「猿田彦の怨霊」というタイトルに関心を抱き読んだ。『源平の怨霊 小余綾俊輔の最終講義』を読んでいたので、小余綾(コユルギ)俊輔シリーズの第2弾かと思って読み始めたら、第2弾として『采女の怨霊』が出版されていることを知った。これも見過ごしていたことになる。まあ、それぞれ独立した作品なので、前後しても差し支えなし。
本書は2023年12月に単行本が刊行された。
主な登場人物は3人。ほぼこの3人だけでストーリーが進展するところがちょっと特異である。
中核となるのは、勿論、小余綾俊輔。彼は日枝山王(ひえさんのう)大学民俗学科・水野研究室の助教授。非常に癖が強い水野史比古教授と似た者者同士の助教授で、民俗学界でも母校でも敬して遠ざけられている存在。学問や研究に垣根は微塵も必要ないという信条の持ち主。実力はある。研究や推理の赴くままに、学科という領域をやすやすと飛び越えて追究していくスタンスがおもしろい。そこが、このシリーズの読者を魅了するところだろう。
そこに、加藤橙子と堀越雅也が登場する。
加藤橙子は日枝山王大学の卒業生。東京の大手出版社の契約社員で、フリーの編集者。 堀越雅也は、日枝山王大学歴史学研究室、熊谷原二郎研究室の助手。
このストーリーの起点がまずおもしろい。三者三様のスタートの描写から始まる。
小余綾俊輔は、自分充てに届いている封書類の一通に目をとめた。10月半ばというのに、来年用のカレンダーが送られてきていた。来年は「申」年。
「申は天神で神の意」なのに、申という文字に、人間より劣るとされてきた動物の「猿」をあてはめたのか。申と猿の関係にふと関心を抱き調べ始める。
加藤橙子は、京都在住の歴史作家・三郷美波との新作打ち合わせの仕事を京都で終えた後、奈良の采女神社を再訪し、元興寺と御霊神社にも足を伸ばす予定を立てていた(この采女神社が本シリーズ第二弾で取り上げられているようだ)。そのことを三郷に話すと、三郷から「ならまち」とここにある「庚申堂」と「奈良町資料館」にも行くべきだと助言される。元興寺はもとは、御霊神社はもちろん「ならまち」をも境内に含んでしまうほどの規模だったこと。さらに、今日は60日に一度必ず巡ってくる「庚申の日」にあたることを三郷は橙子に告げた。「私はむしろ、この『庚申』に関して、あなたに調べてほしいくらい」(p21)とまで橙子に言う。これが奈良に赴く橙子にとって刺激剤になる。
奈良を訪れ、橙子は問題意識を刺激され知った情報が多く、己では整理しきれなくなっていく。自分なりに調べても整理しきれない橙子は、この謎解きを小余綾俊輔にぶつけてみようと考える。彼女はいわば、このストーリーを転がす根回し役的存在となる。
橙子が三郷の助言を踏まえ、列車中でインターネットで情報を調べ、奈良を巡り、問題意識を喚起しされたプロセスでのキーワードを列挙してみよう。凡そ次の語句が様々に関わっていく。だが、情報分析と整理がしきれず、橙子は戸惑ってしまう。
庚申信仰、道教、守庚申/庚申参り、庚申待ち、三尸、謎の民間信仰、庚申経
庚申塔、猿、三猿(見ざる、言わざる、聞かざる)、帝釈天、青面金剛、道祖伸
猿田彦神、括り猿、庚申堂の香炉(大きな香炉を頭の上に掲げる体を屈めた二匹の猿) 蒟蒻(蒟蒻の味噌田楽)
堀越雅也は、歴史学科が天皇の皇位継承問題、つまり「男系・女系天皇」問題でごたごたしている渦中にいた。熊谷教授は研究室の全員に個人意見を発表してもらう機会を持つことを通達した。堀越は重苦しい空気に耐えられず、大阪での平日の学会参加に手を挙げて大阪に逃避し、そこで己の考えをまとめようと思う。
学会に参加の後、摂津国一の宮・住吉大社に参拝する。堀越は、住吉大神の神徳の一つとして「和歌の神」と呼ばれるようになったのはなぜかという疑問を抱く。境内に鎮座する若宮八幡宮に応神天皇が祀られているのは不思議ではないが、相殿として竹内宿禰が祀られていることに違和感を感じた。そして、授与所で授与品を眺めていて、猿の土人形が目に止まりそれを土産に購入した。
