1 事件番号等
平成25年(行ケ)第10225号
平成26年10月29日
2 事案の概要
本件は、拒絶査定不服審判不成立審決の取消しを求めるものです。争点は実施可能性要件の充足の有無です。
3 特許請求の範囲の記載
【請求項1】
フロートセルと、該フロートセルの上方に配置されたタワーと、該タワー上に搭載され、風向きに関連して回転可能であり、タービンブレードを有する風力タービンに取り付けられた発電機と、固定具すなわち海底の基礎に接続された固定ライン機構とを備えたフロート式風力タービン設備のタワーの剛体セルの移動である振動を減衰する方法であって、該方法は、前記風力タービンの一定の電力範囲又はRPM範囲においてコントローラにより前記タービンブレードのブレード角を制御することによって、前記風力タービンに対する相対風速の変化に応じて前記発電機を制御することと、前記風力タービンの前記一定の電力範囲又は前記RPM範囲での前記コントローラの制御に加えて、前記タワーの固有振動が打ち消されるように、タワー速度ドット△Zに基づいて前記タービンブレードの前記ブレード角に増分△βが加えられることによって前記タワーの剛体セルの移動の固有振動数ωeigを減衰することとを含み、周波数ωeigを有するタワー上部の水平な変位△Zの振動は、前記タワー速度ドット△Zと前記ブレード角の増分△βとの伝達関数Hstab(s)を有するスタビライザにより減衰され、該スタビライザにはローパスフィルタが設けられ、該ローパスフィルタは、前記タワーの剛体セルの移動の固有振動数ωeigより大きい範囲の振動数において前記スタビライザが前記ブレード角に影響しないように配置される方法。
4 裁判所の判断
本判決は、明細書の記載を引用した上、概ね以下のとおり判断しました。
本願発明1により減衰の対象となる「タワー上部の水平な変位△Zの振動」には、のとおり、「タワーの上部」が「水平な変位」をする振動成分を有しないものは除かれるが、それ以外の振動が含まれ、例えば、「サージ」(前後揺れ)、「ピッチ」(縦揺れ)又はこれらを組み合わせた振動が含まれる。そして、「ピッチ」の振動の場合又は「サージ」と「ピッチ」を組み合わせた振動の場合、タワーが受ける風の風向きが同じであっても、タワー上部が円弧移動するように傾いて振動するため、風力タービンのシャフトに対して平行な方向における相対風速が経時的に変化し、また、タワー速度ドット△Zのうち、風向きに対して平行な成分が経時的に変化するという複雑な挙動となるから、「ピッチ」の振動の場合又は「サージ」と「ピッチ」を組み合わせた振動の場合におけるブレード角に増分△βを加えて行う制御は、「サージ」の振動の場合に比べて、複雑な制御が必要になり、タワー速度ドット△Zとブレード角の増分△βとの伝達関数Hstab(s)は同一なものにはならないと考えられる。
しかしながら、〈1〉本願明細書には、別紙明細書図面の図4記載の「伝達関数Hstab(s)」が前提とするタワーの振動がどのような態様であるかについての記載はなく、また、別紙明細書図面の図7ないし10に係るシミュレーションテストの結果が、いかなる機械的振動系を前提とするシミュレーションであるのか、そのタワーの振動がどのような態様であるかについての記載もないこと、〈2〉上記のとおり、本願発明1により減衰の対象となる「タワー上部の水平な変位△Zの振動」に含まれる「ピッチ」の振動の場合又は「サージ」と「ピッチ」を組み合わせた振動の場合におけるブレード角に増分△βを加えて行う制御は、「サージ」の振動の場合に比べて、複雑な制御が必要になると考えられること、〈3〉さらには、本件証拠上、当業者にとってそのような制御を行うことが容易であることをうかがわせる技術常識が存在することを認めるに足りる証拠はないことからすると、別紙明細書図面の図4記載の「伝達関数Hstab(s)」に示された情報及び図7ないし10に係るシミュレーションテストの結果に基づいて、上記「ピッチ」の振動や「サージ」及び「ピッチ」を組み合わせた振動について、具体的な「伝達関数Hstab(s)」を設定することは、当業者に過度の試行錯誤を強いるものといえる。
以上によれば、当業者が、本願明細書の記載事項及び本件出願の優先権主張日当時の技術常識に基づいて、本願発明1の「タワー上部の水平な変位△Zの振動」の振動成分を有する各振動について、それぞれ「△Zの振動」を検出し、その検出した「△Zの振動」に基づいて「タワー速度ドット△Z」を導出し、さらには、タワー速度ドット△Zとブレード角の増分△βとの伝達関数Hstab(s)を設定し、固有振動が打ち消されるようにタービンブレードのブレード角に増分△βを加えて制御を行うには過度の試行錯誤を強いるものといえるから、本願明細書の発明の詳細な記載は、当業者が本願発明1を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえないというべきである。
5 コメント
本判決は、実施可能性要件の充足の有無を判断するファクターとして、「当業者に過度の試行錯誤を強いるもの」であるか否かを挙げています。
また、本件については、「当業者に過度の試行錯誤を強いるもの」と判断された理由として、「本件証拠上、当業者にとってそのような制御を行うことが容易であることをうかがわせる技術常識が存在することを認めるに足りる証拠はない」ことが挙げられています。これは、実施可能性要件の充足の有無の判断に際し、技術常識の内容が斟酌されることを示すとともに、その認定には原則として証拠が必要となることを示していると思われます。
以上
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