知的財産研究室

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工作機械侵害訴訟事件判決

2013-10-28 09:28:42 | 最新知財裁判例

工作機械侵害訴訟事件判決

東京地方裁判所

平成22年(ワ)第32849号
平成25年05月31日
1 事案の概要等
1-1 本件は、発明の名称を「工作機械」とする特許権を有する原告が、被告の製造販売に係る工作機械が当該特許権を侵害する旨主張して、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償203億8500万円(特許法102条3項による推定)の一部請求として1億5000万円(附帯請求として訴状送達の日の翌日である平成22年9月7日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金)の支払を求めた事案です。

1-2 本件発明1
  発明の名称 工作機械
  特許番号 第3388498号
  出願日 平成8年12月25日
  出願番号 特願平8-355814
  登録日 平成15年1月17日
  請求項1
「コラムのような固定部(11)に配置した移動体(13)を第1軸及び第2軸方向に駆動する構成の工作機械において、固定部(11)に2個の第1軸駆動手段(α1、α2)を互いに平行に配置し、第1軸駆動手段(α1、α2)によって第1軸方向に駆動される移動ベース(14)を固定部(11)に設け、移動ベース(14)に2個の第2軸駆動手段(β1、β2)を互いに平行に配置し、移動体(13)を第2軸駆動手段(β1、β2)により第2軸方向に駆動する構成にし、各駆動手段(α1、α2、β1、β2)を制御するための制御装置(40)を設け、制御装置(40)は、駆動手段(α1、α2、β1、β2)のゼロ設定を補正して第1・2軸の角度誤差や移動体(13)の姿勢を補正するものであることを特徴とする工作機械。
  【請求項2】第1軸方向と第2軸方向が実質的に直角であって、2個の第1軸駆動手段(α1、α2)を操作することによって第1・2軸の直角度を補正することを特徴とする請求項1に記載の工作機械」

2 争点
乙5に基づく進歩性の欠如等

3 裁判所の判断
3-1 本件発明1の技術的意義
本判決は、本件明細書の記載を引用の上、本件発明1の技術的意義について、「本件発明1は、従来技術の2軸方向に移動する移動体においては、1個のX軸移動機構と1個のY軸移動機構が設けられているのみであったため、X軸とY軸の直角度やスピンドルヘッドの姿勢に誤差が生じた場合に、補正を行うことが容易でなかったことに鑑み、2つの駆動系の角度誤差や移動体の姿勢を容易に補正することができるようにしたものである。そのための技術として、本件発明1は、第1軸、第2軸のそれぞれに2個のゼロ設定を補正できる駆動手段を設けた。この駆動手段を2個設けることの技術的意義は、第1軸、第2軸について生じる角度誤差や移動体の姿勢のゆがみの原因をそれぞれの軸に設けられた2個の駆動手段の関係に還元するとともに、2個の駆動手段の正常な関係(すなわち、第1軸と第2軸に角度誤差がなく移動体の姿勢のゆがみがない状態における関係)を、2個の駆動手段のゼロ設定(原点の設定)として実現することにあるものと解される。上記のように構成したことにより、本件発明1においては、補正を行うことが容易でなかった第1軸と第2軸の直角度やスピンドルヘッドの補正をゼロ設定の補正として行うことができるようになった。他方、本件発明1においては、2個の駆動手段の関係に基づかない2軸の角度誤差や移動体の姿勢については、これを補正することができず、その意味での限界も有するものと解される」と認定しました。

3-2 乙5発明の認定
本判決は、 乙5の記載を引用の上、乙5発明について、「ベット1に配置したテーブル29をX軸方向及びY軸方向に駆動する構成の工作機械において、ベット1に2本の送りネジ4、4を互いに平行に配置し、2本の送りネジ4、4とサーボモータ5、5によってX軸方向に駆動されるサドル3をベット1に設け、サドル3に2本の送りネジ4、4を互いに平行に配置し、テーブル29を2本の送りネジ4、4とサーボモータ5、5によりY軸方向に駆動する構成にし、各送りネジ4、4、4、4とサーボモータ5、5、5、5を制御するためのNC装置7を設け、NC装置7は、位置検出装置8、8の検出値に基づいて4本の各送りネジ4、4、4、4の送り量を制御し、可動体であるサドル3やテーブル29の位置と傾きを補正するようにした工作機械」であると認定しました。

