1 事件番号
平成26年(行ケ)第10052号
平成26年11月20日
2 主たる争点
主たる争点はサポート要件の有無です。
3 判旨
ア 特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特
許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決
できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決
できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきである。
イ 本願発明の課題について検討すると、洗濯用・クリーニング用製品におけるより効率的で効果的な芳香の送出、特に布地への長持ちす
る芳香の付与についての改良が、引き続き急務となっているところ(【0003】)、いまだに有効成分、特に香料成分の遅延放出をもた
らす化合物が必要とされており(【0006】)、かつ、清々しい香りを特徴とする香料成分、すなわちアルデヒド類やケトン類の香料成
分については、揮発性も非常に高く、布地のような処理しようとする表面上での残留性は低いことから、その必要性がより深刻であった(
【0007】)。そこで、本願発明は、このような香料成分の遅延放出をもたらし、布地における清々しい香りの残留性を改良するという
課題を解決することを目的として、アミン化合物と活性アルデヒド又はケトンとの、イミン化合物のような特定の反応生成物が香料のよう
な有効成分の遅延放出をもたらすことを見いだした(【0008】、【0009】)、というのである。
そして、本願請求項1には、上記反応生成物に関し、「第一及び/又は第二アミン化合物と、香料ケトン、香料アルデヒド、及びそれらの
混合物から選ばれる有効成分との間の反応生成物」と特定され、さらに上記アミン化合物についてその種類が列挙されて特定され、かつ、
上記アミン化合物のうち、その臭気度が、ジプロピレングリコールに溶かしたアントラニル酸メチルの1%溶液のそれよりも低いものに限
定されている。他方、香料ケトン及び香料アルデヒドの種類については何ら特定されていない。
一般に、化合物の分解速度は、化合物が置かれた温度、湿度等の環境条件のみならず、化合物自体の構造や電子状態等に複合的に依存して
、化合物ごとに、分解を受ける部位や分解の機序に応じて異なるものであるから、通常、当業者といえども、実際に実験をしない限り予測
し得るものではない。このことは、本願請求項1の反応生成物からの香料成分の放出についても同様であると解され、本願請求項1のアミ
ン化合物が様々なものを包含するものである以上、一定の環境下であっても、本願請求項1に列挙されたアミン化合物を用いて生成される
イミン化合物につき、その一般式においてR、R’、及びR’’がどのような基であるかに応じてC=N結合が分解を受けて香料成分を放
出する速度はそれぞれ異なるし、本願請求項1に列挙されたアミン化合物を用いて生成されるβアミノケトン化合物についても、その一般
式においてR、R’、及びR’’がどのような基であるかに応じてCH-NH結合が分解を受けて香料成分を放出する速度はそれぞれ異な
るものと解される。
しかし、本願明細書の【発明の詳細な説明】には、本願発明によるとされる布地柔軟化組成物等の具体的な配合例の記載はあるものの、成
分の記載があるにとどまり、これらの組成物等の香料成分の遅延放出の程度や香りの残留性の程度等、本願発明の課題の解決に必要な程度
に望ましい香料成分の遅延放出をもたらすことや、布地における清々しい香りの残留性を改良できることを示す具体的な記載はされていな
い。
また、本願明細書【0125】ないし【0130】には、香料成分の基となるイミン等の生成過程、及び、それが分解して芳香物質を生成
するまでの反応の一般的な説明は記載されている。しかし、上記の一般的な説明のほかには、本願明細書の【発明の詳細な説明】には、本
願請求項1の発明特定事項である列挙された特定のアミン化合物で、かつ、その臭気度が、ジプロピレングリコールに溶かしたアントラニ
ル酸メチルの1%溶液のそれよりも低いものにつき、任意の香料ケトン又は香料アルデヒドと反応させて得たイミン化合物又はβアミノケ
トン化合物であれば、望ましく遅延した速度で香料を放出し、清々しい香りの残留性を改良するという本願発明の上記課題を解決できるこ
とについては何ら理論的な説明はされていない。
以上によれば、当業者といえども、本願明細書の発明の詳細な説明の記載から、本願請求項1において規定された反応生成物の全てが、望
ましく遅延した速度で香料を放出し、清々しい香りの残留性を改良するという本願発明の課題を解決できるものであると認識することはで
きないものというべきである。
4 コメント
4-1
サポート要件違反の判断枠組みとしては、フリバンセリン事件判決基準とパラメータ大合議事件判決基準とがありますが、本判決も後者を
採用しました。
4-2
本判決の「一般に、化合物の分解速度は、化合物が置かれた温度、湿度等の環境条件のみならず、化合物自体の構造や電子状態等に複合的
に依存して、化合物ごとに、分解を受ける部位や分解の機序に応じて異なるものであるから、通常、当業者といえども、実際に実験をしな
い限り予測し得るものではない」という説示はケミカル分野全般において応用可能なものであり、実務の参考になると思われます。
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