平成22(ネ)10043号
1 判決の内容
1-1 特許権侵害訴訟における特許発明の技術的範囲の確定について
本判決は、まず、特許権侵害訴訟における特許発明の技術的範囲の確定について、「特許法70条は,その第1項で「特許発明の技術的範囲は,願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない」とし,その第2項で「前項の場合においては,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮して,特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする」などと定めている。したがって,特許権侵害を理由とする差止請求又は損害賠償請求が提起された場合にその基礎となる特許発明の技術的範囲を確定するに当たっては,「特許請求の範囲」記載の文言を基準とすべきである。特許請求の範囲に記載される文言は,特許発明の技術的範囲を具体的に画しているものと解すべきであり,仮に,これを否定し,特許請求の範囲として記載されている特定の「文言」が発明の技術的範囲を限定する意味を有しないなどと解釈することになると,特許公報に記載された「特許請求の範囲」の記載に従って行動した第三者の信頼を損ねかねないこととなり,法的安定性を害する結果となる」との一般論を述べました。
1-2 「物の発明」に係る特許請求の範囲にその物の「製造方法」が記載されている場合のクレームの解釈について
本判決は、その上で、「物の発明」に係る特許請求の範囲にその物の「製造方法」が記載されている場合のクレームの解釈について、「当該発明の技術的範囲は,当該製造方法により製造された物に限定されるものとして解釈・確定されるべきであって,特許請求の範囲に記載された当該製造方法を超えて,他の製造方法を含むものとして解釈・確定されることは許されないのが原則である」との原則論を提示しつつ、「本件のような「物の発明」の場合,特許請求の範囲は,物の構造又は特性により記載され特定されることが望ましいが,物の構造又は特性により直接的に特定することが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するときには,発明を奨励し産業の発達に寄与することを目的とした特許法1条等の趣旨に照らして,その物の製造方法によって物を特定することも許され,特許法36条6項2号にも反しないと解される」と述べ、「そのような事情が存在する場合には,その技術的範囲は,特許請求の範囲に特定の製造方法が記載されていたとしても,製造方法は物を特定する目的で記載されたものとして,特許請求の範囲に記載された製造方法に限定されることなく,「物」一般に及ぶと解釈され,確定されることとなる」と判断し、例外的に、「特許請求の範囲として記載されている特定の「文言」が発明の技術的範囲を限定する意味を有しない」と解釈される場合があることを認めました。
本判決は、さらに、いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレームを,真正プロダクト・バイ・プロセス・クレームと不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレームとに区別した上で上記の趣旨を異なった観点から説明しています。真正プロダクト・バイ・プロセス・クレームとは、「物の特定を直接的にその構造又は特性によることが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するため,製造方法によりこれを行っているとき」のクレームであり,不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレームとは、「物の製造方法が付加して記載されている場合において,当該発明の対象となる物を,その構造又は特性により直接的に特定することが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するとはいえないとき」のクレームであると定義されています。
そして、本判決は、「真正プロダクト・バイ・プロセス・クレームにおいては,当該発明の技術的範囲は,「特許請求の範囲に記載された製造方法に限定されることなく,同方法により製造される物と同一の物」と解釈されるのに対し,不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレームにおいては,当該発明の技術的範囲は,「特許請求の範囲に記載された製造方法により製造される物」に限定されると解釈されることになる」と説明しました。
1-3 立証責任
なお、本判決は、立証責任について、「物の発明に係る特許請求の範囲に,製造方法が記載されている場合,その記載は文言どおりに解釈するのが原則であるから,真正プロダクト・バイ・プロセス・クレームに該当すると主張する者において「物の特定を直接的にその構造又は特性によることが出願時において不可能又は困難である」ことについての立証を負担すべきであり,もしその立証を尽くすことができないときは,不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレームであるものとして,発明の技術的範囲を特許請求の範囲の文言に記載されたとおりに解釈・確定するのが相当である」と判断しました。
2 検討
まず、本判決の特許権侵害訴訟における特許発明の技術的範囲の確定の一般論については異論はないものと思われます。
次に、プロダクト・バイ・プロセス・クレームの解釈については、「製造方法」による限定を原則的に肯定する裁判例(東京地裁平成14/1/29日民事29部判決:以下「飯村判決」)とこれを否定する裁判例とがあり、裁判例の数としては後者が優勢といえました。しかしながら、特許発明の技術的範囲を確定するに当たっては,「特許請求の範囲」記載の文言を基準とすべきという一般論に照らせば、疑問のあるところでした。もっとも、飯村判決は、発明の対象物を構造又は特性により直接的に特定することが出願時において不可能又は困難である場合には、例外を認めるべきとされておりました。
本判決は、真正プロダクト・バイ・プロセス・クレームと不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレームという新規な概念を案出しているものの、その基本的見解は、飯村判決の趣旨と同様であり、妥当なものと思われます。
なお、侵害訴訟の実務上は、「特許請求の範囲」記載の文言がクレーム解釈において極めて重要であるにもかかわらず、「特許請求の範囲」記載の文言にミスがある事例もまま見られることであり、この点は明細書作成実務に携わる方々が肝に銘じておくべきことといえましょう。
以上
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます