遊心逍遙記その2

ブログ「遊心逍遙記」から心機一転して、「遊心逍遙記その2」を開設します。主に読後印象記をまとめていきます。

『日暮れ竹河岸』  藤沢周平   文春文庫

2023-01-07 22:30:47 | 藤沢周平
 本書は短編小説集である。「あとがき」に著者は、「江戸おんな絵姿十二景」を掌編小説と称し、「広重『名所江戸百景』より」に収録された7編を「枚数は多少ひかえ目ながら、一般的な短編小説にちかく」と区別している。掌編小説の方は「一話が、大体原稿用紙十二、三枚という分量ではなかったかと思う」と記す。そして、著者自身は「広重『名所江戸百景』より」(短編小説集)の方が、「江戸おんな絵姿十二景」(掌編小説)の苦労はなく仕上がっていると明記している。興味深いところだ。
 「江戸おんな絵姿十二景」は「文藝春秋」(1981年3月号~1982年1月号)に、「広重『名所江戸百景』より」は「別冊文藝春秋」(194号~214号)にそれぞれ掲載され、1996年11月に単行本として刊行され、2000年9月に文庫本化されている。

 辞書を引くと、掌編は「ごく短い文学作品。コント」(『日本語大辞典』講談社)、「コント」(『新明解国語辞典』三省堂)と説明されている。
 逆に、「コント」を引くと、「①機知・諷刺のきいた短い物語。②短編小説」(『日本語大辞典』講談社)、「①諷刺と機知に富んだ、小説。②人を笑わせることだけを目的とする、滑稽な寸劇」(『新明解国語辞典』三省堂)と説明されている。

 収録されている作品について、ごく短く印象等をご紹介したい。

=== 江戸おんな絵姿十二景 ===

<夜の雪>
 おしづに繰り返し縁談話を持ち込む政右衛門。だが、おしづは突然に店を辞めて去った新蔵にその思いが向いている。一途で秘やかな女心が鮮やかに切り取られる。

<うぐいす>
 おしゃべりが因で子を死なせ無口になったおすぎ。「親方の世話で鑑札をもらうことになった。・・・やり直しだ」その後の夫・勝蔵のひと言がおすぎの心を甦らせる・・・。

<おぼろ月>
 縁談の決まったおさとは、駆け落ちしてまで所帯を持ったおきくに逢いに行く。
 遅くなった帰路での思わぬハプニング。おさとの心の変化をシャープに描く。

<つばめ>
 簪を盗んだことがきっかけで、おきちは錺職人巳之吉と約束ができる。だが、その約束が反故となる。うきうき感を裏切られた女心を巧みに切り取っている。

<梅雨の傘>
 女郎にとり小金を持つ男かどうかが判断基準。縁ぎりと縁づくりの手練手管を描き込む。同輩を出し抜くのも手段のうち。ここにも厳しい世渡りが。

<朝顔>
 夫の忠兵衛から貰った朝顔の種子。おのうは朝顔を育てて楽しむ。だが、その出所を知ると・・・おのうの心情が逆転する。朝顔こそ哀れ。

<晩夏の光>
 小料理屋に勤めるおせいは客の一人に妾話を持ちかけられる。心のふんぎりをつけたいと、捨て去って行った男・伊作を探し歩く。「これがあたりまえさ」とつぶやくことに。文末は「ひとつの季節の終わりが見えた」の一文。余韻が残る。

<十三夜>
 図々しくもすすきをもらいに来る隣りの女房。お才は会話に気分を害する。腕いっぱいにすすきを抱えて帰ってきた夫・菊蔵との会話で日常が戻る。一言が気分を変える機微を描く。

<明鳥>
 吉原の大籬大黒屋の花魁播磨に入れあげたうえ、別れを言って去った新兵衛を播磨の視点から思い描く。新兵衛の生き様がおもしろい。

<枯野>
 紙問屋山倉屋清兵衛は中風で死ぬ。妻のおりせは、夫の女遊びの後始末をする羽目に。同業の戸田屋仙太郎にその交渉を依頼する。おりせの心の変化を描く。火遊びの予兆。