堀越は、猿の土人形を土産にして、住吉大社で抱いた疑問と、自分が今抱えている「男系・女系天皇」問題について、小余綾俊輔の考えを聞いてみようと決意する。
堀越は俊輔に連絡を取り、話を聞く日時を設定した。一方、橙子も独自に俊輔にコンタクトをとったところ、堀越と会う場所に橙子も合流したらという形に話が進展する。
その結果、ストーリーの後半部は、3人の食事と飲みながらの会合での疑問点の整理とその究明のための会話が主体になっていく。
俊輔が着目した申と猿。橙子が庚申信仰から踏み込んで行き、そこから生まれた数々の疑問。堀越が皇位継承問題に関して抱えている問題と住吉大社で抱いた疑問。疑問点が整理され、俊輔による論理的な分析と推論、情報の統合により、疑問点が鮮やかに究明され、相互関係が明瞭になっていく。この究明プロセスが実に興味深いものとなっていく。
庚申信仰と天皇の皇位継承問題に関心を抱く人には、有益な小説だと思う。
ご一読をお勧めする。
ご一読ありがとうございます。
補遺
庚申信仰 :ウィキペディア
庚申塔 :ウィキペディア
青面金剛 :ウィキペディア
青面金剛 :「コトバンク」
元興寺 ホームページ
ならまち 情報サイト ホームページ
奈良市 神社 庚申堂 :「なら旅ネット」
身代わり猿 :「いざいざ奈良」(JR東海)
奈良市 神社 御霊神社 :「なら旅ネット」
住吉大社 ホームページ
祭神の神徳
授与品 厄除ざる
神功皇后 :ウィキペディア
第42話 神功皇后 :「関西・大阪21世紀協会」
武内宿禰 :ウィキペディア
330歳まで生きた? 伝説のヒーロー武内宿禰の足跡をたどる:「わかやま歴史物語100」
サルタヒコ :ウィキペディア
猿田彦神社とは :「猿田彦神社」
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その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)
こちらもお読みいただけるとうれしいです。
「遊心逍遙記」に掲載した<高田崇史>作品の読後印象記一覧 最終版
2022年12月現在 25冊掲載
本書は2023年12月に単行本が刊行された。
主な登場人物は3人。ほぼこの3人だけでストーリーが進展するところがちょっと特異である。
中核となるのは、勿論、小余綾俊輔。彼は日枝山王(ひえさんのう)大学民俗学科・水野研究室の助教授。非常に癖が強い水野史比古教授と似た者者同士の助教授で、民俗学界でも母校でも敬して遠ざけられている存在。学問や研究に垣根は微塵も必要ないという信条の持ち主。実力はある。研究や推理の赴くままに、学科という領域をやすやすと飛び越えて追究していくスタンスがおもしろい。そこが、このシリーズの読者を魅了するところだろう。
そこに、加藤橙子と堀越雅也が登場する。
加藤橙子は日枝山王大学の卒業生。東京の大手出版社の契約社員で、フリーの編集者。 堀越雅也は、日枝山王大学歴史学研究室、熊谷原二郎研究室の助手。
このストーリーの起点がまずおもしろい。三者三様のスタートの描写から始まる。
小余綾俊輔は、自分充てに届いている封書類の一通に目をとめた。10月半ばというのに、来年用のカレンダーが送られてきていた。来年は「申」年。
「申は天神で神の意」なのに、申という文字に、人間より劣るとされてきた動物の「猿」をあてはめたのか。申と猿の関係にふと関心を抱き調べ始める。
加藤橙子は、京都在住の歴史作家・三郷美波との新作打ち合わせの仕事を京都で終えた後、奈良の采女神社を再訪し、元興寺と御霊神社にも足を伸ばす予定を立てていた(この采女神社が本シリーズ第二弾で取り上げられているようだ)。そのことを三郷に話すと、三郷から「ならまち」とここにある「庚申堂」と「奈良町資料館」にも行くべきだと助言される。元興寺はもとは、御霊神社はもちろん「ならまち」をも境内に含んでしまうほどの規模だったこと。さらに、今日は60日に一度必ず巡ってくる「庚申の日」にあたることを三郷は橙子に告げた。「私はむしろ、この『庚申』に関して、あなたに調べてほしいくらい」(p21)とまで橙子に言う。これが奈良に赴く橙子にとって刺激剤になる。
