知的財産研究室

弁護士高橋淳のブロクです。最高裁HPに掲載される最新判例等の知財に関する話題を取り上げます。

高頻度取引事件判決

2014-11-26 23:43:11 | 職務発明

1 事件番号等

東京地方裁判所平成26年10月30日(平成25年(ワ)6158号)

2 事案の概要
本件は,被告の従業員であった原告が,被告に対し,リスクチェックの実行を伴う証券取引所コンピュータに対する電子注文の際の伝送レイテンシ(遅延時間)を縮小する方法等に関する職務発明について特許を受ける権利を承継させたとして,現行法の特許法35条3項及び5項に基づき,相当の対価の支払を求める事案です。

3 争点
(1) 被告発明規程の定めにより相当の対価を支払うことの不合理性
(2) 独占的利益の有無

4 裁判書の判断
4-1 争点(1)について
裁判所は、概要以下のとおり判断しました。

4-1-1 一般論
特許法35条4項によれば,使用者等は,勤務規則等において従業者等から職務発明に係る特許を受ける権利等の承継を受けた場合の対価につき定めることができ,その定めが不合理でないときは使用者等が定めた対価の支払をもって足りるところ,不合理であるか否かは,① 対価決定のための基準の策定に際しての従業者等との協議の状況,② 基準の開示の状況,③ 対価の額の算定についての従業者等からの意見聴取の状況,④ その他の事情を考慮して判断すべきものとされている。そうすると,考慮要素として例示された上記①~③の手続を欠くときは,これら手続に代わるような従業者等の利益保護のための手段を確保していること,その定めにより算定される対価の額が手続的不備を補って余りある金額になることなど特段の事情がない限り,勤務規則等の定めにより対価を支払うことは合理性を欠くと判断すべきものと解される。

4-2-2 協議等の有無
被告は,被告発明規程の策定及び改定につき,原告と個別に協議していないことはもとより,他の従業員らと協議を行ったこともうかがわれないし、被告において対価の額,支払方法等について具体的に定めているのは被告発明規程2であるが,これは原告を含む従業員らに開示されておらず、対価の額の算定に当たって発明者から意見聴取することも予定されていない。

4-2-3 特段の事情の有無
まず,対価の支払に係る手続の面で,被告において上記に代わるような手段を確保していることは,本件の証拠上,何らうかがわれない。

対価の額及び支払条件等の実体面については,被告発明規程2の定める出願時報奨金及び取得時報奨金の額(特許1件当たりそれぞれ3万円及び10万円)は,いずれも他の企業と比較して格別高額なものとはいえない。また,実施時報奨金については,上限額の定めはないものの,この点は多数の企業と同様の取扱いをしているにとどまり,被告において他社より高額な対価の支払が予定されていたとは解し難い。なお,実施時報奨金の支払につき,被告発明規程1が単に「発明又は考案の実施により当社が金銭的利益を得たとき」としているのに対し,これを受けて定められた被告発明規程2は「特許権又は実用新案権の取得したものに限る」としているが,特許権等の取得を要件としたことの根拠も本件の証拠上明らかでない。

4-2-4 小括
本件発明について,被告が原告に対し被告発明規程の定めにより対価を支払うこと(出願時報奨金のみを支払い,実施時報奨金は支払わないとすること)は不合理であると判断するのが相当である。

4-2 争点②について
4-2-1 新規性欠如
本件発明は米国で特許出願されたものであり,このような場合についても特許法35条3項及び5項が類推適用されると解されるものの,本件発明については新規性の欠如を理由に特許を受けられないことが確定している。このことは,特許を受ける権利の承継人が将来成立することのあるべき独占的地位に由来する独占的利益の不発生を推認させる事実であるから,相当の対価を請求する者は,それにもかかわらず上記の独占的利益が発生したことを相当の根拠をもって主張立証する必要があると解すべきである。

