと同じことを全ての出願及びノウハウについて実施することが不可能であることは明らかだ。
しかし、この(3)の「企業内の報奨業務は特許法35条の要請に応えることができるか」というサブタイトルにはやや疑問がある。むしろ、企業内の報奨業務の実情を踏まえて特許法35条の解釈が変わるべきだろう。もっとも、このサブタイトルは、当職の疑問をも踏まえた逆説的・皮肉なものかもしれない。
最後に、立法論として、職務発明の法人帰属主義への転換が提案されている。雇用契約の理論からは当然のことであり賛同する。しかし、問題は、改正に遡及効を持たせるか、あるいは、旧法35条の解釈論の変更・現行35条の解釈論の確立、が伴わないと実効性に欠けることである。現行職務発明の問題についての議論は早急に片を付け、これらの点について議論すべきである。
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