3-3 相違点
本判決は、本件発明1と乙5の相違点について、「制御装置が行う第1・2軸の角度誤差や移動体の姿勢の補正に関し、「本件発明1では、駆動手段(α1、α2、β1、β2)のゼロ設定を補正して行うのに対し、乙5発明では、位置検出装置8、8の検出値に基づいて4本の各送りネジ4、4、4、4の送り量を制御して行う点」と認定し、「このように、本件発明1と乙5発明では、第1・2軸の角度誤差や移動体の姿勢の補正について、これを第1・2軸の間の正常な関係を回復することによって行うという点は共通しているものの、その正常な関係の回復を駆動手段のゼロ設定の補正によって行うのか、駆動手段の送り量を制御して行うのかという点において相違する」と述べました。

3-4 進歩性の欠如について
3-4-1 周知技術について
本判決は、周知技術について、乙8号証について、「工具を交換した場合などに制御部により原点位置の補正を行う工作機械が記載されている」、乙9号証について、「NCコントローラ9の座標系の原点位置の値を、偏差相当の換算量をもって補正する工作機械が記載されている」、乙10号証について、「主軸熱変位補正のために、Z軸方向の原点シフトを行う工作機械が記載され、Z軸方向の原点シフトを加工開始時のみならず、加工中においても常時、自動的に行うことができると記載されている」、乙11号証について、「主軸に変形が生じた場合、自動的に主軸の原点補正を行う工作機械が記載されている」と認定しました。

3-4-2 本件相違点の検討
本判決は 乙29号証について、「このワーク加工原点の変位を補正するため、中央処理装置40内でステップ56の処理が実行される。すなわち、メモリ42に記憶されている主軸ヘッド31の移動軌跡のZ軸座標データをパルス発生回路37へ出力する制御出力信号に変換する前に、この移動軌跡のZ軸座標データの全部を幅δだけ少ない値に補正し、この補正後のZ軸座標データを制御出力信号に変換してパルス発生回路37へ出力する。これによって、以後の主軸ヘッド31はメモリに記憶されている移動軌跡よりも全体としてZ軸上を負方向にδだけ平行移動させた位置を移動するが、スピンドル3がハウジング1に対して相対的にδだけ上昇しているから、この相対的変位が相殺される。従って、ワークWに対するワーク加工原点は、ステップ51における原点から変位せず、ワークWの加工精度が低下することを防止できる。」(【0017】)、「また、前記実施例においては、Z軸座標データを、スピンドル3のハウジング1に対する相対的変位量δだけ増減させることによって、ワーク加工原点の変位を補正する構成とした例を示したが、このほかに、例えば予圧の切換え時に、Z軸座標データをそのままとして、主軸ヘッド31をδだけ上下動させることによって、ワーク加工原点の変位を補正することもできる。」(【0026】)と記載されており、Z軸座標データをδだけ増減させることのほかに、Z軸座標データをそのままとして主軸ヘッドをδだけ上下動させることによって、ワーク加工原点の変位を補正することができるとされている」と認定した上、「このように、座標上の移動量を、駆動手段の原点位置を補正することにより調整するか(周知技術)、又は駆動手段の駆動量で直接補正することにより調整するか(乙5発明)によっては、両者の作用効果に差異がないことが当業者に知られていたものと認められる」ことから、「工作機械の分野において第1・2軸の角度誤差や移動体の姿勢を補正する技術である乙5発明に接した当業者は、第1・2軸間の正常な関係を回復し、可動体を極めて正確に姿勢と位置出しをすることを可能にする方法として、乙5発明における4本の送りネジの送り量(駆動手段の駆動量)を直接補正する構成に代えて、これと作用効果の差異がない駆動手段の原点位置を補正するという周知技術を採用して、本件発明1の構成にすることを想起し、これを容易に想到し得たものであると認められる」と判断し、「本件発明1は進歩性が欠如している」と結論付けました。

4 検討
本判決は、「座標上の移動量を、駆動手段の原点位置を補正することにより調整するか(周知技術)、又は駆動手段の駆動量で直接補正することにより調整するか(乙5発明)によっては、両者の作用効果に差異がないことが当業者に知られていたものと認められる」ことから、「第1・2軸間の正常な関係を回復し、可動体を極めて正確に姿勢と位置出しをすることを可能にする」という課題を解決するために、「乙5発明における4本の送りネジの送り量(駆動手段の駆動量)を直接補正する構成に代えて、これと作用効果の差異がない駆動手段の原点位置を補正するという周知技術を採用して、本件発明1の構成にすることを想起し、これを容易に想到し得たものである」と判断しています。これを一般化して述べれば、特定の課題を解決するための手段として複数の選択肢がある(作用効果に相違がない)ことが周知である場合、これらの選択肢を相互に置換することは、当業者の通常の創作能力の範囲内であり、容易想到であると整理できると思われます。

以上


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