奈良を訪れ、橙子は問題意識を刺激され知った情報が多く、己では整理しきれなくなっていく。自分なりに調べても整理しきれない橙子は、この謎解きを小余綾俊輔にぶつけてみようと考える。彼女はいわば、このストーリーを転がす根回し役的存在となる。
橙子が三郷の助言を踏まえ、列車中でインターネットで情報を調べ、奈良を巡り、問題意識を喚起しされたプロセスでのキーワードを列挙してみよう。凡そ次の語句が様々に関わっていく。だが、情報分析と整理がしきれず、橙子は戸惑ってしまう。
庚申信仰、道教、守庚申/庚申参り、庚申待ち、三尸、謎の民間信仰、庚申経
庚申塔、猿、三猿(見ざる、言わざる、聞かざる)、帝釈天、青面金剛、道祖伸
猿田彦神、括り猿、庚申堂の香炉(大きな香炉を頭の上に掲げる体を屈めた二匹の猿) 蒟蒻(蒟蒻の味噌田楽)
堀越雅也は、歴史学科が天皇の皇位継承問題、つまり「男系・女系天皇」問題でごたごたしている渦中にいた。熊谷教授は研究室の全員に個人意見を発表してもらう機会を持つことを通達した。堀越は重苦しい空気に耐えられず、大阪での平日の学会参加に手を挙げて大阪に逃避し、そこで己の考えをまとめようと思う。
学会に参加の後、摂津国一の宮・住吉大社に参拝する。堀越は、住吉大神の神徳の一つとして「和歌の神」と呼ばれるようになったのはなぜかという疑問を抱く。境内に鎮座する若宮八幡宮に応神天皇が祀られているのは不思議ではないが、相殿として竹内宿禰が祀られていることに違和感を感じた。そして、授与所で授与品を眺めていて、猿の土人形が目に止まりそれを土産に購入した。
堀越は、猿の土人形を土産にして、住吉大社で抱いた疑問と、自分が今抱えている「男系・女系天皇」問題について、小余綾俊輔の考えを聞いてみようと決意する。
堀越は俊輔に連絡を取り、話を聞く日時を設定した。一方、橙子も独自に俊輔にコンタクトをとったところ、堀越と会う場所に橙子も合流したらという形に話が進展する。
その結果、ストーリーの後半部は、3人の食事と飲みながらの会合での疑問点の整理とその究明のための会話が主体になっていく。
俊輔が着目した申と猿。橙子が庚申信仰から踏み込んで行き、そこから生まれた数々の疑問。堀越が皇位継承問題に関して抱えている問題と住吉大社で抱いた疑問。疑問点が整理され、俊輔による論理的な分析と推論、情報の統合により、疑問点が鮮やかに究明され、相互関係が明瞭になっていく。この究明プロセスが実に興味深いものとなっていく。
庚申信仰と天皇の皇位継承問題に関心を抱く人には、有益な小説だと思う。
ご一読をお勧めする。
ご一読ありがとうございます。
補遺
庚申信仰 :ウィキペディア
庚申塔 :ウィキペディア
青面金剛 :ウィキペディア
青面金剛 :「コトバンク」
元興寺 ホームページ
ならまち 情報サイト ホームページ
奈良市 神社 庚申堂 :「なら旅ネット」
身代わり猿 :「いざいざ奈良」(JR東海)
奈良市 神社 御霊神社 :「なら旅ネット」
住吉大社 ホームページ
祭神の神徳
授与品 厄除ざる
神功皇后 :ウィキペディア
第42話 神功皇后 :「関西・大阪21世紀協会」
武内宿禰 :ウィキペディア
330歳まで生きた? 伝説のヒーロー武内宿禰の足跡をたどる:「わかやま歴史物語100」
サルタヒコ :ウィキペディア
猿田彦神社とは :「猿田彦神社」
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「遊心逍遙記」に掲載した<高田崇史>作品の読後印象記一覧 最終版
2022年12月現在 25冊掲載