<年の市>
 例年通り、浅草寺の市で買物をするおむらは、息子の宗吉が家を出て行った妻のおきくと一緒に居る姿を目撃する。その経緯の顛末譚。姑の心理が鮮やかに・・・。

<三日の暮色>
 年賀の挨拶回りから戻って疲れているおくに。店先には門付け芸人や物もらいが訪れる。物もらいがとなえごとを繰り返している。おくにはその声に聞き覚えがあることを感じた。そして、自らの今の自分のしあわせを再認識することに。めぐり合わせの妙か。

=== 広重「名所江戸百景」より ===

<日暮れ竹河岸>
 商売の失敗で、明日の催促に対する借金の工面に走り回る信蔵の姿を描く。奉公していた頃の同輩六助から金を借りられてしのげるようになっるのが日暮れの竹河岸。「河岸の空に月が出ているのに、信蔵ははじめて気がついた」の一文に信蔵の心理が凝縮されている。

<飛鳥山>
 桜の名所で庶民の行楽地。女はかわいい女の子に目をとめる。花見客の一団から商家の下女が迎えにやって来る。その下女はその子をゆきちゃんと呼び、捨てぜりふは「人さらいにさらわれるからね。それでもいいの」。一団の花見描写がつづく。ゆきの境遇が見えて来る。女はゆきを連れ去っていく。そこに過去の記憶が二重写しになる。
 女と一緒にゆきが去る。その女に「おっかちゃん」とささやく点にゆきの心情はが溢れている。

<雪の比丘尼橋>
 50代の鉄蔵が昔の手間賃を何とか得て、それをふところに、比丘尼橋傍で、荷を担いできたおでん屋の酒を飲む。橋を渡りきったところで、猪鍋屋に立ち寄り、一騒動起こす羽目に。老境に入る鉄蔵のやるせない、かつふてくされた心情が描出されている。

<大はし夕立ち少女>
 店に奉公するさよは外にお使いに出るのが好き。そのさよが知らない町へお使いに出る。その往復の様子が綴られていく。帰路に大橋を渡る頃雷鳴とどろき、夕立に遭う。二十過ぎと思われる男に傘に入れと誘われるエピソードがさよにとっての初体験になる。好奇心旺盛な12歳の少女の行動が生き生きと描き出されている。

<猿若町月あかり>
 下駄雪駄鼻緒問屋相馬屋の奉公人が店の戸を閉めようとした時に、主人善右衛門のもとに、甥の富蔵が現れる。5両の借金依頼である。善右衛門は話を聞くが追い返す。だが、その後、3両の金を包んで富蔵を追いかける。善右衛門の心理の変化が巧みに描かれていく。善右衛門が行う己の心理の変転の振り返りが興味深い。自分中心に物事を考えてしまう様子が巧みに織り込まれている。そうだよな・・・と共感する。

<桐畑に雨のふる日>
 ゆき10歳の時に父由松が失踪した。そして9年が経つ。ゆきは駿河屋に通いで勤めている。ゆきが父の消息を知ることと、ワタリ修業を済ませた24歳の大工豊太と夫婦になると決心するまでの過程がゆきの父親への思いを軸に描かれて行く。豊太っていい奴という気がする。

<品川洲崎の男>
 小間物屋の店先で白粉を選んでいたみちは、半年前にふっつり消息を絶った男が通り過ぎるのに気づいた。ひとの女房となっていたみちが、所も名前も明かさないという条件でつきあい陶酔した男だった。みちは偶然にも男の素性を知ることになる。過去の経緯の回想、錺職人の亭主との関係状況などが描き込まれていく。そして、みちは大胆な行動に出る。みちの気性がはっきりとみえる落としどころがいい。

 人の心の襞を見事に切り取って描き出した小品集と感じる。
 これが作者生前最後の作品集となったという。

 ご一読ありがとうございます。


補遺
歌川広重の『名所江戸百景』 全118枚  :「ネット美術館『アートまとめん』」
名所江戸百景  :ウィキペディア

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「遊心逍遙記」に掲載した<藤沢周平>作品の読後印象記一覧 最終版 2022年12月現在 12冊

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