遊心逍遙記その2

ブログ「遊心逍遙記」から心機一転して、「遊心逍遙記その2」を開設します。主に読後印象記をまとめていきます。

『読み解き源氏物語』 近藤富枝  河出文庫

2024-05-01 13:17:14 | 源氏物語関連
 本書のタイトルは、2008年5月に文庫化されるにあたり改題された。手元の文庫は初版である。奥書によると、元本は、1996年7月刊『近藤富枝と読む源氏物語--千年めの男ぎみと女ぎみ』(発行オリジン社・発売主婦の友社)と記されている。
 そして、本書の「はじめに」の冒頭は、「まことに源氏ブームである。その講筵は日本中あらゆるところにあり、新しい現代語訳もつぎつぎと出版され、史上始まって以来の黄金時代であるというべきであろう」という文から始まる。「はじめに」には日付が記されていない。「あとがき」には2008年春と付記されている。「はじめに」は元本の刊行時に記されたものと推測した。
 ネット検索してみると、「1998年4月15日(水) 源氏物語ブームを読む」という見出しの番組紹介ページを見つけた。NHK・クローズアップ現代の全記録の一項である。(資料1)番組紹介文文から、この時期は、瀬戸内寂聴さんの源氏物語訳が6年かけて完成していた時で、大ブームを巻き起こしていたことがわかった。なるほど、その頃にあたるのかと思った次第。

 本書は著者が20年来「源氏」を読む教室を続けてきたという経験を踏まえて、様々な観点から『源氏物語』を読み解くというエッセイ集といえる。文庫本で7,8ページの目安で大半の項目がまとめられている。「ともあれこの本は、源氏ファンの一人から源氏ファンの方々へ寄せる、親密なないしょばなしだと思っていただきたい」と述べて、著者は「はじめに」の末尾を締めくくっている。
 である調の文体で書かれていて、一エッセイ完結型であり、内容は読みやすくまとまっている。きちりと突っ込みはあるが、学術っぽさは避けられているので、敷居の高さは感じない。読者は関心に応じて、どこからでも読む進めることができると思う。

 本作の全体構成を最初にご紹介する。括弧内の数字はその章に載るエッセイの数。
   第1章 現代の窓から見る    (6)
   第2章 恋の手習い       (6)
   第3章 平安の世情       (5)
   第4章 貴人(アテビト)の秘めごと (6)
   第5章 うつろいの美      (5)
 色々な視点から読み解かれていることがおわかりいただけるだろう。

 以下、印象深い記述個所をご紹介し、本書への誘いとしたい。
「」は引用、他は要約、⇒以下は私見や補足説明である。

 [ はじめに ] には著者のスタンスが明確に述べられている。
*「教室での私はどこまでも原文尊重主義である。どんなに巧いいいまわしをあてはめても『源氏』の文章そのままの香気はあらわせない。・・・・教室のお仲間に音読をすすめることにしている」 p4
*「『須磨がえり』という言葉があるように、須磨の巻ぐらいで中断してしまう人が多いのだ。・・・・須磨までは上質の大衆小説であり、メルヘンである。それ以後で作者は、光の人生以外に女人たちの女人であるが故の苦しみを真摯に描いて、人間とは何かに迫っている。『須磨』までもいいが、『須磨』以後も読まなければ『源氏』は読んだとはいえない」  p5-6

 [ 第1章 現代の窓からみる ]

 < 王朝事件簿 > では次の点に触れている。
*主要な人物には思い当たるモデルが存在する。ズバリもあれば複合された人物もある。 p24 
    ⇒ このエッセイでは史実から推定できるモデル事例にふれている。
*「『源氏』は藤原時代の女房(宮中や上流貴族の家に部屋を賜って仕える侍女)の話し言葉、語りで全編が表記されている」 p25

 < 夕顔の巻の謎を推理する >
*推理小説と考えてもおかしくないと述べ、戯曲風に著者は謎を推理していく。
*「それから夕顔という花。平安時代は全く認められていなかった。画やきものの文様などに使われるようになったのは『源氏』で、夕顔の巻が生まれて以後のことである」p41
    ⇒ エッセイの末尾のこの指摘は知らなかった。

 < 年上妻 >
*「平安時代は年上女房が断然多かった。貴族の男性が加冠(成人式)をすると、早速その晩副伏(ソイフシ)といって妻が与えられる。当時は身分が高ければ高いほど加冠の年齢は若く、皇子などの場合は十一、二歳が多かった。となると副伏の女性は年上が選ばれる」
  P42  ⇒ 光源氏は12歳で加冠。左大臣の娘の葵は4歳年上。

