知的財産研究室

弁護士高橋淳のブロクです。最高裁HPに掲載される最新判例等の知財に関する話題を取り上げます。

窒化ガリウム素子事件判決

2015-01-06 09:37:36 | 最新知財裁判例

1 事件番号
平成26年(行ケ)第10079号
平成26年11月26日

2 主たる争点
進歩性の有無です。

3 判旨
3-1 容易性について
(1)原告は、第1次判決を引用した上で、AlNがレーザ光に対して透明であること、従来技術と比較して、AlNが熱膨張係数や格子
整合性に優れていることなどから、AlNは保護層の材料として当業者に理解できるように甲1に開示されており、甲2等を参酌するまで
もなく、AlNの選択は容易に想到し得ると主張する。
しかし、第1次判決の上記説示部分は、甲1には、保護層として、GaNのみが開示されており、AlNが除外されているとの第1次審決
の判断に対して、AlNが甲1における一般式から除外されていないことを示す理由を述べた部分にすぎず、上記の事実は、容易想到性を
裏付ける事実の一部になり得るとしても、それのみで直ちにAlNを選択することの容易想到性を基礎付けるものではない。
また、引用発明における活性層は、InuGa1-uN/InvGa1-vN(0≦u、v≦1)からなる多重量子井戸活性層であり、この
認定に関して当事者間に争いはないところ、上記組成による活性層を有する引用発明において、保護層としてAlNを選択することについ
ての容易想到性につき、原告は具体的に説明をしていない。Al1-x-y-zGaxInyBzNに示される一般式から無数に考えられる
組合せの中から、上記のとおり、格子定数や熱膨張係数との整合性が一つの選択基準として甲1(特に、【0024】、【0039】、【
0042】、【0043】等)に示される中で、あえて、上記活性層に含まれるGaやInを一切含まない保護層であるAlNを選択する
ことについて、十分な動機付けが示されたものということはできない。
したがって、原告の上記主張は採用できない。
(2)仮に、一般式からAlNを選択することを容易に想到し得ることと解したとしても、以下に述べるとおり、甲1と甲2の組合せによ
り、相違点2及び3に係る構成が容易に想到し得たものということはできない。
まず、甲1の一般式の中から、AlNを選択することを想到した上で、AlNを保護膜として使用した場合に、大気雰囲気中の水分と反応
することにより、分解し、変質するとの課題があることに着目し、更にそれを解決するための構成としてAl2O3により構成されるパッシ
ベーション膜を採用するというのは、引用発明から容易に想到し得たものを基準にして、更に甲2記載の技術を適用することが容易である
という、いわゆる「容易の容易」の場合に相当する。そうすると、引用発明に基づいて、相違点2及び3に係る構成に想到することは、格
別な努力が必要であり、当業者にとって容易であるとはいえない(加えて、AlNを保護膜として使用する場合に上記の課題があることは
、甲1の記載からは明らかでないところ、仮に、そのような課題が自明の課題であると解した場合には、そのような課題があるにもかかわ
らず甲1の一般式からあえてAlNを選択すること自体が、容易でないことに帰着する。)。
3-2 想到性について
なお、原告の審判段階における主張には、甲1に甲2発明を組み合わせることにより、甲2のAlNを保護膜として選択することが容易で
ある旨主張したと窺われる記載(審決5頁中段)があることから、引用発明に甲2を組み合わせてAlNを選択し、これと同時にパッシベ
ーション膜として甲2の実施例であるAl2O3を選択することにより、相違点2及び3に係る構成に至るとの点についても検討する。
 (ア) 甲1は、窒化物半導体レーザ装置に関し、レーザダイオードの両端面における劣化を防ぎ、従来のよりも寿命が長い高信頼性を
有する窒化物半導体レーザ装置を提供することを技術課題とするものである。一方、甲2発明は、半導体レーザ素子に関するものではある
が、前提となっている半導体材料の材質は、AlGaAs系、InGaAlP系、InGaAsP系(5頁左上欄17~20行)である。
そして、甲1には、保護層を「AlNを含むAl1-x-y-zGaxInyBzN(0≦x、y、z≦1、且つ、0≦x+y+z≦1)か
らなる層」とすることによって、保護層と窒化物半導体レーザダイオードが格子整合し、両者の熱膨張係数も整合するとの課題解決原理が
記載されているところ、この一般式では、いかなる数字を代入しても、必ず「N」が組成に含まれることになり、「窒化物半導体レーザ装
置」における活性層に常に「N」が含まれていることに照らすと、窒化物系の結晶についての格子整合が考慮に入れられたものと推測でき
る。そうすると、窒化物系レーザ装置に関する引用発明に、甲2における「N」を活性層に含まない半導体素子の端面に用いられる保護層
を採用することが、容易に想到されるとはいい難い。
したがって、甲1における保護層として、直ちに甲2の保護膜を適用するとの動機付けがあるとは認められない。
この点につき、原告は、甲2に窒化物半導体の記載がないのは、甲2が平成1年の特許出願の公開公報であり、窒化物半導体レーザ素子が
発明される前に記載された文献であるからにすぎないと主張する。しかし、保護層として、甲2で前提とされたAlGaAs系、InGa
AlP系、InGaAsP系の半導体素子に用いられる保護層と同じ材料を窒化物半導体において同様に使用できることが技術常識である
と認めるに足りる証拠は提出されていないことからすれば、上記主張は、上記判断を左右するものでない。
(イ) 上記保護膜とパッシベーション膜を同時に採用した場合には、以下の問題がある。すなわち、AlNの屈折率は、甲1の【005
3】及び甲2の記載(3頁左下欄14~16行)によれば、2.0であるところ、Al2O3の屈折率は、約1.6であるから、光出射側鏡
面については、相違点2に係る「該光出射側鏡面から屈折率が順に低くなるように2層以上積層され」との構成を満たす。しかし、光反射
側鏡面に関しては、高い屈折率を持つAlNの外側(発光層でない側)にそれよりも低い屈折率のAl2O3が接する構造となる。そうする
と、引用発明に上記保護膜とパッシベーション膜を同時に適用したとしても、「光反射側鏡面には、…単一層の保護膜が接して形成され、
かつ、該保護膜に接して、低屈折率層と高屈折率層とを低屈折率層から積層して終端が高屈折率層となるように交互に積層」するという本
件発明1の構成に至らない。
以上によれば、いずれにせよ、甲1発明から相違点2及び3に係る構成を容易に想到するということはできない。


