スマート詩吟は面白い

スマート詩吟及び福祉詩吟は私の造語です。それらの普及を図っていきたいと思います。

闘病記14/24回(竜宮城への旅が終わって)

2012-12-21 14:27:47 | エッセー「竜宮城への旅が終わって」

 

6.片マヒ自立研究会への参加

 入院中の目標達成や友人との会話等の感激は瞬間的なものでしかなく、入院中の殆どは落ち込むことばかりでスマホによるインターネット検索で気を紛らわす毎日であった。

「脳卒中・リハビリ・片マヒ」等のキーワードから森山志郎氏著書「歩けた!!手が動いた」及び「心が動く」並びにホームページ「森山志郎記念館」に出会った。

森山氏は50歳代の現役ビジネスマンでの発症で、しかも右片マヒ、言語障害も合わせての症状ということで定年後発症の私と比べ物にならないくらい無念さがあり苦労されたことが想像できた。森山氏の著書の発行年度を見たら発症6年程経過していたので妙な気分で安心した。

やはり森山氏でも発症6年位は相当悩んだのだ。その後執筆に取り組んだのだ。それに比べて私は未だ1年目、未だましな方である。こんな相対的なことで満足している私は自己嫌悪に落ち入っていた。

入院中に希望を持てない毎日を過ごしている私にとって、とにかく退院したら森山氏にお会いしたい、森山氏の指導を仰がねば、森山氏に助けてもらわなければ、・・・ということで連絡を取った。

           106


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

闘病記13/24回(竜宮城への旅が終わって)

2012-12-21 13:36:27 | エッセー「竜宮城への旅が終わって」

 

5.退院

入院中の日記を読み返してみると、自分の揺れ動く気持ちが赤裸々に出ているものだと思い、理学療法士の方にコピーを手渡した。一番うれしかったことは、全く歩けなかった私が1ケ月目に病室内フリーになったことで、一番悲しかったことは病室から遠景に見える京浜工業地帯を見て、あの様な場所で仕事していたのに全く縁がなくなったと日記に残していたことである。

退院する時には自力で歩き誇らしげに玄関を出ていこうと思っていたが、皆さんへの挨拶、会計処理、荷物の整理など朝から慌ただしく、その様な気持ちを持つ余裕は全く無かった。入院中2回ほど自宅外泊を経験していたが、4ケ月ぶりの自宅は何も変わっていなかった。コップ1杯のビールのおいしさは忘れることが出来ない。

お酒の無い生活にすっかり慣れていたので、もうそれ以上欲しいとは思わなかった。習慣が最も個人のベースとなり行動を左右するものである。


5月連休前の退院だったので気分は爽やかだった。今後散歩道になる保土ヶ谷公園を集中的に散策した。よちよち歩きの子供を連れた家族と行き交うと「私もあの子供と変わらないなあ」と苦笑せざるを得なかった。少し余裕が出来た様である。

退院翌日から毎日8000歩歩行をノルマに課した。日を経るに従って左足首、左腰あたりがヤジロベと同じく一点で支えられた様にぐらつくことが気になり始めた。

入院中気にならなかった歩行時の左足指の痺れ、物を掴もうとする時の左手指の痺れ、うがいする時の首の痛みなど次第に気持ちを暗くしてしまった。退院後の健康管理は全て自分の責任であるからこれ以上症状が悪化すると家族に申し訳無い気持ちでいっぱいであった。

何回か主治医の診察を受けたが「気にし過ぎる!!」と一蹴された。最もインターネットで色々な掲示板に病状を投稿した素人診断では「痺れ、痛みがあることは良いことだよ!! それは神経が戻っている証拠だよ!!という自分に有利な意見を是としていたので主治医からの指導もダメ押しとして受け入れた。

        105


 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

闘病記12/24回(竜宮城への旅が終わって)

2012-12-21 13:15:53 | エッセー「竜宮城への旅が終わって」

 

桜が咲き終わり葉桜となろうとする頃予定通り退院の目途が立った。
理学療法士の方と趣味の話になり詩吟で私の好きな絶句「安宅関」、詩「雨にも負けず」、一茶俳句「すずめの子」などを披露した。高音が少し出なかったがベッドの中で小声であるが練習した成果もあり素人受けしたので満足した。

海釣りとゴルフも趣味であったが「ゴルフはもう一回したいなあ」と言うと、ゴルフの素振りとグランドゴルフを試させてくれた。釣りの醍醐味も忘れ難く、ゴルフは年4,5回同窓仲間と定例会を楽しんでいたので2,3年したら何とかしたいなあという気持ちが改めて湧いてきた。

 主治医との面接で退院は4月末と決まったが「自分としてはもっと回復するはずであるからもっとリハビリを続けたい」と訴えたが「指方さんはもう十分回復している。リハビリには6ケ月の壁というのがあり、もうそれ以上回復しないので十分理解して生活して欲しい」との指導を受けた。その時は6ケ月の壁とはそんなものかなあと渋々納得した。

048


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする