1 はじめに
スクイーズアウとは、支配株主が、多数決により、少数株主の地位を強制的に喪失させること(締め出すこと)をいう。このようにスクイーズアウトには少数株主の地位の強制的喪失が伴うことから、少数株主保護の観点から、一定の救済措置が法定されるとともに、一定の場合には、無効又は違法と判断されるリスクを伴う[1]。
かかるリスクを回避するためには、スクイーズアウトの公正性を担保することが有益であり、その基準として、90%ルールなるものが実務上主張されているとされているが、90%ルールは根拠に欠ける。スクイーズアウトの公正性については、全部取得条項付種類株主を利用したスクイーズアウトにより得られる社会的利益(主として企業価値の向上)が少数株主の喪失する利益を凌駕するか否かを種々の事情を総合考慮により判断する(総合判断ルール)のが正しい。
2 90%ルールの根拠
90%ルールとは、公正性を担保する基準として、「少数株主を排除するためには90%の議決権比率を確保することが必要(あるいは、それだけ確保すれば安心)という実務感覚」[2]を前提として、クイーズアウトの公正性を担保するため(適法かつ有効に少数株主を排除するため)には、買付者の90%の議決権比率というものである。
かかる見解の根拠として、以下の4つが指摘されている
a. 買付者が90%以上の株式を集めたという根拠からTOB価格の妥当性を説明しやすい。
b. 買付者が90%以上の株式を取得した場合には、東京証券取引所の規則上即時上場廃止となることから、現金化の道を失った株主の現金を配る手段として小数株主排除を行うことの説明がしやすい。
c. 少数株主排除を明文で認めている諸外国においては90%以上の賛成が必要とされていること。
d. 特別決議を可決できる3分の2に(念を入れて)残りの3分の1の3分の2を加えると9分の8(88.89%)となり、これを丸めて90%までとっておけば良いのではないかという感覚論。
3 90%ルールの根拠に対する批判
以上の4つの根拠は明文のない90%ルールを基礎付けるものとしては、いずれも説得力を欠く。
すなわち、第1に、根拠a.に対しては、「TOB価格の妥当性を説明しやすい」ということは程度問題にすぎない上、買付者の保有割合とTOB価格の妥当性と相関関係についていえることは、「買付者の保有割合が高ければ高い程、TOB価格の妥当性を説明しやすくなる」というのみことであり、買付者に必要とされる議決権保有割合がどうして「90%以上」であり、例えば、「95%以上」ではないのかという説明がないとの批判が妥当する。
第2に、根拠b.に対しては、東京証券取引所以外の証券取引所に上場している会社を対象会社とするスクイーズアウトについては根拠にならないことは明白な上、「現金化の道を失った株主の現金を配る手段として小数株主排除を行うことの説明がしやすい」ということは、根拠①と同様に程度問題にすぎないという批判が妥当する。
第3に、根拠c.に対しては、明文でスクイーズアウトにおける数値基準を規定している諸外国の例は、明文でスクイーズアウトにおける数値基準を規定していない日本法の解釈において参考にはなり得るものの決め手にはならず、むしろ、日本法の解釈において参考にすべきなのは、明文でスクイーズアウトにおける数値基準を規定していないアメリカ州法ではないかの批判が妥当する。さらに、明文でスクイーズアウトにおける数値基準を規定している諸外国においては、95%ルールを採用している国(ドイツ、ロシア、フランス等)もあるが、何故にそれの国を無視できるのか、という批判も妥当する。
第4に、根拠d.に対しては、論者も自認するように「感覚論」にすぎず、(i)「3回の特別決議」ではなく、何故「2回の特別決議」で足りるのか、(ii)88.89%ではなく、何故「丸めて90%」にしてしまうのか、論理的に説明できない事項に基づくものであり、明文にない要件を導入することを目指す法解釈の根拠とはなり得ない。
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