4-2-2 その他の事情
被告が野村ホールディングスに本件発明に係る特許を受ける権利を譲渡した際に,何らかの対価が確定的に授受されたことを認めるには足りない。
また,本件米国出願の前後から本件審査期間を通じて,FPGAを実装することで格段に加速された低レイテンシの取引を実現できることを示唆又は開示する研究成果の公表等が相次いでいたこと,高頻度取引の分野で被告グループ会社が競合他社に対して競争的優位を保っていたと認めるに足りないことからすると,本件審査期間中,被告が本件発明に係る技術分野で競合他社の市場参入を排除することができていたとも認め難い。
以上によれば,本件審査期間において,被告に本件発明に基づく独占的利益が生じていたと認めることはできない。また,本件審査期間経過後は,米国以外の国においても,本件発明につき特許権を受けることができないことが確定したから、被告に本件発明に基づく独占的利益が生ずる見込みはないというほかない。

4-2-3 小括
その余の考慮要素につき判断するまでもなく,原告は,被告に対し,本件発明について相当の対価の支払を請求することはできないものと解するのが相当である。

5 検討
5-1 不合理性の判断
現行特許法35条4項に規定する不合理性(以下「不合理性」)の判断については、従前は、手続が適正である場合であっても、発明の価値と対価の額とのバランスという実体的要素を考慮することにより、不合理性が肯定されるのではないかとの文脈において議論されてきました。
しかるに、本判決は、一般論として、手続が不備である場合であっても、「その定めにより算定される対価の額が手続的不備を補って余りある金額になること」を肯定している点において注目されます。
現行特許法35条4項が、手続的要素を不合理性の判断要素としている趣旨について、主として、手続の適正性により、発明の価値と対価の額とのバランスという実体的要素を担保しようとしたものであるとすれば、手続が不備である場合であっても、発明の価値と対価の額とのバランスが取れている場合には、不合理性を否定するべきと解されることになるのかもしれません。
しかし、本判決は、「その定めにより算定される対価の額が手続的不備を補って余りある金額になる」場合には、不合理性を否定すると述べているのですから、発明の価値を考慮することなく、「手続的不備と対価の額」を比較しているように見えます。そして、当てはめの部分においては、他社の金額との比較が検討されていますから、「手続的不備と対価の額」の比較は、他社の金額をベースに判断されることになるようです。
この点については、現行特許法35条4項の趣旨について、適正な手続により策定された基準に基づき適正な手続により算定された対価額については、特段の事情のない限り、その金額と発明の価値とのバランスを考慮しないとするものと理解する場合には、手続が適正ではない場合(=手続的不備がある場合)には、対価の多寡(他社の金額との比較)を検討するまでもなく、不合理性を否定するべきであったと解されます。
もっとも、本判決も、不合理性の判断に際しては、他社との比較を判断要素としており、発明の価値を考慮していない点においては正当であると考えられます。

5-2 独占の利益
本判決は、本件発明については新規性の欠如を理由に特許を受けられないことが確定していることを以て、特許を受ける権利の承継人が将来成立することのあるべき独占的地位に由来する独占的利益の不発生を推認させる事実であると述べており、この点は正当であると解されます。従って、独占の利益を主張する者は、この推認を覆すための主張立証が必要となります。
そして、本判決は、「FPGAを実装することで格段に加速された低レイテンシの取引を実現できることを示唆又は開示する研究成果の公表等が相次いでいたこと,高頻度取引の分野で被告グループ会社が競合他社に対して競争的優位を保っていたと認めるに足りないこと」から、「被告が本件発明に係る技術分野で競合他社の市場参入を排除することができていたとも認め難い」ことを根拠として、前記推認は覆らないと判断しました。
この結論に異論はありませんが、この結論を導く直接の根拠は、「競争的優位」がないことであり、「競合他社の市場参入の排除」をすることができていないことではないように思います。言い換えれば、独占の利益の有無を認定するに当たって必要なのは、「市場」における「競争的優位」の有無であって、「技術分野」における「競合他社の市場参入の排除」ではないでしょう。また、「技術分野」と「市場」は次元の異なる概念ですから、「技術分野」における「競合他社の市場参入の排除」という概念も意味も曖昧であると思われます。
なお、本判決を裏から読めば、、特許出願中の発明であっても、競争的優位の源泉となっている場合には、独占の利益が肯定されるときがあることにも留意すべきでしょう。

以上

 

 


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