 < 光源氏の犯罪 >
*「彼(=光源氏)にはさまざまの犯罪疑惑があるので、私の推理を語ることにしよう。
  まず彼は生涯に多くのレイプを行なっている」 p60

 [ 第2章 恋の手習い ]

 < 初枕 >
*「初枕というものが心の用意のなかった少女にとってどんなにショックなものかを作者はいいたかった。とにかく『源氏』以前にこうした女性心理の描写は文学でなされていない」 p83
     ⇒ 紫君に関連して
*「初夜の晩は婿の沓を花嫁の父か兄が抱いて寝るということである。これはこの家に婿の足を止めさせる呪(マジナイ)であった」 p84  ⇒ 初めて知ったこと。

 < くぜつ八景 > 著者は光君の「女のくどき方」を八景にまとめ、説明している。
   第1景 平気で嘘をつくこと
   第2景 ぬけぬけとほめる
   第3景 殺し文句を忘れるな
   第4景 攻撃とは最良の防衛
   第5景 女心にタックル
   第6景 ロマンを演出せよ
   第7景 冒険で女心をゆさぶれ
   第8景 尼姿でもためらわない

 <幸人(サイワイビト) >
*「『源氏』若菜上の巻で世間の人たちが幸人として賞でた女人がいるが、それは明石尼君であるのが意外性があっておもしろい」 p110 ⇒この後著者は当時の論理をたどる。

 [ 第3章 平安の世情 ]

< 女君の出産 >
*「この頃のお産は座産です」 p127

< 香をつくる >
*「きものに香をたきしめるのは一晩かかる。夫が他の女のもとへ行くのに、その身じまいの世話をする妻の哀しさが『源氏』には散見できる」 p139
*「香は身につける人が秘術を尽くして自分流のかおりを処方するので、匂いだけで誰がくるのかわかるということもあろう」 p140

 [ 第4章 貴人(アテビト)の秘めごと ]

 < 女房たち >
*「中宮とか女御とか内親王になるとかなりの人数で、入内の折の供揃えに三、四十人と書かれていることが多い。ただし女房以外にもいろいろ下仕えの女とか樋洗(ヒスマシ)とか、女童(メノワラワ)とかいるわけで、侍女団の人数はざっと百名内外をそれぞれの御殿は抱えていると思う」 p156
*「彼女たち(=女房)は独身である必要はない。恋人でも夫でも主家のわが局(ツボネ)に通ってくることは当然のことで、子供ができれば産休をとって自宅で産み、やがて子供は乳母に托してまた主家に戻ってくる。場合によっては赤児同道ということもある。子が少し大きくなると、女なら女童、男の子でも何かの用にいっしょに主家に勤める。そうした人の夫はだいたい主人の宮廷における部下だったり、家司(ケイシ)だったりである」 p159

 [ 第5章 うつろいの美 ]

 < 春秋の争い >
*「平安人の自然観察はなかなか鋭く深いものがある。春から夏へ夏から秋へ季節が二重写しになっている美しさを発見したのは彼らで、”うつろい”という言葉でそれを表現している。しかし何ごとも遊戯化せずにはいられなかったのがこの時代の貴族たちである」    p204
*「装束のかさねにも四季の別をいい立てて、自然と一体化しようという思いが見られる」    p208

 この辺りでとどめておこう。
 『源氏物語』が創作された当時の時代背景、宮廷政治の知識、宮廷の日常生活の基礎知識がどれだけ備わっているかによって、ストーリーの読み方に深浅、濃淡が加わってくることを感じるエッセイ集である。私の覚書を兼ねて、なるほどと思った箇所の一部を抽出したにすぎない。『源氏』を味読するには、もっと基礎知識の充実が必要だと感じさせる一書となった。

 お読みいただきありがとうございます。

参照資料
1. 源氏ブームを読む 1998年4月15日(水)  クローズアップ現代 :「NHK」


補遺
近藤富枝   :ウィキペディア
源氏物語の各種現代語訳について  finalvent 氏 :「no+e」
今年こそ、『源氏物語』....あなたが選ぶ現代語訳は? ;「讀賣新聞オンライン」

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こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『道長ものがたり 「我が世の望月」とは何だったのか-』 山本淳子 朝日選書
『芸術新潮 12』 特集 21世紀のための源氏物語   新潮社
『源氏物語』  秋山 虔   岩波新書
『古典モノ語り』   山本淳子   笠間書院
『紫式部考 雲隠の深い意味』   柴井博四郎  信濃毎日新聞社
『源氏物語入門 [新版]』  池田亀鑑  現代教養文庫

「遊心逍遙記」に掲載した<源氏物語>関連本の読後印象記一覧 最終版
                2022年12月現在 11冊


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