メルクス審取
平成23年(行ケ)第10190号 審決取消請求事件(商標)
請求棄却
本件は無効審判不成立審決の取消しを求めた事案です。
争点は①本件商標(MERXメルクス)と引用商標の類否(商標法4条1項11号),②本件商標が原告の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれの有無(同項15号),③本件商標は原告の著名な略称を含むか(同項8号)です。
裁判所の判断は23ページ以下。
1 11号について
本判決は、、まず、本件商標の外観について、「横長長方形の全体の面積のうち,上から約4分の3を橙色地で表し, 残余の下部約4分の1をれんが色地で表してなり,上部の橙色地の部分の中央に, 同じ書体・同じ大きさ・等間隔で横書きにした「MERX」の欧文字をれんが色で大きく表し,さらに,下部のれんが色地の部分の中央に,同じ書体・同じ大きさ・等間隔で横書きにした「メルクス」の片仮名文字を白色でやや小さく表した構成よりなる」とし、次に、観念について、「「MERX」の語が日本において親しまれている外国語とはいえないことからすると,本件商標に接した需要者が,直ちに「ギリシャ神話に登場する商業と情報の神『マーキュリー』の略」を意味する語と理解することは困難である。本件商標からは,特定の観念は想起されない」とし、さらに、称呼について、「「MERX」が我が国においては馴染みのない外国語(ラテン語)であり,需要者が上段の「MERX」の文字部分の読み方をそれだけで正確に把握できるものではない。そうだとしても,「ME」を「メ」,「X」を「クス」とそれぞれ発音する可能性のあることは,我が国における欧文字による外国語表記への理解度からすれば比較的容易に看て取れるから,本件商標中の「メルクス」の文字部分は, 上段の「MERX」の文字部分の読みを表したものであることも容易に看取しうる」と判断する一方、引用商標について、「より成るもの並びに「MERCK」の欧文字と図形等から構成されるものである。引用商標は,それぞれの構成文字に相応していずれも「メルク」の称呼を生ずる。原告関連会社の会社案内(甲3の1~5,4の1~3)によれば,引用商標の「Merck」,「MERCK」又は「メルク」は,原告の創業者であるドイツ人一族の姓から採られたものと認められるが,我が国において,「Merck」,「MERCK」又は「メルク」が馴染みのあるドイツ語とはいえず,直ちにドイツにおける姓の一つとは想起されず,他の言語としての意味も持たないことに照らすと,特定の観念は想起されない」と判断し、続いて、両者の比較を行い、まず、外観について、「引用商標1,2,4,6~13の構成中の「Merck」,「MERCK」の欧文字部分と本件商標中の「MERX」の欧文字部分は,「MER」又は「Mer」の部分の綴りは共通するものの,上記各文字部部分を一語として全体的に見た場合,綴りが異なることは明らかであって,これは我が国の需要者においても容易に看取することができるものである。 引用商標3,5と本件商標中の片仮名文字「メルクス」の部分は,「メルク」の部分が共通し,本件商標は,その構成中に物理的には引用商標3,5の「メルク」を包含するものである」としつつ、「本件商標の片仮名文字部分「メルクス」と引用商標3,5の「メルク」は,4文字ないし3文字の比較的少ない文字数から成るものであり,「ス」文字の有無が外観全体に与える影響は大きいこと,片仮名文字部分「メルクス」は同じ書体・同じ大きさ・等間隔で横書きされていることに照らすと,本件商標の片仮名文字部分「メルクス」は需要者に一体として看取されると見るのが相当であり,上段に「MERX」の欧文字部分が存在し,この欧文字部分から「メルク」を独立して看取することはできないことも相まって(前記のとおり,引用商標1,2,4,6~13の構成中の「Merck」,「MERCK」の欧文字部分と本件商標中の「MERX」の欧文字部分は,綴りが明らかに異なり,共通する「MER」又は「Mer」の部分の綴りから「メルク」を看取することはできない。),「メルク」の文字部分が独立して看取されるものではない。このことは,原告がドイツに本拠を置く世界的な薬品及び化学品企業であり,「メルク」が原告及びそのグループ企業並びにそれらの商品又は営業を示すものとして日本国内においても周知・著名であることを前提としても,左右されるものではない」と判断し、次に、称呼について、両称呼は,「メルク」の音を同じくし,末尾において「ス」の音の有無の差異を有する。そして,差異音「ス」(su)の子音(s)は,舌端を前硬口蓋に寄せて発する無声摩擦子音であって,構音上,例えば,破裂音(p.b.t.d.k.g)等の音に比した場合,響きの弱い音として聴取されるものとしても,「ス」の音の有無の差異は, 本件商標と引用商標のように4音対3音といった比較的短い構成音からなる称呼に与える影響は大きいこと,そして何よりも,日本語の「ス」は「U」の母音を伴うもので,通常「S+U」と発音され,これが「メ」「ル」「ク」「ス」の4音のみから成り観念を持たない単語において,各音を一つ一つ明確に発音する可能性が高い音の一つとなっていることからすれば,両称呼をそれぞれ一連に称呼するときは,全体の語調・語感が異なるものとなる。また,両商標のアルファベット文字部分についてみても,末尾が「クス」と発音される本件商標と末尾が「ク」と発音される引用商標とでは,「X」と「CK」の文字の相違があり,アルファベット発音に慣れてきている日本人にとってこの文字の違いによる発音の相違は一般化しているというべき」と判断し、続いて、観念については、「本件商標及び引用商標は,いずれも特定の観念を想起させないものと理解されるから,観念上比較することはできない」と判断し、結論として、「本件商標と引用商標は,外観,称呼及び観念のいずれの点においても相紛れることのない非類似の商標というべき」と述べました。