4 コメント
4-1 容易性について
本判決は、「甲1の一般式の中から、AlNを選択することを想到した上で、AlNを保護膜として使用した場合に、大気雰囲気中の水分
と反応することにより、分解し、変質するとの課題があることに着目し、更にそれを解決するための構成としてAl2O3により構成される
パッシベーション膜を採用するというのは、引用発明から容易に想到し得たものを基準にして、更に甲2記載の技術を適用することが容易
であるという、いわゆる「容易の容易」の場合に相当する。そうすると、引用発明に基づいて、相違点2及び3に係る構成に想到すること
は、格別な努力が必要であり、当業者にとって容易であるとはいえない」と判断しました。
ここで問題にされているのは、主引例発明に対し周知技術等を適用した上で、その結果新たに生じる課題に着目し、さらにそれを解決する
ための構成として周知技術等を適用するという論理構造である(拙著「裁判例から見た進歩性の判断」の20ページ等参照)。この論理構
造は「容易の容易」と称されているが、本判決は、「容易の容易」の容易性を一律に否定するのではなく、「格別な努力が必要」と「述べ
て、「容易の容易」の場合も容易性が肯定される余地を認めた点に意義があると思われます。
4-2 想到性について
本判決は、「AlNの屈折率は、甲1の【0053】及び甲2の記載(3頁左下欄14~16行)によれば、2.0であるところ、Al2O
3の屈折率は、約1.6であるから、光出射側鏡面については、相違点2に係る「該光出射側鏡面から屈折率が順に低くなるように2層以上
積層され」との構成を満たす。しかし、光反射側鏡面に関しては、高い屈折率を持つAlNの外側(発光層でない側)にそれよりも低い屈
折率のAl2O3が接する構造となる。そうすると、引用発明に上記保護膜とパッシベーション膜を同時に適用したとしても、「光反射側鏡
面には、…単一層の保護膜が接して形成され、かつ、該保護膜に接して、低屈折率層と高屈折率層とを低屈折率層から積層して終端が高屈
折率層となるように交互に積層」するという本件発明1の構成に至らない」と述べて、想到性も否定しています。想到性判断が容易性判断
と区別すべきことについては、拙著「裁判例から見た進歩性の判断」の12ページ以下をご参照下さい。

以上

 

 


コメントを投稿