板金用引出具特許侵害控訴審
平成25年10月17日判決言渡 同日原本受領 裁判所書記官
平成25年(ネ)第10042号 特許専用実施権に基づく損害賠償請求控訴事件
原審・東京地方裁判所平成23年(ワ)第34272号
1 事案の概要
1-1 本件は,発明の名称を「板金用引出し具」とする2つの特許権について,独占的通常実施権ないし専用実施権を有する控訴人が,被控訴人の製造販売に係る板金用引出装置が当該各特許権を侵害しているなどと主張して,不法行為による損害賠償請求権に基づき,特許法102条1項の推定による損害金2億5634万60 00円の一部請求として8000万円及びこれに対する訴状送達日の翌日である平成23年10月29日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案です。
原判決は,被控訴人の製造販売に係るイ号製品は本件発明1及び3の技術的範囲
に属しない,ロ号製品について間接侵害は成立しない,イ号製品は本件発明2及び
4の技術的範囲に属するものの,本件発明2及び4に係る特許はいずれも進歩性を
欠くものとして無効とされるべきものであるから,本件発明2及び4に係る特許を
侵害するものではないと判断して,控訴人の請求を棄却したため,控訴人が,これ
を不服として控訴したものです。
1-2 本件発明2
2 争点
主たる争点は、容易想到性の有無です。
3 裁判所の判断
3-1 相違点1について
本判決は、控訴人の「乙1発明は,塑性変形を観察及び監視しながら,単に金属外板の表面のくぼみ部分を元の形状に復帰させるくぼみ矯正装置を提供する発明であって,くぼみに係合する係合部材に細やかな(微妙な)力を加えながらくぼみの矯正を行うとの着想はなく,そのような記載も一切なく,また,乙2ないし8にも,板金面に溶着するビット等の先端に細やかな(微妙な)力を加えながら板金面を引き出す発明は一切記載されておらず,このように,乙1及び乙2ないし8には,本件発明2が目的としている解決課題及びこれに関連した記載,開示又は示唆はないから,乙2ないし8があっても,乙1発明に基づいて当業者が本件発明2に容易に想到することはない」との旨主張に対し、「乙2ないし8の開示事項は,いずれも自動車等の板金のくぼみを修正する工具に関するものであり,乙1発明とは技術分野が共通するとともに,板金用引出し具において,シャフトと板金面とを係合させるために,シャフトの先端部に配設し板金面に溶着可能なビットを備えるとの技術は,板金のくぼみを引き上げるために板金面に係合する部材を固定する点で,乙1発明の「くぼみ係合部材」と使用目的において共通する。したがって,乙1発明の「くぼみ係合部材」に代えて,技術分野及び使用目的が共通する「溶着可能なビット」を用いることは,当業者であれば適宜選択し得る事項と認められる」と判断し、「細やかな(微妙な)力を加えながら板金面を引き出すかどうかは,操作者が凹んだ板金面を見て,どのように引き出したら板金面の修復に合理的かを判断して実施する作業内容にすぎず,係合手段として何を用いるかとの事項と直接関係することではない。そうすると,乙1発明及び乙2ないし8に,仮に,くぼみに係合する係合部材に細やかな(微妙な)力を加えながらくぼみの矯正を行うとの着想や記載がなかったとしても,そのこと自体は,乙1発明の「くぼみ係合部材」を「溶着可能なビット」に置き換えることの阻害要因となるものではない」と結論づけました。
3-2 相違点2について
本判決は、控訴人の「乙1及び乙9ないし13には,くぼみに係合する係合部材に細やかな(微妙な)力を加えながらくぼみの矯正を行うとの本件発明2が目的としている解決課題及びこれに関連した記載,開示又は示唆はないから,乙9ないし13があっても,乙1発明に基づいて当業者が本件発明2に容易に想到することはない」旨の主張に対し、「乙1及び乙9ないし13に,仮に,くぼみに係合する係合部材に細やかな(微妙な)力を加えながらくぼみの矯正を行うとの記載,開示又は示唆がなかったとしても,そのこと自体は,乙1発明に乙9ないし13の技術を適用して,静止ハンドルと可動ハンドルとの間にバネを介在させ,このバネにより可動ハンドルを付勢させることに置き換えることの阻害要因となるものではない」と判断し、また,「乙9ないし13の開示事項は,いずれも,可動ハンドル式手動工具において,可動ハンドルを構成する一対のレバーの間にバネを配置し,バネの付勢力によって,押し出し,引き戻しの動きを与える構成が記載されており,このようにレバー(ハンドル)の間にバネを配置し,ばねの付勢力によって,押し出し,引き戻しの動きを与える手動工具は周知のものであった」ところ,「乙1発明もバネの付勢力に抗して対向するハンドル操作によって押し出し,引き戻しの動きを与える手動工具である点で技術分野が共通するものであり,一対のレバー間にバネにより付勢力を与える点で作用及び機能も共通する」ことから、相違点2に係る構成については,乙1発明に乙9ないし13の技術を適用することに障害はなく」と判断し、「当業者が容易に想到し得たものということができる」と結論付けました。
4 検討
本判決は、相違点1について、乙1発明の「くぼみ係合部材」に代えて,技術分野及び使用目的が共通する「溶着可能なビット」を用いることは,当業者であれば適宜選択し得る事項と認められる」と判断し、相違点2について、乙1発明とレバー(ハンドル)の間にバネを配置し,ばねの付勢力によって,押し出し,引き戻しの動きを与える周知の手動工具は、「一対のレバー間にバネにより付勢力を与える点で作用及び機能も共通する」ことから、相違点2に係る構成については,乙1発明に乙9ないし13の技術を適用することに障害はな」いと判断しました。
このように、本判決は、相違点1についての判示事項と相違点2についての判示事項とでは表現は異なるものの、実質的には、特定の課題を解決するための手段として複数の選択肢がある(作用効果に相違がない)ことが周知である場合、これらの選択肢を相互に置換することは、当業者の通常の創作能力の範囲内であり、容易想到であるという一般論を背景としてなされたものと解されます。
また、本判決は、相違点1に関する判断において、周知例(乙2から8)には、「本件発明2が目的としている解決課題及びこれに関連した記載,開示又は示唆はない」との控訴人の主張に対し、本件発明2の課題と「係合手段として何を用いるかとの事項と直接関係することではない」ことを理由として、阻害事由はないと判断しています。この判示は、裁判所が、課題の共通性以外に動機付けを基礎付ける要因があることを当然の前提としていることの証といえます。
以上
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