知的財産研究室

弁護士高橋淳のブロクです。最高裁HPに掲載される最新判例等の知財に関する話題を取り上げます。

水晶発振器事件判決

2015-01-05 11:53:21 | 最新知財裁判例

1 事件番号等

平成25年(行ケ)第10347号

平成26年10月09日

 

2 事案の概要

本件は、無効審判不成立審決の取消しを求めるものです。

 

3 特許請求の範囲

「水晶振動子とケースと蓋とを備えて構成される水晶ユニットの製造方法で、前記水晶振動子は、音叉基部とその音叉基部に接続された少なくとも第1音叉腕と第2音叉腕を備え、かつ、第1電極端子と前記第1電極端子と電気的極性が異なる第2電極端子を有する2電極端子を備えて構成される音叉型屈曲水晶振動子であって、前記音叉型屈曲水晶振動子は基本波モード振動と2次高調波モード振動を備え、前記基本波モード振動のフイガーオブメリットM1が、前記2次高調波モード振動のフイガーオブメリットM2より大きくなるように、音叉形状と溝と電極の寸法を決定する工程と、前記音叉基部と前記第1音叉腕と前記第2音叉腕を備えた音叉形状を形成する工程と、前記第1音叉腕と前記第2音叉腕の各音叉腕の上面と下面の各々に、中立線の両側に、前記中立線を含めた部分幅は0.05mmより小さくなるように溝を形成する工程と、前記2電極端子の内の前記第1電極端子を形成するために、前記第1音叉腕の側面の電極と前記第2音叉腕の溝の電極とが同極になるように電極を配置する工程と、前記2電極端子の内の前記第2電極端子を形成するために、前記第1音叉腕の溝の電極と前記第2音叉腕の側面の電極とが同極になるように電極を配置する工程と、前記2電極端子を備えて構成される前記音叉型屈曲水晶振動子を収納するケースの固定部に導電性接着剤によって固定する工程と、前記音叉型屈曲水晶振動子と前記ケースと前記蓋とを備えた水晶ユニットを構成するために、前記蓋を前記ケースに接続する工程と、を含むことを特徴とする水晶ユニットの製造方法」

 

4 審決の理由

審決の理由は、要するに、本件訂正発明は、その出願基準日前に公用された物件である製造番号NSHCC041469のシャープ株式会社製ムーバSH251i(以下「公用物件」)が具備する水晶発振器から一義的に導き出せる工程を具備する製造方法(以下「公用製造方法」)に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものではない、というものです。

 

5 審決が認定した公用製造方法、本件訂正発明と公用製造方法と相違点は、以下のとおりです。

  (ア) 相違点1

  本件訂正発明は、「前記基本波モード振動のフイガーオブメリットM1が、前記2次高調波モード振動のフイガーオブメリットM2より大きくなるように、音叉形状と溝と電極の寸法を決定する工程」を含んでいるのに対して、公用製造方法は、「音叉形状と溝と電極の寸法を決定する工程」及び「前記音叉型屈曲水晶振動子は基本波モード振動と2次高調波モード振動を備え、前記基本波モード振動のフイガーオブメリットM1が、前記2次高調波モード振動のフイガーオブメリットM2より大きくなる工程」を含んでいるものの、「前記音叉型屈曲水晶振動子は基本波モード振動と2次高調波モード振動を備え、前記基本波モード振動のフイガーオブメリットM1が、前記2次高調波モード振動のフイガーオブメリットM2より大きくなるように、音叉形状と溝と電極の寸法を決定」するか否かは特定されていない点。

  (イ) 相違点2

  本件訂正発明は、第1音叉腕と第2音叉腕の各音叉腕の上面と下面の各々に形成する溝が、「中立線の両側に、前記中立線を含めた部分幅は0.05mmより小さ」い溝であるのに対して、公用製造方法は、このような特定がない溝である点。

 

