遊心逍遙記その2

ブログ「遊心逍遙記」から心機一転して、「遊心逍遙記その2」を開設します。主に読後印象記をまとめていきます。

『特異家出人 警視庁捜査一課特殊犯捜査係堂園晶彦』 笹本稜平 小学館文庫

2024-03-10 00:23:41 | 笹本稜平
 読み継いでいる愛読作家の一人。残念なことに2021年11月に逝去された。享年70歳。
 本書は2010年8月に単行本が刊行され、2014年9月に文庫化された。末尾の「本書のプロフィール」によると、完全改稿しての文庫化とのこと。
 シリーズ化されそうなタイトルづけなのだが、出版時期を考えると単発の作品にとどまったようである。

 さて、本作は有村礼次郎という84歳の老人の行方がわからなくなったということに端を発する。葛飾区在住、一人暮らしの老人の行方不明。いなくなったのは6日前から5日前にかけてで、通報してきたのは、その老人と親しい近所の加藤奈々美という小学校5年生の子だった。警察が動くまで、幾度も交番に訴えてきたという。
 無差別連続殺人事件の特別捜査本部が店仕舞いして、事件捜査に借り出されていた特殊犯捜査係の堂園は、待機番で一休みしていた。午前8時に特殊犯捜査第二係長・高平から電話でたたき起こされる。奈々美という少女の訴えてきた事案について語り、高平は堂園にその状況をあたってみろと指示をした。高平が「いまのところ特異家出人と通常の家出人の境界線上というところだな」と判断しているレベルの事案だった。亀有警察署刑事課主任の浜中良二がこの事案を高平係長に連絡してきたのだ。
 このストーリー、堂園が亀有警察署の浜中に堂園がコンタクトするところから始まって行く。
 有村礼次郎は大正13年、鹿児島県曽於郡志布志町生まれ、終戦の年の昭和20年、21歳のときに東京に籍を移し、その後も何度か戸籍所在地を東京都内で移している。現在地には20年以上も暮らしながら、近所との付き合いは殆ど無し。中古の家を即金で購入して移り住み、修繕をする程度で住み続けている。周辺の人々は有村は相当な資産家であると噂しているという。奈々美の話では、小学校3年の時に、学校帰りに公園のベンチに座り苦しそうな老人を見かけたので、119番に通報し、救急車の到着まで、老人の側で胸を擦ってあげていた。それがきっかけで奈々美は有村と親しくなり、お爺ちゃんと呼び仲良しになり、有村の家に出入りするようになった。有村から家の合鍵を託されるようになっていた。少女が有村を心配する様子と状況を考え、有村の捜査を堂園は約束する。
 堂園から電話で報告を受けた高平は、所轄が了解ならこのヤマを特殊犯捜査第二係で仕切ろうと判断する。
 令状を取り、有村宅に鑑識課員を入れ、家宅捜査から始まる。捜査結果からみて、有村が何者かに拉致された可能性が高くなる。
 有村の周辺を調べると、彼が骨董品の根付コレクターとして有名で、時価2億円のコレクションを有することと、相当の資産を保有することが分かる。預金通帳や有価証券の類をしまっていると担当の銀行員が聞いていた自宅の金庫は空の状態だった。
 犯人が有村の身柄を必要とするのは、彼の資産を金に換えるために有村が必要だというだけである。用が済めば殺される・・・・。まさに、特殊犯捜査係の出番といえる事案だった。殺人犯捜査なら、有村が遺体で発見されてから捜査が始まる。
 奈々美の熱心な捜査願いがなければ、有村の失踪は誰にも知られず事件にもならないで、闇から闇に消えたかもしれないのだ。

