100才まで生きてやる!

毎日楽しく生きる日刊ブログ

ウクレレをそのうち弾いているかもしれないでヤンス❢ という話。

2017年02月22日 | 生活クラブ
ウクレレもいいなと突然、思い立って、買い物ついでに楽器屋さんに寄った。
ケッコ~な種類のウクレレが並んでいる。



手に取ってみると、大きさがちょうどいい。
ふところにチョコンとおさまる。
脇を占めて抱きかかえる・・・ああ、赤ちゃんサイズだ。

ポロン、ポロン・・・
おっ、指が届く。
ワタクシは指が短いものだから、大学の頃にギターをソッコ~断念した思い出がある。

自慢じゃないが、生まれてこの方、楽器を趣味にしたことがない。
小学校の頃はリコーダ―が少し好きだったけれど、大きくなるにつれて、吹かない、弾かない、たたかない人になった。

ウクレレと言えば、牧伸二だ。
「あ~ん、あんあ~、いやんなっちゃた、あ~ん、あんあ、おどろいた」
ウクレレ漫談かぁ~

ウクレレっていいな❢
ユーチューブを見て考えようっと❢
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ゴルの道は長く、遠く、イバラの道で・・・という話。

2017年02月22日 | ゴルフクラブ
時々、打ちっぱなしで見かけるおじいさんがいる。
ゼッタイ70歳は越している。

タバコが好きで、練習の合間にしょっちゅう吸っている。
副流煙がくさい。
おまけに、老人臭もきつい。
だから、できたら近くで練習したくない。

でも、今日はボクの目の前で打っていた。
おじいさんは明らかにおじいさんなんだけれども、ボクよりも上手に遠くへ飛ばす。
クラブを肩にひょいと担ぐように上げて、大きくスイングする。
ボールは高く、遠くへ飛んでいく。
見事だ❢

おじいさんはキチョウメンな性格らしく、使うクラブは最初からバッグの外に出して、きちんと並べておく。
ボクはキチョウメンとは言いがたく、出したり、入れたり、気分しだいでコロコロ変わる。
並べ方もバラバラだ。
最後にまとめて入れればいいと思っている。

おじいさんはボールもキチョ~メンに同じところへ、同じ高さで飛んでいく。
ボクのボールはバラバラだ。
まるで小さな意思をもっているかのようだ。

「年季がちがう」と言われたら、そりゃあ、グ~のネも出ないけれど、どうしたらあんないいボールが打てるんだろうと、車の中でも、家に帰ってからも、ずっと考えている。
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子どもの頃からずっとビンボ~症なのだ、という話。

2017年02月22日 | 人生クラブ
貧しさを実感したことがある。
小学生の頃、友だちの家に遊びに行った時のことだ。

友だちの家を見てビックリした。
壁がうすい板切れ一枚なのだ。
外壁も内壁もいっしょのたった一枚。
それも柱をつくるときに出てくる切れ端が張られていた。

家の中に入ってまたビックリした。
小さなちゃぶ台と小さな食器だな、そして、小さなタンスがあるだけだった。
布団は部屋のすみにぺたんとたたまれていた。
押入れがなかったのだ。
テレビで見る、江戸時代の長屋生活みたいな感じだった。

もっとビックリしたのは、家の中は半分が土間で、その土間でお父さんが魚を焼いていた。
煙がもうもうと部屋に充満した。
お父さんは寒い冬だというのに、あきらかに防寒着ではない、背広のようなものを着てふるえていた。
それをすごく印象的に覚えている。
ああ、外も中も同じように寒かったんだ。

友だちはごく自然に家に入れてくれた。
しかし、友だちのお父さんは「外で遊べ❢」と言って、すぐにボクたちを外へ追い出した。
昭和の頃は子どもたちは外で遊ぶのが当たり前だったのだ。

それきり友だちの家に行くことはなかった。
学校ではいっしょに仲よく遊んだけれど、もう二度と家には呼ばれなかった。
寒い冬になると、なぜかこの話を思い出す。

昭和30年代はみんな貧しかったように思う。
今ほど天と地のような格差が目立たなかったころだ。
それでも、お金持ちと言われる人たちがいて、貧乏人がいた。

生まれてからずっと借家住まいだったワタクシは、「大きくなったら自分の家に住みたい❢」と強く心に願うようになった。

願いがかなって持ち家に住めるようになったが、寒い冬も、コタツ、エアコン、いっさいの暖房を切って暮らしている。

それは・・・ただ光熱費がかかるのをおそれているからだ。
子どもの頃からずっと、ビンボ~症なのだ。
アハハハハハ・・・
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