6 当裁判所の判断

6-1 構成要件Cの解釈について

本判決は、リパーゼ判決に従い、構成要件Cの「・・・M1が、・・・M2より大きくなるように、音叉形状と溝と電極の寸法を決定する工程」の文章構造は、「AとなるようにBをする工程」であり、この場合、一般的な日本語の文章としては、原告が指摘する2つの解釈、すなわち、〈ア〉Aとなることを目的としてBをする工程(すなわち、Bという工程を行う主観的目的がAであり、Aという結果の実現は必ずしも伴わない。)と、〈イ〉Aという結果を得るべくBをする工程(すなわち、Bという工程を行うことによって、必然的にAという結果が実現できるという因果関係がある。)が考えられる。しかし、発明の構成要件は客観的に特定されることが必要であり、構成要件の解釈として、主観的目的が含まれるような解釈は許されないというべきであるから、構成要件Cの「・・・M1が、・・・M2より大きくなるように、音叉形状と溝と電極の寸法を決定する工程」の意味について、上記〈ア〉の解釈を採ることはできない。そうすると、構成要件Cの「・・・M1が、・・・M2より大きくなるように、音叉形状と溝と電極の寸法を決定する工程」とは、上記〈イ〉の解釈により、「M1>M2という結果を得るべく、音叉形状と溝と電極の寸法を決定する工程」の意味であることが、特許請求の範囲の記載から一義的に明確であるというべきである」と判断しました。

 

6-2 相違点1の有無について

本判決は、「以下の技術常識に照らせば、公用製造方法も、本件訂正発明と同様に、「M1>M2という結果を得るべく、音叉形状と溝と電極の寸法を決定する工程」を有しているものと認められる。すなわち、証拠(甲16、29)及び弁論の全趣旨によれば、音叉型屈曲水晶振動子の特性そのものに影響を与える要因は、〈1〉音叉及び溝の形状、〈2〉電極の寸法、〈3〉電極の材料、〈4〉水晶の切断方法(結晶の方向)のみであるところ、本件訂正発明においては、振動モードが屈曲振動に限定されていること、及び電極材料は等価直列抵抗の値にほとんど影響を与えないという技術常識に照らし、上記〈3〉及び〈4〉は、Mの算出に必要な特性に影響を与えることはほとんどないことから、本件訂正発明の音叉型屈曲水晶振動子において、Mの値、ひいては、M1>M2という関係を得るための要因は、〈1〉及び〈2〉となり、必然的に、音叉形状と溝と電極の寸法となることが認められる。そうすると、公用製造方法も、振動モードが屈曲振動に限定されており、かつ、M1>M2という関係を満たしている以上、本件訂正発明と同様に、ある音叉形状と溝と電極の寸法の構成を選択した結果、M1>M2という関係を得ることができたこと、すなわち、「M1>M2という結果を得るべく、音叉形状と溝と電極の寸法を決定する工程」を有しているものと認めるのが相当である」と述べ、「本件訂正発明と公用製造方法との間に審決が認定した相違点1は存在しない」と判断しました。

 

6-3 相違点2の容易想到性判断について

本判決は、甲10公報の記載を引用した上で、「甲10公報の記載に接すれば、当業者であれば、第2図に図示されている直線的かつ平行な電界の生成が、電気機械変換効率を高め、その結果、CI値を小さくするという作用効果に寄与していることは、容易に理解できるものと認められる。そして、甲10公報には、振動細棒420の上下に2つずつ溝を設け、それぞれに電極440aを配置してもよい(第10図)との記載があるのであるから、当業者であれば、振動細棒420に設ける溝を2本とした場合にも、1本の場合と同様に、CI値を小さくするという作用効果を奏するものであることは、容易に理解できるものと認められる」と述べ、「公用製造方法において、1本の溝を2本の溝とすることは、当業者が容易に設計し得る事項にすぎないというべきである」と判断しました。

 

7 コメント

7-1

本判決は、公用の製造方法を主引例発明とし、特許文献を副引例として、さらに1本の溝を2本の溝とすることを設計事項であると判断したものです。

進歩性に関する議論においては、文献が引例として指摘されることが通例であり、公用技術が主引例とされること自体珍しいといえます。主引例となるためには、本件発明との課題の共通性などの主引例適格性(多数の公知公用技術の中から主引例を選択することの合理性)を基礎づける事実が必要ですが、本件では争点にならなかったようです。この点については、公用技術は慣用技術であることが多いところ、慣用技術であることが主引例適格性を基礎づける事実と判断されたのかもしれません。なお、この点については、拙著「裁判例から見る進歩性の判断」31ページ以下もご参照ください。

 

7-2

相違点に関して、 副引例だけでは克服できない場合、設計事項概念を適用することは一般に許されており、本件はその一事例としても意義があると思われます。なお、この点については、拙著「裁判例から見る進歩性の判断」19ページ以下もご参照ください。

 

以上

 


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