 殺人事件の捜査とは異なり、有村が拉致されたこの事件は、時間との勝負となっていく。有村の資産が引き出される操作が始まってしまえば、有村は即座に消される可能性が高くなる。
 有村を救出し、事件を解決するためには、事件を捜査していることを犯人たちに気づかせないために、マスコミの注目を浴びない形で極力隠密裡に捜査を進行させる必要がある。
 捜査は、近隣周辺、金融機関や骨董店等への聞き込み捜査と拉致された目撃者探しから始まって行く。鑑識の結果と目撃者の発見から、元暴力団員・中俣勇夫が拉致に関わっていること、逃走に使われた車が鹿児島ナンバーであることなどが分かってくる。

 一方、そんな最中に堂園は父親からの着信があり、実家に電話を入れると、鹿児島に住む祖父の弟の長男、堂園多喜男の死、それも自殺を知らされる。事件を抱えていることと年齢が亡くなった祖父と同じで、鹿児島県出身で名前が有村礼次郎と問われるままに告げると、父親は思い当たることがあるという。父親が調べて有村は祖父と同級生だったようだと言う。思わぬことから、有村は堂園の祖父とのつながりが出て来た。父親から送信されてきた祖父と写る有村の写真を見て、子供の頃の古い記憶を堂園は思い出した。
 有村の拉致された可能性の高いこの事案に、どこかで祖父との関わりもある因縁が堂園の心をよぎる。
 
 このストーリーの展開で面白い点がいくつかある。
*有村を救出するための捜査の過程で、祖父と有村が友人関係という過去の接点、その因縁が、堂園の心に引き起こす心理。それが堂園の捜査行動の底流に織り込まれていく。堂園はどう対処していくのかへの関心が読者に生まれる。
*捜査の実質的な舞台が鹿児島に移る。鹿児島県警の捜査を主体に、鹿児島に飛んだ堂島と浜中は、県警の捜査に協力するという立場で当初は事件に関わることになる。鹿児島県警と警視庁との組織関係の問題が関わってくる。堂園がどのように対応していくかに関心が高まっていかざるをえない。
*堂園の視点を介して、鹿児島県警という地方警察組織と警視庁の組織とが対比的に描き込まれる。その類似点、相違点の描写が興味深い。フィクションであるが、たぶんかなり実態を活写している面があるように思われる。
*事件の進展過程で、捜査を取り仕切る主体が誰かという点が、ストーリーにリアル感を加えている。
*有村はまだ生きているか? その緊迫感が徐々に高まっていく経緯は、読ませどころになっている。
*そして、遂に、奈々美が誘拐されるという事件までもが発生することに・・・・・。
 ストーリーの構成がやはりうまい。
*終戦の直前直後の九州の状況が織り込まれていくことにより、当時の社会情勢の一端が想像しやすくなる。当時の現実が巧みに織り込まれているように感じる。日本史の教科書には出て来ないような現実の一端がフィクションの中にリアルに織り込まれているように思う。
*最後に、有村礼次郎の過去が明らかになる。このクライマックスへの導入がこのストーリーであるとも言える。読者を引きこんでいくストーリー構成はさすがである。

 有村老人が堂園に語る言葉をご紹介しておこう。
 「どんな草木にも花が咲くように、誰の人生にも花の咲く時期があるらしい。私の場合は枯れ木に花が咲いたようなもんだが、それでも花は花だ。たくさんの温かい心が私を魂の牢獄から救い出してくれた。棺桶に片足を突っ込んでいるが、これから私もわずかな余生を、誰かの人生に花を咲かせることに使って死にたいもんだよ」(p493)

 ご一読ありがとうございます。


補遺
一般家出人と特異行方不明者  :「相談サポート」
行方不明者届(旧捜索願)について :「家出人相談センター」
特異行方不明者とは大至急捜索すべき人 | 主な特徴と捜索方法まとめ:「人探しの窓口」
日本行方不明者捜索・地域安全支援協会 ホームページ

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こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『卑劣犯 素行調査官』   光文社文庫
『流転 越境捜査』   双葉社
「遊心逍遙記」に掲載した<笹本稜平>作品の読後印象記一覧 最終版
                     2022年12月現在 29冊

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