2 15号について
本判決は、次に、「本件商標の指定役務に「薬剤及び医療補助品の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供」,「化学品・・・の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供」が含まれており,これらの役務と医薬品・化学製品の製造,販売には重複ないし関連する部分があることに照らすと,本件商標が「衣料品・飲食料品及び生活用品に係る各種商品を一括して取り扱う小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供」(いわゆる総合小売)のみならず,上記の指定役務(医薬品や化学製品の特定小売又は卸売における便益の提供) に使用された場合に,原告の業務に係る商品と混同を生ずるおそれがあるかどうかも評価して行うべきことになる」と述べて、「審決が,本件商標が被告の営業に係るショッピングセンター及びそこでの商品の小売(総合小売)において提供される役務を表示する商標として使用されているという取引の実情を前提に,総合小売において提供される役務の需要者(一般消費者)の間では原告の商標が周知・著名でないことを理由として混同のおそれを否定したものであるのならば,薬剤,医療補助品及び化学品の小売又は卸売の需要者を対象とした混同のおそれを検討していない点でその判断手法には誤りがある」と判断しつつ、「本件商標と原告及びそのグループ企業が商標権者である引用商標は類似しない商標である」等から、本件商標が「医薬品や化学製品の特定小売又は卸売における便益の提供」,「衣料品・飲食料品及び生活用品に係る各種商品を一括して取り扱う小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供」(いわゆる総合小売)の他, 「薬剤及び医療補助品の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供」,「化学品・・・の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供」等,本件商標の指定役務として登録されているもののうち原告の業務と重複ないし関連するに使用された場合に,本件商標から原告又はそのグループ企業が想起されることはないと解するのが相当である。本件商標は,原告又は原告と何らかの関係を有する者の業務に係る商品又は役務であるかのように,その出所について混同を生ずるおそれは認められないというべきであり,このことは,原告商標が医薬品や化学製品の需要者のみならず,一般消費者の間において周知・著名であったとしても左右されるものではない」として、「本件商標は15号に該当しないとした審決はその結論において誤りはない」と結論づけました。
3 8号について
本判決は、8号の趣旨について,「人の肖像,氏名,名称等に対する人格的利益を保護すること,すなわち,人(法人等の団体を含む)は,自らの承諾なしにその氏名,名称等を商標に使われることがない利益を保護することにある」として、8号該当性の判断基準について、「問題となる商標に他人の略称等が存在すると客観的に把握できず,当該他人を想起,連想できないのであれば,他人の人格的利益が毀損されるおそれはない。そうすると,他人の氏名や略称等を「含む」商標に該当するかどうかを判断するに当たっては,単に物理的に「含む」状態をもって足りるとするのではなく,その部分が他人の略称等として客観的に把握され,当該他人を想起・連想させるものであることを要する」と述べた上、「本件商標の片仮名文字部分「メルクス」は需要者に一体として看取されると見るのが相当であり,「メルク」を独立して看取することはできないことは前記のとおりである。そうすると,「メルク」,「MERCK」,「Merck」が原告の名称の略称として,医薬品や化学製品の需要者のみならず,一般消費者の間において周知・著名であるとしても(その点において審決の認定には誤りがある),本件商標はそれを含む商標ではないとして8号に該当しないとした審決はその結論において誤りはない」と結論づけました。
本判決は、商標の複数の無効事由について比較的丁寧・詳細な判断をしたものとして参考になると思われます。
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